奇跡を呼びし艦娘のIS世界における戦い   作:オーダー・カオス

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第78話「戸惑い」

「ふ~……何とか終わったネ……」

 

 制空権を奪還した後の戦いは一方的だった。

 元々、敵の練度が低いこともあったが、機動部隊に頼り過ぎていたこともあり今回の相手は余りにも呆気ないほどに片付いてしまった。

 

「……彼女のお陰ネ……」

 

 その理由は至極簡単だ。

 あの艦娘なのかすら分からないシャルロットという少女の存在だ。

 あの子はまさに戦闘機の化身ともいえる程に敵の機動部隊を封殺した。

 もし彼女がいなければ私は白兵戦をしなくてはならず、中破していたかもしれない。

 

「今回の本当のMVPが降りてきたネ」

 

 彼女が私の近くに降下しようとしたのを見て私はそう感じた。

 確かに今回上げた戦果は私の方が上だが、それは彼女の援護あってのことだ。

 だから、私は彼女に感謝したい。

 

 しかし、垂直に着陸――いえ、着水するなんて……

 

 同時に航空機なのに垂直に降下してくる姿に私は驚いてしまった。

 一応、観測機としての垂直降下が可能なものは私の時代にもあったが、戦闘において使用可能なものはなかった。

 もしこの技術が基になった航空機が一般的になっているのならばこの時代においては航空機はほぼ場所を選ばない戦い方が出来るだろう。

 

 今は協力に対する感謝が先ね……

 

 色々と私の知らない間に起きた時代の流れに衝撃を受けてしまったが、今はそれよりも助けてくれた彼女に対する感謝が優先すべきだ。

 

「Hey!you there!

 Thank you!!」

 

「え、え?……どういたしまして……?」

 

 降りてきた彼女に対して私は開口一番に感謝の言葉を伝えた。

 

「……えっと、金剛さんでしたっけ?」

 

「Yes!

 日本初の超弩級戦艦。金剛型のネームシップの金剛デース!以降お見知りおきを!」

 

 戸惑い気味な態度をする彼女に対して私は改めて自己紹介をした。

 

「戦艦……ですか……」

 

「?」

 

 そんな私の自己紹介に対して彼女はさらに戸惑った。

 

 Oh……戦艦は既にAntiqueなものになってしまっているのデスカ……

 

 彼女の「戦艦」という言葉に対する困惑した反応がこの時代における戦艦の存在を物語っていた。

 どうやら彼女にとっては戦艦の存在は信じられないものなのだろう。

 その反応に私は傷付いてしまった。

 日本初の超弩級戦艦として私は戦艦の時代が終わったというのは兎も角として戦艦の存在が過去のものというのは複雑だった。

 

 長門や大和たちはどう感じているのでしょうか……

 

 あの戦いを生き残ったであろう私よりも後に生まれてきた戦艦の娘たちがこの時代に対してどう感じているのかが気になってしまった。

 姉の犠牲によってスリガオを突破した山城。当時唯一姉妹共に生き残っていた伊勢型姉妹。ビッグセブンの名を背負い日本の誇りとして常に強くあろうとしていた長門。そして、最新鋭にして最強最大の戦艦の大和。

 あの誇り高い海の同胞たちはどう過ごしているのだろうか。

 

「……あれ?」

 

 戦艦の時代の終焉に寂しさに近い感情を抱いていると私はふとある事に気付いた。

 

「あなた―――」

 

 それは些細なことだった。

 しかし、それは決して見落としてはいけないことだった。

 

「―――震えているんデスカ?」

 

 この少女は震えていた。

 それもこの子の手の震えは異常なまでのものだった。

 

 戦いのPRESSUREから来るものではありまセンネ……

 

 彼女の震え方は戦いの緊張感から来るものではなかった。

 気づいてから彼女の表情をよく眺めたが、顔色も優れていなかった。

 

「あなた。まさか、体調が悪いのに無理をして戦いマシタカ?」

 

「え……」

 

 私は勢いのまま彼女が戦闘に介入することを止められなかったが、今、彼女の顔色が悪いのを思い出してしまった。

 

「えっと……確かに少し……気持ち悪いですけど……」

 

「!?」

 

 彼女のその答えを聞いて私は得心した。

 彼女は無理を押して戦ったのだ。

 何ということだ。

 

「ユッキ―!!」

 

 私は冷静さをかなぐり捨ててユッキーのことを呼んだ。

 

「金剛さん……?」

 

 そんな私の叫びにユッキーは早足で来たが動揺はしていなかった。

 

「どうしたじゃありまセン!」

 

「え……」

 

「あなたならば彼女が怪我をしているのが分かっていたはずデス!!

 どうして止めなかったのですカ!?」

 

「うっ……それは……」

 

 私は初めてユッキーを叱った。

 可愛らしくまるで娘の様に思っている娘であったが今回の件は別だ。

 この娘はこんなにも成長しているのに仲間に無理をさせた。

 それもユッキーがだ。

 そのことに私は多少なりの失望を抱いたのだ。

 

「……ユッキー」

 

「………………」

 

 彼女は辛そうだった。

 恐らく彼女、いや、彼女を含めたあの戦いで生き残ったであろう艦娘や軍人たちは浅くない心の傷を負ったはずだ。

 それに私も本来ならば叱りたくなどなかった。

 二度と会えないかもしれないと思っていた相手と再会できたのだ。

 だけど、こんな再会を私は望んでなどいなかった。

 

「違います!!

 今回のことは僕が―――!!」

 

 私がユッキーを叱責しているとシャルロットがユッキーを擁護しようとした。

 

「……いえ。いいんです。

 シャルロットさん」

 

「―――え、雪風?」

 

 しかし、他ならないユッキー本人がそれを止めた。

 彼女は悪いことをすれば確りと素直に聞き容れられる娘だ。

 

「ごめんなさい……金剛さん……シャルロットさん……」

 

「雪風……」

 

「………………」

 

 ユッキーはそのまま私と彼女に対して謝った。

 その様子を見て私はまたしても違和感を感じた。

 

 おかしいネ……

 どうしてユッキーは泣かないネ?

 

 それはユッキーが泣かないところだった。

 ユッキーは感情豊かな子だ。

 あのあどけない笑顔やリスが口の中に団栗を一杯に詰めたような膨れっ面を見れば周囲の人間は癒された。

 そして、多少おいたをした際にどうしてもユッキーのことは本気で叱れないのだ。

 ユッキーが素直でいい子であることもあるが、直ぐに涙目になるのだ。

 なのに今のユッキーはただ心苦しそうに表情を曇らせているだけだ。

 ただ我慢しているようにしか思えない。

 

 これではまるで……

 

 私はあの忌むべき朝を思い出した。

 

 比叡の時と同じネ……

 

 あの一夜にして私が二人の妹を失った後に帰還したユッキーたち。

 あの時、前線に出ずただ威張り散らすだけの参謀が比叡が御召艦の化身であったというだけでユッキーたち護衛の駆逐艦を責めたという比叡の死を侮辱した瞬間、ユッキーたちは今の様な表情をしていた。

 

 まさか……

 

 私はある事に気付いて恐怖した。

 当然、ユッキーも一人の艦娘なのだから成長の過程で性格に多少の変化はあるだろう。

 しかし、今のユッキーはそんなものではない。

 

 心が……

 

 まるで心が壊れている様に感じてしまったのだ。

 今のユッキーはまるで全ての事に諦めを抱いている様にしか感じられなかった。

 

「雪風!謝らないでよ!!」

 

「……シャルロットさん……」

 

 ユッキーのその痛ましい姿を見てシャルロットはそれでも彼女を擁護しようとした。

 

「僕は大丈夫です!!」

 

「……あなた」

 

 そして、そのまま私の方へと顔を向けるとこれ以上ユッキーを責めないで欲しいと彼女は迫ってきた。

 どうやらこの少女は非常に友達想いらしい。

 そのことに私はまたしても安堵を覚えた。

 ユッキーの変わり様はあからさまに異常だ。

 それでもこのシャルロットの様にユッキーを大切に想っていてくれている人間がいる。

 それを私は嬉しく思ってしまった。

 

「それに……僕が震えているのは怖かったからです!!」

 

「そうですカ……」

 

 彼女は自らの恐怖を隠そうとしなかった。

 勇気を尊び臆病を恥とする軍人としてそれを口に出すことは勇気がいる。

 それなのに彼女は友人を庇うためにそう言った。

 

「……人に似た存在と戦うなんて」

 

「……え」

 

 だけど、彼女の語った恐怖は私が予想していたものとは異なっていた。

 

「それはどういう意味ですカ?」

 

 彼女のその言い方に私は引っ掛かりを感じた。

 私の知る限り電の様な娘なら兎も角として、「深海棲艦」にそんな感情を抱く艦娘は稀だ。

 

「……あなた。これが初陣ですカ?」

 

 戦いへの恐怖として考えられるのはこれが初めての実戦だということだ。

 それならば彼女の恐怖も納得がいく。

 

「……はい。こんな戦いは初めてです……」

 

「……?」

 

 またしても彼女の言い方に私は違和感を抱いた。

 彼女は『こんな戦い』とまるで実戦は初めてじゃないような言い方をした。

 

 そういえば……

 どうしてこの少女は上から敵を叩かなかったんですカ?

 

 新たに私はあれだけ制空権を握っていたにもかかわらず彼女が敵の艦載機としか戦わず、敵艦を攻撃しなかったことだ。

 欲を言えば、あの状態で彼女がロケット弾でも撃ち込んでくれていればこちらにも少し楽になっていた。

 

 そう言えば……この娘は深海棲艦のことを『人に似た』と言ってマシタ……

 

 彼女は先程、「深海棲艦」に対して人に似ていることを恐れていた。

 だけど、それは危険だ。

 「深海棲艦」は確かに人と似ていることや戦術や戦略を駆使していることから知性があるのでもしかすると、社会性もある様にも思える。

 だから、対話も可能かもしれないと誰もが思ってしまうことがある。

 だが、それは希望的観測に過ぎないと思わせられるのだ。

 それ故に彼女のその優しさが不安なのだ。

 戦いの中でも優しさを忘れないことは大切なことだ。

 しかし、それが甘えとなった時、自分だけでなく周囲すら危険に晒すことになってしまう。

 少なくとも、雷や電、潮たちは優しいながらもその辺りは弁えていた。

 

「シャルロットでしたネ?

 あなたのその優しさは尊重します。

 ですガ……その優しさが命取りになることをよく覚えておいてクダサイ」

 

「……っ!?」

 

 彼女に助けられた恩は感じている。

 しかし、今回は運が良かったのだ。

 相手の練度が低かったことや私の不意打ちがあったことで本格的な戦いにならずに済んだ。

 だが、こんな幸運は続かない。

 だから今のうちに言っておかなければならない。

 

「待ってください、金剛さん!!」

 

「……ユッキー?」

 

 私のシャルロットの発言に対して今度は先ほどまで表情が曇っていたユッキーが止めに入ってきた。

 まさか、軍人として長年戦っていたであろうユッキーに止められるとは思わず私は戸惑ってしまった。

 

「何ですカ?

 「深海棲艦」と戦う際に戸惑いや躊躇いを見せることがTabooなのはあなたも良く知っていることでショウ?」

 

 ユッキーは恐らく優しさ故に友人を庇おうとしている。

 どうやら明るさは失ってしまっているがそれ以外の彼女の心に宿っていた他の尊ぶべき彼女の心は変わっていないでいてくれていた。

 そこに安堵を覚えていたが流石に今回のことは見逃せないので私は引き下がるつもりはない。

 

「彼女は「深海棲艦」の存在を今知ったばかりなんです!!」

 

「……What’s?」

 

 よくわからない言葉が私に向けられてきた。

 

「Would you say that again?」

 

 私は確認の為にユッキーに先ほどと同じ事を言う様に求めた。

 彼女の発言が信じられなかったからだ。

 

「その……信じられないことだと思いますが……

 その……彼女……いや、なんと言えば……」

 

「ゆ、ユッキー?」

 

 ユッキーは答えに窮したらしくしどろもどろになった。

 

「と、とりあえず詳しい説明は後でします!

 とにかく、彼女が「深海棲艦」の存在を知ったのは今回が初めてです!!」

 

「What’s!?」

 

 私は今日、自分の語彙力を疑われてもおかしくないぐらい何度目かのこの反応をした。

 それはあり得ないことだ。あれ程世界に甚大な被害をもたらした「深海棲艦」のことを知らないなんてことは到底考えられないことだ。

 

「……とりあえず、今は帰還が先です!

 付いて来てください」

 

 ユッキーは未だに驚きを隠せないでいる私に帰港することを促してきた。

 

「……わかりました。

 では、そうしましょう」

 

 一刻も早く状況の整理をしたいところだが、先ほどの彼女たちの様子からこの海域が安全じゃないことは把握できるので私は彼女の意思に従った。


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