奇跡を呼びし艦娘のIS世界における戦い 作:オーダー・カオス
「ここは違う歴史を辿った世界ですって!?」
「お前たちは違う歴史を辿った世界から来ただとぉ!?」
「ぽい?」
「はい」
私は山田さんと加賀さんたちに保護された後、『疲れているからゆっくりしなさい』と加賀さんと金剛さんに押し切られる形でこの客室の一つで帰還したことで安堵して気を失ったシャルロットさんと一緒に安静にするように言われた。
加賀さんは金剛さんと山田さんを伴って部屋を出る前に叢雲ちゃんと夕立ちゃんの二人に私が部屋から出ないように見張っている様に伝え、そのまま部屋から出ていった。
その後、この場にいるシャルロットさん以外の事情を知らない三人に今までのことを説明したところ、夕立ちゃん以外の二人は混乱してしまった。
「やはり、驚きましたか?」
答えは既に決まっているであろう質問を敢えてしたところ
「「当然よ/だ!!」」
二人は語尾以外は異口同音の返答をした。
彼女たちの反応は当たり前だ。
そもそも私自身もこの世界に来て初めて事情を把握した時にこうなってしまったのだから。
「そもそも違う世界ってどういうことよ!?」
叢雲ちゃんは感覚が想像つかず、どう理解すべきか迷っていた。
「……そうですね。
だったら一次関数の図式を考えてみてください」
「え……?」
「陽知?」
私はとりあえず叢雲ちゃんに対してこの世界と私たちの世界がどういった関係なのかを基本的なことだけを伝えようとした。
叢雲ちゃんの様に真面目な子なら感覚よりも先ずは何がどうであると定義した方が理解してくれる。
「この二つの世界は昭和の4年、西暦の1929年までは同じ歴史を辿っていたので同じ直線、これを甲として直線甲の中にあったとします。
ここまではいいですか?」
「あ、うん……まあ、それは当たり前でしょう?
方程式なんだから傾きや定数が同じなら同じ線でしょう?」
「?」
敢えて、初歩的な数学を説明に利用したのは叢雲ちゃんみたいな確りとした娘だからこそ理論的に説明すれば分かってくれると考えたからだ。
数学は一般的に難しいと思われがちだが、ある程度、式や計算、法則、図さえ頭に入っていれば他の言語や学問や教養よりも共有して理解出来るこれ以上の言語は存在しない。
特に叢雲ちゃんは妥協しない娘だ。
「だけど、この甲では有り得ないことが起きます」
「は?」
だからこそ、彼女ならば私が言う式の意味とその特異性が意味することを理解してくれるはずだ。
「昭和四年という地点で直線甲に傾きが異なる直線乙が生じて甲と乙という二つの歴史を辿った世界に分かれます。
そして、今はその直線乙の延長線上にある未来ということになります」
「……はあ!?何それ!?」
「ん?どういうことだ?」
「ん~?」
しかし、叢雲ちゃんはその事実に戸惑いを覚えた。
「いくら何でもそんな無茶苦茶な式が成り立つわけないでしょ!?」
叢雲ちゃんの意見は至極当然だ。
方程式なのに何の関数も、因果もないのに傾きや変わり定数が生じるなんてことはあってはならないし、それはもう数学ではない。
今までは直線だったものから枝分かれして新たに生まれた方程式。
理屈もあったものじゃない。
だが、それはあくまでも数学の中での話だ。
「ですが、実際にこの世界と私たちとの世界はそういった関係としか言いようがないんです」
「嘘でしょ……」
それが実際に存在するのならばそれを受け入れなくてはならない。
あくまでも数学を使ったのはこの世界と私たちの世界との関係を説明するための手段だ。
叢雲ちゃんは頭の中に図表を想像して、今までは理論的だったことが有り得ないことで崩壊し数式では把握しきれないことだと理解して頭を抱えた。
だけど、彼女の場合は目の前の現実を確りと説明すればそれが事実だと分かり受け入れてくれる度量がある。
だからこそ、今回はこんなに回りくどい説明が上手くいったのだ。
「ふ~ん?何となくだけどこの世界って歴史が違う未来ってこと?」
「……流石ですね。夕立ちゃん」
私は夕立ちゃんのこの普通では信じられない事実をすぐに無理なく受け入れた姿勢に久しぶりに驚かされた。
夕立ちゃんは頭で考えるよりも先に本質を理解出来る娘だ。
きっと中世に生きていてもすぐに地球が球体だと言われればすんなりと受け入れられる娘だ。
実際、彼女と戦ったあの「ソロモン」でも私は彼女のそういった才能には呆気に取られた。
彼女は相手にどうすれば大打撃を与えられるのかを瞬時に把握して躊躇なく突撃した。
「攻め」なら私は敗けてしまいますね……
私も直感に優れているには優れているが、「攻め」ならば間違いなく夕立ちゃんの方が上だ。
恐らくだが、当時の帝国海軍の駆逐艦娘の中で彼女に攻撃面で勝てる娘はいない。
いるとしても綾波ちゃんぐらいだ。
那珂ちゃんさん率いる「四水戦」は「二水戦」よりも果敢でしたしね……
水戦畑の中で「二水戦」は総合面では最強だったけれども、破壊力ならば間違いなく「四水戦」の方が明らかに上だ。
これに関しては間違いなく那珂ちゃんさんの影響が大きいと思う。
あの人は少しふざけている印象があるが、果敢さは間違いなく本物だ。
二水戦以上の突撃精神を持っているのが四水戦だ。
「あんた……すごいわね……」
叢雲ちゃんは夕立ちゃんの適応力の高さに少し戸惑いながらも感心し、彼女のそういった姿勢を見たことで冷静になった。
叢雲ちゃんは決して頭が固い訳ではない。
頭で理解した後に心の整理さえ追い付けばどんな事実でも飲み込むことが出来る度量がある。
「……わかったわよ、
少なくともあんたは信じられるわ。
だからあんたの言うことが事実だということで受け止めさせてもらうわ」
「叢雲ちゃん。ありがとう」
何よりも私にとっては幸いなのは彼女が私を信じてくれていることだった。
私はそのことに感謝した。
「陽知……本当にその……」
私と同じ世界の人間である叢雲ちゃんと夕立ちゃんと異なり、私たちの事情は受け入れがたいものだった。
しかし、これは仕方のないことだ。
そもそも篠ノ之さんは「深海棲艦」も「艦娘」も知らない上に、何よりも彼女と私との間には叢雲ちゃんやシャルロットさんとの場合と異なり信頼関係が築かれていない。
この差は大きい。
「篠ノ之さん。信じられないのも当たり前です。
ですが、この二人や金剛さん、加賀さんの為に私は嘘を吐きません。
これだけは誓えます」
「え……あ、あぁ……」
だけれども私はここで引くわけにはいかない。
この場にいる二人も、金剛さんも加賀さんも、そして、彼女たちが前の世界の存在ならば他の人たちの為にも事情を説明しなくてはならない。
少なくとも、今回の戦闘でこちらの私たちの事情の一部を知った人々には知ってもらうことで情報の漏洩を防がなくてはならない。
彼女たちを守ることは先にこの世界に来た私がすべきことだ。
かつて神通さんが私にしてくれたことと同じ事だ。
「それとあなたには謝らなくてはならないことがあります」
同時に私は彼女に謝りたいことがあったのだ。
「……偉そうなことを言ってごめんなさい」
「え……」
「雪風?」
「雪風ちゃん?」
私が頭を下げたことに当事者である篠ノ之さんだけでなく事情を知らない叢雲ちゃんと夕立ちゃんも困惑した。
だけど、ようやく事情を明かせたからこそ私は彼女に謝りたかったのだ。
「私は……「専用機」を特殊な事情とは言え通常とは異なる形で所持しそれを使用していました。
それなのにあなたに対して『それでいいんですか?』と訊ねてしまいました。
そんな問いを投げかける資格もないのに」
「陽知……」
それは「専用機」のことだった。
「専用機」のことに関しては彼女だけが『不平等』だと言われて、私だけが責められないのは間違っている。
その申し訳なさを打ち明けたかったのだ。
他にも彼女の家庭の事情から来る精神状態の不安定さを考えなかったことに謝罪はしたかった。
彼女の家庭の不幸に関しては私はあの酷い姉、それも私のお姉ちゃんたちとすら比べることも烏滸がましい人が原因なのでそれを知らないで偉そうにしていたことを謝りたい。
だけど、あんな酷い姉でも篠ノ之さんにとっては肉親だ。
もしそれを理由に謝罪すれば篠ノ之さんに対して失礼になる。
だから、私は「専用機」のことだけを謝罪したかった。
「……いや、いいんだ……
私は気にしていない。
むしろ、私はお前のその一言で教えられたよ……」
「え……」
けれども、篠ノ之さんは私を責めるどころか、何処か憑き物が落ちたかのような顔をした。
「私は自分が最も嫌っていた……いや、違う……
何処か嫌悪していたはずの乱暴な自分に気付けなかった……
力や権利があれば何でもしてもいいと思うなんてことはしたくなかったのに……何時の間にかそれを忘れてしまっていた……自覚もなしにだ……
だけど、お前のその一言で気付かされたよ……」
彼女は自分を責める様に次の一言を告げた。
「力を使うしかない人もいる……
それも自分の為ではなく、他人の為に……
少なくとも、お前は私とは違うよ……陽知……」
「篠ノ之さん……」
彼女は自分とは私は違うと答えた。
同時に神通さんが言っていた篠ノ之さんが決して彼女の姉の様にならない理由を理解させられた。
彼女には力への嫌悪があった。
確かに自制心は少し弱まっていたが、それでも楔となって彼女を止めようとしていた。
その自己矛盾がある時点で彼女は姉とは全く違う。
「それでも、私は―――」
彼女は個人的な理由や動機で「紅椿」を求めた。
だけども、それは私も同じだ。
私も自分の意思の為によりにもよって大切な友達の名前を持つ「初霜」を使った。
そんな私と彼女に違いはないはずだ。
「全く、あんたは何時からそこまで弱弱しくなったのよ?」
「―――え、叢雲ちゃん?」
私と篠ノ之さんの会話に叢雲ちゃんが入ってきた。
「あのね……アンタらしくないわよ。
アンタの場合はこういう時には涙目になったり、あたふたしたり『そんなことないです!』とか言うでしょ?
殊勝なアンタなんてアンタらしくないわよ?もっと弱虫でしょアンタ?」
「え……」
「うぐっ!?叢雲ちゃんそれは!?」
叢雲ちゃんに指摘された昔の私ならしそうな反応に私は恥ずかしさを感じた。
「あ、確かに雪風ちゃんならそうするっぽい!!」
「ゆ、夕立ちゃん!?」
それに呼応するかのような全く邪念のない夕立ちゃんの援護砲撃に私は焦りを覚えた。
「何よ?
それとも「総旗艦」経験者の雪風は『一駆逐艦のあなた達とは違うんです』とでも言いたいの?
随分と偉い立場になったわね?」
「えぇ!?そんなことは!?」
私の煮え切らない態度にしびれを切らしたのか叢雲ちゃんは私が「総旗艦」をしたこと持ちだしてきた。
「だったらほら!
そこのそいつがこれ以上気に病まない様にあんたがこの話を切り上げる!」
「え、ええ……あ、あの……」
彼女はトドメにこれ以上しょい込むなと言ってきた。
「……それとそこのアンタ」
「え!?私か!?」
「そうよ、他に誰がいるのよ?
アンタもアンタでウジウジしない!!
アンタのことをよく知らないけど、少なくとも、雪風は根が真面目だし、アンタもそうでしょ?
だったら、ここで終わり!アンタたちみたいなのは延々と終わらない謝罪合戦を繰り返して埒が明かないのよ。
はい!これで終わり!」
「え、えっと……」
「あ、あの……」
「返事は『はい』しか認めない!!」
「「は、はい!!」」
私と篠ノ之さんは叢雲ちゃんの剣幕に圧されてそのまま指示に従うしかなかった。