奇跡を呼びし艦娘のIS世界における戦い 作:オーダー・カオス
「お久しぶりです。
轡木さん」
川神は先言後礼を体現したきっぱりとした挨拶を轡木さんに贈った。
「おお、川神くん。
元気そうで何よりだ」
この学園の卒業生である川神との再会に轡木さんは思わず顔を綻ばせた。
轡木さんは川神の学生時代を知る人間であり、川神の人柄に好感を抱いている珍しい人間だ。
川神は男女両方に敵が多い。
それは彼女は歯に衣着せぬ性格ゆえのことだ。
川神は相手が誰であろうと相手に事実をぶつける。
故に嫌われがちである。
しかし、学生時代に川神が他の生徒の「女尊男卑」による言動が原因で色々と問題を起こしても、その言い分をある程度聞き容れて、表の学園長である奥方に代弁してもらい色々とフォローしたのが轡木さんだった。
轡木さんの奥方も「女尊男卑」に関しては基本的に釈然とせず、教育者ゆえにそう言った考えを持つことを咎めようとする人でもある。
そのことから川神は轡木夫妻から絶大な信頼を得ている。
「はい。轡木さんもお変わりがないようで何よりです」
川神も「IS学園」へのほぼ強制的な入学の件で些か想うことがあり「IS学園」に関しては良い感情を持っていないが、轡木夫妻に関しては好印象であることから心の底から再会を喜んでいるらしい。
それも当然だ。
私自身も「女性権利団体」や「女尊男卑主義者」の言葉には辟易されることもある。
むしろ、轡木夫妻のような人と会えることは稀だ。
いるとしても、川神や束の両親ぐらいだ。
「それに山田さんに布仏さんもお久しぶりです」
「い、いえ!川神先輩とまた会えて、こちらこそ!!」
「お嬢様がお世話になっております」
川神の久しぶりの挨拶に対して、真耶と布仏は喜びと恐縮の念を込めて言った。
そんな再会の喜びが理事長室に溢れていると
「川神先輩……あの……その……」
更識がおっかなびっくりで川神に声をかけ始めた。
川神の指導を受けた人間としては多少、川神に対して怖気づいてしまうのは解る。
彼女はそれでも川神に何か訊ねたいことがあるらしい。
「更識、いい……私が訊く」
しかし、それは私も訊ねたいと思っていたことだった。
そして、それは雪風の真実を知るこの場にいる五人は知らなくてはならないことだ。
「川神、一つ訊きたいことがある」
私は川神のことを見据えながらそれを訊ねようとした。
決して、川神が言い逃れや偽りを述べるのを見逃さないためだ。
「はい。私も今、ここで打ち明けたいことがありました。
きっと、それは先輩と楯無さんが考えていることでしょう」
川神は全く動ずることなく全てを明かそうとしていた。
「私が訊きたいのはたった一つだ」
その川神の堂々とした佇まいに一瞬、私は気圧されそうになった。
初めてこいつと会った時も私はこいつが年下にもかかわらず怯んだ。
だが、私は知りたかった。
「
私と更識は随分と前から気になり始めていたことだ。
私が川神と雪風の関係に対して、疑念を抱いたのは二か月前、川神に雪風の護衛を依頼した時の川神の様子が明らかにおかしかったことに気づいてからだ。
あの時の川神は動揺しながらも喜んでいた。
そして、雪風に対するこだわりや先ほど目にした川神が雪風を見る目は明らかに他人に対するものではないと確信した。
更識と私が同じような疑念を抱いた点を知ったのは更識が三週間前に合同合宿から帰還した際に川神が雪風のことを必要以上に気にかけていたことを私に報告したことが切っ掛けだ。
それら全てが整合性が重なったのは雪風と川神が二人だけの会話を終えた後に目にした二人の表情だった。
雪風は今まで見せたことがないほどに顔が穏やかになり、川神に至っては一夏や篠ノ之に対するものよりもどこか慈しみがあふれていた。
それを目にした私と真耶は驚きを隠せなかった。
だから、ここで二人の関係についてはっきりさせておく必要がある。
「お前と雪風は……知り合いだったのか?」
「………………」
川神の雪風に対する態度や二人の間に漂っていたものは心許した者同士であったことを物語っていた。
「知り合い」だと私は訊ねたが、あれは断じてそうではない。
もっと近しい何かだ。
川神は少し、黙った。
だが、あれはこのことを隠そうとしているのではない。
あれは言いにくいことを言おうとしているしぐさだ。
「……はい。彼女は
―なっ!?―
―えっ!?―
川神は包み隠すことなく衝撃的過ぎる事実を明かした。
その事実に私たちは戸惑いと驚愕を隠せなかった。
「……それじゃあ、雪風さんが言っていたことは全て
「や、山田先生……それは……」
真耶は川神の言葉を受けて簡単に考えられる推測を思わず口に出してしまい、布仏は止めようとした。
布仏はどうやら雪風と触れ合ううちに友人として見ているのだろう。いや、それだけじゃない。
今や、布仏の妹はクラスの中で雪風にとっては一番の友人だ。
オルコットや一夏との関係が目立つが、雪風が友人として一番心を許しているのは紛れもなく布仏の妹だ。
そう言うこともあってか、布仏は雪風を信じたいのだろう。
しかし、確かに雪風が川神の言う通り、彼女の教え子ならば雪風は少なくとも「この世界」の生まれのはずだ。
そうなると、雪風が語っていた話は全て嘘になる。
真耶の発言通り、いや、川神の語った事実を受けてこの場にいる川神以外の全ての人間に一瞬にして不信感と緊張感が走った。
「……いいえ。雪風の語ったことは
「……え」
だが、川神の言葉でそれは一瞬にして払拭された。
それに対して、真耶と更識、布仏は訳が分からないと言った顔になった。
それは私も同じだ。
「……どういう事だ。川神?」
川神の言っていることの意味が理解できず混乱しつつも私は川神に訊ねた。
仮に雪風の語ることが全て事実だとしても、それでは一つ巨大な矛盾が生じる。
なぜいわゆる並行世界から来たであろう雪風が「この世界」の住人であるはずの川神の教え子なのだろうか。
これは明らかな矛盾だ。
これは小学生でも解ることだ。
「……先輩。あなたは「前世」と言うものを信じますか?」
「……こんな時にふざけているのか?」
まさかこんな状況で川神の口からそんな非現実的な言葉が出て来るとは思いもせずに私はつい高圧的になってしまった。
川神は訓練時においては80%の理詰めと120%の精神論をかざして来るが、平素においては極めて現実的だ。
「IS」による女性優位論に対しても一蹴どころか、歯牙にもかけないほどだ。
そんな川神から「前世」なんて言葉が出るとは思いもしなかった。
と言うよりも冗談すら中々言わない奴だ。
とぼけているのか分からないがそれでも私は警戒してしまった。
以前からある程度は想像できたが、先ほどのことで川神はどんなことがあろうと雪風を守ろうとしているのは理解できた。
ただそれだけが今のこいつの行動理念だ。
下手をすれば、素手でもあの束が手こずる川神が今ここで敵に回る可能性もあり得る。
川神は手榴弾や銃火器があれば「IS」なしで「IS」を大破できるうえに素手での強さは既に中学時代における殴り合いで理解している。
「まあまあ、織斑先生……
……なるほど……川神君……そう言うことかね……」
私と川神が一触即発の状態に陥った時だった。
轡木さんが私を制して、何か納得がいったような反応を示した。
私はそれを見て、呆気に取られた。
「轡木さん、それは一体……」
今まで驚きはするもあまり口を開かなかった更識が轡木さんに発言の意味を訊ねた。
更識はどうやら、雪風のことが気にかかるようだ。
更識は既にこの年齢で謀略の世界に生きている。それなのに雪風を信じたいと思っているのだろう。
それほどに雪風のことを気に入っているのだろう。
いや、彼女だけじゃない。
私やこの場にいる他の者も轡木さんの言葉が意味していることを知りたいと思っている。
私は雪風のことだけではなく、川神も信じたい。
一夏が信じ、篠ノ之に一方的に裏切者扱いされようとも守ろうとするあいつらの姉貴分を信じたいと思っている。
だからこそ、轡木さんが語ろうとしていることを知りたいのだ。
そこに希望があると考えて。
しかし、轡木さんの次の言葉に私は、いや、私たちは全員度肝を抜かされた。
「これは私の推測に過ぎないが……
川神君、もしかすると君もまた……雪風君のいた世界にいたのではないのかね?」
「え……」
「なっ……」
轡木さんのそのあり得ない見解にこの場に全員が再び驚愕した。
そんなことは当たり前だ。
少なくとも、私はそんなことはあり得ないと思っていた。
なぜならば、川神と付き合いの長い私は彼女には雪風と異なり肉親がいることを把握している。
当然ながら、川神と両親は血がつながっている。
何よりも彼女と出会った時の記憶もある。
だが、
「……なぜそう思ったんですか?」
「なっ!?か、川神……?」
川神は否定しなかった。
それは川神が轡木さん語ることがほぼ事実だと言っている風に見えた。
まだ確証がないのにも関わらず、私にはそう見えた。
「……
「……
轡木さんは迷うことなくそう答えた。
その姿は普段、用務員として見せている好々爺染みた朗らかさを残しながらも威厳に満ちていた。
「IS学園の真の経営者」としての姿を見せていた。
「雪風君を最初、見た時どこか君に似ていた。
最初は若い娘が軍人を名乗ることに対してどこか反感を感じもしていた……
いや、そもそも「IS学園」と言う学園そのものが歪なのだから私がこういった考えを持つこと自体がおかしいのかもしれんがね……」
轡木さんは川神と雪風が似ていると言ったと同時に最初に雪風の挨拶を目にして感じたことを率直に言った。
轡木さんは敗戦から立ち直る日本社会を目にしてきた人物だ。
やはり、旧日本軍には何か思う所はあるのだろうし、下手をすれば兵器運用も可能な「IS」とその養成施設とも言える「IS学園」には何か思う所があったのだろう。
だが、私はそう考えると轡木さんと奥方が経営者で良かったと思える。
「IS」を兵器だと思わない人間や「IS」を絶対視する人間や「IS」の生む歪みを念頭に置かない人間よりもこう言った人が経営者である限りは「IS学園」は真っ当だろう。
それは「女尊男卑」と言う「歪み」の中でも決して折れなかった見えない静かな戦いをしてきた硬骨漢たる者の言葉であった。
「IS学園」を決して、建前だけでも「女尊男卑」などで歪ませない。
世界を変えられないがそれでも少しでもいい方向に導きたい。せめて悪化だけは防ぎたい。
それが轡木 十蔵と言う男の信念だったのだ。
「だが、雪風君を見て少し認識を変えた……」
しかし、そんな「力」の恐ろしさを理解する轡木さんはその力の象徴とも言える軍人である雪風を見てかそう言った。
「彼女は真っ直ぐだった。
どこか少女らしさを残しながらもそれでも信念を目に秘め、理不尽に怒りを抱く……
やはり、学生時代の君と重なったよ……
彼女と君の
轡木さんは感慨深げに言った。
「そして、君は彼女を「教え子」と断じた……
今も君はとても誇らしそうだ」
轡木さんの言葉を耳にして私たちは一斉に川神の方を向いた。
すると私たちの目に入ったのはどこか目に何かを込めていた川神の姿だった。
その川神の姿に私たちは何とも言えない感情を抱いた。
だが、あれはもしかすると私が一夏に対して抱く感情と同じではないのかと勘ぐってしまう。
川神の言葉が事実ならば、それは雪風の成長を聞かされたことに対するものではないのだろうか。
「それに加えて、「前世」という言葉を口に出した……
つまりはそう言うことなのだろう?」
「それって……一体……?」
真耶は轡木さんの最後の一言の意味が理解できなかったようだ。
「……まさか……」
だが、私はその意味が理解できてしまった。
あまりにも荒唐無稽すぎる事実ではあるが。
「そうです……私にはかつて雪風のいた世界の記憶……
いえ、「艦娘」としての記憶があります」
川神は私が辿り着いた答えを口に出した。
ある程度は想像できていた。
しかし、それはあくまでも想像だった。
そんなことがあるとは思いもしなかった。
だが、川神は自ら自分が雪風と同じ世界を知っていると言うことを明かしたのだ。
「……「川内型軽巡洋艦二番艦 神通」……「第二水雷戦隊旗艦 神通」……
それが私の「艦娘」としての名前でした」
川神は明かした。
いや、名乗った。
その名を語る彼女の表情はどこか誇らしさに満ちていた。