奇跡を呼びし艦娘のIS世界における戦い   作:オーダー・カオス

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第12話「励ましと憤り」

「シャルル……?」

 

 デュノアさんの憑き物が落ちたかのような表情に一夏さんは彼女が企業スパイである事実を受け容れたようである。

 しかし、その顔には悲しみはあるが、怒りは感じられなかった。

 これを見て感じたことはやはり、この人はお人好しだということだ。

 

「ごめんね。一夏……

 僕、嘘で君を騙していたんだ……」

 

「シャルル……」

 

 一夏さんの悲し気な表情を目にして騙していたことに対してデュノアさんは謝罪した。

 どうやら、彼女は本気で一夏さんに友情を感じていたらしい。

 たった一日とは言え友情を感じる。

 そう考えると彼女はどれだけ恵まれない人間関係の中で育っていたのだろうか。

 少なくともこんな事実の羅列だけで涙を見せるようでは、彼女は悪党ではないだろう。

 事実を突きつけられて嘘を貫くのは英雄か悪党のどちらかだろう。

 そう考えると私は最低な部類の人間なのかもしれない。

 「正しさ」がもたらすこと、いや、それが「正しい」と思っていること自体が烏滸がましいことだと気づきながらも私はデュノアさんが傷つくことを知りながらも彼女を追及した。

 当然、諜報活動は「悪」だ。

 しかし、私はそれを止めたいのであって断罪したいわけではないのだ。

 「初霜」に触れたことに関しては作戦や八つ当たりとは言え、怒りはある。

 それでも肉親や友人、戦友を殺されたり、戦死した戦友を侮辱されたわけではないので彼女が憎いわけではない。

 私が憎むとすれば、それは磯風たちを殺した「あの悪魔」ぐらいだ。

 だから、そこまで私はデュノアさんをどうしようとも思っていない。

 それは更識さんや轡木さん達の管轄だ。

 私の「務め」はここまでだ。

 

「では、認めるんですね?」

 

 これ以上、彼女を傷つけないように私は配慮しながら訊ねた。

 

「うん……ごめん、ヤチさん……」

 

 と言うと、今度は私に謝罪をしてきた。

 やはり、素の彼女は良識を弁え、罪悪感に怯えるただの少女らしい。

 

「なあ、シャルル……

 どうして……いや、その……」

 

 一夏さんは彼女の正体を知ったがそれでもなぜデュノアさんがこんなことをしたのか知りたいのだろう。

 これには私も彼の心中を察した。

 私の口から出た身も蓋もない事実は残酷なものだ。

 だから、デュノアさんの口からデュノアさんの事情を知りたいのだろう。

 このことに関しては私は口を出さないでおこうと判断した。

 既に「初霜」は回収済みであり、付近では更識さんが待機しており、彼女の戦闘力も剥離剤を使えば事実上の無力化が可能だ(ただし、彼女が既に対策済みなら別だが)。

 彼女が涙で情を誘おうとしても既に証拠は手にあるので問題ない。

 それにここで下手に一夏さんと揉めれば以降の護衛任務に支障を来たす可能性もある。

 そう言ったことを考えればこのぐらいは許容すべきだ。

 

「……ヤチさんの言う通り、僕は「デュノア社」の命令で「白式」のデータを盗みに来たんだ」

 

 デュノアさんはやはり私が示したその目的と正体を明かした。

 

「どうしてなんだ?」

 

 一夏さんはそれでも理由を知りたかったのだろう。

 それはせめて今回の件で彼女の個人的な意思が介在しないで欲しいと言う彼の願望の表れなのだろう。

 

「僕の父、その人からの直接の命令なんだよ」

 

 ……あれ?

 

 彼女の口から出て来た『父』と言う言葉に私は違和感を感じた。

 なぜか、彼女は自分の父親のことを妙に醒めた口調で呼んだ。

 私にはなぜ彼女が自分の父親に対して何の感情も持たないのか理解できない。

 セシリアさんの時はセシリアさんが父親のことを知らな過ぎたのが理由であったが、彼女は「嫌悪」と言う感情を抱いていたが、今のデュノアさんはまるで「父親」と言う存在に何も感情を抱いていないような気がしたのだ。

 

「命令って……親だろう?なんでそんな―――」

 

 一夏さんもどうやら違和感を感じたのか訊ねた。

 確かに親子の間に「命令」と言うのは不自然だ。

 社長と社員ならばそうかもしれないが、そこに「親子」と言う違う要素が加われば少なくともそんな強圧的な言葉にはならないだろう。

 なぜか私の胸にはモヤモヤが募っていく。

 デュノアさんが本人の意思とは関係なしにこの件に身を投じたのは何となく理解できた。

 だが、どこか彼女はおかしいのだ。

 正確には彼女を取り巻く環境が。

 当然、「企業スパイ」を実の娘にさせる時点でどこか狂っている気がするのだが。

 しかし、今の彼女の「違和感」がそれを紐解く答えに思えて仕方がない。

 

「僕はね……愛人の子なんだよ」

 

「「……!?」」

 

 そして、彼女の明かした彼女自身の出生でようやく彼女が実の父親を他人の様に扱っているのか理解できてしまった。

 「愛人」、それは「妾」と言うことだろう。

 つまり、それは彼女の生まれながらの立場の弱さを物語るだろう。

 

「引き取られたのが二年前。

 ちょうどお母さんが亡くなった時にね、父の部下がやって来たの。

 それで色々と検査をする過程でIS適応が高いことが判って非公式ではあったけど「デュノア社」のテストパイロットをやることになってね」

 

 母親の死。

 彼女は父親と違い、母親のことは懐かしむように愛おしむように語った。

 それだけ、彼女の母親は女手一つで彼女を育てたと言うことなのだろう。

 私も母同然の神通さんが戦死した時には輸送任務を終えた後に人知れずに大泣きした。

 いくら神通さんと再会できたとは言え、あの悲しみは消えない。ただ再会の喜びで癒えただけだ。

 故にデュノアさんの気持ちは痛いほどに解かる。

 しかし、次の瞬間、そんな感傷に浸ることすらできなく程の事実が彼女の口から出て来た。

 

「父に会ったのは二回くらい。会話は数回くらいかな。普段は別邸で生活しているんだけど、一度だけ本邸に呼ばれてね。あの時は酷かったなぁ。

 本妻の人に殴られたよ。『泥棒猫の娘がぁ!』ってね。

 参るよね。母さんもちょっとくらい教えてくれたら、あんなに戸惑わなかったのにね」

 

「「………………」」

 

 彼女は愛想笑いをするが声に生気がなく全く私たちは笑えなかった。

 これでは本当の意味で彼女に意思がないも同然だった。

 私はある程度、彼女にも何かしらの抵抗があると思っていた。

 今の彼女は完全に死んでいる。

 父親と言うものはこれ程までに冷淡になれるものなのだろうか。

 私を妹や娘同然に愛してくれた司令やMI作戦で蒼龍さんを失いながらも飛龍さんを生還させるために戦死した山口提督を始めとした多くの帝国軍人の男たちを目にして来た私としてはそれは余りにも信じられなかったことだ。

 時折、山口提督が戦死したことで生き残ったことを散々恥知らずと心無い誹謗中傷に晒された南雲提督すらも元々は水雷屋と言うことで苦手意識の強かった赤城さんの死を後悔していたことを知る身としては余りにもデュノアさんの父親の件は衝撃過ぎた。

 当然、父親が必ずしも父親らしいとは思わないが、いくら何でもこれは酷かった。

 デュノアさんの表情がどれだけこの二年間、心を殺さずにいなければ生きていけなかったのを物語っていた。

 それを見て私は虚しさと共に苛立ちを感じた。

 

「それでヤチさんの指摘通りに第三世代の開発が遅れて開発ライセンスも取り上げられそうになったからこの学園に来たんだよ……」

 

 その目には諦観が込められていた。

 

「で、男装したのは広告塔に使うためと一夏に近づいて「白式」のデータ取りのためだよ。

 とまあ、そんな所だよ。でも、ばれちゃったし、きっと僕は本国に呼び戻されるだろうね……

 「デュノア社」の今後はまあ……僕にはどうでもいいかな」

 

 デュノアさんは最早、何にも執着していない空虚な笑みを浮かべるだけだった。

 自分の命にも人生にも。

 

 何ですか……それは……

 

 彼女の姿を目にして、私は自らの掌に私はギュッと爪を立てた。

 

「ああ、なんだか話したら楽になったよ。

 二人ともありがとう」

 

 彼女は自ら告白したことで少しは胸のつかえが取れたのか、いや、これ以上嘘を吐き続けなくて済むことへの安堵なのか私たちに感謝した。

 それを見て私は

 

「「それでいいんですか?/いいのか、それで?」」

 

「え……?」

 

「「……あ」」

 

 彼女に問いかけたが、それは同じことを訊ねる異なる口から出て来た問いと重なった。

 私と一夏さんは思わず顔を見合わせてしまった。

 どうやら、彼もデュノアさんに何か言いたいらしい。

 

「……一夏さん、先にどうぞ」

 

 私は彼に先を譲った。

 私はまだ自分を抑えられるが若い彼には恐らく難しいことだろう。

 

「ああ」

 

 私の意思を汲んでか一夏さんはどうやら先に彼女に励まし(・・・)を贈ってくれるらしい。

 

「なあ、シャルル……本当にそれでいいのか?

 いいはずがないだろ。親がなんだっていうんだ。

 どうして親だからって子供の自由を奪う権利がある。

 おかしいだろ。そんなのは!」

 

「い、一夏……?」

 

 一夏さんは憤りを彼女にぶつけた。

 デュノアさんを取り巻く環境は明らかに異常だ。

 なのにいつの間にか彼女はそれを当たり前のように思い込んでしまっているのだ。

 一夏さんはデュノアさんのことを肯定しようとしているのだ。

 自分が異常なのではなく、世界の方が異常であることを示すことで彼女の生きる意思を取り戻そうとしているのだ。

 

「親がいなけりゃ、子供は生まれない。

 そりゃそうだろうよ。でも、だからって親が子供に何をしてもいいなんて、そんな馬鹿なことがあるか!

 生き方を選ぶ権利は誰にだってあるはずだ。

 それを親なんかに邪魔される謂れなんてないはずだ!!」

 

『ふざけるな!!

 確かにあいつらはある意味、戦うために生まれて来たのかもしれない!!

 それでもあいつらの「死」を『当たり前』なんかで済ませてたまるか!!』

 

 かつてダンピールで犠牲になった時津風たち四人の駆逐艦たちの「死」を軽々しく『作戦に犠牲は付き物』と言って責任逃れをしようとした参謀たちに向かって怒鳴った司令たちも同じことを言うだろう。

 年功序列の海軍の中で山口提督に素質を見極められたことで最年少での破格の昇進をした司令は何かとそう言ったしがらみで『生意気だ』と言われがちであったが、彼も「親」を理由に我が子の未来を奪おうとする「デュノア社」に怒りを爆発させるだろう。

 

 ええ、その通りですよ……

 

 そして、私もまた彼と同意見である。

 『親なんか』と言う部分に関しては私は親がいないし、いたとしても司令と言う恵まれた人が父も同然であったのでどうしても埋められない価値観の相違が彼との間にはあるが、彼の怒りに私も同調しても吝かではない。

 少なくとも、彼女が生きようとする意思を持つことすら否定されるのならば彼女は反抗すべきだ。

 私たち軍人が死地に向かうことと彼女が自由を奪われることでは全く意味が異なる。

 それに私は軍人だ。

 命を何とも思わない指揮官や命令など真っ平ごめんだ。

 指揮官や参謀と言うのは味方がどれだけ死ぬのかを知っていても勝つために作戦を考えなくてはならない。

 しかし、それでも戦い、勝利し、その先の平和と自由、未来を得るためには犠牲すらも背負わなくてはならないのだ。

 そんなことすら自覚すらもしない人間の指揮下では私は戦いたくもない。

 私たち(人類)は生きるために戦っていたのだ。

 生き残る意思を奪うことは認めない。

 

「ど、どうしたの一夏、変だよ?」

 

「あ、ああ……悪い。

 つい熱くなってしまって」

 

 一夏さんもどうやら自覚していたらしく、感情的になったことを詫びた。

 

「いいけど……本当にどうしたの?」

 

 デュノアさんは一夏さんと接しているうちに彼が割と穏やかな一面しか見せていなかったことから戸惑っていた。

 

「俺は……俺と千冬姉は両親に捨てられたから」

 

「あ……」

 

「………………」

 

 一夏さんは自らの身の上を明かした。

 私は何とも言えない気持ちになった。

 私には両親がいない。

 故に彼らの気持ちを完全に理解するのは困難だと思ってしまうのだ。

 

「その……ゴメン……」

 

「気にしなくていい。

 俺の家族は千冬姉だけだから、別に親になんて今更会いたいとも思わない」

 

 一夏さんは自らの両親をそう言い捨てた。

 これは神通さんに聞かされた話だが、織斑さんは一夏さんを育てるためにかなり苦労していたようだったらしい。

 そんな姉のことを見て育ったのだから、彼が両親を疎むのも無理はない。

 彼が「雪片」に並々ならぬ誇りを抱くのもそう言った理由らしい。

 どちらにせよ、最初から親がいない私と途中でいなくなった彼とは比べることすらも出来ないだろう。

 

「それより、シャルルはこれからどうするんだ?」

 

 自分の不幸などどうでもいいとでも言うように彼はデュノアさんの今後について訊ねた。

 

「どうって……時間の問題じゃないかな。

 フランス政府もことの真相を知ったらもう黙っていないだろうし、僕は代表候補生を降ろされてよくて牢屋じゃないかな」

 

 ……いや、多分フランス政府も暗黙の了解だと思いますよ?

 

 どうやら、今回の件はあくまでも「デュノア社」単体の暴挙らしいが、流石に国家の代表の身辺を調査しないのは明らかにおかしいだろう。

 仮に何も知らないでフランス政府が了承していたのならば、それはそれで機密情報的な意味で不安になって来る。

 しかし、そんなことよりも私は彼女のまるで他人事のような言い方が気になって仕方がない。

 

「それでいいのか?」

 

 一夏さんはそんな彼女に世の不条理に対して憤るかのように言った。

 それは私も同感だった。

 私も彼女に訊ねたかったのだ。

 『本当にそれでいいのか?』と。

 

「良いも悪いもないよ。

 僕には選ぶ権利がないから、仕方ないよ(・・・・・)

 

 しかし、彼女はただ諦めているだけだった。

 自らの運命が周囲によって狂っていくことを自らが妥協するようにしてしまったのだ。

 

「デュノアさん……」

 

 私はもう我慢できず彼女に近寄った。

 

「……え?」

 

「雪風……?」

 

 そして、そのまま彼女の左頬目掛けて思い切り手を振りかぶり叩いた。

 

「いい加減にしてくれませんか?」


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