Re:ゼロからはじめる俺のハンター生活は間違っているのだろうか   作:名無し@777

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十九話

黒で塗り潰された世界で深淵から名前を呼ばれた気がした。

目を閉じても開けても何一つ変わらないこの空間に、いつ頃からいたのかは解らない。

五感はあやふやで、まともに機能しているのは触覚と視覚のみだ。現在解ることは、防具はしておらず、簡素な布着を身に付け、敵の命を断つ愛刀の重みを感じないこと。つまりは、無防備で訳の解らない場所にいる。そして、自分が何処に立っているのか。どの方向に目を向けているのか。そもそもここは何処なのか。一体誰から呼ばれたのか。

現状を何一つ理解できない中で数々の不安材料を抱え込んだ。

正常でいられているのか解らない今、正確な判断を下すことができないが、確かに、俺の名前を誰かが呼んだ気がしたのだ。神経を耳元に集中させ、どんな些細な音でも聞き取れるようにすれば。

 

 

は……ま……

 

 

間違えない。聞き取りにくいが、確かに誰かが俺を呼んでいる。この『懐かしい声』を手掛かりに、覚束無い足取りで聞こえた方を道標に足を進める。けれど、いくら進めども周りに変化は無く、呼び主の元へ辿り着く事が出来ない。徒労に終わってしまうのかと、徐々に歩幅を短かくなる。それでも止まることはなく、歩き続けた。変化が現れたのは歩き始めて約八分後。晦冥の中に一筋の光が差した。街灯のように、辺りを照らす紫の幔幕のように美しく輝く光は近づくに連れ、色強く発光する。そして、その光は周囲を照らし、自身がどんなに危険な状態であるのか、否応なく理解してしまう。

 

視覚できるほど身体中を被うようにして、毒々しく脈打つ血管。

古龍と比べても遜色ない、堅さを誇る甲殻。

刺々しい爪を生やした四脚は丸太以上に太く、凝縮された筋肉繊維がおりなす脚力はそこらの飛竜とは比べ物にならないだろう。そして、ここは俺のテリトリーだと示しているかの様に、本来は空を翔るための翼脚はどっしりと地に張り付いていた。

 

そう。

 

平塚師匠と共闘の末、確かに撃退したはずの飛竜がそこにいたのだ。

 

これだけ事細かに解るほど、ヤツとの距離は近く、光源となっていた頭部に生えいる触角は羽音をたてながら、更に色を濃くしていく。

この情報を噛み砕き、脳の中で整理するのに二十五秒。概要を把握し、生き残るための行動をを選択するのに十五秒。幾重の術数を使えども、この場で命を散らすことになると悟のに二十秒。計一分の思考時間の間、ヤツは俺に攻撃をしてくるわけでも、立ち去るわけでもなく。俺を恐怖の底に陥れたあの獰猛さは成りを潜め、憮然と佇んでいた。その姿に畏怖する以前に、奇々怪々なことにも、懐かしいと感じる。

 そうだ。

 ヤツと初めて対峙した時にも同じ感覚を味わった覚えがある。突発的な遭遇であったためこの感覚について深く考えることもできず、対処に追われていたからか、失念してしまっていた。

 危険極まりない状況ではあるが、呆然と立ち尽くし、思い出す作業に耽っていた。記憶の海を渡っている束の間、またもや、俺の名を呼ぶ声が何処からか、聞こえてくる。いや、それだけではない。途切れながらではあるが、俺の名を呼び、何かを語っているのが伺えた。

 

「いい……。八幡……。俺……ない……、お前が……こま……ゆき……ちゃん……んだ」

 

 聞き覚えのある一文。

 

 何万回と思い出してきたあの日の別れ。

 

 足りない言葉は記憶のピースで繋げ、俺を呼んでいるのは誰かを知る。だがそれは正しくも間違えでもない。何故ならば、眼前にいる竜が口を僅かに動かし、その言葉を発していると、目視してしまったからだ。飛竜が人語を話すはずがない。だが、俺の視覚にはあの凶悪なモンスターは輪郭を揺らし、亡き父の姿と被さる。あの別れの言葉を話ている様が裏付けとなり、目の前のモンスターが語っていたのだと、有無を言わさずに納得してしまう。

 喋り終えたヤツは。父は。俺に背を向けて、闇の中へと姿を眩ましていく。

 

「まて、待ってくれ親父」

 

 俺の呼び掛けは届いてないのか、その足を止めることなく、姿を消していく。

 

 ずしりと動く巨体と親しみのある背中は交互に俺の視界に映っては切り替わる。走っているはずなのに追いつけるところが距離は徐々に離れていき、遂にはその朧気な後ろ姿は見えなくなった。視野は再度、光が差すことは暗闇に埋もれていく。脳は上手く機能せず、分散とした疑問は木の枝のように別れ、頭の中は容量を軽く超え、頭痛が襲ってくる。その痛みはじんわりとくるものではなく、一気に痛覚を刺激してきた。あまりの激痛に眼をおもいっきり開く。

 

 

 すると──────世界は一転した。

 

 

 先刻まで黒一点だった視界は多色化し、騒音が鼓膜を振るわす。付近から肉が醸しだす香ばしい臭いが鼻孔をつく。視野に映るのは茶色をベースとした天井。右端には机の角が、左端には十数脚、誰かの足が見える。

 

「……! ヒッキー! 大丈夫!? 」

 

 焦った声色で俺の安否を確認してきた人物は、女性特有の豊満な膨らみを俺の顔に近づけてくる。いや、押し付けてくるまである。この感触は数十年生きてきた中でも味わったことの無い幸福感を与え、体に巡ってた血の循環速度を高めた。

 

「結衣さん。早くせんぱいから離れてください。襲われますよ」

「一色。君も知っているだろうが、比企谷は保身的でリスクリターンもっとも考える奴だ。そんな事にはならん。まぁ、万が一もあるからな、そのまま押し倒したまえ」

「平塚さん、それ逆ですよね! ヒッキーに襲われるとか……ありえ……なくもないけどないし!」

「結衣さん何を言っているんですか。ていうか、さっさとせんぱいから離れてください。大体、せんぱいも起きたくせに、いつまで鼻を伸ばしてるんですか。キモすぎてあり得ません」

 

 数多の女性の声が絶え間なく交差し、俺が介入する余地はなく、流れるがままになっていた。そう、だから仕方がなく、由比ヶ浜にされるがままになっているのだ。決して下世話な気持ちがあったからではない。いや、ほんとほんと。小学院時代の旧友と会う確率と同じくらいにそんな気持ちは抱いてないよ。もう少しこの幸福に浸っていようと目線を左上前方に変えれば、その先には兜も外さずに項垂れた男が一人いた。見覚えるのある男性用テツカブラ装備をしているため、この男が誰なのかは解る。

 その男───材木座 義輝はぼそりと呟いた。

 

「八幡。我はどう足掻いても『死神』と同じ景色は見れぬのなろうか」

 

「……。」

 

「あの黒龍が現れた時、由比ヶ浜嬢とお主は即座に動いておった。しかし、我はただ立ち竦むのみ。役立たずどころか、足を引っ張る始末。挙げ句にはルーキーに全てを任せて敵前逃亡。もはや、ハンターと名乗る事すら烏滸がましい」

 

 体を震わせ、怒気を含んだ声色に俺はどう言葉を紡ぐべきか悩んだ。

 

 仕方がないことではある。駆け出しのハンターにあの窮地は酷すぎる。予想外の大型モンスターの発見。そして、発見したモンスターの強さは未知数。それでも、材木座は自分では手には負えないと解ったはずだ。

 棒立ちになって当然、むしろ、俺の指示に従い、行動できたことを称賛するべきだ。だが、材木座義輝という人物はきっと、そんな返答を求めてはいない。

 葉山隼人ならば上手く慰めるような言葉を掛けるだろう。それは、暖かくて優しくて良い事なのかもしれない。だが、違う。それは慰めでもあれば嘲笑でもあるのだ。お前であれば何も出来なくて当然だ、そう告げているの変わらない。そもそも、俺は葉山隼人のような聖人君子のような善人ではない。むしろ、真逆の位置にいる男だ。そして、材木座が返答を求めているのは葉山隼人ではなく、極悪非道、人徳なんぞ捨てている俺、比企谷八幡である。ならば俺は俺なりの答えを出してやるのが上にいる者の勤めであり義務だ。

 由比ヶ浜の体を押し退け、今まで寝ていた長い椅子に腰を掛ける。

 

「確かにそうだな」

 

 俺の思いを出来るだけ正確に材木座へトレースするため、ゆっくりと喋る。

 

「お前の言ってる事に何一つ間違えはない。ルーキーの俺を置いてった事も、馬鹿みたく突っ立ってたことも」

 

 自身の失態を更に問い詰められたためか、材木座は更に肩を沈め、顔を落とす。

 

「だがな。問題はそこじゃない。お前の無駄な願望にこそ問題があるんだよ。材木座、質問だ。お前は何で扱いきれない太刀を装備している?」

 

「それは『死神』との約束を果たすために」

 

「その約束は自分の命、仲間の命よりも大事なことか? ちげぇだろうが。お前の癖を見ればルーキーの俺ですらわかるほど、大剣使いだと誰もが感じる。仮にだ。お前が死ぬ気で太刀を扱う技術を会得したとしても、それは紛い物でしかない」

 

「紛い物であったとしても。それでも、我は『死神』の横に立ちたいのだ……だから」

 

「だから、なんだよ。だから『死神』と同じ武器を無理にでも扱うとでもぬかすのか。死神とやらの横に立つのに同じ武器である必要はあるのか? お前本来の実力を発揮できない、そんな中途半端な奴が、本当にお前の信じている者の横に立てると思っているのか? 」

 

「それは……」

 

「材木座。お前、一体何を目指してる? 良いことを教えてやる。お前が抱いているそれは願望というな霧だ。自分と『死神』を重ねているに過ぎない。俺が断言してやる。同じ武器、防具を使ったとしても、どんなに足掻いても努力しても。お前は『死神』と同様のスキルを得ることはなできない」

 

 俺の言葉はまるで死の判決を告げる裁判官と同じように聞こえたのかもしれない。材木座は兜越しにでも顔を視にくく歪ませていると容易く想像できるほど、狼狽えた。

 

「そうなのだな、やはり。我のような弱者がたどり着けるところではなかったか……。むははは、すっきりしたわ、すまなかったな八幡。我はこの先二度と剣を……」

 

 材木座が言い切る前に、俺は強く声を発した。

 

「だが。本来のお前ならば、『死神』と同様のスキルは得られないとしても、『死神』と同格のハンターになることはできる」

 

 材木座は、勢いよく顔を上げ、俺の話を食い入るように聞き始める。

 

「お前が目指すのは『死神』と同格のハンターであって、『死神』のレプリカになることじゃないはずだ。人それぞれに不得意はある。その中で試行錯誤をして、己の命を預ける武器を決める。それが、『死神』にとっては太刀であり、お前にとっては、大剣だったんじゃないのか」

 

「材木座。もう一つ、断言してやるよ。お前次第では、『死神』なんて奴よりももっと上のハンターになれる。これは、俺が保証してやる。…まぁ、ルーキーの俺が保証しても何も意味がないがな」

 

 材木座は押し黙り、俺の言葉を一つ一つ噛み砕くように天井を見上げた。

 そう。弱者の言葉に重みが無いのはやはり、変わらないものだ。例えそれがルーキーであるならば尚更、『死神』であってもだ。所詮は井の中の蛙、大海を見て見ぬふりをしているから強いと言われているに過ぎない。材木座に俺の考えが、思いが伝わらなかったとしても、俺は悔いることはないだろう。

 未だに天井を見上げたままの材木座に、由比ヶ浜は痺れを切らしたのか、奴に近づく。

 

「あの、ちゅうに……」

 

「は」

 

「は?」

 

「はちまぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんんん!!」 

 

 材木座は突然、俺の名を呼び、地響きを立てながら俺に向かって突進してきた。

 その様子は憤慨したようなものではなく、その姿はまるで道で転んで親に抱き付きに行くガキと被る。つまり、俺はその親の役割として、あの巨体の重みを一身に受け、倒れた。男に押し倒されるとかまじないわー。いやほんとまじで。誰特だよ。

 遠方で鼻血を噴水の如く出している人物が視界によぎったが、関係ないだろう。それよりも、目下の問題はこの重みだ。

 

「材木座、てめ、報復にしては中々ハイレベルなことをしてきやがったなおい」

 

「我はっ、我はお主を信じるぞ! 我の可能性を信じてくれたお主を」

 

「お、おう。解ったからとりあえず離れろ。重い。あとキモい。そしてキモい」

 

「この時から我とお主は兄弟! 共にあの死神に追いつけるよう日々励もうではないか!時に八幡よ、お主は───」

 

「黙れ。あと離れろ。暑苦しくて重くてキモくてキモい」

 

「なはは! 兄弟よ、そんなこと言うではない! それよりもどうだ、我とコンビを組んで『地獄の番犬』と呼ばれるようになったりとか───」

 

 俺の話を一切聞かず、兄弟だの何だの語り始めた材木座の姿に怒りを通り越して呆れてしまう。だが俺の考えが、思いが伝わったことに若干ではあるが感謝の念を抱いた。

しかし、それとこれは別問題。暑苦しく何時までも空想の世界に飛び立っている材木座を蹴飛ばし、体の自由を取り戻す。すると、まるで材木座と入れ替わるようにして、由比ヶ浜は顔を沈ませながら俺の方へ近寄ってくる。床に座り込んでいる状態の俺に、由比ヶ浜は頭を下げた。

 

「ごめんなさい。ちゅうにだけじゃないよ。私も、ヒッキーをおいて逃げたんだ。最初は頼ってとか言っといたくせに、最低だよね……」

 

「いや、まぁ、なんだ。俺もあの時は強く言い過ぎたからな。別にいい」

 

「良くないよ。本来は私があの飛竜の相手をするべきだったのに、経験の少ないヒッキーに押し付けたんだから」

 

 声を沈ませ、淡々と語るその姿に、驚いてしまった。見た目と相反して、由比ヶ浜結衣という女性は常識、責任感があるらしい。ふあふあした思考しか持ち合わせてないと思っていが、その考えを改める事になりそうだ。

 

「いかにもビッチの癖にそんな事考え付いたんだな。偉いぞ」

 

「ビッチ言うなし! ってか、ちゃかさないでよ、真面目に言ってるだからっ」

 

「とりあえずだ。結果として誰も死なずに済んだ。由比ヶ浜の援護がなければ、最初でお陀仏になっていたしな。この件は不問だ、不問。それよりも、俺が倒れた後どうなったんだ」

 

「え? えーっと、平塚さんがヒッキーを担いできてしゅんってやって、しゃーって帰ってきたよ」

 

「おう、そうか。処で平塚さん、あの後どうなりましたか?」 

 

「ヒッキー私の話聞いてた!?」

 

 すみません。聞いてても内約は三割しかできませんでした。俺にはリア充言語を解読するのは難しい。つか、ちゅうにってなんだよ。中二病のことかよ。材木座のあだ名としてはメチャクチャあってるなそれ。

 平塚師匠は苦笑しながらも、俺の問いに答えてくれた。

 

「比企谷が倒れた後、あの竜は何処かへ飛んでいったよ。それを確認してから私は意識を失っている君をベースキャンプまで運び、ドンドルマまで帰ってきた。病院に行くほどの傷ではなかったからな。悪いが、勝手に手当てをさせてもらった。後は君の知っての通り、この場に寝かせて置いたという訳だ。他に質問はあるかね?」

 

「わざわざありがとうございました。特に質問は無い───いや。今回のクエストの処置はどうなったんですか?」

 

 今回のクエスト内容はイャンクックの存在の有無。確認されなかった点から、今回は成功扱いになるだろう。では、あの竜の処置はどうなるのか。協会は馬鹿ではない。常に気球型探知機を各種に飛ばし、常にモンスターの傾向を監視しているのだ。あの竜についてもその枠外ではなく、追尾されているはずだ。となれば、必然的に俺達へ出撃指令を出してもおかしくはない。というよりも、思い返してみればそもそもこのクエスト事態がおかしいのだ。協会はあの竜の存在は認知していたはず、しかし下請けに依頼を出した。これは必ずなんらかの裏がある。

 あの竜に会いたい一心から、平塚師匠に詰め寄れば、ため息をつきながら返された。

 

「納得いかんことにな。結果を報告したら、上層部のクソ共が出てきたのだよ。報酬額を上乗せにするとぬかして、とりあえずクエストは成功扱いとなるが、あの竜について他言無用、一切触れてはならないそうだ。つまりは」

 

「隠蔽された。ってことですか」

 

「そういうことだ」

 

 夢にまで出てきたあの竜の正体は隠匿されている。それは、何を指しているかはまだ解らない。しかし、その概要を隠すほどの脅威を、ヤツは身に秘めていることは確かだ。あの夢に出てきたヤツは、親父は、何だったのか。ただの夢とは思えず、更に思考の渦に巻き込まれていると側方から可愛らしくもあざとい、大きな声が上がる。

 

「あっ!!」

 

「んだよ、感嘆句ですらそのあざとさを忘れないとかプロだなまじで。軽く引くわ」

 

「あざとくなんかないですよ、ぶー。それよりも、せんぱい、部屋の件決まった事忘れてました。結構暗くなってきましたけど、移動と手続きは明日にしますか?」

 

 外に目を向けてみれば、一色の言ってた通り、爛々と輝いていた太陽は姿を隠し、うっすらと月の明かりが伺えた。今から引っ越し作業をすれば、終るのは夜中に近い。明日に持ち越すのも手だが、俺の性格上、一度後回しにしてしまえばまた明日また明日と、先送りにする可能性が高い。この性格は変わらないだろうし、変える気もない。だからこそ、早目に手を打って置くことに濾した事はないだろう。

 

「いや。面倒事は片付けておきたい。悪いが、頼んでもいいか?」

 

「はい、どんとこいですっ。じゃあ、えーっと」

 

「ん。聞いてた通り俺と一色は抜けるわ。平塚さん、ありがとうございました」

 

 平塚師匠に礼を告げ、この場から去ろうと背を向ければ、またもや、可愛らしい声が上がる。今回はあざとくもなければ、声量も大きくないが。

 

「ヒッキー、それなら私も手伝うよ! 今からじゃ大変だろうしさ」

 

 そんな申し出をしてきた女性、由比ヶ浜に俺は警戒網を張り巡らせた。

 

「いや、大丈夫だ。荷物は少ないからな」

 

「ぬははは! 遠慮するではないぞ八幡! 兄弟のためとあれば一肌でも二肌でも脱いでやろうとも」

 

「何お前も着いてこようとしてんだよ。お前はむしろ来るな」

 

「我のメンタルはガラス細工並みだからもうちょっと優しくお願いします」

 

 おい、キャラ通せよ。

 

「たははは……。でもさヒッキー、男手も必要でしょ。私もいないよりかはいた方が良いと思うし。その、今回のお礼って事で、ダメ、かな?」

 

 

 ここで一つ、生物学的理論を語りたい。

 男という生物は基本的に女に弱い。それも容姿が良く、上目遣いで見てくるならば、もう落ちない男はいない。すなわち、俺個人がチョロQなのではなく、男という生物がそのようにできているのだから仕方がない、うん、仕方がないんだよ。

 

「あー、まー、じゃあ、お願いするわ」

 

 俺が承諾したことが嬉しかったのか、目を輝かせて何回も頭を縦に振っている。その輝かしさを直視できず、真横に目線を向ければ一色が刺すような目付きで俺を睨んでいた。

 

「ふーん。せんぱいは女の人に荷物とか運ばせるんですか、最低ですね」

 

「いや、運ばせはしねーよ、ただあれだ」

 

「ただあれだって、あれですか。新居に女を引きずり込んではべらせる気ですか。ほんっと最低ですね」

 

「ちげーよ、つか、なに。お前は一体何で激怒ぷんぷん丸なの? おこはすなの?」

 

「おこはすってなんんですか、キモすぎです。別に怒ってません。早く行きますよ、この変態」

 

 明らかに怒っているだろう、そう告げることは一色の機嫌を損ねてしまうため実際に言うことは出来なかった。

 

「ふむ。では私はこの件について探りを入れておく。君らも疑問が残っているだろう、情報が入り次第伝えよう。では、また今度。ああ、比企谷、君の荷物は集会所を出て左側の滑車に積んである。持っていきたえ」

 

 俺の行動心理を読んで先に行動するとかまじぱない。それだけ気を効かせられるのになんで結婚できないのかまじ解んない。平塚師匠は集会所から颯爽と去り、残された俺らは後に続くようにして、一色の案内のもと、俺の新居へと向かった。

 

 

「ここですね」

 

 

「ほへー、なんていうか」

「う、うむ。荘厳ではあるな」

 

 

 歩くこと八分。俺の新居は小路にあった。

 人通りが少なく、地域コミュニティが確立されていなさそうな感じが非常に良い。現在住んでいる場所では清掃活動だの、調合体験会だのと関わりのなかった人々と触れ合う機会が多すぎていた。新居に移り住めば対人担当の小町がいなくなるため難問の事項であったが、気にしなくて済みそうだ。不満があるとすれば我が家と違い、何故だが黒一色に塗装されているため駭しい雰囲気を醸し出していること。そして。

 

「一色さんや」

 

「なんですか?」

 

「確かに、集会所から近くて便利な処だ。だか、だけどな」

 

「はい」

 

「なんで───こんなデカイんだよ」

 

 黒一色の一軒家。その大きさ、敷地面積は平塚師匠の家の二倍を佑に越していた。

 

「なんで黒一色なのかはこの際どうでもいい。だが、この大きさは流石に看過できないぞ。男一人で住むのにこんな大きな家はいらん。なによりも家賃も払いきれる気がしない。悪いが、他の物件を探してくれ」

 

 平塚師匠家の家賃は驚くなかれ、防具一式揃えられるほどの価格だ。その家よりも大きく、条件もさほど変わりなければ、その倍の値段にはなるだろう。仕送りをする額が減るのは絶対に避けなければならない。というか、仕送りどころか俺の生活すら危ういぞ。

 

「家賃の方は大丈夫ですよ。ここ、村長会議に使っていた家ですから」

 

「それだめじゃん」

 

「のーぷろぐれむです。四村の長に許可を得てますから。会合も数十年前から一度もしてないそうですし、宝の持ち腐れだったんでしょう。清掃とかは業者に頼んで済ませてますから、楽ですよ」

 

「つまり、家賃は?」

 

「敷金礼金合わせて零円ですっ」

 

「一色、まじよくやった」

 

 少なくない額が飛ばされると覚悟はしていたが、まさか無償で住む事が出来るとは夢にも思わなかった。これで狩の報酬金額の大部分を仕送りにできる。下世話ではあるが、心中でガッツポーズを取らずにはいられない。脳内で笑顔を振り撒く愛しの妹を想像していると、一色はそれを粉々にぶち壊す内容を呟いた。

 

「ただし、四つの村からの依頼を無償で受けて貰いますが」

 

「なにやってくれてんの一色さん」

 

「いや、せんぱい、でも良い条件だと思いませんか? せんぱいは無償でこの家に住める。村長達はせんぱい良い様に使える。WIN-WINの関係ですよっ」

 

「WIN-WINしてるのはお前の頭だけだ。絶対にお前の婆さん、いやそれよりも、ユクモの姐さんは滅茶苦茶やってくるぞこれ……」

 

 つまりは、家賃が無くなった訳ではなく、家賃の変わりにタダ働きをしなければならない。どの様な誓約があるか解らないが、収入が減るのは間違えないだろう。

 

「や、でもヒッキー、名が売れて稼げるようになるかもよ!ほら、それこそ『死神』みたいにさ!」

「けぷんこん、けぷんこん。確かに村長からの依頼を任され、成し遂げれば大義ではあるな」

 

 然り気無く、由比ヶ浜と材木座は一色のフォローをしメリットを挙げてくる。しかし、残念な事にも出されている例が『俺』なのはいただけない。二人の話を聴いても俺の顔に変化がなかったからか、一色は目を伏せて謝ってきた。

 

「せんぱい、すみません。勝手にこんな条件で……。やっぱ、断ってきますねっ」

 

「いや。この家でいい」

 

「え」

 

「悪く言ってすまんかった。俺のために頑張ってくれたのにな。悪い。それにまぁ、由比ヶ浜が言うように名が売れたらプラスだ。つまり最終的にWINなのは俺一人。一人勝ちだ」

 

「ほんと、ゲスですよねせんぱいって……。でも、ありがとうございます!」

 

「礼を言うのは俺であってお前ではないがな」

 

「もう、別にいいじゃないですかっ。じゃあ、荷物とか運び出しましょう!」

 

「そうだね!」

「うむ、やってくれるわ」

「ん。頼む」

 

 内装も業者が綺麗にしてくれたからか、小綺麗にまとめられており、どの部屋も直ぐに使えるようになっていた。

 二階建て式になっているこの家には、部屋数は八つ。木製のよい香りがする螺旋階段をのぼれば、長い廊下の先に二階には五つの部屋に区切られている。一階には三つの部屋と、大きめのリビングにシンプルなキッチン。浴槽というよりは浴場といった方が正しい風呂場にトイレと、非の打ち所がない、完璧な家であった。

 然りとて、やはり男一人にこの家は広すぎるがな。

 元々家具等は無かったため、武具一式を一色にサポートしてもらいながら、隠して運び、道具箱を皆で運ぶ形で、引っ越し作業は終わりを告げた。

 道具箱の中身を見せる訳にもいかず、中に入っているモンスターの甲殻やら大タル爆弾をそのままにして運ぶのには骨がおれた。どうにか運び終えた頃には、街灯が暗闇を照らし、満月がじんわりと光を発していた。

 

「ひで、ひでふぅ、ふぅ」

 

「材木座、息を切らし過ぎだ」

 

「お、お主、道具箱の中身は全て出すべきであろう、あれは我でもしぬぞ」

 

「後で直すのが面倒くせぇだろうが。まぁ、ありがとさん」

 

「ふは、ふははっ、我らはぁ、兄弟ではないか、礼にはっ、およっ、ばぬよほぉ。では、またいつか会おうぞ!」

 

 よろめきながら走り去っていく材木座の背に、罪悪感を覚えてしまう。

 いや。まじですまなかった。そこまで体力を削ってしまうとは。

 由比ヶ浜も材木座ほどではないが、武装をしたままの作業だったため、汗をうっすらとかいていた。いや、由比ヶ浜の汗を見ても何も思わないから。想像とかしてないから。だから一色さん蔑むような眼で見ないでくださいお願いします。

 

「と、とりあえず。これで終わりだ。三人とも助かった。その、礼はまた今度する。今日は遅いから、帰れ」

 

「だからこっちがお礼の変わりにしてるんだから、気にしなくていいの! たしかに遅いし、帰るね」

 

「普通、女性に対して帰れとか言いますかね。まったく。私、汗かいて気持ち悪くて帰れませんっ」

 

「いや由比ヶ浜は大人しく帰るっていってんだろうが、お前も帰れよ」

 

「お風呂貸して下さい」

 

「黙れこのゆるふあビッチ」

 

「唐突に雪ノ下さんと話したくなってきたなぁ、主に『死神』とかいうハンターについて」

 

「一色様どうぞお風呂をお使い下さいませやがれこのゆるふあビッチ」

 

「そうですか、すみませんね。引っ越して早々に。あと一言多いのであの人ににいつも言ってる悪口言っときます」

 

「おまっ、ほんと止めろ。でなければ俺は朝日を拝めなくなろだろうが」

 

「魔王だの強化外骨格だの言ってる方が悪いんですよ」

 

 言っている事に間違えないのだから仕方がないだろうが。魔王並みに怖いし、笑顔を張り付けてるし。今後の生存をかけて言い争っていると、由比ヶ浜から声が上がる。

 

「あ、あの!! 私も汗かいて気持ち悪いから貸してほしいなーとか……」

 

「あーーー。わーったよ。好きに使え、ただし。入り終わったら帰れよ」

 

「わかってますよ」

「うんっ、ありがとヒッキー!」

 

 女性二人は和気藹々と風呂場に向かい、俺は備えられていたソファーベッドに防具脱ぎ捨て、簡素な布地一枚を着込み、倒れた。

 

 目を閉じ、息を大きく吸い込み、ゆっくりと吐く。

 

 材木座義輝、由比ヶ浜結衣。

 

 ボッチである俺が、狩り以外で他人とここまで関わったのは初めての出来事だ。

 材木座はまだ解る。あの時、俺が言ってしまった一言が彼奴をあそこまで追い詰めていた事を知ったのだ。俺の呪縛から解放させてやらなければいけない責任がある。今日一日で完全にとはいかずともほぼ問題は解決した。後は時折、時間をさいて徐々に解いていく他ない。

 だが、由比ヶ浜はどうだろうか。

 平塚師匠の技を盗むという目的で関わった彼女は、本来の目的とはかけ離れた、俺の手伝いまでしてきた。他人と関わると良いことはない。むしろ、害悪を呼び寄せる。俺はだからこそボッチ。否、孤高である。それを誇りにも思ってるし、ましてや、コンプレックスなどではない。

 そう、その考えにもなんら変化はないのだが、それでも、彼女彼等と関わった事に何一つ後悔が無いのは、やはり疲れているからなのだろう。

 

 そして、考えなければならないのは他にもある。

 

 謎の飛竜との遭遇。

 

 ハンター協会がその全貌を隠すほどのモンスター。夢にもヤツは現れ、親父の影を灯していた。

 

 疑問しか残らない今、嫌な予感が残った。

 

 きっとらヤツは今後必ず災厄をもたらす。

 

 九分九厘、俺の嫌な予感は当たるのだ。

 

見えない脅威を感じながら、俺は重い目蓋を閉じてしまった。

 

 

 

「───くん。比企谷くん」

 

澄みきった声が、俺の耳に届く。

 

「比企谷くん。起きなさい」

 

「……あと五分まってくれ」

 

「駄目。早く起きなさい。でなければ小町さんも連れてくるわよ」

 

「小町……?」

 

目を開けて前を見れば、馴染みのある東洋人形のような美しい顔が映る。

 

「雪ノ下か……おはよう」

 

「おはよう。さて、比企谷くん、弁明はあるかしら?」

 

「あ? 弁明ってなんの……いや、雪ノ下なんでお前!?」

 

昨日の出来事を思い出し、何故雪乃が眼前にいるのか、訳もわからず混乱していると、左右から腕を引っ張られる。

 

「せんぱい……」

「ヒッキー……」

 

俺に抱き付く可愛らしい女性が二名。どちらもと寝ながら、俺を呼んでいた。

 

「比企谷くん。もう一度言うわ」

 

働かない頭は、瞬時に統制が取れ、この状況を理解する。

 

 

「弁明は、あるかしら?」

 

 

「無いです」

 

 

次の瞬間、俺の頬はジンジンと痛みだし、首は左を向いていた。

 

 

この日、俺は地獄絵図を見ることにると悟った。

 

 

 

 

 

                                              第一章 完

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