奇跡を呼びし艦娘のIS世界における戦い   作:オーダー・カオス

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第50話「重み」

「どうなっているんでしょうか……」

 

 妖精さんを見捨てることになるかもしれない。

 その決断を下してしまった自分を責めている山田さんは扶桑さんたちからの連絡が早く来て欲しいと思いつつも来て欲しくないとも願っていた。

 

 この時間が最も心にきますからね……

 

 結果と事実が分かるまでが最も心と頭を動かさなくてはならない。

 今、私達の中には妖精さんが生きている未来と死んでいる未来。

 その二つが同時に存在し、私達はその悲しみと喜びの感情を動かさなくてはならない。

 

 今はどう声をかければいいのかわかりません……

 

 この状況でかけるべき言葉が見つからなかった。

 生きているのか分からないのにそれを『大丈夫だ』という言葉は時として、相手を傷付けてしまう。

 

 『ご武運を』……

 ですか……

 

 昔、金剛さんに言われたどうして『武運』を祈る言葉を言うしかないのか聞かされた時のことを思い出した。

 彼女が言ってくれたその理由。

 それは『軍人とは必ず勝てるものではなく、だからといった恐れて逃げて帰ることも許されない』という辛い理由だった。

 戦いで必ず勝てと思えば、無理をして命を落とす。

 だからと言って、生き残ることばかりを考えれば負けることとなり、自分だけではなく仲間や自分が守りたいと思った存在までもを失うことになる。

 だからこそ『勝って』とも『生きて』とも言えず、『ご武運を』と言うしかない。

 今の山田さんにかける言葉がないのも同じ理由だ。

 『きっと生きてる』という希望的観測を言うのも許されないのだ。

 

「……!

 扶桑さんから入電!」

 

「「!!」」

 

 そんな現実との向き合い方を模索していると扶桑さんからの伝令が入ってきた。

 

 まだ一時間も経っていない……

 どっちですか?

 

 山田さんが指示を出してからまだ一時間も経過していない。

 ということは考えられるのは見付けることが出来たか、敵と遭遇して捜索を断念したかのどちらかだ。

 仮令、残り一回でも敵と遭遇して本格的な戦闘になればその残り一回はその瞬間に失われたも同然だ。

 

「え!?」

 

「!?」

 

「!」

 

 入ってきた情報に阿武隈さんは驚きの声をあげた。

 その反応に対して、山田さんと私は衝撃を受けた。

 しかし、意味は異なっていた。

 

 まさか……

 

 私は手が震えた。

 扶桑さんの報告。そして、それを聞いた阿武隈さんの驚きぶり。

 その二つから導き出される事実。

 それが余りにも大き過ぎるからだ。

 

「残り二人を救助!

 全員、生還です!」

 

「……え!?」

 

「……っ!!」

 

 そして、答えが出て私は拳を強く握りしめた。

 全員、生還。

 それはつまり、犠牲者なしの勝利だということだ。

 

「本当ですか!?」

 

 余りにも喜びに満ち溢れた報告に私は信じられなかった。

 嬉し過ぎて何といえばわからなかった。

 

「うん!

 泣きの一回、それで二人とも見付かったって!!」

 

「良かった……」

 

 私は心の底からそう呟くしかなかった。

 いや、それ以外に何というべきか見付からなかった。

 それ程までにこの勝利はどのような大勝よりも価値のあるものなのだ。

 仮令、戦略、戦術的にとっては小さいことかもしれないが、少なくても私にとってはこれ以上ない喜びであった。

 

「………………」

 

「山田さん?」

 

「あの……?」

 

 私と阿武隈さんが喜びの余り、心も体も震えているとふと山田さんから何もしゃべっていないことに気付いた。

 私達は恐る恐る彼女の顔を覗こうとした。

 

「良がっだです~!!」

 

「「!?」」

 

 山田さんは顔をくしゃくしゃにして泣いていた。

 

「山田さん!?」

 

「良がっだ……良かった……」

 

 山田さんは今まで見せたことのない程の感情の爆発を見せた、

 今までも彼女はオドオドして涙目になることは多く在った。

 しかし、それでも泣く事を我慢出来ていた。

 今の彼女は涙をボロボロと流して鼻水が流れそうなぐらい泣いていた。

 

『良かった……!!

 雪風!良かった!!』

 

 司令……

 

 山田さんを見て、私はあの戦いの中期で海上輸送で多忙な中、私の所在が不明になっていたことで人知れず沈んでいたと思われた時に司令と再会した時のことを思い出した。

 あの時、司令も山田さんと同じかそれ以上に泣いていた。

 

「山田さん、とりあえずこれを」

 

「ず、ずみません……!」

 

 私はとりあえず、近くにあったちり紙を彼女に渡した。

 今の山田さんの状態から少なくとも涙を拭くのと鼻水をかむものは必要だろう。

 

 無理をさせてしまいましたね……

 

 彼女からすればようやく全ての緊張感から解放されたのだ。

 こうなるのも無理はない。

 

 だけど……司令はこれ以上だったんですよね……

 

 山田さんには失礼かもしれないが、司令はこれ以上に辛かったと思える。

 何故なら、司令は目の前の戦場だけが彼の戦場ではなかったからだ。

 彼にとって、戦場は一連の全ての流れだった。

 そして、それらは一つ一つが広かった。

 その為に彼は命を拾っていく時間も拾える命も少なかった。

 

 今思えば……珍しい人でしたね

 

 あの時代であそこまで命を重く受け止められることが出来、耐えられた軍人は稀だった。

 元々、司令は戦闘機乗りであったが、それも『自分の身を安全な場所に置いて指示を下せる程俺は強くない』といったものだった。

 司令は『世の中で最高指揮官が前線に立たないことを臆病者だとか、敢闘精神に欠けるなんて言う人間がいるが、それはその席と責任の重さを理解していないから言える』とも言っていた。

 

 私にも……理解出来ます

 

 司令が経験し、山田さんが直面している苦悩。

 それを私は総旗艦という役目で理解させられた。

 司令塔がいなくなれば、指揮系統は混乱する。

 それは今、主力艦隊が壊滅したことで統制が取れなくなっている「深海棲艦」がいい例だ。

 指揮官は軍そのものの命を背負っているも同然だ。

 軽々しく自らの命を危険に晒すべきではない。

 

『最前線で戦う方がずっと楽だ』

 

 司令はそうとも言っていた。

 他人の命が自分の肩にかかっている。

 それだけでどれだけの重責かその立場に立った人間にではないと分からないものだ。

 自分の命を危険に晒しても味方を助けられるならそうする。

 司令と山田さんは同じ系統の人間だろう。

 少なくても、戦場における数をただの数字として見る人間ではないことは事実だ。

 

「山田さん。

 大変だと思いますけど、すぐに帰還命令を」

 

「はい……!

 お願いします!」

 

「はい。

 扶桑さん、帰還を!」

 

『わかったわ!!』

 

 とりあえず、ここは帰還の指揮を出してもらう必要があるため、少し酷だが私は山田さんを急かした。

 それを受けて、山田さんは阿武隈さんに帰還命令を伝えることを告げた。

 

 でも……まだ油断は出来ませんね……

 

 全員、生還。

 余りにも大き過ぎる事実に安堵しそうになったが、まだまだ予断を許さない状況だ。

 何故なら、これはまだ結果になっていないからだ。

 今、この状況は全員救助が出来ているという経過に過ぎない。

 それが『全員、生還』という結果に確定するまでは気を引き締めなくてはならない。

 

 このどの勝利よりも尊い者の為にも……!

 

 山田さんの心に暗い影を落とすことなく、誰も死なせないで済んだ。

 その勝利はどの様な大勝よりも大きな勝利だ。

 その宝の様なこの勝利を一瞬の夢にするわけにはいかない。

 

 だから、現実にするんです!

 

 一瞬ならば、どのような夢でも実現は出来る。

 けれども、それを現実にするには結果とそこに向かう意思が必要となってくる。

 だからこそ、最後まで気を抜くわけにはいかない。

 

 もしかすると、あの悪魔が……

 いえ、でも……

 

 どうしても勝っているというのにそんなはずはないと思うのに私はあの悪魔の影がちらつく。

 あの一体だけで一個艦隊に匹敵する「艦」の名前が本当に正しいのか分からないあの悪夢が。

 

 あの悪魔じゃないとしても……

 

 あの悪魔がこの世界に来ている。

 確かにその可能性はあっては欲しくはないが、全く有り得ないということではない。

 あの悪魔以外にも脅威となり得る「深海棲艦」が現れない可能性が0とは限らない。

 

 一体で一個艦隊……

 いや、下手をすれば……

 

 私は鬼や姫とそれらに匹敵する個体以外に最悪の予想を思い浮かべた。

 

 「IS」を「深海棲艦」が使える様になれば……

 

 「IS」を「深海棲艦」が使う様になる。

 それは最早、「深海棲艦」が海だけの脅威だけではなくなる。

 この世界でこの最強戦力である「IS」を「深海棲艦」が使う様になる。

 この世界の住人にとっては目を覆いたくなる光景だ。

 

 そうなったら心が折れる人々が……

 

 この世界の「IS」の影響力は裏を返せば、恐怖とも言える。

 その「IS」を敵が使い牙を剝けてくる。

 戦力以前の問題になる。

 

 最後まで気を抜けませんね……

 

 既に集団としての戦いが出来ていないとはいえ、何処で強力な個の戦力が現れないという保障はない。

 私達はそのことを留意すべきだろう。


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