奇跡を呼びし艦娘のIS世界における戦い 作:オーダー・カオス
「馬鹿な……
私が戻ってからまだ二十分も経っていないのだぞ!?」
篠ノ之さんは自分が私たちを助けに戻った後の数十分の間に、レシプロ機の音源が私たちの作戦本部である旅館のある海岸線の前で聞こえてくることに狼狽した。
二十分もあれば……「深海棲艦」にとっては十分過ぎる……!!
またしても自分が失念していたことを痛感させられた。
戦闘中の二十分は大きい。
たったその二十分だけでどれだけの軍事的な行動を出来るかなんて想像するだけできりがない。
「……ぁあ」
「……!!
シャルロットさん!!確りしてください!!」
この音にシャルロットさんは恐慌状態に陥った。
彼女にとってはこの音は死の恐怖を蘇らせる引き金になってしまっている。
だけど、今は冷静さを少しでも取り戻してもらわなければならなかった。
ここで恐怖で何もできなくなればそれこそ死に直結する。
どうすれば……いいえ……どっちを選べば……!?
この最早絶望などという言葉が生温い状況の中、私は二つの選択を迫られた。
……ここは少しでも戦力を残すために逃げるべきなのかもしれませんが……
一つはこの場にいる四人が逃げて少しでも戦う力を残すということだった。
「IS」は火力面では一部劣るが「艦娘」と同じで小回りが利き、何よりも制空権を取ることが可能で「深海棲艦」と戦うのに向いている。
しかし、その数が限られていることから少しでも温存しなければならない。
だから、ここから逃げるということは戦略的に考えれば正しくはある。
だが
……だけど、そうしたら私は……
その選択を自ら選ぶことが私には出来なかった。
この選択は目の前で襲われている多くの人たちを見殺しにすることだ。
……自分が自分でなくなるのは……嫌です……!
私にはその選択を選ぶことが出来なかった。
私は今まで確かに多くの人々を助けられなかった。
でもここで助けに向かうことを放棄したら私は自分の心を裏切ることになる。
最初から生命を諦めるなんて選択肢は私は選ぶことが出来ない。
だったら、選択肢は一つしかないですね……
残された選択。
それはこれから旅館の方へと向かい生存者を捜索し救出することだ。
敵の艦載機、それも陸上を攻めるということはその多くは爆撃機だろう。
だから、今の私でもある程度は戦うには戦えるだろう。
「……篠ノ之さん。
今から行けますか?」
私は篠ノ之さんに彼女の意思を訊ねた。
「……大丈夫だ。
いや、むしろ私の方こそ向かわせて欲しいと思っていたところだ」
その確認に対して彼女は是と答えた。
彼女の意思は固い。
恐らく、彼女の正義感と一夏さんに対する恋慕が彼女を突き動かしているのだろう。
「このまま向かっても誰もいなくて、もしかするとあなたも死ぬかもしれません……
それでも行きますか?」
私は再度、彼女に訊ねた。
今の私の問いには生死に関わることに他人を巻き込むものとしては不公平だ。
だから、もう一度それを確かめた上で訊ねたかった。
「ああ」
彼女はまたしてもそう答えた。
どうやら彼女の意思は本当に固いらしい。
きっと彼女はその意思を曲げないだろう。
「……それは川神先生を傷付けたことへの償いからですか?」
我ながらくどいと感じながらも私は彼女に三度訊ねた。
この質問の仕方は自分でもずるいと思う、
だけど、彼女がもしそういった理由で自分の命を犠牲にしようとするのならば私は止めたかった。
何故ならば、他ならない神通さんがそれを望んでいない。
そして、後悔からの戦いはやめた方がいいと理解しているからだ。
「……違うとは言えない。
でも、理由はそれだけじゃない」
彼女は確かに神通さんのことに対する自責の念もあると言った。
しかし、それ以外にも彼女なりに戦うことに対する理由があるらしい。
「私は……
少なくとも、那々姉さんに次に会える時には、あの人に言われた様にこの「紅椿」を正しく使って……
少しでも胸を張って会いたいんだ」
「……!」
彼女が戦う理由。
それは神通さんが彼女に託した『「紅椿」という力を正しく使って欲しい』という願いだった。
彼女はそれに応えたいから戦うと言ったのだ。
「だから、私は戦う……!!」
彼女の決意は固い。
私はそれを改めて感じさせられた。
そして、紛れもなく彼女自身の意思だ。
既に彼女は心のままに動くと決めた。
「……わかりました。
そう言われればこれ以上は何も言えません。
よろしくお願いします」
「……ありがとう」
「いえ、こちらこそ」
彼女が戦う理由が後ろめたさならば気絶させてでも逃がそうとしたが、意思や決意ならば私は何も言えなくなった。
……そう言えば、私は何時から意思を忘れてしまっていたんでしょうね……
篠ノ之さんの今の選択を見て私はあの戦いが終わってからの自分を振り返ってしまった。
あの戦いが終わった後の私は果たして彼女の様に誰かに胸を張って、いや、『これが自分の意思だ』と言える様な生き方をしてきただろうか。
『お姉ちゃんたちを守る』。
その誓いを果たせなかった私は意思を捨ててしまい、ただ義務感だけで戦ってきた。
「……今のあなたは眩しいですよ」
「え……」
もう否定しないと決めた。
だけど、自分から自分の心のままに戦えた彼女が私には輝いて見える。
「……金剛さん。
すみません。もしかすると―――」
既に篠ノ之さんの意思と覚悟を受け取り、比較的に無謀なこの選択を選ぶことを決めたが、それに他人を巻き込むこと。それも事情を把握できていない金剛さんにはここから逃げて欲しいと私は思ってしまった。
駆逐艦である私にそんな風に言われれば、彼女としては不本意かもしれないが再び出会えたこの人には生きて欲しかったのだ。
それに彼女はこの世界に来たばかりだ。
それなのに訳も分からないまま死なせることなどあってはならないはずだ。
だから、私は彼女にはシャルロットさんを連れて逃げてもらうことを伝えようとした。
「……No。ユッキ―、そのお願いは聞けないネ」
「―――なっ!?」
だけど、それを見透かしたかのように、いや、篠ノ之さんとの会話から当然の如く私たちが無謀に乗り出そうとしていることを察したのか彼女は聞く耳を持たなかった。
「どうしてですか!?」
私は生まれて初めて彼女に反抗した。
神通さん相手には「コロンバンガラ」の前夜でやらかしてしまったが、もう一人の母ともいえる彼女にこんな態度をしたのは初めてだ。
「Oh!
Yes!ユッキ―も確りとした一人の大人になっている証拠デース!」
「……?」
「金剛さん!?こんな時に何を―――!!」
金剛さんは私が初めて反抗したことに反抗期が来たと思ったらしく嬉しそうに言った。
しかし、いつもの彼女の様子ではあるがこんな切迫した状態の中で、しかも彼女には生きて欲しいと思っている私はただ戸惑うばかりであった。
「……ユッキ―。
あなたは昔からいい子で何かと素直な子でしタ。
ですが、今のあなたは私に対して反抗してくれましタ。
それはあなたが既に自立した一人の人間である証拠なのデース。
それを見れて私は嬉しいのデス」
「―――それは……」
どうやら彼女は自分の子供が成長してくれた時に感じるものを感じているらしい。
私としては最も尊敬する艦娘の一人である金剛さんに一人前と認められたことを嬉しくは感じているが、それでも今はそのことを喜んでいる場合ではない。
何としても彼女を説得しようとした矢先だった。
「……仮令、何十年あなたが戦っていたとしてもデース」
「!?」
「?」
その言葉で私は黙らされた。
「こ、金剛さん?」
まるで私が辿ってきた道を知っているかの様な彼女の言いまわしに私は頭が真っ白になってしまった。
「ユッキー。
あの戦いは勝ちましたカ?」
「!?」
そして、彼女は迷いや憂い、不安などを全く感じない風にそう訊ねてきた。
「陽知?この人は何を言っているんだ?」
篠ノ之さんはこの戦場の真っ只中で笑顔でいる金剛さんに戸惑いを覚えた。
だけど、私や金剛さんにとってはこれは別に不思議なことではない。
「……勝ちました。
司令が勝ちました」
私は彼女の問いに最も彼女が望んでいる形で返した。
「そうですカ」
彼女は本当に嬉しそうににっこりとした笑顔を浮かべた。
だけど、私にはわかる。
彼女には司令が負ける光景など全く浮かんでこなかったのだ。
……やっぱり、この人には勝てませんね
私は改めてこの人の指令に対する想いには勝てないと思い知らされた。
この人は端から司令が負けることなど考えもしていない。
それは盲信でも心酔でも狂信でもなく信頼だった。
そんなこの人だから司令を支え続けられたのだということを私は理解させられた。
「……わかりました。
では力を貸してくれませんか、金剛さん?」
「OK!」
彼女のその心の強さに私は彼女を説得するのを諦め彼女に力を借りることを頼むと彼女は待ってましたと言わんばかりに快諾してくれた。
「……シャルロットさん。
あなたは……逃げ延びてください」
「!?」
そして、私は最後にシャルロットさんにそう頼んだ。
「ど、どうして……」
彼女は控え気味にそう訊ねた。
いや、彼女も分かっているのだ。今の自分が戦える状態じゃないことを。
だけど、自分が見放されたと思っているのかもしれないし同時に自分だけが逃げることへの後ろめたさを感じているのだ。
「……そうですね。
これは友達としてのお願いです」
「え……」
私が彼女に逃げろと言った理由。
それは戦力の保持とか、情報を持ち帰る等といった理由よりも友達として彼女には生き延びて欲しいと思って頼んだだけだ。
「……今から私がやろうとしていることは無謀です。
だから、価値なんてないのかもしれません」
「そんな……」
実際、私がやろうとしていることは既に生存者がいないかもしれない死地に向かって救助に向かうという自殺行為そのものだ。
それでも、私がただ見捨てたくない、いや、見捨てられないといった個人的な理由で向かおうとしている。
だけど、
「……でも、あなた一人だけでも、私の事実を知ってくれているあなたが生きてくれるのならば、私のこの選択には意味があったということになるんです」
「……!」
少なくともシャルロットさんを逃がす時間は稼げることになる。
楯無さんを除く、この世界で出来た友達を失ってしまったかもしれない。
だけど、その中でただ一人でも、それも私の本当のことを知ってくれている彼女が生き残ってくれるのならば私には悔いはない。
「僕は―――」
私の説得、いや、懇願を受け彼女は苦しそうだったが
「―――くっ……
わかった……ごめん」
「……ありがとうございます。シャルロットさん」
彼女は涙を呑んで生きてくれると約束してくれた。