奇跡を呼びし艦娘のIS世界における戦い 作:オーダー・カオス
ご注意を。
「あの~……更識さん?
どうしたんですか?」
十個のコーンをくぐり抜け終わった私は地に膝をついて落ち込んでいる更識さんの様子を伺った。
これだけ落ち込んでいるとなると、余程のことがあったらしい。
私が声をかけると更識さんは
「飛行よ……」
「え?」
「地上でこれだけ動かせるのなら、もう大丈夫よ!
次は「飛行操縦」よ!」
とほとんどやけっぱちな様子で飛行に移ることを口に出してきた。
「え!?いきなりですか!?」
初めての「IS」の操縦を終えたばかりの私に今度は未知の領域である「飛行」の訓練をさせると呟いた彼女に私は困惑してしまった。
「大丈夫!いきなり、あんな動き方ができたんだから!」
となぜか、興奮気味に更識さんはそう主張した。
「飛行」の訓練はどうやら確定事項らしい。
まあ、私としては大本営のあのほとんど思い付きに等しいめちゃくちゃな命令よりはマシだと思えるのでなんとか耐えられるし、今の口ぶりから私の先ほどの走行には問題はないらしいが。
「わ、わかりました……」
彼女の迫力に多少圧されながら私は飛行訓練に移ることを了解した。
私がここまで圧されるなど何時以来だろうか。
「じゃあ、先ずは体を浮かせることからね」
「浮く……ですか?」
「そう、先ずは「飛行」の第一段階として身体を浮かせることから始めた方がいいわ」
「なるほど……」
更識さんの言葉に私はどこか心当たりがあった。
更識さんの言う「浮く」と言う基本動作は私たちにとっても馴染み深いことだ。
「艤装」を纏っての走行で先ず大切なことはまず、海上の上に立つことだ。
「艤装」による移動の初歩としてはまず、海上でバランスを取りふらふらとしないようにすることから始まる。
「IS」の飛行操縦もまた、「浮く」と言う初歩から始めるらしい。
「それに雪風ちゃんのさっきの走行は射撃戦に向いているから、飛行は速さを求められる戦いや相手との距離を取る時に使った方がいいわね」
「……!それは本当ですか!?」
私は更識さんの言葉に食いついた。
彼女が言った言葉が本当ならば、私にとってはとても喜ばしいことだ。
私にとっては、今の走行が慣れているというだけで、「IS」と言う未知の装備を扱う上でその基本動作の学習の過程をいくらか省けるうえに、それ以上に「二水戦」の戦いができると言うことに他ならない。
「ええ、「IS」は確かに優れた技術が使われているとは言え、それを使うのは「人間」よ。
「IS」の射撃戦闘は「IS」のサポートがあるけれど操縦者の技術や判断力に委ねられるからどうしても速度を緩めちゃうことがあるのよ。
雪風ちゃんの走行は相手に隙を与えないものとして十分通用……いえ、少なくとも、地上戦においては最も優れていると言っても過言じゃないわ」
少しはしゃぎ気味に私が確認すると更識さんはにっこりとしながら私の「IS」の地上走行についての評価を口に出した。
どうやら、「IS」の運用については普段は先ほどの「砲雷撃戦」をイメージした移動の方が射撃戦闘においては有利らしい。
でも、私はそんなことよりも「二水戦」の戦いができることがただただ嬉しかった。
「……よかった。
そんな顔もできるんだ」
「え?」
私が喜びに耽っていると更識さんは安堵を込めながらそう呟いた。
「だって、雪風ちゃん、昨日からどこか無理してそうな笑顔ばっかりで硬かったんだもん。
だから、今の顔を見て安心しちゃった」
「あ……」
更識さんの言う通りだった。
私は「この世界」に来てからいつも気を張り詰めていた。
もちろん、まったく違う世界に来てしまったことでどこか心細さや不安があったのは事実だった。
だけど、
「もうちょっと……私たちを頼ってくれると嬉しいかな?」
『どんと来い!』と書かれた扇子を広げて彼女は優し気な目で私を見てきた。
「そうですね……雪風さん、もう少しわがままを言ってもよろしいんですよ?」
布仏さんも続いてそう言ってくれた。
私は心のどこかで彼女たちの世話になりっぱなしになることはいけないと思って必要以上に弱さを隠そうとしてきた。
昔の私ならば、「司令」に甘えていたように子供っぽさを見せていただろうが。
「はい……すいません……」
心配をかけたことに私は謝ったが
「はいはい、謝らない。
そうやってすぐに謝ろうとするのは悪いところよ?」
「うっ……はい」
更識さんはそれを注意した。
どうやら、このままでは私が謝ろうとするたびに彼女たちも延々と止めるつもりらしい。
私は思わず言葉に詰まるも
「わかりました。
じゃあ、「浮き方」を教えてください」
肩の力を少し抜きながら彼女に「飛行」の初歩をご教授願おうとした。
「そうね……さっき、雪風ちゃんは海の上で戦ってたと言ってたわよね?」
と何かを思いついたような顔をしながら私の「過去の戦い方」を再度訊ねてきた。
「そうですが、それが何か?」
「雪風ちゃん、「IS」の操縦は大体イメージ、想像力で何とかなるものなのよ。
それは解ったわよね?」
更識さんは念には念を入れるかのようにそう言ってきた。
「はい」
それについては理解している。
私の先ほどの走行ができたのは身体に叩き込まれた「航跡」も理由としては大きいが、同時に教本に散々書かれていたように想像力と過去の記憶を活かしてイメージを思い描くことを意識してできたのも理由の一つだ。
「じゃあ、地面よりも1メートルぐらいまで海面があると思ってみてくれないかしら?」
「なるほど……」
更識さんは私にとっては「浮き方」として一番解りやすい例えを示してくれた。
「話が早くて助かるわ。
それじゃ、やってみて?」
「はい!やってみます!」
彼女に言われるがままに海を意識した。
私にとって空中に浮かぶことよりも海上の上で立つと言うイメージの方が想像しやすい。
だけど、私が想像したのは私の知る海ではない。
私が思い描いたのは「静かな海」だった。
「あの戦い」が終わってから25年以上も経ったのにも関わらず未だに見ることのできない光景だ。
そして、私はそっとそこに降り立つイメージをした。
すると、どこか体が軽くなるような感覚に私は包まれた。
「雪風ちゃん……!」
更識さんの感極まる声を聞いて私は自分の足下を見渡した。
すると、私は
「浮いてる……!」
私は浮いていることに気づいた。
最初は進水日の時のように身体がぐらつくと思っていた。
けれど、どうやら身体が憶えている感覚と更識さんの助言のおかげか、そんな心配をよそに安定した姿勢を保ちつつ浮くことができていた。
これが空中に立つということですか……
私は今までの海上に立つ場合とは異なる足下に体重がのしかかる重力感、いや、あらゆる力学的法則からも解放される自由に満ちた感覚を感じていた。
最初に感じていた感覚の正体はこれでしたか……
あの格納庫で目を覚ました時にこの「初霜」が海の上で戦うものではないことにどこかで感じていた理由がようやく理解できた気がする。
「雪風ちゃ~ん?
どうしたの?」
「あ……」
私はしばらく宙に浮かぶという初めて感じた感覚の中で一種の感動を覚えていて少し呆けてしまっていた。
「い、いえ……
なんでもありません」
そんな子供のようなはしゃぎ様を知られることに気恥ずかしさを感じて私は誤魔化そうとした。
仮に昔の私ならば
『うわぁ……!
雪風、飛んでますぅ~!!』
とか言って、目をキラキラと輝かせて口を大きく開けて、時津風や磯風辺りに『子供っぽい』とからかわれるのが目に見えるようなはしゃぎっぷりを見せていたはずだ。
言っておくが、昔の私がそうなのであって、現在の私がそうなのではない。
間宮さんのアイスや伊良湖さんの最中があるのならばともかくとして、今の私はそんなに幼くはない。
間宮さんのアイスや伊良湖さんの最中があるのならばともかく。
「よし、じゃあ飛行操縦における前進からよ」
「前進ですか?」
「そうよ。
さっきも言ったけど、雪風ちゃんの移動の仕方は銃撃戦には向いているけど、相手との距離を取りたい時や速度を出したい時には飛行による移動をした方がいいと思うわ」
「なるほど、確かにそちらの方が速いですね」
更識さんの主張に私は多くの空母たちと共に戦い、敵の搭載機を相手にしてきたことから「飛ぶ」と言うことの速さを知っている私は頷いた。
実際、直立しながらの砲雷撃戦の戦い方よりも航空戦力や潜水艦のように前に体を倒して移動する姿勢の方が空気抵抗を少なめにできるはずだ。
空を飛ぶ鳥や水中を泳ぐ魚を見ていればわかることだ。
それに
「……空中戦ができるようにその姿勢には慣れておいた方がいいですね」
私が今までやってきたのは「対空戦」や「地上戦」を意識した戦い方だ。
だが、「IS」の主戦場は「空中」だ。
私の経験が活かせる「地上戦」や「対空戦」に相手がわざわざ乗ってきてくれるなど楽観的な考えだ。
戦場では如何にして相手を自分の土俵に引きずり込んで優位に立つかと言う駆け引きを行わなければならない。
しかし、それができない場合もある。
ならば、そう言ったあらゆる事態を想定し対処することが求められる。
いささか、理想論だが、これらのことは当たり前のことで実際にできなければ生命の危機に直結する。
私はたとえ、『厳しい』、『鬼』と言われても中華民国の娘たちには自分の経験から彼女らにそれらのことができるように身体と頭と心に叩き込んできた。
もちろん、私自身にもそれは求められているので日々、慢心せずに生きてきたが。
「話が早くて助かるわ。
じゃあ、とりあえず何か風を感じるものをイメージしてみて?」
「……風ですか?「矢印」ではなくて?」
「IS」の教本には「矢印を目の前にあると思って進め」とは書かれていたが、経験者である更識さんはそう助言した。
「まあ、教科書とかにはそう書かれてはいるけれど、雪風ちゃんの場合は何と言うか身体で何でもこなしちゃうタイプだからそう言った方がやりやすいかな~?
と思ってね」
「確かに「IS」の操縦は慣れるより慣れろですからね……」
「でも、ちょっといくら何でも人間は空なんて飛べないし、風を突っ切ると言うのはどうしても走ることしか想像できないわよね……」
更識さんは割と私の本質を突いてきてそれを活かした「IS」の操縦法を伝えてきて布仏さんもそれを肯定した。
しかし、この訓練で問題なのは「IS」はイメージを使って操縦することであり、そのイメージを考えるにも初心者である私にいきなり空を飛ぶことをイメージしろなんて無理なことだ。
そもそも、艦娘含む人間は空を飛べない。
更識さんはそのことで困った顔をしてきたが
「いえ、私にいい考えがあります」
「「……え?」」
私には空を飛ぶとは違うことかもしれないが、空、いや、
「どういうこと?」
更識さんは私の真意を訊ねようとしてきた。
「更識さん、さっき『風を感じるものをイメージしろ』と言いましたよね?」
私は彼女が先ほど口に出した言葉を確認した。
「ええ……確かに言ったわ」
更識さんは自分の発した些細なヒントがあまり意味を持たないと思ったのか私が自分の発言を確認したことに戸惑っているようだ。
「なら、いけます!
「風」に関しては……妹が専門家でしたので」
私は「風」を誰よりも愛した第十六駆逐隊の所属していた一つ下の妹のことを思い出していた。
本当ならば、私を待っていてくれたはずの最後に残っていてくれた妹との日常を。
「妹……?」
「雪風ちゃん、妹がいたの?」
私が初めて出した
「はい、姉もいましたよ?」
そんな二人に私は
「いた……?」
布仏さんは私が過去形で説明したことに訝しげな顔をした。
「あ、そうか……雪風ちゃんは陽炎型の……」
更識さんはどうやら私の級名を知っているらしく続きを口に出そうとしたが
「はい、
私は彼女たちに負目を感じさせまいと胸を張りながら笑顔でそう言った。
私、いや、「あの戦い」で生き残った艦娘の過去は重い。
ほとんどの子は同型艦の姉妹を失っている。
私自身、「奇跡の駆逐艦」と言う異名を嫌い、そう呼ばれること自体が辛い時もある。
本当に「奇跡」を起こす駆逐艦と言うのは初霜ちゃんのような娘の方が相応しい。
だけど、私は辛い古傷に触ったことに二人が後ろめたさを感じさせまいと笑顔で誤魔化そうとした。
「じゃあ、とりあえず「風」をイメージしますね!!」
話題の切り替えに力を入れて、私は妹、陽炎型9番艦の天津風のことを想像した。
私が想像したのは島風ちゃんと競争をして、風を感じることを本当に嬉しそうな顔をしている彼女だった。
「……!?ちょ、雪風ちゃん、待っ―――!!」
「……え?」
しかし、そんな時に更識さんは慌てて私を引き止めようとしてきたが、突如私はとてつもない風の流れに包まれたことでその言葉の続きが聞き取れなかった。
その時、私の脳裏に浮かんだのはなぜか
『いい風来てる~!!』
我が第十六駆逐隊において、普段はお姉ちゃんと同じくらい落ち着いて何かと面倒見がいいけれど、時たま風を感じると狂喜乱舞している天津風の姿だった。
……あれ?動いてる?
止まり方も知らないのに私は前に猛スピードで飛んでしまっていた。
雷と霞……
選ぶならばどっち?