奇跡を呼びし艦娘のIS世界における戦い 作:オーダー・カオス
「……勝利した日ですか……」
私、山田真耶は目の前の少女の表情を見て戸惑ってしまった。
織斑先生の口に出したことは信じられないことだった。
目の前の少女が異世界、それも歴史が違うだけの極めて私たちの世界と酷似しながらも異なる道を歩んだ世界から来たと言ったのだ。
パラレルワールドってことですか……
つまりはSF小説とかで言うパラレルワールドのことである。
あまりにも非現実的な事実であるけれど、それならば目の前の少女の言う聞いたことのない言葉や噛み合わない事実にも合点がいく。
でも、それは同時に彼女にとってはとても残酷なことかもしれない。
「1945年八月十五日」。
それは日本人にとっては平和という喜びが始まった日にして、とても辛い悲しみの詰まった日でもある。
そして、彼女は自らを「雪風」と名乗った。
それは第二次世界大戦中の海軍のことを調べれば、あの悲劇の巨大戦艦「大和」よりは知名度は劣るけれど、最も数奇な運命を辿った「奇跡の駆逐艦」と知られている駆逐艦のことだ。
そして、彼女は自らの名である「雪風」を、いや、それどころかあの「大和」すらも艦船なのにも関わらず、人間のように語った。
それはつまり、彼女の言う「艦娘」とは日本の軍艦を擬人化したものなのではないのかと言うことが考えられる。
そうなると、それはとてもマズイことになる。
「雪風」を始めとした日本の軍艦、いや、帝国軍人にとってはあの日から始まった旧日本軍への悪評のレッテル張りや「IS」によって深まった女尊男卑の風潮は知ってはならないことだ。
『ぶっちゃけるとさ、あの戦争って野蛮な男たちのせいよね?』
『そうそう、戦争しかけるなんてばっかみたい』
『まったく、馬鹿な人たちのせいでなんで私たちまで悪く言われなきゃいけないんだか……』
『日本は戦争をしないのにね』
ただでさえ、「旧日本軍=悪」と言う認識が強かった戦後日本においては旧日本軍は悪の親玉扱いだった。
さらにそれに追い打ちをかけたのは「IS至上主義」からなる「女尊男卑」だった。
今でも国会で急増した女性議員や女性の政治団体の多くは旧大日本帝国のことを多少、事実とは言え、「女性差別国家」の槍玉としてあげて必要以上に扱き下ろしている。
よく自分たちが実際にそんな差別を受けていたのでもなくその当事者でもないくせに死んだ人たちの尊厳を傷つけられますね……
しかも、相手が何も言えない世界で……
私は内心、彼女らの姿に呆れていた。
既に世界は変わった。確かに「IS」がなかった10年以上前にも社会では女性差別はあるにはあった。
女性は個人の能力を考慮しなければ寿退社を含めたことや女性の体質などを考えれば会社にとっては不安定な労働力になりかねず、リスクが強すぎるのも否めないことから女性の雇用には慎重になっていたのは事実だった。
もちろん、中には本当の意味で「男尊女卑」に染まっていた人もいたとは思うけれど。
でも、そういった差別、いや、区別もいずれはゆっくりとなくなっていくはずだったのだ。
そもそもそういった社会の中でもそういったハンデすら意にも介さず、優秀だった人はいたはずだ。
それなのに「IS至上主義者」や「女性権利団体」は平等を超えて新たな見えない差別すら作ってしまったのだ。
そして、彼女らは女性差別の標的がなくなるとすぐに過去の例として「大日本帝国」を含めた過去の国家を引き合いに出して、男は同じ過ちを繰り返すと遠回しに主張して己の利権や支持率を守ろうとする。
まるで、自分たちが「相手を扱き下ろすのは当たり前」と思うかのように。相手が何も言ってこないからといって。
これでは戦前や戦時中、戦後に婦人参政権を求めて頑張った過去の人々に対して恥ずかしいのではないかと思えてくる。
そんな世界の現状を彼女に伝えるべきなのだろうか。
そんなこと……できる訳ないじゃないですか……
私は目の前の少女の少し苦い顔をしてからの涙と笑顔を見て彼女が辿ってきた道を想像してしまった。
恐らく、彼女はこちらの世界で言う「第二次世界大戦」に相当する戦いに身を投じていたのだ。
そして、「大和」と言う艦娘がいたと言うことは他の軍艦の名を冠した少女たちも、つまりは彼女にとっての戦友たちがいたことになる。
彼女の流した涙の意味は……
「……すまない、雪風でいいか?
落ち着いて欲しい……」
私が彼女の涙の意味を考えて、これ以上のことを語っていいのかと躊躇していると織斑先生が再び、口を開けて
「その日はこちらの世界では……
第二次世界大戦が終わり、大日本帝国が終わりを迎えた日だ……」
「え……?」
「織斑先生……!!それは……!!」
意に介さず私が口を噤んでいた事実を彼女にぶつけた。
私は織斑先生に抗議しようとした。
彼女が帝国海軍の人間ならば、それは信じたくもないのはずだからだ。いや、受け入れられないものであるからだ。
「山田先生……彼女は情報を包み隠さずに教えてくれたのだ。
ならば、こちらも彼女に本当のことを伝えるべきだ……」
「で、ですが……!」
織斑先生の言うことも正しくはある。
雪風さんは情報を求めて、多少とは言え私たちを信じて本来ならば隠すべき自分の情報を明かしたのだ。
それは異世界から来たとされる彼女にとってはただ一人としても味方がおらず、身寄りもないことを考えれば何としても事態の把握を求めてのことなのかもしれない。
そして、彼女は私たちを信じてくれている。
ならば、その事実を教えるべきなのだろう。
だけど、真実は時に人を傷つけると言うように正しいことだけが全て正しいと言う訳じゃない。
「帝国が……終わった……?
それに……さっきから何を……」
彼女は私が思った通りに衝撃を受け困惑していた。
当然だ。彼女は軍人なのだろう。
軍人にとっては国家を守るということは当たり前のことなのだ。
その国家が既に存在しない。
そんな事実を彼女が認められるはずがなかった。
「第二次世界大戦とは日本・ドイツ・イタリアの三国同盟を中心とした枢軸国側の侵略から
アメリカ・イギリス・ソ連を主とした連合国側が勝利した戦争だ……」
織斑先生は第二次世界大戦の小学校や中学生が習う程度の概要だけを簡潔に伝えた。
「……侵略?なんで、帝国が……他国を……?」
雪風さんは自らの祖国が他国を侵略したという事実に衝撃どころか、絶望するような目をした。
私は先程から、雪風さんがなぜあそこまでこちらの世界では忌み嫌われている帝国海軍の名前を堂々と誇らしく名乗っていたのかようやく理解できた。
雪風さんを始めとした艦娘の方々は人類を守ってきたのだ。
彼女たちにとっては戦いとは「守る」ことに他ならないのかもしれない。
それを違う世界とは言え、同じ名前の自らの祖国が「侵略」を行った事実をぶつけられたのならばどれだけ辛いことなのだろう。
そして、その挙句、そのことが原因で祖国が滅び去ったと言われたのならば。
私たちには想像もつかない悲劇だ。
どう語りかけてよいものかと迷う、いや、そもそも声をかけていいのかと考えてしまう。
「それになんで……なんで……」
雪風さんは私たちに乞うかの様な目を向けて
「どうして……人類同士が……争っているんですか!!?」
と叫ぶように訊ねてきた。
その姿は痛々しかった。
それは「人類のために」と戦ってきたと思われる彼女にとっては残酷すぎる事実だったのかもしれない。
きっと彼女たち、いえ、彼女たちを含めた「艦娘」や彼女たちの世界の帝国の軍人の多くは本当に人類のために戦ってきたのかもしれない。
だけどこの世界ではその守るべき存在同士が争い、そして、その結果故国が敗れた。
そんな事実に彼女が激昂しないなんてはずなんてないはずだ。
「雪風さんの世界には……戦争はなかったんですか?」
私は雪風さんにそう訊いた。
もしかすると、彼女たちの世界にも戦争があることでなぜ戦争が起きるのだろうかと遠回しに伝えられるようにと。
そうすることで彼女の悲しみを少しでも和らげることができると思って。
いや、納得にもなっていない納得かもしれない。
戦争がなぜ起きるかなんて、結局のところその理由が解かっても失くすことができないことなのかもしれない。
考える度に虚しくなるだけなのかもしれない。
「すみません……こちらの世界にも……
……政治思想の対立やかつての植民地の支配権を巡っての欧州勢力とアジア勢力の水面下の戦いはありました……
けれど、少なくともどこの国家も人類の天敵である深海棲艦の脅威の影響で人類同士が争い合う暇なんてありませんでした……」
冷静になった雪風さんは俯きながらどこか虚しさを込めた声でそう言った。
「人類の敵……?」
彼女の「人類の敵」と言う言葉に織斑先生が反応した。
と言うよりも彼女は先程から「人類」と口に出している。
もしかすると、それが彼女たちが戦ってきた相手なのかもしれない。
「はい、深海棲艦は人類共通の敵です。
人類だけを狙い、全ての海を奪い取り、さらには一時は北米大陸すら占領していました……」
「なっ……!?アメリカを……!?」
「それに全ての海を……!?」
彼女の口に出した人類の天敵、「深海棲艦」の情報を知り私たちは驚愕した。
全ての海。つまりはそれは地球上の7割を人類が失ったことを意味する。そして、こちらの世界でも「IS」と言う不確定要素を除けば戦力や国力を総合的に鑑みれば世界最強の国家とも言える「アメリカ」を「深海棲艦」は一度は滅ぼしたと彼女は語ったのだ。
確かにそれだけの猛威を振るう脅威がいる世界では人類同士が争いなど繰り広げられる余力なんてありもしないのかもしれない。
そして、信じられないことに彼女、いや、彼女たちはその脅威を一度は打ち破ったとも言った。
だけど、それはどれだけの絶望的な戦いだったのか理解できない。
そうか……だから……雪風さんは……
私は雪風さんの悲痛な叫びの気持ちが解かってしまった。
「人類の天敵がいるからこそ……人類が争えないか……」
織斑先生はまるで自嘲するかのようにそう言った。
彼女の言わんとすることが私にも理解できてしまった。
確かにそんな油断したら人類が滅びる世界ならば戦争なんてできるはずがない。
でも、そんな世界にいたからこそ、雪風さんは平和を愛しているのだ。
平和を求めても手に入れられない世界。
でも、そんな彼女にこの世界の実情を教えて良いのかと私は再び苦しんでしまう。
今の世界は平和だ。
少なくとも、日本にとっては。
確かに紛争やテロはあるのかもしれないけれど、大規模な戦争があるわけでもない。
でも、「IS」がもたらした歪んだ社会の価値観によって、その「平和」すらも退廃し始めようとしている。
そんな平和な世界に彼女は何を思うのかと考えると私は胸が苦しかった。
「ごめんなさい……あなた方の世界にもあなた方の世界の事情があるんですよね?」
そんな時にそう言ったのは他ならない、雪風さんだった。
「雪風さん……」
「では、貴様はこことは異なる世界から来た……
それでもいいか?」
織斑先生がそう訊くと
「はい……ここまで、食い違う常識なんて……
普通じゃ、ありえませんですから……」
彼女は少し乾いた笑みを浮かべて肯定した。
敵が人間かそれ以外じゃないだけで戦いの意味てものすごく変わってしまうと思います。
なんというか、下手したら某アストリーム人みたいになりかねませんから気をつけないとまずいと思えます。