奇跡を呼びし艦娘のIS世界における戦い   作:オーダー・カオス

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第15話「強者の代償」

「神通さんが……篠ノ之さんを裏切った(・・・・)……?」

 

 私が自分がしてしまった最大の過ちを告白した。

 それを耳にして雪風は信じられないと言った顔をしている。

 

「はい……私はあの子を裏切ってしまったんです……」

 

 重ねて私は彼女に告げる。

 

「……信じられません……

 だって、神通さんは……」

 

 雪風は縋る様に言った。

 彼女は私を信じてくれているのだ。

 その信頼は嬉しくもある。

 それだけ彼女は私のことを今でも慕っていてくれていると言うことだろう。

 きっと彼女は「二水戦」時代の姿を見て来たからこそそう思っていてくれているのだろう。

 私自身も戦場ならば誰も見捨てるつもりはない。

 

「……雪風、貴女は私を超人か何かと思っていませんか?」

 

「……!」

 

 でも、私だって弱い人間なのだ。

 彼女が思うような無敵の存在などではないのだ。

 

「私にだって……守れないものがあるんです……」

 

「神通さん……」

 

 私の最大の失敗。

 それはあの子に強い姿しか見せてこなかったことだ。

 

「……一体、何があったんですか?」

 

 雪風は私を責めようとしない。

 彼女は未だに失望せずに私を信じてくれている。

 だからこそ、理由を知りたいのだろう。

 

「……そうですね。

 ただの言い訳にしかならないのかもしれませんが……

 聞いてくれますか?」

 

 きっと今からすることは独り善がりの自己弁護に過ぎないだろう。

 でも、あの子の心をあそこまで傷つけて荒ませてしまったのは紛れもなく私だ。

 だから、私には説明する義務があるだろう。

 

「はい」

 

 私の情けない姿を雪風は受け入れてくれるようだ。

 

「……ありがとうございます」

 

 この娘の負担になると理解しながらも私は聞いてくれる雪風に感謝した。

 

「……貴女は箒ちゃんの家庭が離散しているのはご存知ですよね?」

 

 私は先ず、雪風も知っているだろう箒ちゃんの家族のことから入ろうと思った。

 

「……はい。「重要人物保護プログラム」のせいですよね……」

 

 当然、一夏君だけじゃなく箒ちゃんの護衛も楯無さんに任されていた雪風はそのことを知っていた。

 「重要人物保護プログラム」。

 それは私にとっては戦場で感じるものとは異なる無力さを味わわせた忌々しい法令だった。

 あれによって、箒ちゃんの家族は、いや、家族すらもバラバラにされたのだ。

 

「箒ちゃんはあの法令で家族も失ったも同然です。

 そして、新しい友だちを作ることも一夏君との繋がりすらも奪われてしまいました」

 

 さらに悪いことに箒ちゃんはあの法令のせいでまともな人間関係を築けなかったのだ。

 元々、箒ちゃんは負けん気が強過ぎて一夏君を除いて友達がいないも同然だったのだ。

 その一夏君との交流もたった一度しか来なかった手紙を交換することすらもできなかったのだ。

 新しい友だちを作ろうにも箒ちゃんの性格と繰り返される転校による環境によってそれも不可能だったのだ。

 

「……成程。

 確かにそれだと一夏さんに対して他の二人よりも強過ぎる独占欲が生まれるのも無理はありませんね」

 

 雪風は箒ちゃんのあの一連の行動の理由を理解してくれたようだ。

 私も箒ちゃんのあの強過ぎる独占欲は問題だと思っている。

 ただ

 

「……はい。

 ですが、その一因は私にもあるんです……」

 

「……え」

 

 あの子の傷を悪化させた一人として私は擁護しようと思った。

 

「あの子が両親と引き離された後……

 私は彼女の護衛を務めました」

 

 私の悔やんでも悔やみきれない過去の始まりを語った。

 

「神通さんがですか……?」

 

「……はい。

 第二回「モンド・グロッソ」で勝利した私は前以て行っていた政府との取引で少し強引でしたが彼女と一緒に暮らすことになりました」

 

「……え!?」

 

 「第二回モンド・グロッソ」。

 それは私の「もう一人の世界最強」ととしての名を生み出した大会だった。

 私は元々、そんな名誉などいらなかったが二つの目的のためにあの試合に参加した。

 それは『箒ちゃんの護衛と保護者として彼女と暮らすこと』と『自分の力を知らしめることで箒ちゃんに誰も手出しさせない』と言うものだった。

 

「久しぶりに再会した彼女はとても見ていられませんでした……

 小学生高学年にも拘わらず、私の顔を見るなりただ泣きじゃくるだけで私が少しでもいなくなると不安になって癇癪を起すほどだったんです……」

 

「……それは……」

 

 雪風もあの子のその様子を想像したらしい。

 箒ちゃんは普段、負けず嫌いな所が多いが、その実かなり打たれ弱いのだ。

 だから、彼女が攻撃的になるのは彼女の弱さが原因なのだ。

 あれは彼女の鎧、いや、むしろ鎧がないからこそ周囲に自分を傷付けるものを近づけまいとする刃なのだ。

 

 そこがある意味では「先輩」とあの子との違いなんですけどね……

 

 あの天才と箒ちゃんはある意味では似ているが全く違う。

 あの天才は突き抜けることが出来るが箒ちゃんは出来ない。

 あの天才には鎧も刃も必要ない。

 あの天才は躊躇わないし他人などどうでもいいからだ。

 まさに自分本位。

 邪悪ではないがそれ故に性質が悪い。

 あの人は言うなれば『意思を持った天災』としか言えない。

 自分が興味を持ったことならばその後のことなど関係なしにしかもそれすら考えられるほどの慧眼を持ちながらも試したくなるし実行する。

 あれは強大な力を持った子供だ。

 彼女にとっては世界と言うものは住む場所でもなくただの遊び場に他ならない。

 そして、私にとっては大変不幸なことにあの天才は私にも興味を抱いている。

 ただ箒ちゃんや織斑先輩、一夏君とは異なる「対抗意識」と言う名前のものだが。

 つまり、あの天才は他人の意思などどうでもいい独善の愛と好奇心、そして、才能と言う力で形成されている存在なのだ。

 だから、私はこう諦めた。

 『あれはそう言うものなのだ』と。

 対して、箒ちゃんは違う。

 確かに初めて出会った時は『力さえあれば何でもいい』と言う実の姉に似た考えがあった。

 しかし、一夏君と出会ったことで、いや、元々姉とは異なり人としての「弱さ」と「強さ」があったからこそああはならなかったのだろう。

 

『あなたはそう言う事を言う子じゃないはずです』

 

 私が箒ちゃんにぶつけた言葉。

 その際に彼女はその場から逃げた。

 それはつまり、彼女には確かに『他人のことを考えられる力』があり、『他人のことを傷つけることを恥じる力』が存在しそれらが残っていると言うことに他ならないだろう。

 私はそこにあの子とあの子の姉との違いを感じているのだ。

 

「私は彼女の保護者として彼女と一緒に暮らしました」

 

 私は箒ちゃんの現状を知った時から彼女に必要なのは「他者との繋がり」だと考えた。

 そして、それに必要なのは先ず心を許せる存在である「家族」だった。

 だから、せめて彼女にとって見知った顔である私が家族の代わりになろうと思ったのだ。

 

「一緒に暮らし始めてから一月後にようやく、あの子も笑顔を見せる様になってくれました……

 ですが、あの子は転校が続くたびにいつも私に『那々姉さんはどこにも行きませんよね?』と常に顔に不安を浮かべて恐る恐る訊ねてきました……」

 

「………………」

 

 私が護衛に就いたと言っても箒ちゃんは常に狙われているのは事実であり、せめて「IS学園」に入学するまでの間は転居を続けることに違いはなかった。

 箒ちゃんは両親と同じように私がいなくなると言う不安が付き纏ったのかずっと内心びくびくしていたのだ。

 その度に私は彼女に『大丈夫』と言い聞かせていた。

 たまに護衛の条件として楯無さんへの稽古や倉持での私の専用機の試験を行う時に一週間ほどの出張をする時も彼女は『ちゃんと帰ってきますよね……?』と確認するほどだったのだ。

 そして、そんな暮らしが二年経ちようやく彼女の精神状態も回復したのだ。 しかし、最悪なことにそんな重要な時に私は彼女との暮らしを終える時が来てしまったのだ。

 

「ですけど……今から一年ほど前に私は彼女と離れることになってしまいました……」

 

「……!」

 

 しかし、最悪なことにそんな重要な時に私は彼女との暮らしを終える時が来てしまったのだ。

 

「一年前……鈴さんとの……」

 

「ええ……そうです……

 私は政府の意向で中国に渡りました……

 政府の人間に言われるがままに……」

 

 ようやく、箒ちゃんにまともな学生生活を送らせてあげられる環境が目前に迫り、彼女の学園での生活を守ることが出来ると思った矢先の事だったのに私と箒ちゃんは離れ離れになってしまった。

 

『なぜです!!

 今、篠ノ之さんの精神状態はようやく安定し始めたばかりですよ!?

 なぜ……!?』

 

 あの時、私は自分でも珍しいと思う程に動揺を隠せず、政府の高官に訊ねた。

 

『だからこそだよ。

 既に篠ノ之 箒女史の状態は安定している』

 

『だから、貴女には中国に向かってもらいたい』

 

『これは両国の友好と発展のためです』

 

 政府の高官や「IS委員会」の人々はさも知ったような口ぶりで私に中国で教官を務めることを指示してきた。

 

『それは私がいるからです!!

 まだ彼女は私がいなければ……!!』

 

 あの子の現状を知らない政府の高官たちに私は無駄だと理解しながらも抗議した。

 ここで箒ちゃんを私が置いていったら確実に箒ちゃんは絶望する。

 今まで、彼女は周囲から愛する者を奪われたが、愛する者に裏切られると言う目には遭っていない。

 下手をすると箒ちゃんは誰も信じられなくなってしまう。

 だから、何としても私は断固拒否しようとしたが。

 

『そろそろ、彼女も中学三年生です。

 貴女も保護者ならば親離れさせて自立心を育むべきです』

 

『なっ……!?』

 

 政府の高官の中にいた女性政治家の一人が美辞麗句に満ちた現実を見ない発言をして来たのだ。

 しかも、最悪なことに

 

『その通りだ』

 

『うむ。同じ女性が言うのならば間違いはないだろう』

 

『そうですね』

 

 次々とその発言に同調する声が周囲に広がりそこには合理性もなくただ美辞麗句に酔いしれ、またはそれに逃げ込むようにして私に反論を許さない空気を作っていくだけだった。

 

『何を世迷言を……!!

 あの子がああなったのも元々はと言えば、貴方方に原因があるのでしょうが!?

 そもそも、あの子には「自立」するための土台すらできていません!!』

 

 元々、箒ちゃんの心があそこまで傷つけられたのはこの国の「重要人物保護プログラム」が原因だ。

 子どもは家族や友人と言う他者との繋がりの中で自らの心を形成していく。

 その機会すらも彼らは奪ったのだ。

 それに彼らが私と箒ちゃんを引き離そうとしているのはもう一つ目的があった。

 彼らは私が邪魔になったのだ。

 彼らがあの子から私を引き離そうとしているのは私がいることであの先輩の情報、いや、「IS」の情報を少しでも聞き出すのに邪魔だと思っているからだろう。

 あの天才を、いや、正確には例の量産型コアを除いて「IS」は生産出来ていないのだ。

 だから、政府も「IS委員会」も少しでもあの天才に繋がることになる情報に血眼になっているのだろう。

 私は彼らの意図を察したことで引き下がるつもりはなかった。

 しかし、

 

『……川神海将補はどうなるでしょうかね?』

 

『……!?』

 

 彼らは私の父の名前を出してきた。

 

『……私を脅すつもりですか……!』

 

 彼らの目論見を理解した私は憤りを隠せなかった。

 恐らく、彼らは私が引き下がらなければ私の父をあらゆる手を使ってでも陰謀に巻き込むつもりだったのだ。

 いや、これを機に自衛隊と言う組織そのものを縮小化させようとしていたのかもしれない。

 父は「IS」によってその存在意義を奪われそうになった自衛隊を娘の私に訓練に付き合わせることで対IS能力面での戦闘、「IS」の操縦者の支援までもを想定した訓練を組み込むことで自衛隊を守って来た。

 「IS」は確かに保持しているだけで強力な外交面と軍事面におけるカードになる。

 それは実際、正しいだろう。

 しかし、だからと言って「IS」だけでは国土を守り切れるかと言うとそれは不可能だ。

 「IS」は何よりも数が少なく、それだけで全ての安全保障をカバーできるかと言えば無理だ。

 しかも、「IS」は操縦者が一人に限られる。

 それも人間だ。

 人間は心で動く。

 仮に織斑先輩やあの時の私のように近しい人間を人質に取られれば実質的に無力化されるに等しい。

 「IS」依存にはそう言った危険性もあるのだ。

 父は理解していたのだ。

 「IS」だけでは安全保障は保たれないことを。

 

『那々。確かに時代は「IS」へと移った。

 それは仕方のないことさ。でも、俺たちは一度この職に就いたんだ。

 出来る限りのことはするさ』

 

 自分たちのことを貶す象徴でもある「IS」を駆使する私に対して父は優しくそう言ってくれた。

 自衛隊の人々のほとんどは不満を多少は感じながらもそれでも国とそこに住む国民を守るために日々努力をしてくれていた。

 だが、政治家たちは違う。

 彼らはいつしか自衛隊を『税金の無駄遣い』と事あるごとに宣うようになったのだ。

 『ISがあれば通常の兵器や兵士は無用』と言う考えは世界中に蔓延している。

 古今東西、「税金の無駄遣い」と言う言葉は政敵を抹殺する際に民衆を扇動する常套句として使われてきた。

 彼らは恐らく、スキャンダルをでっち上げてでも自衛隊の幹部である父を陥れようとしたはずだ。

 そうすることで自衛隊全体のイメージを悪化させ、それを口実に彼らの組織を縮小化しその際の世論への反発を防ぐ、いや、それ以上に彼らを敵視させることで自らの支持率を上げようとしていることすら狙っていたのだ。

 私は二択を突き付けられたのだ。

 『大切な妹分の心と将来』と『父と国家の安全保障』のどちらかを。

 私が選んだのは

 

『嘘吐き……!『大丈夫』て言ったのに……!!

 貴女だけはいなくならないと思ったのに!!』

 

 後者だった。

 あの子に一緒にいられることが出来なくなったことを伝えた時、彼女は私のことを罵倒した。

 当然だ。

 彼女にとって私は唯一、信じられた人間だったのだから。

 それは親愛と言う意味でもあったが何よりも私が彼女にとっては「無敵の人間」だったと言うのが最大の理由だった。

 彼女の両親は確かに彼女を愛していたがそれは国家と言う力の前ではどうしようもないものだった。

 いくら絆があってもどうしようもないと言うことを箒ちゃんは幼いながらも見せつけられたのだ。

 だけど、私は違った。

 私には彼らを敵に回してでも箒ちゃんを守れる力があった。

 そして、箒ちゃんもそれを理解したからこそ私に心を許してくれていたのだ。

 

「……私は箒ちゃんを見捨ててしまった(・・・・・・・・)んです……」

 

「神通さん……」

 

 そんな私が彼女を見捨てた(・・・・)

 それは彼女にとっては「裏切り」に他ならなかった。

 神通(かつての私)なら絶対にしなかったこと。

 私は大切な人を見捨ててしまったのだ。

 教え子を私は一度たりとも見捨てはしなかった。

 それだけが教え子を多く亡くしながらも唯一彼女たちに向き合えることだった。

 だけど、私はあの子に対して自らの意思で見捨ててしまったのだ。

 それが本当に辛かった。

 

「でも、それは……」

 

 雪風は私の独白を聞いてもなお、私は悪くないと思っているのだろう。

 やはり、この娘は優しい娘だ。

 

「……雪風、この件には口出し無用ですよ」

 

「……なっ!?ですけど……!!」

 

 だけど、だからこそ私はこの娘はこの件に関わる必要はないと考えた。

 

「……箒ちゃんはただでさえ私と言う人間に裏切られたのです。

 ここで赤の他人、しかも私と近しい貴女が口を出しても逆効果ですよ」

 

「そ、それは……」

 

 目の前のこの娘ではあの子は救えない。

 出来るとしてもこの娘の強さと輝きを見せることぐらいだろう。

 だけど、この娘の光はあの子には眩し過ぎる。

 むしろ、劣等感を抱えかねない。

 彼女を救えるのは

 

 ……一夏君だけが希望ですか……

 

 一夏君だけだ。

 箒ちゃんが新たに出会った他人を信じる可能性はほとんど絶望的だ。

 しかし、箒ちゃんが唯一心を許している一夏君だけは彼女に近づける。

 実は一夏君が「IS学園」に入学が決まった時、私は憤りを感じると共に実は箒ちゃんを救えると微かな希望を持った。

 

 ……情けないですね……私は……

 

 大切な妹分を救えず、自らの過ちのツケを弟分に押し付ける。

 私はそんな無責任なことをしようとしているのだ。

 だけど、それでも私は出来るのならば箒ちゃんの心の傷が癒えることを祈るしかなかった。


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