Another Paradise ~not lost and not exile~ (中二病でも恋がしたい!×Another)   作:天木武

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前編 偶然の……邂逅遭遇(ガール・ミーツ・ガール)

 

 

 今にして思えば奇妙な偶然もあったものだと富樫勇太(とがしゆうた)はビーチパラソルの陰に腰を下ろしながらふと考えていた。成り行きで入ることになったが何をするのかもわからない同好会、「極東魔術昼寝結社の夏」の面々と共に、小旅行にかこつけて今彼はここの海辺にいる。

 だがそれはその同好会を作るに至った張本人である小鳥遊六花(たかなしりっか)の帰省、というのが本当の目的であった。その彼女の姉、小鳥遊十花(とうか)に勇太が直々に頼まれてのことだった。

 

『六花と一緒に来て欲しい。お前が……必要だ』

 

 勇太自身、六花の過去において何があったかはわかっていない。あまり深入りすべき内容ではないと思い、聞いてもいない。だがそれでも「必要だ」と言われた以上、六花と一緒に行くしかないと彼は心に決めていた。とはいえ、2人きりというのもなんだか気が引ける。そこで「六花に誘われた」という謳い文句で、先の小旅行にかこつける形になったのだった。

 今海辺で砂で何かをしているらしい六花とその自称弟子で「サーヴァント」の凸守早苗(でこもりさなえ)、勇太同様ビーチパラソルの陰で気持ち良さそうに寝ている五月七日(つゆり)くみん、浜辺でビーチバレーをしている丹生谷森夏(にぶたにしんか)がその同好会のメンバー、ここになぜか着いて来た勇太のクラスメイトである一色誠(いっしきまこと)を入れた6人がこの旅行の参加者だった。

 

 それだけなら何も勇太は「奇妙な偶然」などということを思わなかっただろう。彼らが電車の旅を終えて六花の実家に着いて荷物を置き、近くにある海にでも行こうとなった後で、その「奇妙な偶然」は起こったのだった。

 浜辺には先客がいた。自分達と同じぐらいの年の男女が2人ずつ、その保護者と思われる女性が1人の計5人。先客がいるなら場所を変えようかと勇太が思ったその時、そのうちの1人の女子に目を惹かれた。その少女は眼帯をしていた。それも、六花と対称的に左の目に。容姿もどこか似ているように見えるその2人は、鏡で見れば丁度眼帯の位置まで被って瓜二つになるだろうとも思えた。

 それこそが勇太が思った「奇妙な偶然」に他ならない。まさか夏の旅行先で、六花に似た眼帯の少女を見かけることになるとは思ってもいなかったのだ。そして、その少女を見るなり、六花は勇太の呼び止める声も聞かずに駆け出し、自分と同じく眼帯をした少女に声をかけていた。

 

「初めて見つけた……私の同志……!」

 

 六花が元々この辺りに住んでいたのなら知り合いの可能性がある。さっきまでテンションも低めだったのに、いきなりの変化に少々ついていけず、だが勇太はその六花の後を追うことにした。

 

「何、あの子、小鳥遊さんの知り合い?」

 

 丹生谷も勇太と同じ疑問を抱いたのだろう。彼の後に続きつつそう尋ねてくる。

 

「いや、知らないけど……」

 

 先客の2組の男女のところへ勇太達も歩いていく。次第に六花とその少女の話が聞こえてきた。

 

「同志……?」

「そう、他ならぬあなたがそう。私と同じく力を封じた、その眼帯が何よりの証拠! 私の邪王真眼も共鳴している!」

「私のこれは……」

 

 ああ、知り合いじゃなかったか、と勇太は頭を抱えた。多分自分と同じ眼帯の少女を見かけたせいで、自分と()()だと勘違いしてしまったのだろう。よく見れば眼帯ではない方の少女は「何この子」というような目で六花のことを見ている。これは早く止めた方がいいと勇太は判断した。

 

「同志よ、名を教えて欲しい! お前の名を!」

「……私の名前は……」

「おい六花、あんまり知らない人に迷惑かけるなよ」

 

 割って入ろうとした勇太を振り返らずに六花が左手で制す。ため息をこぼして次の言葉をつむごうとした時、六花が声をかけていた少女が俯き気味だった少女が顔を上げた。

 一瞬、勇太はそれに見とれた。遠めに見て眼帯をしているとはわかっていたが、近づいたこともあるだろうか、麦藁帽子の下から覗いた六花同様の医療用の眼帯が、彼女のその雰囲気をよりミステリアスなものとして誇張している。その肌は色を知らないほどに白く美しく、完全に空気に飲まれた彼はそのまま口を開けずに固まることとなった。そして、その少女は静かに自分の名を告げる。

 

(めい)……。見崎(みさき)鳴……」

 

 

 

 

 

「富樫君は、小鳥遊さんのところに行かなくていいの?」

 

 先ほどの記憶を呼び起こしていた勇太は、傍らからかけられた声に我に返る。声の主はその先客の中の1人の少年、榊原恒一(さかきばらこういち)。六花が突然声をかけた眼帯の少女、見崎鳴の家の別荘がこの近くにあるらしく、鳴の母が都合がつかないということで保護者役も買って出た恒一の叔母の怜子(れいこ)が運転する車でそこに来ているとのことだった。

 

「まあ……。あいつ楽しそうにしてるからいいかなって。それに、なんか今はのんびりしたい気分だし」

 

 話を聞くと恒一と鳴は同じ美術系の()()の1年生らしい。本来この別荘への旅行はその2人に鳴の実の姉妹だが()()()で従姉妹ということになっている藤岡未咲(ふじおかみさき)が同行する予定だったらしいのだが、所属してる部活の強化練習と被ってしまって着いてこられなかったと言っていた。

 代わりに彼が声をかけたのがかつて夜見山北(よみやまきた)中学校、通称「夜見北(よみきた)」で同じ3年3組のクラスメイトだった赤沢泉美(あかざわいずみ)勅使河原直哉(てしがわらなおや)の2人である。赤沢と勅使河原は同じ高校に通っており、恒一が勅使河原にこの話を振ったところ、「赤沢にもその話を流せ。お前からの話なら絶対に釣られるから」などと言い出し、その通り提案してみたら見事に食いついた、という経緯があったという話だった。要するに赤沢を狙っているらしい勅使河原としてはチャンスがほしかった、ということのようだ。その点においては勅使河原という男はどこか一色と似たようなものかと勇太は思ったのだった。

 

 勇太は六花の方へ視線を移す。こっちに来てから、いや、来る道中まで含めて、今が一番生き生きとしている顔をしていると思っていた。その理由を計りかねていた勇太だが、彼女の実家に着き、祖父の態度を見たときにその理由がなんとなくわかった。

 彼女の祖父は六花の現在の言動をよく思っていないらしかった。今現在六花はいわゆる「中二病」であり、つまり「自分は邪王真眼の使い手で、不可視境界線を探すために管理局の目を盗んで行動している」とかなんとか、そういう設定を作って演じているのだ。そして彼女の祖父はそれに対して「馬鹿馬鹿しい」だの「いい加減にしろ」だの、そういう感想しか持ち合わせていなかったらしい。その辺り、六花が実家を飛び出した理由にあるのではないか、と勇太は考えていた。

 いや、だが普通に考えたら「高校生にもなってそんなことをしているのか」という感想を抱くのがほとんどかもしれない。それでも勇太は六花の言動を否定することは出来ないでいる。なぜなら、彼もまた元中二病であったからだった。かつては「ダークフレイムマスター」と名乗り中学生活を過ごした彼だったが、高校進学を機にそれをやめようと封印していた。と、いうより、同好会員である丹生谷も元中二病、凸守は現中二病と、頭数合わせのくみんと非同好会員の一色以外は何かしら中二病と縁があったりもする。

 

 そんな祖父とのぎこちない六花を見た後というのもあったのだろう、言葉通り、勇太はのんびりしたかった。加えて、先ほどまで明らかにテンションが低かった彼女が目を輝かせて鳴と話しているのなら、自分は余計な心配をしなくてもいいだろうとも思っていたのだった。

 今、六花は自分の手を休め、鳴が造る砂の何かを関心したような様子で見つめている。彼女の自称弟子でサーヴァントの凸守も一緒だ。

 

「さすがは同志……! 作る砂の何かから未知なる力を感じる……!」

「……あまりじっと見られるとちょっと恥ずかしいかも」

「さすがはマスターが同志と呼ばれたお方デース。高貴な雰囲気がプンプンするデース」

 

 そうじゃなくても、あんな空気のところに入っていくのは少し無理があるか、と勇太は思ったのだった。が、同時にそこにいる鳴に対して少し不安になる。

 

「っていうか榊原、見崎さん大丈夫なのか?」

 

 最初は「君」をつけていたはずだったが、当人から「苗字長いから呼び捨てでいいよ」という申し出もあって、既に勇太は恒一の苗字を呼び捨てで呼んでいた。

 

「何が?」

「六花の奴……。なんていうか、結構思わせぶりな言動するって言うか、自分を演じてる部分があるっていうか……」

「何、『自分に近づくな』とか『自分は幽霊だ』とか言い出したりするって事?」

「えっと……ちょっと違うけど、でも大体そんな感じかな……」

「なら大丈夫。……というか、小鳥遊さんって見た目だけじゃなくてそういうところもちょっと見崎と似てるのか……」

 

 苦笑を浮かべつつ、恒一が呟く。それに対し、勇太は驚いたように質問を重ねた。

 

「え!? 見崎さんって六花になんか似てると思ったけど、性格までそんななの!?」

「最近は大分普通になったけど。でも、僕が会った当初は本当に幽霊なんじゃないかって疑いたくなるほど、思わせぶりな言動をしてくれたよ。……僕が騙されやすかったっていうのもあるのかもしれないけどさ」

「えー……? 幽霊さん……? お友達になりたいなー……」

 

 と、突如会話に割り込んできた声に2人は声の主へ目を移した。が、紛れもなく彼女は寝ている。

 

「……寝言?」

「くみん先輩はよく寝るんだよ。そしてたまにこうやって寝言を言ってね……」

「なんか……僕が去年いたクラスの人達に負けず劣らずな変わった人だね……」

 

 2人は困ったように顔を見合わせた。しかしせっかくの海だというのに、男2人でパラソルの陰というのもなんだか勿体無いように勇太は思っていた。だが、かといって……。

 

「六花達は完全に自分達の世界だよな?」

「だね。見崎もちょっと制作モード入ったみたい。……彼女の感性は独特だから砂で何を作ってるのかはわからないけど」

「だが男2人、せっかくの海でこのままパラソルの陰は勿体無いと思わないか?」

「……まあ思わなくはないけど。じゃあどうするの?」

「まず1つ目、そこの美少女と添い寝」

 

 勇太はすやすやと眠るくみんを指差しながらそう言った。それに対し、恒一は失笑して返す。

 

「それは遠慮しようかな。結局海を楽しむことにはならないんじゃない?」

「なら2つ目。そこで1人晩酌してる美人と共に宴に興ずる」

 

 不意に指を指され、「ん?」と疑問の声を上げつつ怜子は2人を見返した。

 

「……怜子さん、お酒飲んでいいんですか? 車あるんじゃ……」

「大丈夫よ。私だって大人よ、その辺はわきまえてるわ。これはノンアルよ。気分だけでも、ってこと」

「そっか……。よかった……」

「……おい榊原、俺の2つめの提案を無視かよ?」

 

 怪訝そうな表情を浮かべつつそう言う勇太。

 

「じゃあ恒一君の代わりに。私の方でそれは却下ね」

 

 だが、当の本人ではなく怜子の方からNGが出てしまった。

 

「え……なんでですか?」

「残念ながら君達に食べさせる分のおつまみも飲ませる分のノンアルもないの」

 

 にっこりと微笑みつつ、だが怜子の発言は身も蓋もないものだった。しかしそう言われてはどうしようもないだろう。がっくりと肩を落として勇太は三度口を開く。

 

「……じゃあ3つ目だ。今あそこで行われてるビーチバレーに……」

「行って来たら? 僕はあそこに行くぐらいならここで海の音を聞いて潮風を浴びてるだけでいいよ」

「ですよねー……」

 

 提案した勇太も苦笑交じりにそう言わざるを得なかった。今、目の前で行われている赤沢・勅使河原ペア対丹生谷・一色ペアのビーチバレーは、白熱という言葉を通り越した戦いとなっていた。美少女と言って間違いない赤沢と丹生谷だというのに、今も海岸にはスパイクの度に2人の怒声が響き渡っている。

 

「くらえっ! モリ!」

 

 強烈な赤沢のスパイク。しかしうまく落下点に回り込んだ丹生谷は難なくそれを拾った。

 

「だからモリじゃないって言ってんでしょうが! このツリ目!」

「誰がツリ目よ!」

「あんた以外……いないでしょ!」

 

 一色が上げたトスに、仕返しとばかりに丹生谷が凄まじいスパイクを打ち込む。かろうじて赤沢はそれを拾うが、勢いを殺しきることは出来なかった。ビーチボールがあさっての方向へと飛んでいく。

 

「くっ……! 拾え、勅使河原!」

「んな無茶な!」

 

 泣き言をこぼしつつも、なんとか勅使河原はボールが砂浜に落ちるのだけは避けた。が、かろうじて浮かせた程度。次の赤沢の番では返すのが精一杯だ。

 

「もう……! 情けない男!」

 

 愚痴をこぼしつつ賢明にボールを相手コートへと送り込むが、丹生谷はそれを待ち構えていた。わざと後ろ目に陣取り、返って来たビーチボールに対して走り込んで跳び上がる。

 

「しまっ……!」

「うおりゃああああああ!」

 

 ダイレクトに打ち込まれた鋭いスパイクが無人の砂浜を抉った。決まったのを見て「よっしゃああああ!」と丹生谷が歓喜の雄叫びを上げる。スコアはこれでデュース。だがそのデュースももう何度目か、数えるのも億劫になるほど続いていた。

 

「……無理だ、絶対ついていけねえ」

「っていうか……。そもそもなんであんなに2人の仲が険悪になっちゃったんだっけ?」

「確か……。赤沢さんが丹生谷のことを『モリ』って呼んでるからじゃないかな。丹生谷の奴、昔『モリサマー』とか名乗ってた時期があったらしいんだけど、触れられたくない話らしくて……」

「あ、そこで赤沢さんが丹生谷さんをからかったんだっけ。そしたらビーチバレーで決着つけてやる、ってなったのか」

 

 言いつつ、恒一は少し前にひと悶着あった時の記憶を呼び起こす。

 事の発端は互いに自己紹介をし合っている時だった。丹生谷の番になった時、横から凸守が「偽モリサマーデース」と口を挟んできたのだ。それを真に受けた赤沢は渾名と勘違いしてしまったらしい。「へえ、よろしくね、モリさん」と言ってしまったのだ。そこで凸守の余計な一言に加えて、過去に触れられたくない丹生谷は思わずイラッと来てしまったらしい。

 

「……ちょっと、モリサマーはやめてほしいんだけど」

「え……? 私そんなこと言ったかしら?」

「言ったでしょうが! 『モリさん』って!」

「『さん』付けでもダメだったかしら? 『モリさん』っては言ったけど……」

「ほら言ったでしょ!」

「……何をそんなカリカリしてるの? もしかしてその『モリ』って言うのは、呼ばれると嫌な渾名だったかしら?」

 

 その赤沢の一言が決定打、加えるならそこまでの態度で苛立ちはピークだったらしい。丹生谷は拳を固めてわなわなと震わせボソッと「……呪い殺してやるわ」と漏らした後で、赤沢の方を指差した。

 

「……そこのお高く止まったあなた、ちょっと私とビーチバレーでもどうかしら?」

「私? ……別にそういうつもりなかったんだけど、何か気に障った?」

「よくもまあそういけしゃあしゃあと言えたものね。顔も良い、スタイルも良い、おまけにその高慢ちきの態度。鼻に付かない方が珍しいんじゃなくて?」

「……ひがんでるのかしら?」

「ひがんでないわよ! このツリ目!」

 

 こちらもこちらでこれが決まり手だったらしい。それまでの余裕ある表情から一転、明らかにカチンと来た様子で「ツリ目」と呼称されたその目をさらにキリキリと釣り上げた。

 

「……ツリ目とは言ってくれるじゃないの。……いいわ。ビーチバレーだったかしら? 2対2の勝負、負けた方は勝った方の言うことをひとつ聞く、というのはどう? 『モリ』さん?」

「ベタだけどそれはいい案ね。……その鼻っ柱叩き折ってやるから覚悟しておきなさい、ツリ目」

 

 不機嫌そうに互いに一度睨みあった後で2人は同時に顔を逸らす。そして「一色!」「勅使河原!」と地獄に付き合わせるパートナーを呼んだ。

 

 今にして思えばあの時名前を呼ばれなくて良かったとビーチパラソルの陰で勇太と恒一は思っていた。普段は陽気な一色と勅使河原、2人とも完全にグロッキーのヘロヘロ状態になっている。あれを見てもまだ「美少女とビーチバレーなんて羨ましいよな」などと言える輩がいたら見てみたいものだと勇太は思う。

 だが、かく言う女子2人もどうやら体力は限界だったらしい。先ほどスパイクを決められた赤沢は座り込んだまま、雄叫びを上げた丹生谷もそのまま大の字に倒れこんでいたのだった。

 

「これでデュース……。ほら……ツリ目……今度はこっちのサーブなんだから……さっさとボールよこしなさいよ……」

「うっさいモリ……。あんたが立ったら……取りに行ってあげるわよ……。クッ……こんなことなら……多佳子(たかこ)中尾(なかお)でも連れてくるんだった……。この帰宅部男より……遥かに戦力になってきっと楽勝だったわ……」

「ちょ、ちょっと待てよ赤沢……! お前、俺が声かけなかったらここに来ることも……」

「うっさい! さっさとボール取ってきなさいよ!」

 

 そう言われても勅使河原は寝転がったまま動こうとはしない。勇太と恒一はそんな様子を見て互いに目を合わせる。どうやら考えていることは一緒らしい。

 

「……そろそろ止めようか」

「だな。丹生谷も赤沢さんもだけど……。うちの一色とそっちの勅使河原もありゃもう限界だろう」

 

 勇太の言う通り、4人とももう続けられるような体力ではなさそうだった。丁度いい具合に今はデュース。ここで痛み分けという形で終わりにしておけば互いに残す遺恨は最小限で済むはずだ。

 

「そうね……。それがいいかもね。この後夕飯の買出しにも行かなくちゃいけないし、そろそろ切り上げた方がよさそうな時間だから。恒一君、お願い出来る?」

 

 怜子にも後を押され、やれやれと恒一は立ち上がった。パラソルの陰から太陽の下へ体を出し、ダウン状態の4人へ声をかける。

 

「赤沢さん、丹生谷さん、デュースってことで勝負はそこまでにしない? 夕飯の買出しに行きたいって怜子さんが言ってるし」

「丹生谷、もういいだろ? 赤沢さんだって多分最初は悪気があって言ったわけじゃないんだろうし……」

 

 勇太も恒一に続き、炎天下の砂浜に出てきた。だが丹生谷としてはこの物言いは不満だったらしい。

 

「ちょっと……富樫君……。この女の……肩を持つわけ……?」

 

 息は切れ切れだが、いつぞや初めて彼女の「本性」を見た時を髣髴とさせるような丹生谷の気迫に、思わず勇太は続きを言えなくなってしまった。

 

「に、丹生谷……。もう勘弁してくれ……。俺ももう限界だって……」

「一色、あんたそれでも男なの……!?」

「んなこと言ったって……。そもそも俺今運動部じゃねえよ……。勇太ぁ……お前からも何か言ってやってくれえ……」

 

 一色の悲痛な懇願を受け、思わず勇太は苦笑を浮かべる。どうしようか、と恒一に視線を送って助けを求めるが、彼も肩をすくめ、受けたパスを今度は保護者役の怜子の方へと回した。自分達が言うよりも大人から言われれば聞くだろうという思いと、出来ればあまり矛先を向けられたくない、という逃げの思いからだった。

 その視線に気づいた怜子はため息をこぼし、缶の中のノンアル飲料を空にすると立ち上がって口を開いた。

 

「はーい、皆楽しんでるところ悪いけどそこまで。元夜見北組はこれから夕飯の買出しに行くわよ。ついてこない人は夕飯を食べる意思無しとみなすのでそのつもりで。……わかった?」

 

 凛とした先生らしい口調でそう言われては、ここまでごねてきた丹生谷も赤沢も反論できなかった。舌打ちをこぼし、丹生谷は赤沢の方へ視線を送る。

 

「……しょうがないわね。今日のところは引き分けにしておいてあげるわ。感謝しなさい、ツリ目」

「うっさい。こっちのセリフよモリ」

 

 まだ互いに憎まれ口を叩いているが、どうやら一応は収まりそうだ。そう思い、恒一はこのビーチバレーと同じぐらい気になっていた奥の3人の方へと足を進めた。やや遅れて勇太もそれに続く。

 

「うわあ……。見崎、また独特なものを造ったな……」

 

 そしてその場について鳴が造っていたサンドアートを見るなり、思わずそう感想を口にしていた。

 彼の目の前にあるのは「手」だった。だがこのサイズの手を持つ人間がいたら、それは間違いなく巨人とか呼ばれる存在だろう。子供1人が寝転がって丁度同じぐらいの大きさの手。よくもまあ造ったものだと意図せず恒一は感心のため息をこぼしていた。

 

「……思わず熱が入っちゃった。小鳥遊さんと凸守さんが真剣にこっち見てたから……」

「で、その2人は?」

 

 勇太の問いに、彼女は眼帯をしていない右の目で場所を示す。背を向けて何かをやっているようだが、今の3人の位置からではよくわからない。

 

「さっきまで私が造っているところを見てたけど、『私も何か出来る気がする』って、向こうに」

 

 鳴が立ち上がる。2人が何を造っているか、彼女も興味があるのかもしれない。が、2人が造っている、というより描いている物を見て、「うわあ……」と勇太は先ほどの恒一と同じく、だが、意味合いが全く逆の感嘆詞を口にしていた。

 2人が描いていたのは何やらわけのわからないような幾何学模様だった。なんで鳴の造った手に触発されて描いているのが幾何学模様かと突っ込みを入れたくなる。

 

「……あー、六花、一応聞いておく。……なんだそれ?」

「これは魔力を高めるための魔方陣。我が同志の造った手を見てヒントを得た。海というのはこの星の大半を占める場所。そこに魔方陣を描くことはすなわちこの星から力を受け取ることが出来るということ」

「マスターの言うとおりデース! ここに魔方陣を描くことで、より強力に力を得ることが出来るのデース!」

「……それのどこに見崎さんの手が関係してるんだよ」

 

 するだけ無駄だと判りつつ、思わず勇太は疑問を口にする。待っていました、とばかりに六花は不敵に笑いつつ、それに返答した。

 

「我が同志、見崎鳴が造ったあの手はゴーレムの手に違いない。だとするなら、私たちがここに魔方陣を描き、結界を作り出すことでゴーレムに生を吹き込む手助けとなるはず」

「おそらくマスターの同志は死霊術師(ネクロマンサー)とお見受けしたデス! これからあのゴーレムを呼び出すに違いないはずデース!」

 

 勇太は思わずため息をこぼし、恒一は苦笑を浮かべた。あの手をゴーレムの一部、とするなら鳴はこれからその全身を造り上げないといけないわけだ。そうなったら途方もない時間がかかるだろう。一昼夜では到底出来ないに違いない。

 

「……ごめんなさい。あれはゴーレムの手じゃないわ。ゴーレム……呼び出せたら楽しそうだけど」

「とすると! マスターの同志は死霊術師(ネクロマンサー)ではないわけデスか!?」

「そうね、私は違う。でも……私の母さんはそれに近いかも、ね」

「やはり……。親子揃って特別な力の持ち主だったか……!」

 

 鳴の母、霧果(きりか)は人形師だ。確かに近いと言えなくないかもしれないが、いくらなんでもそれは誇大表現すぎるし違うだろうと、やはり恒一は苦笑を浮かべたままだった。

 

死霊術師(ネクロマンサー)でないとするなら、見崎鳴よ、お前のその眼はどんな力を持っている? 私のこの邪王真眼は……」

「はいはい、そこまでだ六花。見崎さん達この後夕食の買出しがあるからそろそろ行くってさ」

 

 あまり六花の話に鳴を付き合わせるのもなんだか申し訳ないと思い、勇太は口を挟んで会話を遮った。だが、質問された当の鳴本人はクスッと小さく笑い、そして左目の眼帯を撫でる。その様子に続けて畳み掛けようとした勇太は思わず続きを口に出来なくなっていた。

 

「私のこれは……人形の目なの」

「『人形の眼』……? それが名か!?」

「ええ……。『人形の眼(アイ・オブ・ドール)』……。もし名前をつけて呼びたいのなら、そうとでも呼んでくれればいいわ」

 

 六花と凸守は興味津々に鳴の眼帯を見つめている。勇太もそれにつられてか、思わず彼女の医療用眼帯へと目が行ってしまった。普段散々見ている六花の物と同じ、だがその裏に「人形の眼(アイ・オブ・ドール)」と呼ばれる物が隠されている――。見たい、という好奇心に勇太までもが駆られていた。

 

「はいそっちの2人ー! 早く来なさーい! というか恒一君がいないと夕食作りを仕切れる人がいないんだから、置いていけないのよー!?」

 

 その時、場を裂いて飛び込んできたのは怜子の声だった。彼女の言葉通り、親の都合で夜見山北中学に転校する前の恒一は料理研究会に所属しており、夕食は彼の担当ということになっている。とはいえ、今日の夜はバーベキューだったはずだ。別に自分がいなくてもそのぐらいは出来るだろうと思った恒一だったが、場を切り上げるいい理由になるかと、それを使うことにした。

 

「……だってさ。そういうわけだから、僕達はそろそろ行かないと」

「待て! 見崎鳴のその人形の眼(アイ・オブ・ドール)を……見せてはくれないか?」

 

 六花からの申し出に、しかし鳴は一瞬戸惑ったようにも見えた。思わず相手の調子に合わせて思わせぶりに言ったものの、実のところ彼女の左目にあるのは()()()()()だ。確かに精巧な造りの美しい物ではあるが、ご大層な名前を付けても所詮はただの義眼に変わりはない。今それを見せて、もしかしたら目の前の少女の期待を裏切ることになるかもしれない。ふと鳴はそう思い、躊躇っていた。

 

「……榊原君。確か、夜に花火やるって話、あったよね?」

「ああ……。そういえばあったね」

「その時、小鳥遊さん達も一緒にってのはどう? 皆でやったほうがきっと楽しいだろうし」

「あ、それいいね! 俺達も花火持ってきてるし!」

 

 勇太が六花の代わりに会話に割り込んだ。丹生谷と赤沢の2人の関係だけは気になるが、その修復という意味でもまた顔を合わせるのは悪くない。何よりこの「奇妙な偶然」の出会いをもう少し楽しみたい、勇太はそうも思っていた。

 

「……小鳥遊さん。私の眼、もし興味があるならその時見せてあげないこともない、かな」

「本当!? ……じゃあ今日の夜、同志として互いに邪王真眼と人形の眼(アイ・オブ・ドール)の力、見せ合おうではないか!」

 

 ノリノリの六花を見てこれはミステイクだな、と勇太は思う。鳴が合わせてくれているのか、大分この2人は仲が良さそうだが、あまり妄想世界に引き込んでも申し訳がないだろう。夜の花火は楽しみではあるが、その時はどうにかこうにかうまく誤魔化すしかないかと思うのだった。

 

「……じゃあ僕達は行くよ。富樫君、夜の花火の詳細は後でメールででも送るから……」

「ああ、頼むよ榊原」

 

 先ほどパラソルの陰にいるうちに連絡先交換を済ませておいた2人が確認を取り合う。六花は少し名残惜しそうだったが、鳴に手を振られてやや元気を取り戻したか、表情は元に戻ったようだった。

 

「小鳥遊さんと随分仲良くなったんだね」

 

 3人に背を向け、車のキーを手に待つ怜子と、ぐったりしたままの赤沢と勅使河原のところへ歩きつつ、恒一は鳴にそう尋ねる。

 

「そうね……。彼女、私に少し似てるみたいだから」

「確かにね。鏡で見たら眼帯の位置も丁度正反対だし。……なんだか藤岡さんみたい」

「未咲とは……違うかな。でも……『顔の似た人間が3人はいる』なんて言われるけど、こうも身近にいるとなると、なんだか、ね」

「君と藤岡さんの場合は双子の姉妹なんだから当然といえば当然だと思うけど」

 

 そう言いつつも恒一は彼女が「似てる」と言ったのは容姿だけでなく、性格的な部分もあるのだろうと思っていた。彼が彼女と出会った当初、なんだか「思わせぶり」に振舞っていた言動。それを極端にすると六花のようになるのかもしれないと恒一は思ったのだった。

 とはいえ、それを目の前の彼女に言ったところで流されるのは、これまでの付き合いでもうわかっていることだ。だから野暮なことは口にしないでいいかと、そんな思いは心に留めて置くことにしたのだった。

 

 

 

 

 

 夜の海の浜辺に、花火は良く映える。闇を色とりどりの炎が鮮やかに照らし出す様は、見ているだけで心も明るくなるものだろう。

 だがそんな風景と対照的、恒一の心の中はあまり明るくはなかった。確かに彼は夕食当番で、結局バーベキューではほぼ焼き係ではあった。だがそんなことは気にも留めていない。その夕食を終えてこうして予定通りに花火に興じている。しかし、本来この場にいるはずの2人の姿が見当たらない。それが彼の気がかりだからであった。

 勇太と六花が、今ここにいない。丹生谷に恒一が聞いたところ、「夕飯もそこそこに小鳥遊さんが部屋に閉じこもっちゃって、富樫君はそれを説得してから行くから先に行っててほしい、って言ってた」とのことだった。ところが、待てど暮らせど2人は来なかった。昼の時、六花は鳴の眼帯の下の目を見たいと言って楽しみにしていたはずだ。それなのに来ないということは、何かがあったのかもしれない。

 

「やっぱり夜の海で花火って素敵よね。恒一君もそう思わない?」

「ああ……。うん、そうだね……」

 

 傍らからかけられた赤沢の問いに対して上の空で返し、恒一は反対側の鳴の顔色を窺った。特に変った様子はない、普段通りの無表情。やはりそこから何かを読み取るのは難しいかと諦め、恒一は火の消えた花火を水の入ったバケツに入れて次の花火を手に取った。

 

 今この場の構成は、まず恒一が「両手に花」状態で鳴と赤沢と共にいた。本来元夜見北組としてそこに入って然るべき勅使河原は赤沢につっけんどんに扱われ、涙目に自分と同じ境遇であろう一色の元へと逃げ込もうとした。

 ところが一色は一色でなぜかくみんとなにやらいいムードで花火をしている。水を差すのも悪いと、1人で線香花火でもやるかと勅使河原が諦めかけた時、「勅使河原君も一緒にやろうよ」というくみんからの天使のお言葉がかかったのだった。当然一色は一瞬渋い表情を浮かべたが、「一色君もそのほうが楽しいでしょ?」と言われては言い返せない。心の中で何度も感謝しつつ、勅使河原はそこに入れてもらっていた。

 

「……一色、お前の気持ちがよーくわかった」

 

 くみんには聞こえぬよう、勅使河原は小声で一色に語りかける。

 

「なんだ? どういうことだ?」

「俺は赤沢の姉さんとか丹生谷みたいな普段きついけど、親しくなると優しくしてくれるような落差がある女子、加えるならスタイルのいい女子こそ至高だとずっと思っていた。だが違うかもしれない。今俺達の目の前にいるこの人はまさに天使だ! こんな美少女でスタイル抜群、しかも性格も最高の先輩と一緒にいられるとか……一色、お前が羨ましいぜ……」

「お? お前見る目があるな。わかってるじゃねえか勅使河原。だが悪いがくみん先輩は譲れないぜ?」

「ああ、勿論承知してるさ。本当はこうやって水差すのも悪いと思いつつも居場所がなくてここに入れてもらってるんだ。それに感謝しつつ、俺は陰ながらお前を応援してやるよ」

「勅使河原……お前、いい奴だなあ!」

 

 夜とはいえ暑い夏だというのに男同士がっちりと肩を組み合う。これぞ男の友情、ある意味似た境遇を感じていた勅使河原は放っておけば男泣きしそうな勢いだった。

 

「わあ、今日会ったばかりなのに2人は仲良しさんなんだねー」

 

 状況を全く把握していないくみんはそう言って楽しそうに笑う。そんな笑顔に、男2人はデレデレとした表情を浮かべていた。

 

 あとは丹生谷と凸守がじゃれ合っている。いや、あれはじゃれ合いの域を越えつつあるかもしれないが。元々衝突することの多かった2人である。丹生谷としてはさっきのビーチバレーでケンカ相手だった赤沢にでもちょっかいを出そうかと思っていたようだが、彼女が最初から恒一のところにいたのを見ては割って入るにも入れないでいた。そうして困っていたところでいつものように凸守に絡まれ、後はなし崩し的にいつものような展開となっていた。

 

 なお、最後の1人、保護者役の怜子は言うまでもなくそんな若者たちが花火に興じる様を酒の肴に、ノンアルコール飲料を呷っていた。本当は本物を飲みたいところだが、この後寝床の鳴の家の別荘まで車を運転しないといけない。早いところ甥が免許でも取ってくれるとこういう時はありがたいと思うと同時、その時の自分はひょっとして三十路突入じゃないかという嫌な考えも浮かんできて、それを打ち消すように彼女は手元のノンアル飲料をすかさず呷った。

 

 そんな事態が動いたのは、花火が始まってからしばらく経ってからのことだった。

 

「六花、来てない!?」

 

 不意に聞こえた、本来はここにいるはずのその声に、恒一は声が聞こえてきた方へと視線を移す。海岸の砂浜がある上の道路、そこで勇太はなぜか自転車に跨ってそう声をかけてきていた。

 

「小鳥遊さん? 来てないけど……一緒じゃなかったの?」

「途中までは一緒だった……。だけど途中でいなくなって。……ここにもいないとなると、まさか」

 

 何かに思い当たったように勇太は再度自転車を漕ぎ出そうとする。

 

「待って!」

 

 だがそれを呼び止めたのは鳴だった。彼女にしては珍しく、声量の大きなよく届く声であった。

 

「富樫君、小鳥遊さんの行き先に心当たりがあるの?」

「ああ……。あいつ、『ここにはいたくない』みたいなことを言ってた……。もしかしたら元のアパートに帰ろうとしてるのかも……!」

「じゃあ駅……」

 

 そう言ってチラッと鳴が恒一を見る。それだけで彼は彼女が何を言いたいのかを察した。頷き、「怜子さん!」と名を呼びつつ駆け寄る。

 

「見崎さん、俺急いでるから……」

「急がば回れ。自転車より車の方が早いでしょ? 今榊原君が叔母さんに車を出してもらいに交渉に行ったからもう少し待って。……それで富樫君。私は細かいことはわからないけど、あなたは小鳥遊さんを追いかけて引き止めるの?」

「それは……」

「あの子は楽しいはずのそちらの同好会の旅行を蹴ってまで帰りたいと思った、ということでしょ? 富樫君、あなたはそれでも引き止めたいと思ってる?」

 

 予想していなかった問いかけに勇太が返答を詰まらせた。鳴にそう問われるまでとにかく六花に会うことしか考えていなかった。果たして自分は引き止めたいと思っているのか、そう思ったとして自分に引き止めることが出来るのか。自分の心に、自分はどうしたいのかを自問自答する。

 先ほどまで勇太はかつて六花の実家があったらしいという、今は売地となってしまった場所に彼女と共に行っていた。そこでは姉の十花が待っていた。六花と十花のやりとりを聞いて、六花が父の死を受け入れられないということまでは勇太にもわかった。その上で六花が今行っていることは「逃げ」だと思う。しかしかといって彼女の姉が言うとおり「現実を見ろ」と言う主張に全面的に同意することは出来ない。かくいう自分が元中二病だったから、というのもあるからだろう。

 だから、あの場で答えを出すことが出来なかった。結局、六花を引き止められず、彼女は自分を置いてどこかに行ってしまった。

 では会ってどうすればいいのか。「今すぐに答えを出せ」というのはあまりに難しすぎる問題だと思う。それでもここで彼女を帰すのは果たしていいことなのだろうか。逃げることが悪いと彼は言えないでいる。しかし、彼女からの誘い、という謳い文句で一緒に小旅行に来た同好会員となぜか付いてきた一色、さらには「奇妙な偶然」でめぐり合った彼らを置いて、こんな形で彼女1人帰ってしまうのだけは嫌だ。そうとだけは、はっきりと思えた。

 

「……俺は、六花を引き止めたい。あいつが納得できるような答えを出すのはそれからでも出来るはず。だから、今はまずあいつを引き止めて、この小旅行を良かった夏の思い出として残したい」

 

 ようやく考えをまとめ、確固たる意思で勇太はそう言った。その言葉を聞き、鳴はひとつ頷く。

 

「怜子さん車回してくれるって!」

 

 同時に恒一が戻ってくる。その恒一の方へ今度は視線を移し、鳴は口を開いた。

 

「榊原君、私も行く」

「えっ……? いいけど……どうして?」

「彼女の『説得』に協力できるかもしれない。……赤沢さん、あなたも来てもらえない?」

「ハァ!? なんで私が?」

 

 対岸の火事かと成り行きを見ていた赤沢は突如振って沸いた話に思わずたじろいだ。一緒に来てほしいと言われたことも意外だが、それを言ったのが鳴というのもさらに意外だったからだ。彼女が何かを頼み込んでくるなんて珍しいにも程がある。

 

「あの子を『説得』しようとする時、多分富樫君からの頼みだけじゃ受け入れてはもらえないと思う……。だから、彼女をうまく丸め込めるような、何か一芝居を打つ必要があるんじゃないかって思ってる。もしそうなった時は……演劇部の見事な演技で一役買って欲しいの」

 

 彼女は隻眼の右目でまっすぐに赤沢を見据えていた。そのことからも、本気で頼んでいるのだと判る。

 

「見崎がそう言うなら……。僕からもお願いするよ。赤沢さん、来てもらえない?」

 

 恒一にまでそう言われては断ることも出来ないだろう。どの道恒一がいなくなったらここで花火をしても面白みがないと思っていたところでもあった。が、素直にそうは言わず、彼女はため息を一度こぼしてから了承の意思を口にした。

 

「……わかったわよ。恒一君にまでそう言われちゃ、仕方ないわね」

「じゃあ急ごう! 早くしないと小鳥遊さん、電車に乗っちゃうかもしれない」

 

 丁度怜子が車を回してきたところだった。3人がまだ花火をする他のメンバーをさておいてその場を離れようとする。

 

「あれ? サカキ、どこか行くのか?」

 

 その様子にまず気づいたのは勅使河原だった。花火だけでなくここでもはぶられるのか、という考えが彼の脳裏を横切る。

 

「ちょっと急ぎで! 小鳥遊さんを引き止めに!」

「だったら俺も連れてけよ! いくらなんでもハブにしすぎだろ!?」

 

 自分も元夜見北組のはずなのにまた仲間はずれになるのは嫌だとばかりに彼は声を上げる。だがそんな勅使河原に、赤沢はあくまで現実的な回答を突き返したのだった。

 

「定員オーバー! 私達3人と富樫君でもう一杯よ!」

 

 現実は非情だった。物理的に不可能、そう言われてしまっては言い返せない。ガックリと彼は肩を下ろし、「どうせ俺なんて……」と次の花火を探すことにしたようだった。

 

「待つデース!」

 

 しかし、そこに再び新たなる刺客が迫る。海の近くから走ってきたのは凸守だった。面倒な奴が来たと反射的に赤沢は舌打ちをこぼす。このまま車に乗って振り切るのが的確だろう。恒一達に先を急がせようとしたその時。

 

「マスターのピンチとあれば、このサーヴァントである凸守が行かなくては……ブホッ!」

 

 が、セリフが途中で彼女は派手に前に突っ伏して転んだ。いや、転んだのではない。彼女の背後から駆け寄った丹生谷がタックルの要領で彼女を押し倒したのだ。

 

「モリ!?」

「偽モリサマー! 何するデスか!?」

「モリサマー言うな! ……よくわかんないけど、あの子関係で何かをしに行くんでしょ? だったらこの中坊がいたら面倒なことになるだけだから、私が抑えておいてあげるわ! ほら、さっさと行った!」

 

 思わず赤沢の口の端が僅かに上がる。憎まれ口を散々叩きあってビーチバレーをやったが、なんだかんだ根と面倒見はいい奴かもしれない、と評価を改めようかと思っていた。

 

「……素直に感謝するわ! モリ!」

「ありがとう! モリさん!」

 

 つい赤沢のせいで恒一までその呼び方で彼女を呼んでしまった。それに対して「だからモリ言うなって言ってんでしょ!」と文句を言いつつも、彼女はしっかりと凸守を抑えている。その隙に前に勇太が、後ろに恒一を挟むように鳴と赤沢が、それぞれ怜子がハンドルを握る車に乗り込んだ。

 

「詳しいことは道中話すよ。説得するとなったらその打ち合わせも、移動中に」

「……出来るといいけど。怜子さん、安全運転でお願いします。……大事なことなんでもう1回言いますよ? くれぐれも安全運転で……」

「くどいわね、恒一君。急ぎなんでしょ? じゃあ安全ながらもとばすわよ! しっかり掴まってなさい!」

 

 車は急発進だった。恒一の忠告など左耳から右耳に抜けていったのだろう。あっという間に見えなくなった車を見送りつつ、「……あとはうまくやんなさい、富樫君」と丹生谷はポツリと呟いた。自ら進んでお膳立てをした形となったわけだが、悪い気分ではなかった。彼女としてもこの小旅行は楽しい思い出で終わらせたい。そんな思いもあったからだろう。

 しかしそんな彼女の感傷的でいい気分をぶち壊したのは、言うまでもなく彼女が取り押さえている年下の天敵であった。

 

「いつまで抑えているつもりデスか!? さっさと離すデス、偽モリサマー!」

 

 その一言に、思わず彼女も堪忍袋の緒が切れる。自ら進んで貧乏くじを引きに行ったとはいえ、その原因の大元はこの取り押さえ中の小娘だ。それに対する怒りをぶつけるように、浜辺中に聞こえるほどの怒声で彼女は叫んだ。

 

「だーかーらー! 私が本物だしそもそもモリサマー言うなって言ってんでしょうがああああああ!!」

 

 

 

 

 

「ハァ……」

 

 1人佇む彼女は、思わずため息をこぼす。結局、こうなってしまった。わかっていた、はずなのに。

 やはりここはよくないと彼女は改めて思った。自分の心がぐちゃぐちゃになっているのを感じる。まずは管理局の目から確実に逃れ、落ち着かなくてはいけない。そのためにここを離れるのが最優先だ。

 その考えに至った六花は今、駅のホームにいた。そう、何を隠そう彼女は1人で帰るつもりでいた。いつもの、あの部屋に帰りたい。あそこなら管理局の目を逃れて落ち着くことが出来るだろう。そうだ、それが一番だと改めて思っていた。

 

「あら、本当にここにいたんだ。逃げるつもりだったわけね」

 

 その時だった。不意に聞こえた声に六花は驚きの表情を浮かべてその方へ顔を向けた。そこにいたのは4人、今日海辺で遊んだ「同志」である鳴、その友人の恒一と赤沢、そして……。

 

「勇太……」

 

 連れ戻しに来たのかもしれない、と六花は直感的に思っていた。勇太1人ならまだしも、他の3人が一緒というのはどうしても腑に落ちないからだった。同時に、この3人は実は自分にとっての「敵」ではなかったのか、という可能性に彼女はここでようやく思い当たる。だが邪王真眼が共鳴した「同志」が裏切るわけがない。それに勇太もそのはずだ。

 

「勇太……どうして?」

 

 彼女の問いに答える形で勇太は一歩を踏み出そうとした。が、傍らの、最初に挑発的な言葉を投げかけた少女がそれを止めた。代わりにその彼女――赤沢が一歩出る形で再び切り出す。

 

「残念だけど、彼はあなたに力を貸してはくれないわ。私達に協力することを約束してくれたの」

 

 芝居がかった様子で髪を掻き揚げつつ、赤沢はそううそぶいた。

 

「どういうことなの、勇太!? 私を裏切るの!? ……まさか管理局の人間に洗脳されて……」

「俺は洗脳なんかされてねーよ。……赤沢さん、えっと……」

 

 勇太が赤沢の耳元で何かを囁く。首だけを僅かに彼の方に傾け、彼が言い終わったのを確認して「……めんどくさ」とだけポツリと返した。

 

「えっと……小鳥遊さん? 私達はその……管理局の人間ではないわ。私達もあなた同様、管理局の目を盗んで行動している組織の者なの」

「……勇太、本当?」

「本当だよ。見崎さんも榊原もその組織の人間だ。そしてそのリーダーがこの赤沢さん……」

「ハァ!?」

 

 勇太の方を振り返った赤沢の顔は、彼女らしからぬ間の抜けた表情だった。「何言ってんの?」と言いたげな様子がありありと浮かんでいる。それを気にもせず、怒鳴りたい衝動を抑えて小声で彼女は口を開いた。

 

「どういうことよ! 私が何のリーダーですって!?」

「い、いや、だからここは俺に合わせてよ……。その方が話が早いって……。榊原も見崎さんもそういう口じゃないし、勅使河原がここにいないんだから、ってか元々リーダー役なら赤沢さんじゃないかって……」

「だったらそう最初から打ち合わせておきなさいよ! ……ったく演劇部だからってアドリブ期待しすぎなんじゃないの!? そもそも私は恒一君が言うから仕方なく……」

「私達はあなたが言う管理局の人間ではないわ。さっき赤沢さんが言った通り、その目を盗んで行動している。だから、利害関係という点では一致するはず。富樫君にはそのことを説明して協力してもらっているの」

 

 完全な内輪揉め状態の勇太と赤沢をさておき、説明を続けたのは鳴だった。六花の興味は内輪揉めの2人ではなく、「同志」であるはずの鳴の方へと完全に向いている。

 

「小鳥遊さん、僕はなぜ君がここを嫌がるかはわからない。でも、富樫君は君に帰って欲しくないから、止めるのを手伝って欲しいって僕達に頼んできた。だから今こうしてここにいるんだ」

 

 続けられた恒一の言葉を、視線だけを彼のほうに向けて六花は聞いていた。話が終わったとわかると再び視線を鳴の方へと戻す。

 

「……見崎鳴、管理局に所属していないのだとしたら、お前の所属する組織の名前は?」

 

 チラッと鳴はようやく内輪揉めを終えた赤沢の方へと目を流す。が、再び赤沢は「ハァ!?」と言わんばかりの表情を浮かべて返しただけだった。ひとつため息をこぼし、鳴が口を開く。

 

「……カウンターメジャー」

 

 その瞬間、プッと吹き出したのは恒一だった。赤沢は眉間に皺を寄せて鳴を見下ろしている。

 だがそんな2人の様子など六花は気にもかけないようだった。確かに視線が鋭くなってはいる。だがそれは2人を怪訝に思ったから、ではなかった。

 

「……そんな組織、聞いたことがない」

「でしょうね。表には名の知られていない組織だから」

「じゃあ管理局の回し者という可能性も捨て切れない」

「そう捉えるのはあなたの自由よ。一応否定しておくけど。私はただあなたをこの地に滞在させたいだけ。だからあなたを止めるためにここまで来た」

 

 呆然と鳴の後ろで3人が立ち尽くしていた。ふと我に返った勇太が恒一を肘で小突く。

 

「……おい、組織名とかこのやり取りとか、見崎さんとあんな打ち合わせしたっけか?」

「してないよ。……でも見崎は若干、小鳥遊さんと()()()があったのは事実だから……。それで咄嗟に思いついてるのかも」

「なんでもいいわよ……。ともかく説得するならさっさとして頂戴……」

 

 身も蓋もない赤沢の発言に男子2人は苦笑するしかなかった。気づけば説得要因は彼女から鳴にバトンタッチされていた。だがうまくいくならもうなんでもいいや、と赤沢は頭を抱えつつため息をこぼした。

 

 そんな後ろの様子など関係なく、鳴の話は続く。

 

「……でもね、小鳥遊さん。私は富樫君に協力すると約束した。だから、その約束を破りたくはない」

「たとえ勇太からの頼みでも、それは聞き入れられない。これ以上ここにいては、管理局の目に触れることになりかねない。それはあまりにリスクが大きすぎる」

「そう……。じゃあ……最後の忠告よ。もし聞き入れられないというのなら……こちらも実力行使に出るしかないわ」

 

 一歩、鳴が足を踏み出した。それを見て六花は不敵に笑みを浮かべる。

 

「『同志』であるはずの私に、牙を剥こうと言うのか?」

「ええ、そうよ。……いえ、『同志』であるからこそ、私はあなたに牙を剥く……」

「甘く見られたものだ。見崎鳴、貴様はなかなかの使い手と見受けたが我が邪王真眼は最強。たとえ貴様がどれほどの強さを持つとはいえ……」

「なら試してみる? 私の人形の眼(アイ・オブ・ドール)とあなたのその力、どちらが強いのか」

 

 もう一歩、鳴が歩を進めた。挑発的な一言に加え、その一歩で六花の顔から笑みが消える。

 

「おい見崎……!」

 

 後ろから止めようと駆け出しかけた恒一を、鳴は六花から顔を逸らさずに左手で制した。その手には見えない力が宿っていたかのように彼の体がピタリと止まる。

 

「大丈夫。あとは私に任せて」

「だけど……!」

「榊原……ここは見崎さんに任せよう」

 

 勇太からの後押しも受け、恒一はそうすることにした。同時に、鳴と初めて会った時の頃を思い出す。「思わせぶり」「ちょっと思い込みが激しい」、鳴はそんな風に評されていた。事実、いきなり「自分に近づくな」とか言われたこともあった。

 なら、似た者として鳴は六花に何かを伝えようとしているのではないか。それには男が間に入るより、同じ女性同士の方がいいのかもしれない。

 

「……わかった。富樫君の言うとおり、ここは任せることにするよ」

「なんでもいいからさっさとしてほしいけどね。私はとんだ貧乏くじよ」

 

 ため息交じりのそのセリフを聞いて、ついでにさっきの考えに境遇の近い女子同士、と付け加えるべきだな、と恒一は苦笑を浮かべた。今の赤沢の発言はいくらなんでもあんまりだろう。多分彼女が普通に説得しようとしても最後は癇癪を起こすか諦めるかしかないだろうなとも思う。今にして思えば鳴とほぼ真逆と言ってもいい彼女が鳴となんとかうまく付き合えていること自体が奇跡なのかもしれない。

 だが、それを奇跡と呼ぶのなら、鳴はきっとここもうまくやってくれるはずだ。期待と希望の眼差しで見つめる恒一の眼前、不意に六花が自動開閉の折り畳み傘を取り出した。「シュバルツゼクスプロトタイプマークⅡ」という大層な名のつけられたそれは言ってしまえば普通の傘だが、彼女にとっては武器に他ならない。

 

「……どうしても戦うしかないのか、見崎鳴?」

 

 右手の傘を眼前に構えつつ、だが発した言葉の内容と裏腹に六花のそれにはどこか喜びに近い色が込められていた。

 

「あなたが私の言うことを聞いてくれないなら、ね」

 

 淡々と鳴は返答する。それに対し、先ほどの喜びの色は本当だったと証明するかのように、六花の口の端が僅かに上がった。「同志」と呼びながらも、本能のどこかで彼女はこの自分に似た「同志」との戦いを、自分の力と相手の力をぶつけ合うことを望んでいたのかもしれない。

 

「ならば仕方ない! 昼の我等の約束、今果たすとする! 我が邪王真眼の力、とくと見せてやるとしよう!」

 

 六花が右眼を覆う眼帯に手をかける。そして始まるは、彼女の「力」を解放するための詠唱――。

 

「爆ぜろリアル! 弾けろシナプス! バニッシュメント・ディス・ワールド!!」

 




Another側の年齢を1つ上げてる理由ですが、単純に中二病側と学年を一緒にしたかったから、というだけです。そのせいで自分が書いてる別な物のあなざーのアフター的に描いてしまう部分もあるかもしれませんが、基本別物として捉えていただければと思います。
それからアニメ8話で出てきた鳴の家の別荘は絶対ここじゃないだろ、とは自分も思うのですが、まあ細かいことは……。
それからAnotherは舞台が1998年なんで時代も合わないだろう、という突っ込みもあるかと思いますが、これも中二病側に合わせる形にした、ということで……。
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