奇跡を呼びし艦娘のIS世界における戦い   作:オーダー・カオス

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第40話「絶望の先と前」

『………………』

 

「加賀、やっぱり……」

 

『大丈夫よ、私たちの子ですもの。

 必ず生きて帰ってくるわ』

 

『だから、一刻も早く作戦を終わらせましょう』

 

「ええ、そうね……」

 

 山田さんから、いや、雪風からの「進撃」の指示が出てそれに従う中、加賀は普段よりも寡黙になっていた。

 同時に翔鶴の声にも少し暗さが滲んでいた。

 やはり、どれだけ経験を積んでも、犠牲者かそれに近しい存在が出るのは平気になるものではない。

 多少、耐性と切り替えが早くなるだけだ。

 

 ……あの子たちは大丈夫かしら……

 

 ある程度は慣れている二人でもこれなのにこれから戦いに加わっていく雪風の友達は大丈夫だろうか。

 話を聞く限り、この世界の日本や他の欧米諸国は現在では余り戦争をしていないらしい。

 そんな子供たちが果たして、こんな状況に直面し、そして、それが当たり前の出来事になった時大丈夫だろうか。

 

 平和は決して、悪いことじゃないのに……

 哀しいわね……

 

 戦争による死や破壊なんてない方がいい。

 しかし、それを忘れてしまい、遠い出来事だと思っていると脆くなってしまうのも事実だ。

 守りたいものを守る為に戦いたいはずなのにその為の力を失ってしまう。

 それがお互いに平和を望む者同士ならば、まだお互いに手を取り合っていく道もあるが、復讐や利益を望む者が相手となれば別だ。

 そして、それが「深海棲艦」ならば尚更最悪だ。

 「深海棲艦」は訳もなく、こちらを襲ってくる。

 そんな相手に少しでも躊躇っていたり感傷に浸れば、自分と自分の守りたいもの全てを危険に晒すことになる。

 

『セシリアさんもシャルロットさんも親を亡くしています……

 でも、だからといってこれ以上悲しい思いをする必要なんてないはずです』

 

 雪風の友達にはあの年齢で親を失っている子どもが何人かいるらしい。

 そして、彼女の言い方からそれが特殊なことであるのが窺える。

 この時代が、いや、彼女たちが育った国がどれだけ平和なのかが理解出来る。

 

 だからこそ、雪風は彼女たちを巻き込みたくないのよ……

 

 平和な時代と国に生き、身近な誰かの死が遠いものの様に感じられる。

 仮にそれが起きたとしても遠い特別な出来事の様に思える子供達。

 それを失わせるのが戦争だ。

 

 仮にどれだけ既に悲しみを背負っていても……

 だからといって、これ以上背負う必要はないもの……

 

 既に身近な人との死別を経験しているとはいえ、だからといってこれ以上同じ苦しみを重ねる必要もないだろう。

 それで『慣れているだろ』とか、『平気だろ』と他者に向けることは論外だ。

 

 でも、彼女たちにとって助けたい、守りたいものがある……

 仕方がないのよね

 

 けれども彼らは自らの意思で戦いに身を投じていくだろう。

 それは彼らにとって守りたいものがあるからだろう。

 それが自らを苦しめることになろうとも、人は大切なものの為に動いてしまうものだ。

 

 雪風……あなたが、私たちがそうである様に……

 

 雪風はこの世界、いや、きっとこの世界で出来た友人と再び出会えた私達の為に戦いに身を投じている。

 そして、私達も同じだ。

 雪風が守りたいと思っているものを守りたい。

 たったそれだけで戦うには十分過ぎるのだ。

 結局のところ、他者を思う心は数珠繋がりになっていくのだ。

 

 あなたも理解しているでしょうに……

 

 雪風は彼女たちの意思を拒絶した。

 しかし、他ならない彼女自身が心の何処かで彼らが戦いに身を投じていることに勘付いている。

 ただそれを認めたくないだけだ。

 

『……幸いですが。今の所、潜水艦は見当たらない……

 いいえ、確認できませんね』

 

『そうだね』

 

 進行中、潜水艦への警戒を怠っていなかった朝潮と皐月の二人が今の所、潜水艦がいないことを確信している様子だった。

 どうやら、まだその段階ではないことに私を含めた艦隊の全員が安堵した。

 

 雪風は注意深く慎重になっていたけど今回ばかりはいい方に外れたわね

 

 雪風は潜水艦への警戒から今回船団護衛の申し子と言っても、過言ではない朝潮と皐月を付けたが、どうやら今回ばかりはいい意味で彼女の予想が外れてくれた。

 潜水艦の存在は本当に厄介だ。

 理由は簡単だ。

 何処にいるのかが分からないからだ。

 

 ……ただいるかもしれない……

 それを感じさせるだけで本当に怖いのよね

 

 居場所が掴めない。

 いるのかすらも分からない。 

 ただそれでだけで警戒しなくてはならなくなり、慎重にならざるを得なくなる。

 その為、編成の面でも火力や対空だけではなく、対戦にも気を配らなくなる。

 戦闘に艦隊決戦への決定打も落ちる。

 戦術の面だけでも潜水艦の存在は余りにも大きい。

 

 ……しかも、これが世界中となると海路は機能しなくなるわ

 

 そして、潜水艦の脅威が世界中に広がれば、それは文明の崩壊への序曲となる。

 輸送する際に最も効率がいいのは船だ。

 潜水艦は積極的にそれらを狙ってくる。

 そうなると軍需品だけでなく、食料や医療品等の生活必需品といった物流すらも途絶えることになる。

 その結果、飢え死にまではいかなくても、物価の上昇により次々と経済的地盤の弱い人々が犠牲になっていく。

 

 ……明治より前まで戻れなんて……

 私達の時代でも無理なんだからこの時代でも無理よ

 

 物流の停滞は経済の停滞を招き、そして、それらは生活水準と文明の衰退を招く。

 そうなれば電気等の文明の利器を支えるものを失い、出生率と平均寿命の低下を招く。

 しかも、それはこの世界よりも技術の遅れた私たちの世界でさえ起こり得た事態だ。

 既に文明として先に進んでいるであろうこの世界においては時代を巻き戻せと言われても不可能だ。

 もし、潜水艦が世界中の海に蔓延すれば最初の破滅への一歩が始まると言っても過言ではない。

 

 潜水艦の脅威は……

 戦闘においても目立たないところにもあるのよね

 

 潜水艦は基本的に存在を知られないことが重要であることからその脅威が認知されにくい。

 しかし、だからこそ気付くのに時間がかかってしまう。

 潜水艦は私達艦娘や艦戦にとっては身近で恐ろしい存在だが分からない人には分からない。

 海に近い人は潜水艦がどうして恐ろしいのかは分かる。

 人は海においては船がなくてはどうすることもできない。

 最強の戦力が空戦能力を有するものへと変わっていっても結局はそれも空母がなくては十分に発揮できない。

 潜水艦は船にとっては死神の様なものだ。

 

 空の上だから大丈夫って……

 この世界の人たちなら尚更思うわよね

 

 本当に恐ろしいのは認識の違いだ。

 この世界で最強の戦力とされている「IS」も主戦場は空だ。

 その相手に海から出られない潜水艦は大したものではないと楽観的になる人間は多く出るだろう。

 

 ……神通、頼むわ

 

 私は今、この世界で唯一ある程度の発言力を有している神通に託すしかないと考えた。

 神通自身の存在の大きさと彼女のこの世界での父親の発言力と認識ならば、潜水艦の恐ろしさを知ってもらえる可能性は高い。

 ただそうしなければ人類は近世と同等かそれ以前の文明に戻ることになり、最悪、大半という言葉では生温い程の人口が死ぬことになる。

 人間は他の動物と異なり身体的に強くない。

 鳥の様に飛べるわけでもなく、獣の様に強靭な力を持つわけでもなく、毒虫の様に猛毒を持つわけでもなく、魚の様に素早く泳ぎ回るわけでもなく、象や鯨の様に巨大な体を持つわけでもない。

 なのに繫栄を遂げることが出来たのは道具を使い文明を発展させてきたからだ。

 しかし、それがなくなれば一気に絶滅へと向かう可能性もあるのだ。

 それは武器がなくなることだけが原因ではない。

 人類が少しでも寿命を延ばすことが出来たのは医療の発展もあるが、それすらも満足に受けられなくなることでゆっくりと滅びていくことにもなる。

 武器も寿命を底上げしていたものもなくなっていくことで人は滅ぶべくして滅びていってしまう。

 それだけは避けなくてはならない。

 

『扶桑』

 

「……!

 来たのね」

 

 これから、この世界が辿っていくかもしれない最悪の可能性を危惧していると敵の接近が告げられた。

 

『どうやらそろそろ本番と言ったところね』

 

「……!」

 

 加賀のその言葉に私ははっとした。

 

「戦艦がいるのね」

 

『ええ』

 

 遂に敵の主戦力に近付いたらしい。

 やはり、鬼や姫級以外でも戦艦や正規空母級が現れるだけ嫌でも緊張が走る。

 あの二体以上の艦級が現れた時点で本気の戦いが始まると言っても過言ではない。

 

「敵に航空戦力は?」

 

『幸い、いないわ。

 どうやら、先週私達と遭遇したという不意打ちに相手もかなり痛手を被っている様ね』

 

「そう……なら、いけるわね」

 

 

 加賀の言う通りに私はかなりの勝利への確信を得た。

 敵に航空戦力が少ないのはどうやら一週間前に私達が現れ、「IS学園」の教員を救出した際にある程度は傷跡は残せたようだった。

 こちらの世界に人たちにとっても「深海棲艦」が出現したのが予想外の敵襲だった様に、「深海棲艦」にとっても私達の来訪は予想外の反撃になった。

 その結果、作戦よりもある程度の打撃は与えることは出来たのだろう。

 

 ……ということは敵の機動部隊の本命は中枢ね……

 

 どうやら、ある程度が削られているとはいえ敵の航空戦力が少ないのは中枢にいるからだろう。

 一週間前の打撃が完全に回復しきるまでは不完全とはいえ穴熊を決め込むつもりだったのかもしれない。

 

 だったら、尚更突破しないと……!

 

 雪風の話を聞く限り、敵の艦載機は百機以上はいたらしい。

 しかし、他の戦力が大打撃を受けたことで今いる敵の練度はまばらで全体的に高くない。

 今なら、この一回だけの作戦でこの海域を解放することが出来る可能性が高い。

 

「司令部に打電して」

 

『わかったわ』

 

 幸運とも言えるこの状況に私は光明を見出した。

 いや、すべてのことが繋がり、それらが勝利を呼び込んだ。

 必然だったのだ。


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