奇跡を呼びし艦娘のIS世界における戦い   作:オーダー・カオス

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第29話「変わりゆく日常」

「織斑君、おはよ!」

 

「ああ、おはよう」

 

 朝の自主トレを終えて俺たちが食堂に行くと相川さんや夜竹さん、のほほんさんたちを含めたクラスの女子や何時もの面々が同じ様に集まってきた。

 既に入学から三ヶ月が経っているのである意味慣れた光景になっていた。

 しかし、今は違う気分だ。

 

 本当に一週間前と全然違うな……

 

 元々、ただの両親がいなくて、姉が「IS」の世界王者という点を除いては普通の男子学生だったのに、世界で唯一男で「IS」を操作できる人間となったのは何となくだけど自分が特殊だとは薄々自覚できるようにはなってきた。

 けれども、今はそんなことを関係なしに俺は一人の人間として他の友達と同じ様にこの世界に迫る危機を知っている数少ない人間になってしまった。

 今まで普通だった自分が奇妙な環境に置かれたのではなく、この世界にじわじわと迫り来る恐ろしい災厄の存在を知ってしまったのだ。

 

 それを知っているのは……

 俺含めて十数人か……

 

 しかも、それを知っているのは生徒で七人。

 教員も数名。

 明らかに世界が狂っていくのが目に見える。

 目の前にある慣れてしまった奇妙な日常が、日常ではない存在によって壊されるという言葉が生温い程までに崩れていく危機感を感じてしまった。

 

「どうしたの?」

 

「いや……何でもない……」

 

 クラスの女子たちがただの世界で唯一の「男のIS搭乗者」を物珍しさで見る。

 こんなのは同じ非日常でも動物園で珍獣を見ているのと変わらない。

 でも、俺たちが知ってしまったこの世界に訪れようとしている危機はそんな平穏な非日常すらも失わせる。

 非日常的でありながら平穏であるこの光景が崩れ去っていく漠然とした脅威に俺は深淵に踏み入れたかのような恐怖すら感じる。

 

「コホン!

 何でもありませんわ!

 そうでしょう一夏さん?」

 

「そうよ!

 全く何も問題ないわ!」

 

「うん。そうだね!」

 

「……ああ」

 

「え、えっと……そうなんだ……」

 

「う~ん?」

 

 そんな俺への追究を始めようとした生徒たちに事情を知っているセシリアたちが止めに入った。

 彼女たちも分かっているのだ。

 この少し奇妙とはいえ、かけがえのない平和がある日常がどれだけ尊いのか。

 だからこそ、彼女たちには隠し続けたいと思っているのだ。

 

 でも……

 ラウラは暗いな……

 

 しかし、そんな中でもラウラは暗さを隠せていなかった。

 訓練の時は意気揚々としているがそれでも普段の学生生活では心ここに在らずと言わんばかりの状態だ。

 

「もうラウラっち?

 ダメだよそんなに暗い顔しちゃ?」

 

「む……布仏……」

 

 そんなラウラにのほほんさんが声を掛けてきた。

 そう言えば、この二人は雪風を介して仲が良かった。

 そんなのほほんさんがラウラにどう接するのか気になっていると

 

「そんな顔をしていたらユッキーが悲しむと思うよ?」

 

「「「「!!?」」」」

 

「なっ!?」

 

『?』

 

 事情を知る面々からすればとんでもないことを言ってきた。

 雪風の話題は俺達、特にラウラにとってはデリケートな話題だ。

 

「布仏……お前……」

 

「ら、ラウラ……

 抑えて……!」

 

 ラウラにおっては雪風の存在は大きなものとなっていた。

 それは何となく分かる。

 雪風の年齢を考えるとラウラにとっては雪風は母か、年の離れた姉の様な存在なのだ。

 そんな存在がいなくなったことはラウラにとっては今の発言は明らかに地雷だ。

 それに加えてのほほんさんは事情を知らない。

 そういったことにラウラは苛立っている。

 

 ラウラの悪い癖だな……

 

 ラウラの悪いところは大体は雪風との交流で何とか抑えられ改善されてきた。

 しかし、彼女の初対面から何も知らない人間に対する嫌悪感にも似た感情はまだ残っている。

 それは他人を見下す感情にも繋がっていくことだ。

 今のラウラがそこまで悪化することはないとは百も承知だが、それでも危険だ。

 

 でも……ある意味、俺らも似たような感じなんだよな……

 

 しかし、それはラウラに限ったことじゃない。

 俺たちはみんなこの世界に訪れる危機と雪風の過去を知ってしまい少し周囲と世界の見え方が変わってきてしまっている。

 雪風を含めた艦娘たちが戦ってくれている。

 そんなことも知りもしないで平和、その中でもあの雪風を叩こうとした女尊男卑の思想に染まった人間がのうのうと暮らしている。

 そこに対して今までは呆れと嫌悪しか感じなかったのに、次にそれを見かけたら怒りと殺意すら感じるかもしれない。

 いや、それどころか目の前にいる彼女たちにすら感じてしまうかもしれない。

 

 何も知らないでか……

 

 何となくだけど俺はラウラだけではなく、会ったばかりのセシリアがどうしてそう思ったのか理解出来てしまった。

 二人とも極端すぎるけれども、今の俺は下手をすればあの時の彼女たちの様になってしまうかもしれない。

 傲慢と嫉妬は紙一重なのかもしれない。

 俺が自分の心の中に生まれた黒い染みの様なものを感じている時だった。

 

「ユッキーはラウラっちのことを信じていると思うよ?」

 

「え……」

 

 のほほんさんはラウラにそう言った。

 

「信じてる……?」

 

「うん」

 

 のほほんさんのそのさりげない発言にラウラは困惑していた。

 いや、ラウラだけじゃない。

 俺たちや事情を知らない生徒たちものほほんさんの突然の発言に戸惑っていた。

 

「うん。自分がいなくてもラウラっちは頑張れる。

 だから、頑張って欲しいってユッキーならそう思ってる気がするんだよね」

 

「………………」

 

 のほほんさんの言葉は完全に彼女の想像だ。

 なのに、全員がそこに奇妙な説得力を抱いていた。

 何故か彼女の言葉が雪風の言葉の様に思えてしまった。

 

「本音?どうしたの?

 そんな神妙にしちゃって?」

 

「う~ん、そうかな~?

 私はいつも通りだよ~?」

 

 のほほんさんの言葉に相川さんがそう呟いた。

 それに対して、のほほんさんはいつも通りだと言った。

 確かに突然、こんなことを言われたら不可解になるのも無理はないだろう。

 今ののほほんさんの言葉は普通に思えない。

 ラウラを説得するにしても雪風のことを信じすぎている様に思えてしまう。

 

 そう言えば……のほほんさんと雪風て……ルームメイトにしても仲が良過ぎだよな?

 

 よく考えてみれば二人は仲が良過ぎる。

 それも同じ訓練をしているシャルやラウラ、妹弟子の鈴などよりも仲がいい。

 

 まさか……知っているのか?

 

 何となくだけど俺はのほほんさんも雪風の過去を知っている様にも思えた。

 

「えっと―――」

 

 俺が声を掛けようとすると

 

「いい。織斑」

 

「―――ラウラ?」

 

 意外にもラウラに止められた。

 

「……布仏。

 すまない。それと……ありがとう」

 

 そして、ラウラはそのままのほほんさんにさっき、感情的になったことを詫びて今の言葉に感謝した。

 

「……どういたしまして」

 

 それに対してのほほんさんは笑顔で応えた。

 

 

 

 ちょっと無神経だったかな~?

 

 ユッキーが学園に帰れなくなってから一週間が経ち、ユッキーに懐いていたラウラっちが訓練の時以外で塞ぎ込みがちになっているのを見て私はユッキーの名前を出して励ました。

 ラウラっちにとってはユッキーはお母さんやお姉ちゃんの様な存在になっている。

 それを私が一番近くで見てきたから分かってしまう。

 でも、ラウラっちが落ち込んでいるのを知れば、いや、知らなくてもユッキーは悲しむだろう。

 

 お嬢様はユッキーにこの世界で生きる意味を見付けて欲しいと思ったんだけどな~……

 

 お嬢様の目論見は半分当たり、半分外れた。

 確かにユッキーはこの世界で絆を育み、それを大事にしようとしている。

 しかし、それはユッキーの本当の敵が出てきたことで逆効果になってしまった。

 守りたいと思う存在が出てきたことでそれを守る為に自らを戦場へと投じる。

 

 ……本当、ユッキーとお嬢様……

 そっくりだよ

 

 あの二人は生き方が似ている。

 お互いに守りたいものがあれば、それを危険から遠ざけてその為に自分がボロボロになることを厭うことがない。

 性格は兎も角として同じ生き方だ。

 

 かんちゃんと会わせたら……絶対にダメだよね……

 

 それを理解すると共に私はユッキーとかんちゃんを会わせるのは本当にダメだと改めて理解させられた。

 それはお嬢様と似ているユッキーに会えば、かんちゃんはユッキーを嫌うか、逆にお嬢様の真意に気付いてしまうからだ。

 そして

 

 ……一番、個の戦いに向いているのは……かんちゃんだもん……

 

 かんちゃんの「専用機」が完成すれば間違いなくかんちゃんは戦いに身を投じざるを得なくなる。

 それは自分の意思や周囲の意思、二つの意味でだ。

 かんちゃんの機体は恐らく、話を聞く限りだとこれからの戦いにおいて一番必要になってくる。

 

 でも……それはお嬢様もユッキー……私も……

 

 けれども、私はそうなることを恐れている。

 ユッキーはこの世界で出来た親友であるお嬢様の妹を危険に晒すことを。

 お嬢様は何よりも守りたいかんちゃんを。

 そして、かんちゃんをユッキーと同じ様に戦場に送ることになることを。

 全員がそれを望まないだろう。

 

 ごめん……ユッキー……かんちゃん……

 

 幼馴染と友達を私は天秤にかけて裏切っている。

 一人を安全な場所に残すために騙し続けて、もう一人を見殺しにしようとしている。

 それは一方の夢を壊して、一方の命を危険に晒しているのだ。

 結局、私は二人を裏切っている。

 

 本当はユッキーの望みを最後まで叶えてあげたいのに……

 

 本当のことを言うと、私はどっちを取ればいいのかわからない。

 そして、ユッキーの願いすら踏みにじろうとしている。

 ラウラっちを含めたユッキーが守りたいと願う人たちを止めるべきなのにそれすらも出来ないでいる。

 むしろ、彼女たちを励ます様な真似すらしている。

 それがユッキーに悲しませることなのに。

 ユッキーからすれば、お嬢様はかんちゃんにしていることをしているのと同じ様におりむーやラウラっちたちを遠ざけたいはずだ。

 私は彼女との望みとは真逆のことをしている。

 

 ずるいよね……私……

 

 私は友達の助けになることもせず、幼馴染の夢も潰そうとしている。

 どっちかを選べば、どっちかを危険に晒す。

 その結果、私はかんちゃんを選んでしまった。

 

 結局、私もユッキーに甘えちゃっているんだよ……

 

 私はユッキーを選ばなかったのはユッキーが強いからこそ、心の何処で『大丈夫だ』と胡坐をかいているからかもしれない。

 ユッキーの強さと優しさに甘えているのだ。

 

 ユッキー……お願いだから……

 

 同時に私は浅ましくもこう思っているし願ってもいる。

 

 勝って……

 

 どんなに苦しくて辛くても勝って、そして、帰ってきて欲しいと願っている。


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