Re:ゼロからはじめる俺のハンター生活は間違っているのだろうか   作:名無し@777

40 / 47
三十二話

「お久しぶりです、『死神』さん」

 

「っすね、村長」

 

 後方からもくもくと上がる湯煙、木々が咲き乱れ、なんとも風情あることか。交通の便は良くないものの、良質な温泉を求めて各地から客が足を運ぶのもわかるものだ。かくいう俺もまた、嘗ての修行の地である―――ユクモ村はどの村よりも好きだ。

 山間の谷という立地からして平地が少なく、狭い土地に建物が密集しているが、ドンドルマ繁華街のような息苦しさは感じれず、むしろ安堵できるこの感覚は俺だけではないだろう。現にあの川崎ですらレッグブーツを脱ぎ捨て、足湯に心奪われているのだ。川崎さん、いい加減にしなさい、仕事中ですよ。

 

「ラインハルト様から聞いております、あの困った子たちを退治しに来てくれたのですね?」

 

 『梅』と呼ばれる果実で染められた、『着物』を身に着ける眼前の女性、柔和な雰囲気をかもしだす彼女はこのユクモ村の村長である。整えられた髪に二本のかんざしが交差するようにして挿し、竜人族特有の長い耳はなんとも妖艶に感じてしまうのは思春期だからではないと信じたい。しかし、美しい花には棘があるというように、平塚師匠の技を師事したのも彼女だと聞くものだから、女の裏は怖いものだ。いや、実際に怖いのは有無を言わさないあの圧迫感だと思います。

 

「はい、そこでのびている奴と一緒に狩るつもりです。ちなみに、ここの専属ハンターはどうしたんですか?」

 

 村には専属ハンターが少なくとも一人はいる。これはユクモ村の専属ハンターが依頼難易度に釣り合わなかったが故にこっちに回ってきたのだろう。もし、一度挑んでいるのならばやはり情報を得たいところだ。というかください、死んでしまうぞ主に俺が。

 

「実は村専属ハンターが入れ替わるころでして、今この村にはいないのです……。数日後には二人、いえ、四人のハンターが来られるのですが……」

 

「なるほど、わかりました。しかし四人とはまた多い、これでユクモ村も安心っすね」

 

「ええ。ハンターになりたての二人がくる予定だったのですが、先日ベテランハンターが二人ほどパーティに勧誘したそうで安心しました。駆け出しハンターだけですと危険ですから」

 

「そうっすね、俺も平塚師匠がいなかったら百回は死んでますし。すみません、話が脱線しました。では、明日の朝方に狩る予定なんで宜しくお願いします」

 

「はい、どうかお気をつけて。せっかくこちらまで来たのですから温泉に入っていかれてはどうでしょうか? 西シュレイド王国から来たと聞いております故、三日間は馬車の上だったのでしょう。一息つかれては?」

 

「あー、はい。夜にでもいかせてもらいますんで」

 

「温泉!?」

 

 川なんとかさん、そこだけ反応しないでください、仕事中ですよ。

 

「はい、横の階段を上がってもらえば集会所の中に温泉がありますので、よろしければ」

 

「今から行きます!」

 

 川崎は村長の言葉を受け、足湯から勢いよく飛び出し、さながら鳥竜種 マッカオの如く階段をみるみるうちに上っていった。

 

「今からフィールドワークと買い出しに行くって手筈だったんじゃないんですかね……」

 

「ふふっ、いつでも温泉というのは女性の心を掴んで離さないものです」

 

 意気揚々と階段を駆け走る姿は余裕綽々のご様子。二つ名モンスターの同時狩猟、加えてフィールド一帯に謎の暴風が起きているというのになんとも呑気なものか。

 ラインハルトからの依頼はユクモ村近辺で起こっているジンオウガとナルガクルガの縄張り争いを解決させることだ。解決といっても、じゃんけんや話し合いで決まるようなものでもないし、勝った方が近辺に住み着いてしまっても困る。要は二体とも狩るしかないのだ。もしこれが通常種だったならばある程度の苦戦を強いられても下位クラストップランカーが二人で事にあたるのだ、クエスト失敗はまずないだろう。だが、通常種ではなく『二つ名』モンスターとなれば話が百八十度違ってくる。『二つ名』モンスターは気性が格段に荒く、特殊な攻撃パターンがいくつもあり、通常種とは別格の存在なのだ。それが同時狩猟で二体、加えて現地に来てみれば今回の狩場となる「渓流」では暴風が吹き荒れている。この異常気象は何故に起こったのかは村長でも知り得ないことだった。

 失敗の出来ない高難易度クエストに加えて狩場は異常気象、俺のパニック値がカンストしてもおかしくない。むしろ、限界突破して頭が真っ白なまである。

 

「だけども、失敗できないんだよなぁ……」

 

 プリシラの一件で俺の目論見は崩れた。爵位を授かれるにはもう、このクエストを完璧にクリアし、騎士団に入隊する他に道はないだろう。川崎の金銭的な問題もそうだ、短期間で多額の金がいるとなればこのクエストを成功させ、騎士団長様とのパイプをもつことが最善の方法だ。プラス思考でみれば一手で騎士団直轄の依頼を受けることができた上、上手くいけば冗談で言っていた「一か月で伯爵さま」というのも1パーセントくらいは現実味がでてくる。壁が高く硬すぎで登るにも壊すのにも難問であることを除けば、ある意味、願ったりかなったりという訳だ。

 

 、あー胃がキリキリしてきた……。

 

 波漂う雲を眺め、不安押し寄せる気持ちを霧散させることしか、今の俺には出来ない。

 

「死神、何してんの! はやく来なさいよ!」

 

「お前マジで温泉浸かるの? 観光に来てるわけじゃないんだけど……。お前も大金稼ぐ目的があったんじゃねぇの」

 

 俺の毒突きに川崎は肩を引き、目線を俺並みにうろつかせる。次第には独り言をつぶやき始めた。

 

「まぁまぁ。今から渓流に行かれても着く頃には夜です、明日の日の出と同時にいかれてはどうでしょうか?」

 

「村長、そうはいいますが一日でも早い解決をですね。そのためにはやはり偵察が必要な訳で」

 

「どのみち、夜目が利くのは貴方とあの子達だけでしょう? 見た限り、川崎さんは慣れていなさそうと感じます。かりにあの子達と戦闘になったら不利なのは貴方たちなのです―――合理的に考えても明日からがいいと思いますよ、八くん」

 

「……へーへー。解りましたよ。そんじゃ久々にゆっくりとさせてもらいますよ」

 

「はい。下宿は以前の部屋使ってください」

 

 村長との口論に完敗し、階段をゆっくりと昇る。いまだに頭に手をあてて悩んでいる川崎を見て村長の言った通り、温泉というのは女心をつかんで離さないらしい。あの鉄仮面の川崎があんなにオロついた表情で顔を歪ませているのだ、いつかは小町と雪ノ下も今度つれてきたい。

 

「お風呂に入りたいけど大志が……でもこんな機会もうないし……!!」

 

「おい、冷静に考えてみれば今日はもう遅い。一度見ておきたかったが、一気に決着をつけよう」

 

「え、でも初見で勝てる相手じゃないでしょ。やっぱ今からでも見ておくくらいはした方が」

 

「お前、夜の狩猟経験何回ある?」

 

「さ、三回程度」

 

 予想以上に少ないな。学校が終わって放課後に狩猟するなら夜戦がメインだと思っていたが違うらしい。ハンターとしての才能があったからこそ短期間で下位クラストップランカーにはいったのだろう。夜戦には慣れが必要だ、こればかりは場数をこなしていくしかない。今更、目を鍛えろとっても遅い。

 

「今回は戦闘速度が倍速で流れていく。慣れてない奴との夜戦は正直、邪魔でしかない。下見なら俺があとでいく」

 

「わ、解った。その、すまないね、私が弱いばかりに」

 

「ま、俺も温泉つかりたかったし。仕事をさぼって温泉につかるって極楽だしな」

 

「うわ、アンタそれはないわ……」

 

「やかましい、さっさと行くぞ」

 

 ドン引き顔の川崎を置いて、数か月ぶりに集会所のドアを叩いた。

 中にはドンドルマと同じく、カウンターで受付所が俺達ハンターを待ち受けている。だが、一般的な集会所とは違いここには湯煙立ち込める場所があるのだ。そう、温泉である。老若男女誰それかまわず心身ともに癒してくれる、温泉があるのだ。それだけではない、なんと温泉テラウマゴや牛乳までもがある。まさに天国、修行後にこの天国に通うことで俺の一日の苦労は全て解消されるほどにここは凄い。

 

「ねぇ、ねぇ、はやくいこ、はやくいこ!」

 

 だから川崎が目を輝かせ、幼児化するも無理はない。

 

「おーいってこい、いってこい」

 

 湯の前にはメラルーがバスタオルを持ち、尻尾を揺らしながら見ている。久々の客人だから嬉しいのだろう。

 湯につかって牛乳飲んで布団の中に入って仮眠できれば幸せの極地、今からの天国ルートを想像していただけに一つの問題を忘れていた。

 

「ニャー、ハンター様方、ユクモ天然温泉に入っていくかニャ?」

 

「入るからそのバスタオルもらってもいい?」

 

「俺も」

 

「わかったニャ! ではごゆっくりどうぞニャ!」

 

 そう、ここまではいい。

 番台であるメラルーにバスタオルをもらい、川崎と別れて脱衣所へ行く。防具と下着を脱いでいざ温泉に向かい、そして川崎と合流すると。

 川崎と―――合流する、と。

 

 数か月前と変わらず湯煙が俺の体を包み、体をほぐしてくれる。湯の匂いは現実というストレスと乖離させてくれるものだ。湯に浸かっている者は誰もおらず、現在貸し切り状態になっているのは幸運だった。だが、そう。湯につかっている者はいないが湯に浸かろうとしている女性が一人いる。

 

「あ、あ、あ、アンタなんで」

 

 透き通った銀髪の髪をまとめ、細長く真っ白な裸脚をさらけ出している。バスタオルで隠されたヒップラインはむしろ裸体よりもエロい。頬を真っ赤に染めている顔が怒りに満ちていなければ良かったのだが、現実はそうもいかない。

 

「いや、まて。忘れていたがここは混浴だ。これは不可抗力であって仕方がない。これはつまりどういっても覗きでもなく俺のせいでもなく、言うならば温泉の設備に問題があってつまりは世界が悪い。な、そうだろう?」

 

「アンタが……」

 

「おい、ここは公衆の場だぞ、こんな処で暴れたら」

 

「アンタが悪いに決まってんでしょうがぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!」

 

 平塚師匠ばりの右ストレートが俺の頬を襲った。その勢いときたらファンゴにも負けていない、どうにか角度をずらすことで歯が折れるのを防ぐことが精一杯だった。躱すことなどもはや不可能、三回転ほど転び岩に頭を撃つ、そして温泉の中に飛び込こむ。悲しきかな、目的の温泉に入ることはできたものの意識がなかったのが悔やまれる。

 こうして、描いていた俺の天国極楽の一日は消え去った。

 

 

 

 

 コトコトとした音と胃を刺激する匂いで目を覚ましてみれば、そこは懐かしい模様の天井があった。仰向けになって麻痺投げナイフを一点に投げられる様に練習した跡、ばらつきのある傷跡が当時の投擲技術がどの程度だったのかを現わしている。

 

 一点に投げるって、あんときは難しかったんだよなぁ

 

 ここは以前ユクモ村に滞在していた時、寝泊りさせてもらった宿屋だ。どうしてこの家のベットで寝ているのかは解らないが、大方、川なんとかさんが運んでくれたのだろう。俺の読みを裏付けるようにして台所では川崎の後ろ姿がみえた。板についたその姿は長年の慣れを感じる。川崎が忙しい両親の代わりに家事をしていたのだろう、幼少の頃に見た母の後ろ姿と被る。なんやかんやで俺と小町を愛し、最後まで守ってくれたあの人。今、母がどこにいるかは解らない。だが、親父と同じように生きている可能性は低い。もう会えないと思っていた人と被ってしまったために勝手に眼がしらが熱くなってしまった。

 

「あ、起きたんだね。もうちょいで料理できるからもう少し寝てな」

 

「お、おう」

 

 川崎の指示通り、ベットの上で横になっていると、五分もたたない内に食卓には数々の料理で彩られていく。

 煮込み料理から揚げ物、ホイル焼きと下ごしらえが面倒なものまで揃い踏みしているのだから、川崎の主婦力は俺を遥かに凌駕していると解る。将来は専業主夫志望の俺にとっては中々にダメ―ジを負う結果になっていた。食べてみなければ解らないというが、見栄えの良い盛り付けと香しい匂いから味は予想がつく。

 あれはうまい。絶対うまい。

 

「ほら、できたから顔洗ってきな、アンタ酷い目してるよ」

 

 エプロン姿で頬を緩めた顔は率直に可愛い。何時もの仏頂面との差でなおさら可愛くみえる。これがギャップ萌えというものなのかもしれない。

 

「うーす」

 

 これではまるでヒモ。世の男が羨むヒモ生活そのものだ。

 川なんとかさん、目の汚れは洗ってもとれねーよ。眼球の奥深くにまで侵食しているから取れることはないのです。

 

「よっこいしょと」

 

「ふふ、年よりみたいだね。まだ若いんだからそういうのは早くない?」

 

「知らん。なんか自然とでちゃうんだよ。空気吸ってんの同じレベルまである」

 

「それはもう重症だ……」

 

「なぁ、腹減ったから食ってもいいか?」

 

「ん。どうぞ」

 

 川崎の了解も得た俺はまず、手元にあるサツイイモの天ぷらを口に運んだ。

 異常な皮の硬さから、食おうとした者に殺意があるとしか思えないサツイイモの皮がしっかりと付け込まれており、サクサクとした衣からあと追う様にしてあふれ出る野菜のうま味、かけられている甘酸っぱいタレが上手くかみ合い、口の中でサツイイモ本来の味を引き立てている。皿の端に寄せられているダリィコンのおろしを添えれば更に深みのある味になるのだろう。

 この味は雪ノ下とまた違ったうまさがある。例えるならば、雪ノ下が洋風レストランのシェフで川崎が料亭の料理人。甲乙つけがたいこの旨さ。美人で気が利く飯ウマ嫁、川崎なら引く手数多だろうな。

 

「ど、どう?」

 

「うまい。これなら料亭で食べていてもおかしくない」

 

「言い過ぎじゃない? こんなもんなら毎日作ってるからいつでも食べさせてあげるよ」

 

「ほー、なら頼みたいもんだな」

 

 次はカー揚げ食べよ。

 

「あ、白ご飯のおかわりいる?」

 

「おう、頼む」

 

「ん。はいよ」

 

「さんきゅ」

 

 口数すくない食卓ではあったが居心地が悪いなんてこともなく、安心して胃に栄養を送っていった。三十分もしない内に並べられた料理は全てなくなったのは驚きだ。食べ終わって考えてみれば八割は俺の胃の中へ吸収されていき、料理を作った本人へ還元された量は二割程度しかない。

 

「あー、食っといてなんだがほとんど食っちまって悪いな」

 

「いや、温泉の詫びでもあるし、いいよ。作っている時につまみ食いしてたしね」

 

 俺の詫びを清く受け取り、食後のお茶を出す。そのタイミングは小町並みのベストなものだ。お茶も少し熱いくらいの温度、俺の好みをわかっている。

 

「そういってもらえると助かる」

 

 湯を飲みながら一息ついている間にふと、朧気な光が入ってくる窓に視線を向けた。綺麗な三日月が頼りない光を発している。ユクモ村は立地的に標高が高い、星もベルナ村と比べればよく見えるものだ。

 

「なぁ、もしかしてもう夜?」

 

「もしかしなくてもそうだよ。アンタをその、殴り飛ばしてからニャン吉さんに頼んでここまでアンタを運んだりなんなりしてたらさ、何か詫びをしなくちゃと思って。アンタもなんか気持ちよさそうに寝てたし」

 

「いや、それはそれはもう別にいいんだけどさ、回復薬の買い出しとかいった?」

 

「あ……」

 

「解った。みなまで言うな。買い出しは明日やればいいとして偵察にだけは今日中にいかんとな」

 

「いまから? こんな暗い中で動けるの?」

 

「まぁな、これでも二流ハンターだ。夜の狩りは俺の得意分野でもある。お前はここで待ってろ、三時間後ぐらいには帰ってくる」

 

 夜目がきかないのを自覚しているからか、川崎は次の言葉を出せない。戦力外どころか、邪魔になるとなれば狩りに同行するなんて言い出せないのだろう。俺を起こさなかったことの責任、無力さ。己を責める気持ちで胸を一杯にしている、そんな顔だ。その顔はまさに昔の自分を投影していた。

 ユクモ村近辺に強大なモンスターが現れたら平塚師匠が出撃し、俺は常にこの部屋で留守番を任される。そんな時間は苦痛でしかない。

 無力なことは罪だ。無知は罪だ。決定的な瞬間で適した力を、必要な知識がないのはそれだけで罪になる。非情な世の中ではあるがその通りなのだから仕方がない。だからこそ、今この場で必要なスキルを会得することこそが正しい選択だ。

 

『比企谷』

 

「川崎」

 

『今日は荷物が多い、私一人では面倒だ。だからな、うむ』

 

「偵察といっても爆弾や罠はかかせない、俺一人じゃ運ぶのにも時間がかかる。まぁ、なに?」

 

 

 「『―――くるか?』」

 

 

 

 川崎の返答は言い方に違えはあれど、さすがは昔の俺の投影。首を縦に振る動作は一緒だった。

 

 

 

 

 背に相棒であるヒデュンサーベルを確認し、防具の不備を確認する。謎の黒龍との試合によって愛用していた防具はガタがきつつあった、下位クラス最上位にあがった際に悩みに悩んだ末に造ったナルガクルガシリーズなだけに廃棄するのは惜しい。それ以前に新しい防具を造るお金なんてない、継ぎ接ぎでどうにか持たせている今からの試合に不安を覚える。それに対して川崎のライゼクスの防具は光沢があり、羨ましい。

 

「んじゃ、行くか」

 

「了解」

 

 宿の横に繋げられているガーグァに縄で滑車を繋ぎ、荷物を乗せていく。この村付近に生息するガーグァなるモンスターはアプトノス同様、家畜として飼われ、滑車を引く動力源ともなっている。

 川崎の同行理由が荷物番みたいなもののため、滑車を引くのも川崎の仕事だ。男が休んで女性に仕事を任せるというのは心苦しいが、俺がやってしまったらむしろ申し訳ない。いたたまれない心境で、滑車に乗り込むことを余儀なくされた。

 

 小町にこればれたら怒られそうだな。女性になにやらせてんのーとか。

 

「クァクァ」

 

 ガーグァは長いくちばしを開き、餌を欲する。その姿は愛着が湧くものだ。モンスターといえど、アイルーやメラルーといった人語を理解し話すことができる獣人族の次に可愛い。食料やマッピングツールが乗っかった重たい滑車を引かせると思うと心が少しばかり痛む。これが材木座が滑車を引くとなれば一切痛むことはないんですけどね。

 俺の心境が伝わったのか、ガーグァは軽々と俺を乗せた滑車を引いていく。さざめく葉すれの音を聞きながら、俺は寝転がった。

 

 どうなんのかなぁ……。

 

 こうして滑車が石を踏む度に俺はゆらりゆらりと揺れながら、川崎先導のもと、渓流へと向かった。

 

「なぁ、一つ失礼な質問いいか?」

 

 川崎は手綱を握り直し、此方を振り返ることもなく縦に首を振った。

 

「お前の防具、ライゼクスシリーズだよな、お前一人で狩れるとは思えない。誰かに手伝ってもらったのか?」

 

「失礼過ぎる質問だね……。アンタ、東シュレイド共和国の裏話しってるかい」

 

 東シュレイド共和国の裏話といえばある企業が国の情勢を操っているというものしか知らない。噂話にしては面白いがこれが存外、噂話だけでは収まらないのだ。共和国からの依頼はドンドルマの集会所に数は少ないものの、出されることがあった。不審に思い、俺がそれを受けた時に依頼主の奥にみえたのは一つの企業、巨大複合企業コンスタンティ・インダストリー、CI社だった。西シュレイド王国が統治しているのに等しいドンドルマで出回る共和国の依頼のバックには必ずCI社がいる。これは俺自身が調べた紛れもない事実、噂の信憑性は高い。

 

「まぁ、一応」

 

「私もさ、大金に目がくらんで東シュレイドからの依頼を受けたんだ。今回もどうせCI社がバックにいるんだって思ってたんだけど、違った」

 

「ほう」

 

「武器商人、『黒猫』ってやつからの依頼だったんだ。一応調べてみてもCI社の影はなかった。私の調べが甘かったのかもしれないけどね。それでその依頼内容がライゼクス討伐のためにパーティに加わることだったわけ。これがまたおかしい依頼でさ、私がいる必要もないくらい凄腕のハンターが三人いる上に、討伐で得た素材もすべて私にくれた」

 

「それで造った訳だ」

 

 依頼主である『黒猫』って奴は相当な太っ腹らしい。川崎の話が真実なら『黒猫』はライゼクス討伐が目的ではない、真の目的があったのだろう。だが、それは俺達ハンターには一切関係ない。依頼をこなし、提示された報酬額がもらえたならばそれで満足、虎の尾を踏むような真似はしないのが利口な生き方だ。

 

「そ。だから痛感させられた、上位クラスの実力ってやつを。井の中の蛙大海を知らず、少し調子にのってたから、いい薬になったよ」

 

 わかるぞ川崎。俺もラインハルトの狩りを初めて見たとき、もう絶望したからな。

 

 フォローを入れる言葉はむしろ失礼だ。

 それ以降、言葉をかわすこともなく空を見上げていると、荷車の進むスピードは徐々に低下していき、遂には渓流に着いたわけでもないのに、揺れは止まってしまった。

 

「グァグァ……」

 

「ちょっと、どうしたんだい」

 

 渓流に近づくにつれてガーグァは進む速度を落とし、その場に座り込んでしまったのだ。

 風が強すぎて進むことができなくなってしまったのかと思ったがそれは違う、ガーグァは不安そうに体を震わしていたのだ。「これ以上は危険だ、先に行くな」と、俺を見つめてくるガーグァはそう告げているように感じる。モンスターのこういった行動は七割方当たっているものだ、奥に見える渓流では『二つ名』モンスターがこの天候の様に荒れ狂っているのだろう。

 

「悪いな、せっかく忠告してもらってなんだが、ここで引き下がる訳にはいかないんだわ」

 

「クァ……」

 

 ガーグァは不安そうに鳴き、首をすくめる。その行動は愛しの小町と似ていた。やれやれ、仕方がないなと告げている姿が被る。

 

「ま、お前はまっててくれ。また戻ってくる」

 

 

 

 

 

 

「はぁはぁはぁ……もう疲れた帰りたいんだけど」

 

「あ、アンタねぇ……それはぁ、アタシもだっ……」」

 

 重たい滑車をどうにか拠点まで運び、手ごろな木に縄で強く繋げた。

 今回の狩場となる渓流では森丘と似ている点がいくつかあり、環境としては悪くない。ユクモ村の木製の家はこの渓流から取れる「ユクモの木」から造られている。他にもアオキノコや薬草、サシミウオといった自然の恵みが豊富だ。砂漠や雪山といった灼熱でも極寒でもない地ではあるが、今日に限っては問題がある。

 ハンターキャンプに張られたテント大きく膨らみ、骨組みはギシギシと軋む音を出す。滑車はどこかに繋ぎとめておかなければ一瞬ですっ飛んでしまうだろう。

 

 暴風。あらかじめ知っていた情報ではあるが、想像以上に厳しい。

 

 俺と川崎はせっせと滑車をひきながら暴風吹き荒れる渓流までどにかたどり着いた。

 見渡しのよいこの拠点地からだからこそ、奥地には雷雲が立ち込めているのを確認できる。空を灰色に埋め尽くす雲に、強烈な風が俺達に今から起こる激闘を先んじて揶揄しているようだ。

 

 オオオオオオオオオゥゥ……。

 

 大地を揺るがす雄たけびが地を這って俺にまで伝わってくる。どいつの咆哮がこの渓流に響いているのか、それがどどの様な意味を成す雄叫びなのか。今の俺には推測することしかできない。

 

「ま、今から答え合わせといきますかね」

 

 分厚い風を受けながら、俺と川崎は渓流の奥地へと足を進めた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。