奇跡を呼びし艦娘のIS世界における戦い 作:オーダー・カオス
「雪風の悲しみ……?」
那々姉さんのその言葉はその悲しみを物語っているかのようだった。
彼女たちが抱えているであろう悲しい過去というのは何となくだがその原因はわかる。
彼女たちがしていたのは戦いだ。それも殺し合いという名前の。
ならその過程で沢山のものを失ってきたことぐらいは俺でもわかる。
それに
『……お姉……ちゃん……』
雪風は姉を失っている。それも彼女たちの発言からすると「初風」と呼ばれるお姉さんは雪風にとっては最も絆の深かった姉である可能性が高い
それは測ることの出来ない深い悲しみだろう。
「……どういうことや神通?
雪風の悲しみがって……」
「こう言ってはどうかと思うが、それならばこの場にいる何人かの艦娘も……そのだな……」
龍驤さんも武蔵さんは躊躇いがちに那々姉さんの言い回しに疑問を呈した。
ただ俺は少しだけだが、彼女たちの発言と反応に不快感を抱いた。
彼女たちの発言はまるで全員が同じ悲しみや苦しみを味わっているのだから雪風の悲しみも大して珍しくないと言っている様なものに感じられたのだ。
いや、違うか……
だから、この人たちも言葉を濁してくれているのか……
ただこの人たちの剛胆さや人柄と打って変わっている今の態度から彼女たちにはその自覚があるのが見て取れる。
きっと彼女たちも自分の反応がどういったものなのかを知りながらも敢えてそう言っているんだろう。
……少なくとも悪い人たちじゃないな……
改めて、この人たちが決して悪人や悪党ではないのが理解出来た。
少なくても、保身のために取り繕うような人たちではないのは好感は抱かないが、それ以上に嫌悪感は抱けない。
「……そうですね。
確かにこの場にいる全員は戦友や教え子、そして、姉妹を失っている人たちが殆どです……」
「!?」
那々姉さんは二人の反応に自らの苦しみや悲しみを込める様に返した。
それはつまり、那々姉さんも同じ苦しみを味わったということなのだろう。
……それが当たり前の世界か……
那々姉さんすらも同意したその理由にそれが当たり前であることの恐ろしさを俺は感じた。
そして、気付くことができた。
彼女たちは悲しむことを否定したのではない。
全員が何かしらの肩で背負っているものだからこそ、雪風だけが特別ではなくむしろ彼女の悲しみがそれ以上の深いことを理解したからこそ聞こうとしたのだ。
「……ですが、雪風はあの戦いで最終的に生き残りながらも戦いで負った傷は癒えることがなかったのです……
彼女にとっては勝利も……平和すらも悲しみを癒すものではなかったのです……」
「何!?」
「え……?」
那々姉さんは雪風は生き残ったということを明かした。
そして、戦いにも勝ったということも。
だけど、どういうことだろうか。
何よりも『生き残った』という意味が分からない。
目の前の彼女たちは生きている。
それは雪風も同じはずだ。
「……そうか、我々は……」
「……はい。それは私も同じです」
「……?」
けれども、武蔵さんは何処か納得気だった。
一体、彼女たちに何があったと言うのだろうか。
「……ということは雪風は……人類は勝ったのだな?」
「……少なくとも、戦いそのものには勝ちました……
あの子にとっては望まない形でしたが……」
「……望まない形……?」
雪風たちは勝った。
それはつまり、あの破壊を目的としたような「深海棲艦」に人類が滅ぼされないで済んだということだろう。
しかし、それでも雪風にとってはその勝利は苦いものらしい。
「……あの子の姉妹は全員……」
「え!?」
「そんな!?」
「……くっ……」
那々姉さんは苦しい顔をしてそう答えた。
武蔵さんを含めた彼女たちの顔に悲愴感が募った。
それに朝潮が特に強く反応した。
今までの会話の内容から嫌な予感がした。
姉妹ってことは……雪風には妹もいたってことかよ……
大好きな姉だけでなく、彼女を含めた姉と妹すらも失ったという事実に俺は愕然とした。
ある程度は予測は出来ていた。
そうでなきゃ雪風があんな目をする訳がないはずだ。
だけど、それじゃあいくら何でも救いがなさすぎる。
「……それにあの子は戦い過ぎました……」
「戦い過ぎた……?」
那々姉さんは更なる悲しみを込めてそう告げた。
「あの子は戦いが終わった後も……
二十五年間近くもその後の平和を守る為に戦い続けました……」
「はあ!?」
「何!?」
俺たちはその事実に不可解さを、彼女たちは悲愴感を込めて反応した。
「二十五年って……」
「ちょっと待ってください先生!!
雪風は15歳なんですよ!?」
「そうですわ!?
いくら何でも……!!」
俺たちは明かされた雪風の経歴と「IS学園」の学生としての年齢から生じる矛盾に騒ぐしかなかった。
雪風は確かにただの少女じゃない。
それでも那々姉さんの説明では彼女の見た目から予想される年齢を悠に10年は越えている。
「……信じられないのも無理もありません。
ですが、彼女は肉体年齢は15歳の少女と変わりませんが、彼女の本当の年齢は30歳なんです」
「なっ!?」
「嘘だろ!?」
「雪風さんって……」
「三十路だったの!?」
にわかに信じられないが、もしそれが本当ならばとんでもない話だ。
まさか、同級生が実は30歳だとは衝撃的過ぎて理解が追い付かない。
いや……でも……
あの妙な落ち着き様とか、冷静さとか、大人ぽっさも少し納得かもしれないな……
だけど、思い当たる節がない訳ではない。
今までの雪風の何処か愛らしい見た目とは裏腹の大人びた振る舞いとかにもそれならば納得がいく。
……その割には結構、「姉弟子」とか主張していたな……
でも、確かに年下の俺に「妹弟子」とか言われたら意識するのも無理はないか……
なんか、色々と生々しいな……
大人な一面を見せるとともに俺に『妹弟子』とか言われたりして気にするところや、俺が成り行きでお姫様抱っこをした時の狼狽え方、空中に乗り出した際の怯え方、水着姿で俺に近くにいたことに気付いた際の恥ずかしがるところなど30歳の割に幼い一面が見られるが、それが逆に説得力を増しているようにも感じてしまう。
「……あの……馬鹿者!!!」
『!?』
俺たちが雪風の実年齢のことで気を取られていると武蔵さんは今まで見せたことのない怒りの感情を露わにした。
「武蔵さん……?」
彼女の突然の怒鳴り声に朝潮が反応した。
どうやら先ほどから那々姉さんの怪我の様子や雪風に対する反応や心配から二人とはこの子は関係が深いらしい。
「……あいつは……あいつは戦いを終わっても平和を謳歌するつもりはなかったのか!?
戦いに生涯を捧げることが自分に出来ることだと思っていたのか!?
あの馬鹿が……!!!」
武蔵さんは心の底から憤りを隠さず雪風を怒り続けた。
「……っ」
「ちょっと、いくら何でも言い過ぎじゃないの!?」
「そうですわ!!それではあんまりですわ!!」
「お姉様は恐らく軍人として―――!!」
武蔵さんの剣幕に圧されながらも鈴とセシリア、ラウラの三人は雪風を庇おうとした。
彼女たちの目からすれば武蔵さんの発言は雪風を侮辱していると思われてもおかしくはない。
だけど、俺はあの悲しい目とその理由を知っていることから彼女たちに続くことができなかった。
あの悲しい目を続けて欲しいと思えなかったのだ。
「自分の命を縮めてまで戦うことを誰が望んだと言うのだ!?」
『!?』
しかし、異なる反応をしていた俺も彼女たちも新たに明らかになったその衝撃的な事実に考えを止められた。
「自分の命を縮める……?」
雪風がしていたことの恐ろしさを感じられる言葉だった。
「そうだ。
艦娘は戦う船の化身ともいえる存在だ。
故に艦娘を辞めない限りは老いは遅くなり、一見するとただの人間よりも長く生きられそうに思えるのだが……」
「なっ!?」
「それって不老長寿っこと!?」
艦娘の新たなる一面に俺たちは驚愕しかなかった。
武蔵さんの主張が正しければ艦娘は年の取り方が人間と比べると緩やかなものらしい。
一見すると、それは人間からすれば羨ましく思えるものなのかもしれない。
「だが、それはあくまでも見た目や肉体面のことだけの話だ」
「……?」
武蔵さんは打って変わって暗い顔をした。
どうやら、その不老長寿にも何かしらの落とし穴があるらしい。
「もし、「艤装」……つまりはこの装備が取り返しのつかない損傷を食らえば「艦娘」は例外なく死ぬことになるのだ」
「え!?」
あの「IS」に似た装備が壊れるのは艦娘にとっては死に直結する。
待てよ、それだと雪風は……
そして、それが意味することに少しだが俺は感じ取り不安な気持ちに陥った。
だけど、それだけでは終わらなかった。
「それだけではない。
三十年近くも戦っていたということは「艤装」もその分、老朽化していたはずだ……」
「!?」
武蔵さんの追い討ちにもいえるその説明に俺たちは雪風が戦い続けたということの意味も理解してしまった。
雪風は文字通り命を削って戦い続けたのだ。
それも既に戦う役目を終えて戦う必要もないのにだ。
そして、彼女を突き動かしていたのは姉妹を失ったこと、守れなかった無念だというのは那々姉さんや武蔵さんの説明を経て想像することも出来る。
「なのに……あの馬鹿は……!!」
武蔵さんは心底悔しさを感じていた。
それは仲間の一人がもう戦わなくてもいいのに戦いに人生を捧げ続けたことへの悲しみだった。
「……武蔵さん。あの子をその事で叱るのは止めてください……
それは既に私がしていますので」
どうやら那々姉さんは何時の間にか雪風をそのことで叱っていたらしい。
雪風自身にそのことを教えられた時の那々姉さんの心情を考えると想像に堪えない。
「……神通。
お前はそれでいいのか?」
「……はい」
「……わかった。お前が言うのならば仕方ないな……」
「ありがとうございます」
那々姉さんの説得に武蔵さんは納得したらしい。
それでも二人には、いや、彼女たち全員が心から納得した訳ではないのは容易に想像できた。
事情をよく知らない俺たちすらも理解出来る程に雪風の軌跡は納得できないのだから当然だろう。
いくら何でもそれはねぇよ……
雪風の悲壮な生き方に俺は虚しくそう心の中で呟くしかなかった。