奇跡を呼びし艦娘のIS世界における戦い 作:オーダー・カオス
「一夏!大丈夫!?」
「ああ……なんとかな……」
シャルの提案通りに三人が俺の救出に動いてからしばらくして元々雪風が攪乱していたこともあって俺に対する敵のマークが薄れていたことで難無く三人と合流することが出来た。
本来ならばこのことに対して喜びをさらけ出すべきなのだが、今はそれどころじゃない。
「雪風は……!」
それは今の俺には自分の事よりも気になってしまう存在がいたからだ。
雪風の事だから万が一にも不覚は取らないとは思うがそれでも彼女の身が心配であるし、何よりも彼女が本当の意味で見せた苛烈さにシャルの一言である程度の覚悟が出来ていたとはいえ悲しみが俺の心に絡みついていた。
そんな感情に駆られるままに俺は雪風が向かった場所である正体不明の敵がいる方へと顔を向けた。
すると、そこには
「……!?」
黒煙が周囲に立ち込めその周囲にはゴーッっと炎が燃え盛る音がこちらにも聞こえてくるほどの戦いの後があった。
そして、その中で俺の目を引いたのものは三つあった。
その中の一つはあの敵の中で最も強大な武装をしていた黒い長髪の女だった。
黒髪の女は既に飛行能力も満足にないのかまるで海の上を這いずるかのようにその身体をある方向へともがいて動かそうとしていた。
その黒髪の女が向かっている先に残りの二つがあった。
その中で一番奥にいるのはあの海月のような帽子を被っている、いや、被っていた二人の女たちだった。
その女たちは既に例の帽子を失っており、そこからラウラのものとは異なるまるで生気が抜けたかのような冷たい色を湛えた髪を垂らしていた。
そして、そんな容姿よりも注目すべきなのは二人がしている表情だった。
一人は完全に意識を失っており、もう一人に身を抱えられ、もう一人はそんな片割れを庇うかのように抱きかかえ、目の前にいる人物を睨み付けていた。
そう、その最後の一人こそが残りの一つだった。
雪風……!!
敵に睨まれ、ど真ん中にいるのに雪風は悠然としていた。
いや、違う。
彼女がそこでそうしている時点で理解できてしまう。
雪風は勝ったのだ。
見た所、雪風には目立った外傷はなく、彼女以外のその場にいる人間がボロボロだということとそれ以上に既に戦闘行為が全く見られないことから彼女があの場における勝利者であることを物語っている。
その証拠に雪風の背後にいるにもかかわらず、黒髪の女は彼女を攻撃していない。
そして、雪風も動いていない。
いや、動く必要すらないということなのだろう。
もう決着は着いている。
ただそれだけのことなのかもしれない。
「!?」
「ちょ、ちょっと!?」
「お姉様!?」
「………………」
けれども、それなのに雪風は目の前の敵へと容赦なく砲口を向けた。
それも既に戦闘能力を失った相手に対して。
「―――!!」
「………………」
雪風のその姿勢に対して目の前の女はもう一人の女をさらに強く抱きしめるだけだった。
その姿に俺は連中に殺されかけた身でありながらも戸惑いを覚えた。
だけど、雪風は微動だにしていない。
そんな同情を誘うような姿すらも無意味だと言わんばかりに砲口を向けるだけだった。
「ゆ―――!!!」
あれだけ、シャルの言葉を受けて雪風が何をするのか見届ける覚悟をしていながらも、いざその瞬間になると俺は止めたいという衝動がそのまま言葉になろうとしていた。
だけど、その瞬間だった。
「―――?!」
その叫びが違うものとなる存在が俺の目に入った。
「一夏!!
「福音」が!!」
それはこの状況で未だに俺達に牙を向ける可能性が残されていた「銀の福音」が再び牙を出した光景だった。
しまった……!!
「福音」に張り付いていた奴らが!!
「福音」が自由になった理由。
それは奴に張り付いていたビットが薄くなったからだ。
今まで「福音」は例のビットの群れによって攻撃されて動くに動けなかった。
しかし、そこに二つの異変が生じてしまったのだ。
一つは雪風という、ビットを操っていた側にとっての脅威の登場。
これによってビットの配分は俺と「福音」、そして雪風の三つに分かれた。
いや、違う。
近接装備しか持たない俺や既にマークしていた「福音」よりも奴らにとっては明らかに脅威である雪風に割かれてしまったのだ。
そのことで「福音」を縛っていた鎖が一部緩んでしまったのだ。
そして、もう一つは単純にビットの数が少なくなってしまった事だ。
雪風のガトリングによる迎撃と、鈴たちによる俺への援護。
それらによるビットの減少は今まで「福音」をあの場にとどめていたビットの数までもを少なくさせ、自らにまとわりつく障害がなくなったことで「福音」は自由になってしまったのだ。
自由になった「福音」が狙うものは
「雪風、逃げろおおおおおおおおおおおお!!!?」
『!?』
今まで自らを苦しめていたビットを操っていた例の正体不明の敵だ。
そして、そこにいるのは奴らだけではなく、雪風もいる。
『LAAAAAAAAAA!』
俺が雪風に叫んでも間もなく、「銀の福音」のあの歌声と羽の雨が雪風たちを包み、その直後それらが爆ぜた。
「「雪風!!?」」
「お姉様!!?」
その煙と爆圧、振動が伝わり俺たちは絶望を感じた。
煙が晴れた後の光景を見たくないと感じたその時だった。
「……!!」
だけど、そんなことに構っていられないものを目にして俺は駆けだした。
◇
「ん……」
一瞬の躊躇い、いや、不覚を取ったことで「深海棲艦」を脅威と見なした「銀の福音」による爆撃に巻き込まれた。
違う。そもそも今の「銀の福音」にとっては「深海棲艦」だけでなく私たちも敵だ。
ただ敵を一網打尽にしようとしただけだ。
私は自分が生きているのかを確かめようとした。
「ぐっ……」
少し体を動かしただけなのに身体の各所に打撲に近い痛みが走った。
恐らく、「IS」の安全装置がなければこんなものではすまなかっただろう。
「LAAAAAAAAAA!」
「くっ……」
先程聞こえて来た「福音」のあの声が再び聞こえて来た。
それを耳にして私は再びあの光の羽が降り注ぐことを理解した。
……間に合いませんか……
それを見て私は自分がここで果てることを悟った。
「シールドエネルギー」はここまで来るまでに消耗していたのに今の爆撃で殆ど失い、しかもよりによって各部のスラスターが破損している。
今からこの場を離れようとしても間に合いそうになかった。
ここまでですか……
再び降り注いできた光の羽と周囲に漂う「深海棲艦」の残骸を目にしながら私は自分の最期の時が来たことを感じた。
仕方ないですよね……
目の前に広がる残骸を見詰めながら私はこれも因果だと感じた。
私は憎しみのままに魚雷を放ち、この世界で出会った友人たちの心を踏みにじった。
そのまま勝利したが、それでも私は戦闘能力を失った「深海棲艦」たちにトドメを刺そうとした。
そんな血濡れの鬼には相応しい末路なのかもしれない。
元々……
死ぬのが先延ばしになっただけですしね……
それに私は死んでいる。
私はこの世界に来る前に一度死を迎えている。
だから、この数か月は寿命が延びただけだったのかもしれない。
そう考えると諦めも付いてしまう。
その時だった。
『雪風……!!』
「……!!」
私の脳裏にあの人の泣きそうな声が響いて来た。
その直後だった。
「雪風ぇ!!!」
「!?」
必死に私の名前を叫ぶ声がして来た。
あの声とその声が沈みそうになった私を引きずり出した。
「ぐっ……!?」
「っ……!!」
光の羽が私を包もうとした直前、誰かが私を運び出した。
そして、私とその誰かがその羽から逃げ延びた直後、羽は再び爆風を生み出した。
「雪風!?無事か!?」
「一夏さん……」
私をあの場から運び出した人物。
それは一夏さんだった。
一夏さんは興奮しながらも私の無事を確かめていた。
「よかった……よかった……!!」
『良かった……!良かった……!ああ、本当に良かった……!』
「………………」
その一夏さんの安堵の表情に私は困惑してしまった。
彼の言い方が私の所在不明で私が沈んでいたかもしれないと噂された時に再会した時のあの人と同じものだったからだ。
だけど、それだけじゃない。
「この……!!
よくも雪風を!!」
「お姉様には近づけさせん!!」
「大人しくなってもらうよ!!」
「……!!」
一夏さんだけでなく、鈴さん、ラウラさん、シャルロットさんが一斉に「銀の福音」に対して怒りを向けて挑んでいった。
彼女たちを突き動かしている感情。
それは私が傷付けられたことへの憤りだった。
「どうして……」
「雪風……?」
「私を助けて……くれたんですか……?」
「え?」
私はどうしてこうまでして彼らが私を助けてくれたのかわからなかった。
それは彼らの人間性を疑っていた訳ではなかった。
だけど、それ以上に私は彼らを裏切った。
確かにシャルロットさんは信じてくれた。
でも、私は彼らの前で戦闘能力を失った「深海棲艦」にトドメを刺すという彼らにとっては目を背けたくなるようなことをしようとした。
それなのに彼らは助けてくれた。
「そんなの当たり前だろ?」
「……え」
そんな私の戸惑いに対して一夏さんは仕方なさそうに言った。
「友達だからだ」
「……!」
「確かにさ。
お前がしようとしたことは嫌だったよ。
何も言ってくれなかったし止まってもくれなかったし」
改めて本人に言われたことで私は自分がしようとしたことがどれだけ彼らを傷付けてしまったのかを実感してしまい、胸が締め付けられた。
「でもさ―――」
「?」
一夏さんは私に訴えるような眼を向けた。
「―――それ以上にお前が居なくなる方が何十倍、何百倍も嫌なんだよ」
「!?」
一夏さんは自分の心の痛みよりも私がいなくなることの方が嫌だと言ってくれた。
「……でも、私は―――」
だけど、私は彼らがどれだけ自分を信じても彼らの心を傷付け、そして、それは「深海棲艦」がこの世界に現れたことでまた同じ様なことをするかもしれないことへの不安を伝えようとした。
「だったら、何度でもお前を連れ戻すだけだ」
「―――え」
私が言葉を言い切る前に一夏さんはそう言った。
「何でこんな簡単なことに気付かなかったんだろうな……」
一夏さんは自嘲するかのように笑い
「どんなにお前が遠くに行っても俺たちが絶対に連れ戻してやる」
「……っ!」
彼は何の迷いもなくそう言い切った。
私が何者であろうと私が何をしようとも私が何処に行こうとも絶対に見捨てないと。
『ここにいていい』と言った。
ダメです……
「深海棲艦」は他にもいるはずです……
このまま私がいれば、まだただの学生に過ぎない彼らをあの「深海棲艦」との終わりなき戦いに巻き込むことになるということを私は理解している。
それを知っているのに。
彼らを戦いに巻き込みたくない。
そう願っているのに。
「いたい……」
「!?
何処か、怪我をしたのか!?」
自然と口から出て来たその呟きに一夏さんが心配して来た。
でも、私が言いたかったのは
「いたいです……
「雪風……?」
あれだけ自分は既に死んでいる。
寿命が多少延びただけ。
死んだ姉妹や戦友たちに会いたい。
艦娘としての務めを果たしたい。
と心の中でそういった感情が渦巻いているのに私は叶わない願いである『ここにいたい』と願ってしまっている。
この「今」を失うことを恐れている。
なんでこんな簡単なことに気付けなかったんでしょうか……
「深海棲艦」が現れたことで形振り構っていられなくなった。
この世界の人たちにとっては許されないことをしなくてはいけなくなった。
距離を置かなくなってしまうことになった。
だから、失うことを、捨てなきゃいけないことを理解していた。
でも、私……まだ……ここにいたい……
でも、私はここにいたかった。
本音さんと何気ないやり取りをしたい。
相川さんと夜竹さんと何気ない会話をしたい。
ラウラさんのことを見守りたい。
更識さんに振り回されながらも定時報告をしたい。
虚さんと振り回されながら仕事をしたい。
鈴さんとセシリアさん、シャルロットさん、一夏さんと神通さんの下で鍛えられたい。
それに神通さんに篠ノ之さんのことも頼まれた。
織斑さんと山田さんの下で学生生活を送りたい。
それと神通さんともう一度師弟関係で在りたい。
まだこんなにも未練があった。
こんなことにも気付けない程に私は馬鹿だった。
まだここにいてもいい。
そんなことを言われたらまだここにいたくなる。