奇跡を呼びし艦娘のIS世界における戦い 作:オーダー・カオス
ちょっと、泣けてきました。
「じ、神通さん……?」
三度目となる神通さんによる平手打ちを貰って私は最初、訳が分からなかった。
前を見てみると神通さんは
「あなたとは……こう言った形では再び出会いたくありませんでした」
「……え」
神通さんのその一言に私はこれまで感じたことのない衝撃を受けた。
それは戦場による喪失感でも、失恋による痛みとでも異なるものであったが、とても悲しいものだった。
私は悲しみと共に怒りを感じていた。
きっと、これは子供が親に叱られて癇癪を起こすときと同じものだろう。
私は目の前の師に対して、反発しそうになった。
どうして、そんなことを言うのか。
私は会えただけでよかったのに。
なぜ拒絶するのかと。
嬉しいはずだったのに、一転して私は憤りを感じてしまった。
しかし、
「せめて……せめて……あなたにはもう少し長く生きて欲しかった……
幸せになって欲しかった……」
「あ……」
彼女の涙ながらに語る心の底からの言葉でそれが誤りであったことに私は気づいてしまった。
「生き残ってくれた……ただそれだけで良かった……
私はそれだけでも良かったのに……」
「……神通さん」
彼女はただ涙を流すだけだった。
私の知る神通さんは決して悲しみの涙を流すことはなかった。
それは彼女が沈んだあのコロンバンガラでもそうだった。
私は気づいてしまった。
今の神通さんは「華の二水戦旗艦」としてではなく、彼女個人として怒っているのだ。
彼女はずっと耐えていたのだ。
あの戦いの中で彼女はひたすらに悲しみを抑え続けていたのだ。
「ごめんなさい……」
その彼女の姿を目にして私は無意識に呟いていた。
だけど
「ごめんなさい……!!」
それだけでは済まず、私は再び謝った。
そして、そのまま
「ごめんなさい……!ごめんなさい……!ごめんなさい……!!」
また神通さんの胸に飛び込んで何度も何度も繰り返し謝った。
それは子供が母親に叱られて反省して親を心配させた時みたいの様だった。
そんな私を神通さんは黙ってただただ頭を撫で続けるだけだった。
まるで子供をあやす母親の様に。
「ううぅ……ぐすっ……!ヒック……!!」
私の腕の中で泣きじゃくる雪風を私はあやす様に撫で続けた。
雪風から出来得る限りの教え子たちの行く末と川内型の姉妹たち、愛する提督の最期、そして、雪風自身の人生を知り、私は悲しみに暮れそうになったが、雪風の戦後の様子を知って我慢できずに再び私は彼女をぶってしまった。
戦後の彼女は「艦娘」であることを辞めず、最後まで軍に身を置き続けたらしい。
そして、彼女は自らの命を犠牲にして教え子を救った。
本当は……自分の幸せを求めて欲しかったのに……
雪風から教え子たちの半数以上が戦死したことを知らされて私はただでさえ辛かった。
もちろん、最初から覚悟はしているつもりだった。
だが、それよりも雪風が生き残ったにも拘わらずに自分の幸せを諦めていたことに私はさらなる悲しみと怒りを感じてしまったのだ。
きっと、彼女は自分だけが生き残ったことに後ろめたさを抱いていたのだろう。
「サバイバーズ・ギルト」と呼ばれるものなのだろうか。
そんなものは妄想に過ぎないのに。
その証拠として、他ならない私が彼女の幸せを望み、彼女が幸せを諦めていたことに怒りを感じているのだから。
恐らく、それは雪風の姉も妹たちも同じはずだ。
だから、私は例の侵入者の砲撃先に彼女がいたことを感じたのに……
アリーナを襲撃した例の侵入者が雪風の生命を奪おうとした時、私は考えるよりも先に敵を攻撃していた。
再び出会えた教え子を害そうとする者を誰が許せるものか。
いや、雪風だけじゃない。
一夏君や鈴音さんにすら危害を加えようとした存在を私は許すつもりはない。
少なくとも二度と私の目の前での教え子を死なせてたまるものか。
だからこそ、私はあの「天才」を許すつもりはない。
……
私が箒ちゃんを心配していないのは恐らく、襲撃した人物が
あのような「IS」を作れるのは世界であの人物だけで、それに加えてご苦労なことに私に対する対策もしていた。
故に私は今回の襲撃犯の目星は付けている。
ただ、箒ちゃんを叱ったのは変な疑いが彼女に向けられないためでもある。
私はただでさえ箒ちゃんを裏切ってしまった。
だから、彼女に憎まれようとも彼女を守るつもりだ。
ただし、あの「天才」だけは許すつもりはない。
私の大切な教え子を傷つけようとしたのだから。
その前に……
だが、私にはすることがあった。
「雪風、あなたはしたいことがありますか?」
「……え?」
私は彼女に生きる意味を与えたい。
今の彼女は自分を軽く見ている。
だからこそ、私は問わねばならない。
「それは―――」
雪風は少し躊躇いがちになった。
それを見て、私は彼女が言わんとしていることが理解できてしまった。
「―――この世界の認識を変えたいです」
雪風はそう言ってしまった。
いや、そう言うとは思っていたが。
「それは……「女尊男卑」のことですか?」
恐らく、雪風はこの世界の「歪み」を知ってしまったのだろう。
織斑先輩に雪風の護衛を最初に依頼された時、雪風が「女尊男卑」の風潮を『間違っている』と断じたことを聞かされた。
少なくとも私の教え子である雪風と同世代の二水戦ならば絶対にそう言うだろう。
と言うよりも、怒らない娘がいるだろうか。
ギリギリで踏みとどまるのは朝潮や陽炎、黒潮、大潮、荒潮、初風、天津風、霰と言った半数だろう。
ただそれでもいつ怒りを爆発させるかもわからないので正確ではないが。
残りの半数に関しては啖呵を切るか、即殴り合いに突入が目に見えている。
特に不知火に至っては相手が謝っても殴り続けるだろうし、霞と満潮に関しては有無を言わさずに殴りかかる。
そう考えると、報告に上がっていたセシリア・オルコットさんは運が良かったのかもしれない。
雪風は怒りやすいが一応、二水戦でも大人しい部類だ。
つまり、贔屓目に見ても真っ直ぐな私の教え子からすれば、「この世界」の価値観は余りにもおかしい。
私自身でさえ、「IS至上主義」や「女尊男卑」にどれだけ辟易とさせられて来たことか。
冗談抜きで頭が狂いそうになっていたほど。
「もう一人の世界最強」と言う肩書もあって、私に近づいてくる「女性権利団体」や「女尊男卑主義者」の戯言を聞かされるのがどれだけの苦痛だったことか。
たまに握手をされたら、即座に手を洗うほどだ。
中には私が自衛官の娘で、元自衛隊志望であったことも知らないで『自衛隊は無用の長物』と言う輩までいたほどだ。
仮に教え子たちを失い続けた恐怖と経験がなかったら、心が折れていただろう。
ゆえに雪風の気持ちも痛いほどに理解できてしまう。
「具体的に……何をするつもりですか?」
私が推測できるものとしては最悪で最も効率のいい方法を雪風はしようとしていると考えた。
「えっと……それは……その……」
答えに詰まる雪風を見て、私は彼女の言わんとしていることが私の予想通りだったことに気づいてしまった。
今の彼女はおいたが過ぎた子供が必死に母親に隠そうとしている姿とほぼ同じだ。
私の教え子たちは基本的に私を慕ってくれているが、たまにやんちゃをする時があって、それを叱る時は私のことをかなり恐れる。
陽炎と黒潮がギンバイをしたり、就寝時間が過ぎているのにも関わらず時津風と雪風がはしゃいだり、霞と満潮が些細な事で口喧嘩を始めたりと年相応ながらもやり過ぎると私は叱ったりもした。
ただ、自由過ぎる「一水戦」と比べると手間がかからなかった気はする。
少なくとも、「二水戦」よりも「一水戦」の方が濃い面子が多かった。
それに加えて、「一水戦」は
阿武隈さんにものすごい苦労をかけた気がする。
そう言った環境で雪風を見て来たことから、私は今の雪風の態度の理由が解る。
先ほど、私は雪風に対して自分をこれ以上犠牲にすることがどれだけ周囲を傷つけるかを教えたばかりだ。
だから、彼女は後ろめたいのだ。
「……一夏さんに私を倒してもらおうと」
ようやく雪風が白状したが、それは赤の他人ならばその意味は解らないだろう。
「あなたが悪役になってですか?」
「……!」
しかし、なんとなくだが彼女から聞かされた彼女の歩んで来た路や私自身が目にしたコロンバンガラの前夜の件、そして、優しい彼女の性質から察して私はそう言った。
図星を突かれた事で雪風は明らかに動揺していた。
元々、雪風は佐世保から呉に来た時に同郷の妹である磯風のことを心配したり、初風と別任務で初風が帰還した時に少しでも怪我をしていると危うく泣きそうになったりと他人を思いやることのできる娘だ。
そう言った優しさが時として短所となってしまうのだ。
「……全く、どこの青鬼君ですか……あなたは……」
「うぅ……」
私は呆れながら彼女の行動をそう断じた。
すると、雪風はバツの悪そうな顔をし出した。
どうやら、先ほどの私の涙を見て自己犠牲の愚かさを認識したらしい。
少なくとも、私は「この世界」では雪風には幸せになって欲しい。
ただ、この娘はそれでも納得しないだろう。
なので、私は
「大体、その役目は私がすることです」
「……え?」
彼女がそんなことをする必要がないことを説こうとした。
「雪風、私の……「この世界」での名前は知っていますよね?」
私は彼女に私自身の名前を確認させようとした。
「「川神 那々」ですよね……」
雪風は私の「この世界」における名前を口に出した。
偶然なのか、必然なのかはわからない。
けれども、今の私は川内型三姉妹の一人一人の一文字が入った名前を持っている。
記憶を取り戻した時、私はもう会えない姉と妹のことを想って泣き続けた。
ただ、今はこの名前に誇りを抱いている。
この運命のいたずらには感謝すらしている。
「そうです……そして、その名前は同時にもう一つの意味があります。
分かりますよね?」
次に私にとっては忌々しい「二つ名」があることを彼女に訊ねた。
「……「もう一人の世界最強」」
「……そうです」
雪風がそう答えたので私は肯定した。
「もう一人の世界最強」。
あの「白騎士事件」発生後に「IS」の実力を目の辺りにした世界各国は少しでも強力な人材を求めた。
その際に人材を手に入れるために各国の政府は自国民の女性に適性検査を受けさせたが、運の悪いことに私の適性は織斑先輩と同じ「S」だった。
いや、運が悪いのではない。
あれは殆ど当たり前なのだ。
明らかに
しかも、元々自衛官志望と言うこともあって知能面も体力面も能力があったことや艦娘時代の経験から来る戦闘能力もあって即戦力として政府に目を付けられた。
当初、私は断ろうとした。
しかし、政府の高官から現役の自衛官である父親を人質に取られたも同然の形で私は渋々、「IS学園」に進学することになってしまった。
今でも当時の父親の申し訳なさそうな顔を思い出す度に私は心が痛む。
私が今回の一夏君の件で怒っているのはそう言った面もあるからだ。
現在、父親は自衛隊の幹部になっているが、私の存在もあって色眼鏡で見られている。
ただこれは身内の評かもしれないが、私の父親はそんなことを入れずとも有能だ。
自衛隊に対IS戦術を組み入れ、さらには潜水艦部隊を精鋭化させたことで「IS」の弱点を突く方法なども考案し、従来の戦術においても対応できてもいる。
少なくとも、「IS」に依存する他の国家よりも日本の海上戦力は決して落ち目ではない。
そう言った経緯もあって私は「IS」に関わらざるを得ない人生を送る様になったが、水雷屋の
だが、それは同時に「もう一人の世界最強」と言う肩書が生まれ、同時にその肩書にすり寄る人間もできた。
私のそう言った名声を利用しようとして「女尊男卑」を正当化しようとする人間さえもいた。
だから、私はメディアの露出などは控えていたほどだ。
「ですから、一夏君に倒されるのは私がやるべきです」
「……えっ!?」
私は雪風がしようとしていることを自分が代わりにやると言った。
私は織斑先輩と比べると世間受けが悪い。
『生意気』だとか、『可愛げがない』などと叩かれることも多くあるほどだ。
だから、既に社会的知名度もそう言った土台もあるので私がやる方が効果的だ。
わざわざ雪風がそんなことをしなくてもいいのだ。
「で、ですが……!!」
雪風は私を止めようとした。
だけど、これは
「元々、私は一夏君を鍛えようと思っていました。
これはその延長線上に過ぎません」
一夏君をこの「IS学園」で鍛えると言う当初の目的の最終到達地点に過ぎない。
それが公式でも非公式でも構わない。
一夏君は私も不本意だけれども、「IS」に関わらずにいられないだろう。
だから、強くなる必要がある。
そして、
たったそれだけの事実で世界に衝撃を与えられる。
「……でも!!」
いつの間にか、敬語を忘れて雪風は素の喋り方をし出した。
その過程と結末で受けるであろう苦難を考えての反応なのだろう。
けれども、彼女は自分のしている表情を私にさせようとしているのが理解しているのだろうか。
いずれにせよ、やはり優しいこの娘にそんな役割を背負わせるべきではない。
「……そうですね。
もし、役目を交代したいならば私を倒してからにしなさい」
「……え?」
だから、私はそう言った。
「私一人を倒せないで世界を変える……
笑わせるつもりですか?」
「そ、それは……」
条件を付けることで私は雪風を諦めさせようとした。
いや、諦めさせるのではない。
絶対に私が彼女にそんな役目をやらせないと言う意思表示。
雪風がどれだけ強くなっていようが、強くなろうとも私は決して敗けるつもりはない。
そう言った理由で彼女を黙らせようと思った。
いえ……本当は……
だけど、本当はそれだけが理由ではない。
実を言えば、私は彼女が自分を超える瞬間を見てみたいのだ。
私は雪風の少し自分を犠牲にし過ぎる一面を止めたいと言う気持ちと生前叶うことのなかった雪風が師である私を超える瞬間を確かに感じたいと言う相反する二つの感情を抱いている。
ただ、既に雪風は私を超えているのかもしれないが。
「……不満ならば、あなたに一つ役目を与えます」
「……役目ですか?」
雪風はきっと納得しない。
だから、今は最後にあることを「務め」として与えることで彼女を抑えようとした。
既に私は彼女の上官でも、教官でもないのでそれは烏滸がましいことなのかもしれないが。
「一夏君の姉弟子として、これから共に研鑽を積み、彼の意欲を高めながら彼と共に強くなりなさい」
「……!
そ、それはつまり……」
それを聞いた瞬間、雪風は私の言葉の意味を理解したのか喜びを顔に浮かべ始めた。
「……そうです。
再び、私の訓練下に入りなさい。
雪風」
それを見て私は少し口元を緩ませながらもはっきりと告げた。
再び、雪風を教え子として指導できる。
成長したであろう彼女がどれ程のものかは分からない。
それでも、私は彼女を指導したい。
これは私の個人的な理由でもある。
既に彼女の教官としては私は力不足なのかもしれない。
だが、この「IS学園」における三年間、私は雪風を鍛えたかった。
一夏君のことは元々、鍛えなくてはならなかったが、もし彼が私の指導を断るのならばそれでいいと思っている。
私の訓練は一般人がするべきものではない。
この学園でも実技の教官として指導するつもりだが、通常の授業ではある程度は抑えるつもりだ。
今は決して、戦時中でも、人類が滅亡するわけでもない。
それなのに彼に私の訓練を受けさせる必要などない。
あるとしても「例の組織」の存在程度だ。
それでも、私は雪風を守りたい。
彼女の平穏を。
せっかく、得たであろう彼女の新たな人生だ。
彼女は幸せになるべきだ。
「……嫌ですか?」
答えを訊くまでもないが私は今一度、訊ねた。
もちろん帰って来たのは
「いいえ!!
ぜひお願いします!!!」
戦前に目にしたとても綺麗で真っ直ぐな太陽のような明るさを感じさせるあどけない元気で屈託のない笑顔だった。
「……そうですか、それでは楽しみにしています」
私は色々な意味を込めてそう言った。
すると雪風は
「はい!!頑張ります!!」
全く変わらない本当に頑張り屋さんな返事をしてきた。
良かった……そこは変わっていないんですね……
それを見て、私は彼女が教え子が成長した娘であることを確信し、少し影を落としていながらも本質は決して変わっていないことに喜びを感じた。
なんか神通さんが某フル〇タの少佐みたいな感じになってきました。