奇跡を呼びし艦娘のIS世界における戦い 作:オーダー・カオス
「また……」
「………………」
忌まわしいあのレシプロの音が響き、私たちが前へと視線を伸ばすとそこにはまたしても絶望。
いや、障害が立ちふさがっていた。
「……数は少ないネ」
「はい」
私と金剛さんはその敵の数を把握してそう呟いた。
今度の敵の部隊は主力は空母からなる航空戦力とその護衛部隊だけであったがその数は大したことはなかった。
「でも、突破するのは難しいと思います」
「………………」
しかし、それでも今の私たちにとっては苦しいところだった。
理由としては先程の様に金剛さんの不意打ちが決まらないことと単純に彼方と此方では足に差があるからだ。
「迂回は……?」
「……それも難しいかと……」
金剛さんのこの場を後にして違う航路を取るという考えに対しても私は無理だと答えた。
目の前の敵は航空戦力だ。
水や潮の流れの抵抗をマトモに受けるこちらよりも速度は圧倒的に彼方が上だ。
加えて、今、他の敵が何処にいるのか不明な状況でここから逃げても待ち伏せや他の敵との遭遇がないとは限らない。
いえ、むしろ敵は円状の包囲網を築いてますね……
今回の敵の待ち伏せで理解出来たことであるが、どうやら敵はこの海域を円状に囲んでいる。
そして、先ほどの敵の背後からの襲撃から我々をその包囲網の外側と中心側からの部隊で押しつぶすという余りにも単純かつ普通ならば引っ掛かる敵がいないであろう戦術を使っているのもわかる。
……恐らく、この手は二度と使ってこないでしょう
私はこんな初歩どころか、子供が三国志(それも演義)を読んで孔明気分になって考えたであろう作戦にはまった自分を自嘲しながらも今回この手が私たちに通用したのが完全な奇襲であったことも理解した。
「IS」相手に通用する物量で攻めてくるという最早、この世界の常識外からの奇襲という状況だからこの戦術は成功しているが、存在を知られた以上同じ手が通用するとは「深海棲艦」は考えない。
もし、そうであったのならば我々はどれだけ楽だっただろう。
私たちの世界ならばこういった包囲網を逆に挟撃し殲滅するために艦娘と人間双方の戦力を後方待機する。
まさか……山田さんたちは……
この戦術が未だに続いている現状に私は山田さんたち、教員の安否も不安に感じてしまった。
山田さんたちはこの空域と海域を囲む様に封鎖していた。
しかし、その彼女たちが存在せず代わりに「深海棲艦」が居座っていることに私は二つの理由を考えた。
逃げててくれればいいのですが……
一つ目の理由としては敵の猛攻に晒されて戦線を維持できず自己の判断でこの場を離脱したということだ。
責任ある立場としてそれが非常にまずいことに他ならないが、この不測の事態ならばそれもやむを得ないことだ。
それに「IS」という限られた戦力を温存するという考えではこの場の逃げも間違ったことではない。
でも……逃げてくれませんよね……
だけど、その可能性は低いだろう。
となるともう一つの理由が考えられる。これはなるべくなら当たって欲しくないことだ。
それは彼女たちが撃墜、いや、つまりは生命を落としたということだ。
その理由も三通りのことが考えられる。
山田さんたちが精鋭揃いと言っても、流石に未知の敵と不慣れな対軍戦闘では……
一度、山田さんの戦いを見て、神通さんの称賛っぷりを聞けばわかることだがこの学園の教員は紛れもなく本物だ。
しかし、今回は何もかもが悪条件過ぎる。
一つ目として今回の「深海棲艦」の奇襲がまさにこの世界の常識外からの奇襲であり、完全に不意を突かれた形になってしまい彼女たちの実力を発揮する前に潰されたこと。
二つ目は仮に奇襲をくぐり抜けても、あの圧倒的な敵の数相手には「IS」での戦闘ばかりを行ってきた彼女たちにとっては不慣れ過ぎることだ。
彼女たちはあくまでも暴徒鎮圧規模を想定した戦い方しか知らないだろう。
あらゆる意味で彼女にとっては「深海棲艦」は相性が悪過ぎる。
それに山田さんたちが私たちを置いて逃げるはずが……
そして、彼女たちが死んだかもしれないもう一つの可能性。
それは彼女たちが教師だからだ。
これが軍ならば指揮官は指揮系統の意地や情報の確保のために涙を堪えて逃げ出すことも時としては大事だ。
だけど、この場にいるのは教師と生徒だ。
教え子を見捨てられる訳がないですよね……
上官と部下ならば死んで逝った人間の為に再起を図り必ず次は勝つとある程度は割り切れるが、教師と教え子ではそうはならない。
教師は教え子を守る義務がある。
それは責任とかではなく心の中の誓いだ。
私も練習艦でしたから……
私も教え子を育てていたからそれを理解できる。
それに私も最後は嵐の中に自分の教え子を助けに行くために向かったのだ。
彼女たちが残ろうとする気持ちは痛いほどわかる。
神通さんもきっとそうだったはずです……
思えば神通さんも同じことをした。
あの人はあの時、『旗艦だから引き受ける』と言っていたがその実、教官として教え子である私を守ろうとした気持ちも強かった。
山田さんたちも恐らく同じだ。
私のせいで……
今回の作戦概要は私が決めたものだ。
慎重策を選び、「専用機持ち」の生徒全員を出撃させてしまい高機動モードで待機組を救助部隊にするという手段をなくし、山田さんたちすらもこの場を離れられない状況を招いてしまったのだ。
彼女たちの死には私の責任がある。
生き残らなくては……!
だけど、私は死ねない。
ここで私やシャルロットさんが死ねば彼女たちは何のために死んだことになる。
生きて、必ず次は勝たないと……!!
この戦いは完全に私たちの敗けだ。
海を奪われ、多くの「IS」とそれを扱う人命を失い、這う這うの体で逃げるしかない。
でも、次は勝たなくてはならない。
仮令私が勝たなくても他の誰かが勝てばいい。
その勝利に繋がればいい。
「……突破しましょう」
「!」
「え!?」
私は目の前の敵を見据えてそう言った。
「突破って……このまま進むの!?」
「……はい」
シャルロットさんは私の発言に正気を疑っている。
私自身もこちらが明らかにボロボロなのにこれから敵と戦闘を行うことは明らかに分が悪いと理解している。
だけど
「逃げ道はここしかありません」
「え……」
「………………」
唯一我々に残されている活路はここだけだ。
「敵はこの海域を囲んでいる部隊とこの海域の中心側から外側に向かってくる部隊の二つに分かれています。
仮にここを避けて違う場所を見付けようにも中心側からの追撃部隊によって時間は残されていませんし他の敵と遭遇する可能性もあります。
しかも、逃げようにも間違いなく今目の前の敵も追跡してきます。
そうなれば、他の包囲部隊の敵まで加わって三方、最悪四方を全て囲まれることになります」
他の抜け道を探そうにもその時間はないうえに、下手をすればわざと逃げ道を作っていてそれを餌にしている可能性もある。
何よりも中心側からの挟撃部隊と目の前の敵、そして、他の部隊は間違いなく存在する。
だから、ここから逃げるのは最悪手だ。
「ですから、ここの敵を突破しない限りは私たちは生きて帰れません」
「……!」
シャルロットさんは私の宣言に固唾を呑むしかなかった。
ここで希望的観測を口に出さない方がいいですね……
私は今までここしかないとう絶対条件を出しているが実際のところ、こここそが最後の障害だと直感している。
ここは包囲網の一番端。つまりはここさえ突破すればもう敵は目の前には現れないということだ。
だけど、私はあえてその希望を抱かせる発言を言及することを避けた。
陸地までの所要時間は30分近くあります……
まだ何が起こるとは限りません
ここを突破しても帰還するまでの時間は30分ある。
その道中に何が起こるかはわからない。
もしかすると、まだ敵の待ち伏せはあるかもしれない。
もし包囲網を突破してもそこで敵と戦うことになれば間違いなく戦う心が限界を迎える。
「わかったよ。
でも、雪風……大丈夫なの?
突破するにしても君の機体のコンディションじゃ……」
シャルロットさんはどうやらこの前面突破に対して腹を括ってくれたらしい。
しかし、そんな中でも私のことを心配してくれた。
「……大丈夫です。
私はこれでも幾度もこういった場面に出くわしていますが、その度に生還を果たしています」
私は少しだけ嘘を吐いた。
確かに私は何度も死線を乗り越えてきたが、それでもここまでの負傷はしたことはなくここまで追い詰められたことはない。
だけど、ここで弱音を漏らせばシャルロットさんは不安になり突破に集中することが出来なくなる。
だからここはやせ我慢でもいいから弱音を表に出すべきではない。
「……ユッキー。
成長しましたネ」
「え……」
私が唯一見出した活路に対して気構えている中、金剛さんは唐突にそう言った。
「先程までのあなたは何処か焦りなどで心が曇っていマシタ。
But、今のあなたにはそれらが消えていマス。
いえ、それどこか―――」
金剛さんは私の心の中から迷いが消えていることを言及してきた。
そして
「今のあなたにはかつての私や山城、長門たち歴代の連合艦隊のFlag Shipににも似たAuraを感じマス」
「!」
その言葉に私は胸に大きな衝撃と共に高揚感を感じた。
連合艦隊旗艦。
それは我が帝国海軍の水上戦闘を主とする艦にとっては最も栄えある務めだ。
金剛さんの時代においては駆逐艦がなれるものではないものだ。
だけど、その時代の最盛期においてその役目を務めていた彼女が私に歴代の人々が纏っていたものと似たようなものを感じたと言ってくれたのだ。
「……あなたに言われるなんて……
感無量です……!!」
私は感動のあまりに涙を流しそうになった。
連合艦隊をこなしてきた偉大な先人たちと同等の風格を持っていると称された時点で既に名誉だが、それを私が最も尊敬している艦娘の一人に言われたのだ。
これ以上の名誉がある訳がない。
「……帰ったら、今までのあなたのことを教えてくださいネ?」
彼女は私の成長を喜んだことで今まで私が歩んできた足跡を知りたくなったらしい。
そのことに私は神通さんに話した時の様に怒られるのでは、と親に叱られる子供の様な焦りを覚えたが
「はい!みんなで帰りましょう!」
「Yes!!」
「うん……!」
それ以上に彼女に今までのことを話したくて仕方がなかった。
一層生き残ることへの意思と全員で帰還することへの意思が固まった。