奇跡を呼びし艦娘のIS世界における戦い 作:オーダー・カオス
「こことは違う世界……え?」
私の隠していた事実に対して今までの驚きはすれどもそれでもある程度は理解していたシャルロットさんだったが、それでも私が違う世界から来たという事実は信じられずにいた。
「……具体的に私はこの世界で「第二次世界大戦」と呼ばれる戦争が起きなかった歴史を辿った世界から来ました」
「えっ!?」
シャルロットさんが信じるか信じないかはともかくとして、中途半端に話すと話が進まなくなると考えて私のいた世界とこの世界との具体的な違いを説明しようとした。
「「第二次世界大戦」がないって……」
シャルロットさんは私の故郷である世界で「第二次世界大戦」が起こらなかったことに驚いている。
この世界の現在の国際的秩序を構築している要素の大半は「第二次世界大戦」が絡んでいることから彼女にとっては信じられないことだろう。
「……私のいた世界では人間同士が争う余裕がなかったんですよ」
「争う余裕がないって……」
シャルロットさんは私の発言に納得がいかない様子だった。
きっと私が『争う理由がない』と言っていたのならば彼女も多少は受け入れられたのかもしれない。
この件に関して私はこの世界が平和な世界であることを改めて感じた。
それ故にこの世界に「深海棲艦」が現れてしまったことが悔やまれる。
「私のいた世界では……この世界であの戦争の引き金の一つとなった「世界恐慌」が起こる前にあの敵……
「深海棲艦」が世界中の海に現れたんです」
「「深海棲艦」……?
それがあの敵の名前なの?」
「……はい」
初めて私が出した「深海棲艦」という呼称。
彼女はそれがあの敵の名前であると理解した。
「「深海棲艦」は突如として世界中の海に現れて人類から海を奪いました。
その結果、貿易も漁業もズタズタにされて世界中で大不況や食糧不足が起きて生活水準が最悪に陥りました……」
「!?」
海を奪われる。
それが意味することは人間にとっては最悪なことだ。
海は最も輸送手段として大型のものである船を動かすには必要不可欠なものだ。
それがなくなるということは大陸横断鉄道がある国家でもなければ殆どの物流を失うのに等しいことだ。
そうなれば間違いなく経済は崩壊する。
経済崩壊はただ貧しくなるということではない。
貧しい農村では口減らしが行われ、年頃の女性は身売りされ、幼い子供は食糧不足で命を落とし、生きるために犯罪に手を染めていき、未来に希望を見出せない一家が心中することが多くあった。
そんな地獄の様な光景を見せられたと私たちが生まれる前に既にいた艦娘たちは語っていた。
「……ですから、そんな状況で戦争をしていられる余裕なんて―――」
「ないよね……」
「―――……」
シャルロットさんは私の明かした「深海棲艦」が現れてからの私の世界での人類の余裕のなさを察した。
実際は国家間や国内での見えないところでの足の引っ張り合いはあるにはあったが、少なくとも、戦争をしている余裕などなかったのだ。
「そんな中で最も絶望的だったのは日本とアメリカでした」
「海に囲まれた日本はともかくとして……大陸国家のアメリカも?」
「深海棲艦」が現れてからの各国の最も絶望的な状態に陥った国として日本とアメリカを挙げた。
その事にシャルロットさんは懐疑的だった。
この世界で島国である日本はともかくとして大陸国家でかつては孤立主義でも自国だけでも賄える国力を持つアメリカ、しかも、この世界で「第一次世界大戦」と呼ばれる戦争の後に世界経済の中心となったアメリカが日本と同じくらい危機的状況に陥ったのかを理解できないのも無理はない。
「私のいた世界ではアメリカは自国の領土をハワイを除いてほぼ全てを「深海棲艦」によって制圧されてしまったんです」
「嘘……!?」
以前、織斑さんと山田さんに説明した事実の通り、私の生まれた世界ではアメリカは北米大陸を失っている。
「深海棲艦」の上陸部隊は突如世界に現れると同時に信じられない早さで北米大陸を制圧した。
アメリカ政府は苦渋の決断で残されている艦船で出来る限りの国民と燃料、物資と兵器を運び出しハワイや南米大陸、欧州に逃れた。
その際に「深海棲艦」の襲撃と追撃で生じた犠牲者は「深海棲艦」が引き起こした犠牲者数としては史上最悪なものと記録されている。
そして、アメリカにとっては唯一残されたハワイこそが国家としてギリギリの名前を保てる唯一の領土だった。
「……島国である日本とハワイに落ち延びたアメリカにとっては海を奪われたことで国家の崩壊……
いいえ、「深海棲艦」を阻止する戦力と資源が失われるのは時間の問題だったんです……」
「………………」
あの世界で日本やアメリカが率先して「深海棲艦」を倒そうとしたのは時間が残されていなかったからだ。
残された資源をただ消費していけば「深海棲艦」に反撃するどころか、敵の侵攻から国土を守ることすら不可能になっていたのだ。
「そんな絶望的な状況の中で神通さんを始めとした初期の艦娘が現れたんです」
そんな絶望的であっただろう世界の中でまるで希望が形となって表れたかのように神通さんを始めとした世代の艦娘たちだった。
「現れた……?
え、えっと……雪風たちって、確か……」
「あ、うん……そうだけど……」
シャルロットさんは私にとっては些細なことではあるが、それでもこの手の話題に触れることへの躊躇いを見せていた。
「……私はそうなんですが……神通さんたちの世代の艦娘は自然発生した艦娘なんです」
「……?」
艦娘の誕生は主に二つの種類がある。
既に存在している艦船の魂が恐らくは妖精さん達の力によって生命となったものと、新たに造られた艦船に同じように妖精さんたちによって力を与えられたもの。
私は後者だ。
「とりあえず言いますと艦娘の誕生で何とか輸送路が一部解放されたことで日本は大陸の国家との協定で海の防衛を一部負担することで資源を回してもらえるようになったんですよ」
「「艦娘」ってそんなに強かったの……?」
「いえ……「艦娘」が強いというよりも「深海棲艦」と戦うのに「艦娘」が適していたというのが近いです」
艦娘の誕生以降は少なくとも短距離ならば海路の確保を可能にし他の大陸国家の負担している海の防衛をこちらが負担することで大陸からの物資を手に入れることに繋がった。
こうして何とか新造艦の開発に手を回すことで戦力を蓄えることになったのだ。
「……その後に私たち後期の艦娘が生まれて本格的な「深海棲艦」に反撃することを始めることが可能になりました」
その後の歴史は「深海棲艦」に勝利したという点においては人類にとっては大団円を迎えた。
「ということは雪風は……」
シャルロットさんはまたしても苦しそうに訊ねてきた。
きっと彼女は察したのだろう。
私が元の世界でどう生きてきたのかを。
「はい。私も「深海棲艦」と戦い続けました」
「……そんな……」
私は敢えて自らの身の上を詳しく話さない形で自分が辿ってきた過去を明かした。
「それで自分も役目を終えたと思っていたら……
何故か「IS学園」にいたんですよ」
「「IS学園」に……?
それに……『役目を終えた』って……」
これ以上は長くなると考えて私はこの世界に来た時の話で話を終わらせようとした。
「……とある国の艦娘たちの教官をしていたんですが、運の悪いことに台風が来てしまって教え子たちを救助していたら事故に遭ってその怪我がもとで……それが原因で」
「え……それって……」
実際の所、私はあれが自分の最期だったのかすらもはっきりしない。
本当に自分が死んだのかすらも曖昧なのだ。
「信じてもらえないとは思いますが―――」
ある程度のことを話し終えるが、やはりこんな荒唐無稽な話を全て信じてもらえるとは思えなかったので彼女が後ろめたさを感じないように軽く言おうとした。
「うんうん。
僕は信じるよ」
「―――え」
けれども、その一言で逆に私は黙らされた。
「……信じて……くれるんですか?」
彼女のその一言に私は耳を疑ってしまった。
こんな彼女たちにとっては荒唐無稽な作り話にしてか思えないはずだ。
それなのに彼女は迷うことなく『信じる』と言ってくれたのだ。
「うん。信じるよ」
「!?」
私の確認に対して彼女は間違いなく『信じる』と言った。
「どうして……信じてくれるんですか……どうして……」
私はシャルロットさんの友情も人間性も疑っているわけではない。
しかし、こんな到底誰も信じてくれないと考えていた話を信じてくれた彼女の本心を知りたかったのだ。
「……友達だから……と言っても、無理があるよね。
こういう場合は」
「………………」
どうやらシャルロットさんも私の話の信憑性に対しては客観的に欠けるものだと認識していた。
だから、ただ友達というだけで彼女は信じているわけではなさそうだ。
「……あの買い物の一件が一番かな」
「え……」
彼女は私にあの買い物の際に起きたことを言及してきた。
「あの時の雪風に僕は勇気を感じていたけど……それと同時に何処か危うさも感じていたんだ……
でも、ようやくその理由がわかったよ」
「あ……」
あの時、私は一夏さんに高圧的な態度を取ったあの女性に対して何も分かっていないのに反発してしまった。
「君はこの世界のことを知らなかったから人として正しい行動が出来たし悲しむことが出来たんだよね」
「……っ!」
シャルロットさんが私を信じてくれたのはただ考えを放棄した盲信ではなかった。
彼女は私のことをよく見て私を信じてくれたのだ。
「ごめんね。雪風」
「え……」
唐突に彼女は謝ってきた。
「君があんなに辛かったのはこの世界の明らかに間違っている光景を見せられたからだよね」
「そんな……!?
シャルロットさんのせいなんかじゃありません!!
あれはあの女性個人の問題です!!!」
シャルロットさんは同じ世界の人間として私の受けた悲しみに対して謝罪したが、あれはあくまでもあの女性一人の問題だ。
一部の人間が間違っているだけなのにどうしてそれに対して無関係なシャルロットさんが謝る必要がある。
それこそ大きな間違いだ。
「ありがとう。本当に雪風は優しいね」
「優しいとかそれ以前の問題ですよ。これは」
シャルロットさんは優しいというが、私からすればその言葉はシャルロットさんの方こそ相応しい。
彼女は私が傷付いたことに対してただそれが不憫だからというだけで謝ってくれた。
その優しさは尊いものだ。
「そうだね……
後、少し雪風に対してワガママを言いたくなったよ」
「ワガママですか?」
「うん」
シャルロットさんは意外な言葉を言ってきた。
一体、彼女は何を言うつもりなのだろう。
「僕は雪風にこの世界の悪いところだけじゃなく、いい所も見て欲しい」
「え……」
シャルロットさんはそう願ってきた。
「雪風は多分、ラウラのことや僕の実家のことやあの女の人や、篠ノ之博士のこと……あと、今回の「福音」の件で色々と嫌な思いをしちゃったよね」
「う……それは……」
彼女の言う通り、私はこの世界に来てから彼女が今羅列したこと以外にも当初のセシリアさんの発言、クラスの皆さんの男性を馬鹿にした発言、「無人機」の件、そして、知ってしまったこの世界の「女尊男卑」や「白騎士事件」で正直に言えば傷付いた。
「……僕も雪風や一夏と出会うまでこの世界にいるのが辛かった」
シャルロットさんは次に実家からの扱いや自らを取り巻く環境と自由のない人生への苦しみと恐怖を再び語り掛けてきた。
シャルロットさんもまた、この世界に絶望していた一人だったのだ。
「でも……二人や学園のみんなに出会えて僕は生きていてよかったと思える様になれたんだ……!!」
「!」
だけれども、彼女はそんな人生にもかかわらず『生きていてよかった』と言ってきた。
「だから、雪風にも……!!」
そして、彼女は私にも同じ様にこの世界のいいところを見て欲しいと必死に訴えてくれた。
「……そうですね。
だったら、帰ったら私にも色々と紹介してください」
「!うん!!」
でも……
私は既に色々と見せてもらっているんですよね
彼女に『紹介して欲しい』とは言うも、既に私はこの世界で多くの尊い光を見せられてきた。
本音さんや更識さん、一夏さんたちと出会い私は久しく忘れていた平穏そのものを感じることが出来た。
何よりも……あなたのその優しさは十分にこの世界に来てよかったと思えるものですよ……
シャルロットさん
彼女のその健気さは間違いなくかけがえのないものだ。
それに私のいた世界とこの世界のそういったものに優劣を付けるなど愚の骨頂だ。
この人の為にも私は……!!
彼女のその優しさは私の生への気力を高めた。
もしここで私が死ねば間違いなく彼女は自分を責める。
それだけはあってはならない。
このかけがえのない尊さを私は守りたいと願ってしまった。
その時だった。
「!?」
そんな私の決意を嘲笑うかのように目の前に絶望が立ちはだかった。