奇跡を呼びし艦娘のIS世界における戦い   作:オーダー・カオス

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第51話「辛さ」

「よ~し、よく頑張った!

 今日は本当の意味でここまでだ!」

 

「「「ぜえぜぇ……はい……!!」」」

 

 ようやく、訓練後のペナルティの走り込みを終わった。

 俺達三人は息を切らしているのに天龍さんは余裕だった。

 

 ど、どうなってんだ……この人……

 俺たちよりも五周多く走ったのに……

 

 俺たちは天龍さんが五周多く走っているのに息を切らしていない様子に驚愕した。

 しかも、本人は俺たちよりも明らかに早いペースで走っていたのに何時の間にか、追い越されていて、しかも、何回も先に行かれた。

 

 俺とシャルは兎も角として……

 那々姉さんに一年間鍛えられた鈴もだぞ!?

 

 那々姉さんとマンツーマンの指導を受けていた鈴ですら負けたのだ。

 途中で鈴も負けじと足を速めたが、直ぐにばててしまっていて気力でようやく走り切ったという感じだった。

 

「つれえか?」

 

 そんな俺たちの惨状を見て天龍さんがそう訊ねてきた。

 

「い、いえその……」

 

「えっと……」

 

 俺とシャルは本音を言えなかった。

 ここで「きつい」と言うのは間違いな気がしたからだ。

 これは俺たちが自分の意思で始めたことだ。

 それなのに相手を責める様な一言をぶつけるのは間違っている気がしてしまうのだ。

 

「きついに……決まっているでしょ!?」

 

「お、おい!?」

 

「鈴!?」

 

 しかし、鈴はそんな空気をお構いなしに本音をぶつけてしまった。

 俺とシャルは鈴のその反応に焦りを感じ、天龍さんの方を恐る恐る見た。

 

「そうか、それは良かった」

 

「「「え?」」」

 

 天龍さんは鈴の答えを聞くと嬉しそうに返した。

 

「ちょっと!?それどういう意味よ!?」

 

 

「鈴!?」 

 

 天龍さんの『良かった』という言葉に鈴が噛みついた。

 俺は止めたが、鈴の気持ちもわかる。

 いくら何でも俺らが疲労しているのにそれを見て『良かった』と言われた反発が生まれてもおかしくない。

 

「ん?決まってんだろ。

 お前らが走り切ったからだよ」

 

「はあ?」

 

「「?」」

 

 天龍さんはよくわからないことを言ってきて益々俺たちは混乱した。

 そりゃあ、確かに走り切ったことを『良かった』と言うのはわかるけど、前提として俺たちが疲れているのを見て『良かった』と言うのだ。

 

「お前ら。実戦で疲れた時どうする?」

 

「え?」

 

「「!?」」 

 

 しかし、天龍さんの次の一言で俺たちははっとさせられた。

 

「まさか、戦場で疲れたら何時でも休めるとでも思ってんのか?」

 

 天龍さんは先ほどの質問に対して、続けて俺達が『疲れたら休むのか?』と少し呆れ交じりに否定してきた。

 

「いいか、戦場じゃあ休める時に休むのは大事だ。

 それは俺も認める。

 けどな、休みたくても休めねぇ時がなんかざらだ。

 んで、そこで吞気に休んでたら死ぬぞ?」

 

「「「………………」」」

 

 戦場では自分の意思で休むことが出来ない。

 それは考えなくても当たり前のことだ。

 そして、そこから天龍さんが何故、俺達が疲れながらも走り切ったのかを喜んだのか理解させられた。

 

「どんなに苦しい時でも絶対に気を緩めるな。

 敵は待ってくれないどころか、嬉々として殺しに来るぞ。

 連中に喜びの感情があるかは別としてな?」

 

「じゃあ、天龍さんが喜んだのは?」

 

「……そうだ。

 お前らが苦しくてもそれでもやり遂げられる意思があるからだ。

 その強さがあるのとないのとじゃ、生存率は違ってくる。

 戦場じゃあ、弱っているのを見せたら死ぬ。

 だから、安心したんだよ」

 

「「「!!!」」」

 

 天龍さんの俺たちへの笑いの真意を知り、俺たちは気を引き締めた。

 戦場で『疲れたからもう戦えない』と泣き言を言えば、死ぬことになる。

 それは肉食動物が草食動物の群を追い回し、その中から弱った個体は一瞬にして狙われて命を落とす。

 それと同じ事だった。

 

「いいか、世の中全部根性でどうにかなるもんじゃねぇ。

 だが、諦めない根性があるのとないのとじゃ生きるか死ぬかの分かれ道も大きく変わってくる。

 苦しくても走って戦え。

 絶対に止まるな」

 

「「「………………」」」

 

 天龍さんは根性を万能としていないが、最低限は持てと語った。

 彼女の言い方に俺たちは圧倒され、同時に強く意識した。

 根性があるのとないのでは、恐らく本当に生存率は違うのだろう。

 

「神通がお前らにきつめの鍛え方をしていたのもそういうことだ」

 

「え……?」

 

「先生が?」

 

 俺たちが苦しい中でもやり遂げることへの重要さを説くと、天龍さんは那々姉さんが俺たちに厳しくしていた理由について語りだした。

 

「あいつの指導法は常に限界の少しだけ上に上げるやり方だ。

 そうすることでゆっくりと着実にお前らが並大抵のことで音をあげない様にしていたんだよ。

 んで、地力を上げて本当に乗り越えられる危機の壁を相対的に少しでも低くしているんだよ」

 

「那々姉さんが……」

 

 天龍さんは那々姉さんのあのスパルタを超えた訓練の内容は俺たちの限界を少しずつ上げていくやり方だと説明した。

 確かに那々姉さんの訓練を受けていたら、嫌でも乗り越えられる危機の壁は低くなっていくだろう。

 俺たちの跳躍力を上げると言う力技で。

 そして、多少の無茶や火事場の底力を出せば生存率も上がるのだろう。

 

「あれ?でも、僕らが鍛えられたのは「深海棲艦」が現れる前ですよ?」

 

 しかし、シャルの言う通り、那々姉さんがそういった指導をしていたのは「深海棲艦」が現れる前からだ。

 それだと矛盾が生まれてしまう。

 

「……あれはあいつにとって、抜けねぇ癖みてえなもんだ」

 

「……癖?」

 

 天龍さんはその疑問にそう返した。

 

「神通はある意味、臆病だ」

 

「え!?」

 

「!?」

 

「それ、どういう意味よ!?」

 

 天龍さんの衝撃的な発言に俺たちは全員驚いた。

 特に俺と鈴は反感を覚えた。

 那々姉さんが臆病。

 そんなことを言われて頭に来ないはずがない。

 

「……あいつはな。

 自分の教え子や部下が死ぬことを誰よりも恐れるんだよ」

 

「え……」

 

「?」

 

 けれども、天龍さんのその一言で俺たちの反感は直ぐに収まった。

 

「だから、必要以上に教え子を鍛えちまう。

 その癖が抜けねぇんだよ、アイツは」

 

 那々姉さんのあの厳しさの本当の意味を知って俺たちは圧倒された。

 あれだけ強い人が臆病だから鍛える。

 信じられないのだ。

 

「こんな平和な世界であの世界の基準よりも多少は下の基準をやらせる。

 おかしいと思わなかったのか?」

 

「「「……!」」」

 

 天龍さんの指摘が的確であったことに俺たちは反論できなかった。

 確かに那々姉さんの訓練はある意味、異常だ。

 それが那々姉さんの前世、雪風の世界の頃からのものであるとすれば少なくてもこの世界にとっては異常だ。

 それを那々姉さんが分かっていないはずがない。

 

「言っておくが、アイツのことを悪く思うな」

 

「え……」

 

 天龍さんは次にそう答えた。

 

「アイツがそうしちまうのはある意味じゃ母親気質なところがあるのが理由だ」

 

「母親……?」

 

「そうだ」

 

 天龍さんは那々姉さんのあの指導方針は那々姉さんの母性的なものであると言ってきた。

 確かに那々姉さんに子供の頃から世話をしてもらってた時に俺は何処か安心する様な暖かいものを感じていた。

 今、思えばあれが所謂、親がいない俺にとってははっきりとは言えないが母性的なものだということは理解出来る。

 

「アイツにとっての愛情ってのは、相手が無事でいて欲しいという感情なんだよ。

 だから、お前らを含めて教え子に厳しくしちまう」

 

「……!」

 

「あ……」

 

「………………」

 

 天龍さんの那々姉さんの厳しさの根源への説明に俺たちは納得がいった。

 教え子たちに無事でいて欲しい。

 だから、強くなって欲しいと願う。

 それが那々姉さんの臆病さ、引いては愛情深さなのだ。

 

「お母さんの……」

 

 シャルは自らの母親と那々姉さんを重ねた。

 

 母親って……

 そういうものなんだな……

 

 鈴やシャルと違って俺には両親がいない。

 だから、シャルの反応でしか那々姉さんの厳しさが母親としてのものだとしか判断できなかった。

 

「軽巡ってのはな、艦娘の中で一番死者数が多い駆逐艦を鍛え、そして、目の前で戦わせなきゃならねぇ。

 雪風の姉妹もアイツを除いて戦死だ。

 アイツが一番慕ってた姉も、相棒とも言えた妹も、そして、同じ故郷で生まれた妹もな。

 それだけでわかるだろ?」

 

「「「!?」」」

 

 天龍さんが表情を重くして語った雪風の姉妹たちを含めた駆逐艦たちの死。

 それだけでどれだけ那々姉さんも天龍さんも辛い過去を歩んできたのか分かる。

 そして、彼女達が訓練に厳しいのかその理由も分かってしまう。

 

「だから、てめぇらもどれだけ辛くても耐えろ。

 てめぇらの譲れないものの為にもな」

 

「「「はい!」」」

 

 天龍さんは最後にどれだけ辛くても絶対に諦めるなと言ってきた。

 それはまるで那々姉さんにも言われている様にも感じられた。

 

「よっし、体力は回復したか?

 龍驤たちのところに戻るぞ」

 

「「「はい!」」」

 

 天龍さんは俺達に自分の意思が伝わると満足そうにしていた。

 それを見て俺たちも何処か嬉しくなり、彼女の指示通りに龍驤さんの下へと向かった。

 

 少しずつだけど、この人たちの本心が分かってきた……

 

 この人たちとは確かに価値観は違うかもしれない。

 それでもこの人たちに間違いなく人の優しさがある。

 それを感じることが出来た。


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