Another Paradise ~not lost and not exile~ (中二病でも恋がしたい!×Another)   作:天木武

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後編 激突の……双邪眼(イービルアイ)

 

 

 世界が、変わる。眼帯を取り除いた六花の金色の右目から放たれる光線が天へと向かって走り、世界が「彼女の世界」へと変貌を遂げていく。見た目はそのままに、だが今この場は彼女の力によって作り変えられ支配された、彼女の世界だ。

 解放した右の瞳の力を制御し、両の眼で見崎鳴を見つめた瞬間、小手先の攻撃は全て意味を成さないと六花は悟った。相手は武器を手にしていない。だが、この自分が作り上げた世界を前に、彼女は怯む様子もない。なら、下手な小細工は無用。もとより彼女にはそんなつもりもない。先ほどの十花(プリーステス)との戦いもあったせいでどれほどの余力が残っているかも怪しい。例え相手が素手でいようとも、最初から全力でぶつかるより他の考えは毛頭なかった。

 六花が右の親指を噛む。そこから滴り落ちる鮮血を宙に投射しつつ、彼女は己の武器を真の姿を戻すための詠唱を始めた。

 

「血の盟約に従い、我、汝を召喚する……。ケーニギン・デア・ナハト(夜の女王)! はああああああっ!」

 

 鎌か、あるいは斧か。先ほどまでの可愛らしい傘から一転して禍々しき形へと変貌を遂げたその武器は、瞬時に鳴の元へと踏み込んだ彼女によって振り下ろされた。華奢な腕から繰り出されたとは思えないほどの鋭い攻撃。それは地面を抉り、激しい粉塵を舞い上げて視界を遮る。だが手応えがない。今の一撃を避けた、そう判断すると同時、今度はその得物を横に薙いだ。

 

「そこだっ!」

 

 果たして六花の読みどおり、鳴はそこにいた。だが間一髪、鳴は六花の頭上を跳び越してその攻撃をやり過ごす。受け止めなかったのは正解だっただろう。今の一撃によって彼女の背後にあったホームのフェンスはもはや形を成さないほどにぐにゃりと曲がり、強烈な衝撃波が過ぎ去ったことを証明している。見るからに非力な彼女ではその身がバラバラになっていたかもしれない。

 

「まだまだっ! ネルガルブラストッ!」

 

 六花が武器(ケーニギン・デア・ナハト)を地面へと突き立てる。そこから数発のエネルギー弾が鳴目掛けて直進。鳴は1発目を最低限の動きで交わし、2、3発目をステップを踏んで交わした。さらに4発目を少し大きく飛び退いて回避。瞬間、六花が僅かに笑みを浮かべる。迫る最後の5発目の狙いはその着地際だ。これまで取ってきた回避は不可能。命中は確実――。

 

 だが、そんな六花の期待を嘲笑うかのように、鳴はそれを難なく右手で弾いた。高出力の魔力の塊がホームの反対側へと吸い込まれ、爆発を起こして鋼鉄のレールを針金のようにひしゃげさせる。

 

「……そんなもの? あまり私を失望させないでくれる?」

 

 左手で眼帯付近の髪をかき上げつつ、鳴は冷淡に返した。動揺も疲れも見せていない。だが、逆に六花の心には(プリーステス)と戦っている時以上の焦燥感が、早くも浮かびつつあった。

 

(ネルガルブラストを……何の予備動作も無しに弾いてみせた……!?)

 

 これまでの攻撃をほとんど回避してきたこと自体称賛に値すると言ってもいいだろう。最初の様子見に踏み込んでの攻撃は全力ではない。とはいえ、鳴はそれを完全に回避してみせた。命中する気配は微塵もなかった。つまり回避に絶対の自信がある、という可能性はある。

 だが六花は回避に徹していたのは防御に自信がないからだと思っていた。そう思っての回避不能のネルガルブラストだった。しかしそれは見当違いも甚だしかった。今も目の前で平然としている見崎鳴は、着地際を狙い澄ました六花の会心の一撃をあっさり弾き飛ばして見せたのである。

 

(あれはおそらく凸守のエターナルサラマンダーフィールドと同様の防御魔法のようなもののはず……。なのに凸守より遥かに強力な……いや、防御として受け止めたのではなく弾いた以上、その力の比ではない……!)

 

 そんな彼女の内心の焦りを見越してか、鳴は隻眼の右の目で冷たく六花を見つめる。心臓が射抜かれたかと錯覚するかのような視線を打ち払おうと、彼女は再びケーニギン・デア・ナハトを振り上げた。

 

「ならこれはどうだ……! アバロンスマッシャー!」

 

 

 

 

 

「す、すごい……」

 

 目前で行われる2人の()()をしばらく見つめ、勇太はそう呟いた。

 

「うん……。よくわからないけど……すごいよね」

「いや、見崎さん凄いよ! 無駄な動きがない!」

「というか、小鳥遊さんが無駄な動きが多すぎると言うか……」

「なんでもいいわよ。さっさと終わらせて帰りたいわよ、もう」

 

 結局身も蓋もない赤沢の一言に、男2人は失笑しあってその話は終わるのであった。フェンスに寄りかかって気だるそうにそう言った赤沢を例えるなら「姉御」とか「女番長」なんて言葉がぴったりだろう。だがそれを言えば目の前で「激闘」を繰り広げる2人以上に命の危険に晒されると、恒一も勇太も余計なことは言わないでおこうと思うのであった。

 

 言うまでもなく、六花と鳴の戦いで地面が抉れることも、フェンスが曲がることも、レールがひしゃげることもあるわけがない。シュバルツゼクスプロトタイプマークⅡ()は所詮傘であり、「ケーニギン・デア・ナハト」などという禍々しい武器に変わることも、エネルギー弾が飛び出すわけもない。

 つまり、傍から見ていればご大層な動きと共に傘を振り回す六花と、それを必要最小限の動きで交わすだけの鳴、という光景でしかないのだ。それは赤沢でなくても「なんでもいい」と言いたくならなくもないものだろう。

 

「あんな()()()を見せられるぐらいなら、頭一発引っぱたいて引き摺って連れて戻ればよかったじゃないの」

「赤沢さん、それはちょっと言いすぎじゃ……。でも僕も、無理矢理にでも連れて戻ればいいと思ってたけど、多分見崎には見崎なりの、何か考えがあるんじゃないかって思うんだ。だから、見崎が満足するまで僕は付き合おうと思うし」

 

 そう言った恒一の方を一瞬赤沢は見つめ、ため息をこぼす。

 

「……まったく、あの子のこととなるとほんと甘いわよね、恒一君は。……たまには、私にもそうしてくれたっていいじゃない……」

「え? 何? ごめん、最後の方聞こえなくて……」

「何でもないわよ! 聞こえなくていいこと!」

 

 ああ、結局貧乏くじかと赤沢は天を仰いでまた深くため息をこぼした。何が「演劇部の見事な演技で一役買って欲しい」だ、と今にしてみれば馬鹿馬鹿しく思えてくる。まあでも別にいい。それで恒一が満足してくれるなら、今回はよしとしようと彼女は思った。ついでに鳴に貸しを1つ作る形にしておくのも悪くない。我ながら計算高い女だと思いつつ、自嘲的に彼女は笑みを浮かべた。

 

「お、おい榊原……。あれ、見崎さん……」

 

 と、その時聞こえた勇太の声に関心を完全に失っていた2人の戦い(お遊び)の方に赤沢も目を向けた。見れば鳴が左目の眼帯に手をかけている。

 

「まあ……傍から見てるだけの僕達じゃよくわからないけど……」

「いよいよ大詰め、ってことだけは間違いないらしいな……!」

 

 どこか興奮した様子なのは勇太だ。元中二病として、ひょっとしたら血が騒いでいるのかもしれない。その様子に三度ため息をこぼし、赤沢は聞こえるはずのない独り言をポツリとこぼした。

 

「……ま、いいんじゃないの。見せてあげなさい。カラコンなんかじゃない、本物の義眼……。あなたの『人形の目』を、ね……」

 

 

 

 

 

 六花の焦りはピークだった。彼女の心を覆い尽くしているのは(プリーステス)と戦った時とも違う、焦燥を超えたある種の絶望感。

 当たらない、効かない、そして攻撃がこない。六花の放ったネルガルブラストもアバロンスマッシャーもダークマターブレイズも、全く目の前の相手には通用しなかった。それだけならプリーステスとの戦いと同じと言ってもいい。だが鳴は反撃を一向にしてこないのだ。あれだけの回避能力と防御能力だ、攻撃をしてくれば相当なもののはず。なのに、全く手を出してこようとしない。

 

「……どういうことだ」

 

 呻くように、六花はそう呟いた。

 

「あなたの攻撃が私に通用しない、ということ?」

「違う! それもある! だが、なぜ攻撃してこない!?」

「私の目的は、あなたを傷つけることじゃない。あなたが諦めてくれるなら、手を出す必要はない」

「ふざけるなッ!」

 

 ケーニギン・デア・ナハトを地面へと突き立て、エネルギーを放射する。今日何度目かわからないネルガルブラスト。逃げ道を塞ぐように、6発の魔力の塊が鳴へと迫る。しかし当の鳴は今度は回避もせず、ましてや弾こうともせず、全てを真正面から受けた。が、見えないバリアーのようなものがあるのか、本人には傷ひとつついていない。

 

「本当の力を見せろ、見崎鳴! そして正々堂々とこの邪王真眼と戦え! 貴様の人形の眼(アイ・オブ・ドール)がどれほどのものか、この私が見極めてやる!」

 

 武器の切っ先を鳴へと向け、出来るだけの挑発を六花はしてきた。それをしばらく無言で聞いていた鳴だったが、ややあって小さく息を吐いた。

 

「……仕方ない、か」

「ふふん、どうやらやっとやる気になったようだな」

 

 頭上でケーニギン・デア・ナハトを回転させ、満足そうに六花は微笑を浮かべた。無論、この挑発にも意味はある。自分の攻撃が通用しないのは相手が守りに徹しているから。だとするなら、攻撃に転じてきたその時こそ、防御に隙が生まれ、自分にも勝機が生まれる。

 何より「同志」である相手の力を見てみたい。それがどれほどのものか、己の邪王真眼にどこまで対抗してくるのかを試してみたい。そんな誘惑に駆られた、という理由もあった。

 

「……知ってる? 小鳥遊さん……。『人形』というのは、『虚ろ』な存在なの」

 

 だがそんな期待と裏腹、不意に語り出された言葉に、僅かに動揺を見せる六花。それを気にもかけず、さらに戦いの最中だというのに鳴は隻眼の右目を閉じて左目にかかる眼帯を撫でる。

 

「それは何かを求めている。それが何か、わかる? ……心よ。人形は入れ物でしかない。だから、自分にない心を追い求める虚ろな存在……」

「それがどうした!?」

「虚ろ……『虚』とは何か。……私の人形の眼(アイ・オブ・ドール)が、言葉よりもわかりやすく、あなたに教えてくれるでしょうね」

 

 冷たく、鳴の隻眼が六花を見つめ抜く。その瞬間、ゾクリ、と六花の背筋に冷たいものが走った。ひょっとしたら、自分は開けてはいけないパンドラの箱を開けてしまったのではないか。触れてはいけない禁忌に、それと知らずに触れてしまったのではないか。

 だが悔やんでももう遅い。ゆっくりと左耳にかかる眼帯の紐に指をかけつつ、鳴は口を開いた。

 

The sun is falling,(陽は堕ち)and the moon is raising(月は昇る)……。陽と月の接する(きわ)、昼と夜の入れ替わる(とき)、そして光と闇が交錯するその刹那……。それ即ちたそがれなり……」

 

 体が震える。武者震いか、あるいは怖れか。その六花の前に、鳴の左眼が開かれる――。

 

「……夜見のたそがれの、うつろなる蒼き瞳の……。開け、我が人形の眼(アイ・オブ・ドール)……!」

 

 眼帯が、取り除かれた。現れた、その翡翠(ジェイダイト)の左の瞳は、あまりにも美しかった。

 時が、止まる。六花はただ呆然とその瞳を吸い込まれるように見つめていた。身をよじることも、呼吸をすることも忘れ、心臓の鼓動さえも止まってしまうのではないかというほどに、彼女はその瞳に惹かれ、魅了された。

 

「……わかった? この瞳……これが『虚』よ」

 

 不意にかけられた鳴の言葉に、ようやく六花は我に返った。反射的にバックステップを踏み、間合いをとる。だが体からは冷や汗がどっと噴出し、呼吸を整えることが出来ない。

 一体今自分はどれだけの時間彼女の瞳を見つめていたのか。体感的には数秒間だったはずだ。だがそれは数分、いや数時間にさえ感じられた。もし声をかけられなかったら永遠に見つめたままだったかもしれない。

 

 未だ荒れた呼吸に肩を揺らせながら、六花が辺りを見渡す。先ほどまで「彼女の世界」だったはずの場所は、まるで(とき)が止められたかのように凍り付いていた。――抉られた地面も、打ち払われたフェンスも、ひしゃげたレールも、である。そこで六花は確信した。今この場はもはや自分の世界ではない。目の前の人形の眼(アイ・オブ・ドール)の力によって完全に支配されてしまったのだと。

 ()()はまずい。あの左眼を見てはいけない。己の眼を邪眼と称するなら、あれは美しくも禍々しい、まさに魔眼。見た者の体を支配し、その命を、魔力を、精気を吸い取る、翡翠の眼(ジェイダイトアイ)……。

 

「……少し私の瞳を長く見すぎたみたいね。大分呼吸が荒れてるみたいだけど?」

「お前のその眼は……見た者の力を吸い取る……。そういうことか……!?」

「さあ……? どうかしら、ね?」

 

 そう言って鳴が口の端を僅かに緩めると同時――彼女の体が2つに分裂した。六花は我が目を疑う。いや、2つではない。それは倍に、そしてさらに倍に……。

 

「まさか……幻覚!? いや、魔力によって作り出した偽物(デコイ)か!?」

 

 十数人となった「見崎鳴」が一斉に六花を見つめる。まずい、と彼女は右腕で視線を遮り、高く飛んだ。

 

「なら……その偽物を全て薙ぎ払えばいいだけのこと!」

 

 彼女の金色の右眼に光が収束していく。飽和状態となったその力は、連続する光弾となって撃ち放たれた。

 

「ガンティンクル!」

 

 フルオートの機関銃よろしく、その邪眼からばら撒かれた魔力の塊は次々と「見崎鳴(デコイ)」を消し去っていく。そして残った俯いたまま残った最後の1人。それこそ本物に違いない、と六花は確信して睨みつけ、ケーニギン・デア・ナハトを大きく振りかぶった。

 

「それが本体か! 食らえッ、アバロンスマッ……」

 

 だが――その俯かれていた顔が中空の六花へ向けられた瞬間、彼女の体は何かに支配されたように硬直する。

 

(しまっ……!)

 

 動けない。声すら出せない。吸い込まれるような美しさの翡翠(ジェイダイト)の瞳に見つめられ、六花は体の自由全てを失い、空中でその身はまるで見えない鎖にでも縛り上げられたかのように固まった。

 「虚ろ」――その美しすぎる瞳は言葉の通りだとわかった。人形は心を求めている。そして彼女の眼の名は人形の眼(アイ・オブ・ドール)……。心を求め、見つめた者の心を食らい、それでもなお満たされぬ、虚ろな人形の、その眼――。

 鳴が飛ぶ。至近距離まで顔を寄せて六花を真正面から見据え、ますますその瞳から顔を背けることが出来ない。

 

(もう……ダメ……!)

 

 声も出せない。何も出来ない。ただこのまま己の心が食われていくのを黙って待つしかない。六花の心が絶望の闇に覆いつくされそうになったその時――。

 

 鳴は、不意に眼を閉じてその顔を反らした。

 

 

 

 

 

 六花は脱力しきり、その場に座り込んだ。そんな彼女を一瞥し、鳴は背を向ける。

 

「なぜ……」

 

 辺りを見渡す。先ほどまでと変わらない、田舎の駅のホーム。あれだけ激しく戦ったというのに何事もなかったかのように平然としているその場で、六花は乾き切った声で鳴の背へと叫んだ。

 

「なぜ、とどめを刺さない!?」

「私の目的は、達したから」

「目的……?」

 

 鳴が左手で眼帯を元に戻しながら、だが相変わらず六花に背を向けたままで右の人差し指である場所を指す。その先、何かの光が遠ざかっていくのが見えた。

 

「あ……」

「今のが終電。田舎の終電は早いから。それが行っちゃったし、これで帰れないでしょ?」

 

 そう言うと、鳴は3人の方へと歩き出した。未だ呆然と座り込んだまま、だが歯を噛み締めた後で六花は鳴に向かって再び叫んだ。

 

「最初から……最初から時間稼ぎが目的だったのか!?」

「私はそう言ったはずよ。『あなたを傷つけるのが目的じゃない、帰るのを止めるために来た』って。……『同志』を、本気で傷つけられるわけないじゃない」

「そんな……」

 

 そうだけ言うと、鳴は今度こそ3人と合流した。そして勇太の方へ視線を送る。

 

「富樫君、これでよかった?」

「あ、ああ。なんかよくわかんないけど……。ともかく終電がなくなればあいつも諦めるだろ。ありがとう、見崎さん」

「帰り、車なくても大丈夫な距離よね?」

「うん。あいつは俺が連れて行くから、3人は先に帰ってくれていいよ。……ってか3人ともありがとう、こんなことに巻き込んじゃって……」

「まったくよ。恒一君と夜の海で花火って計画がおじゃんになっちゃったわ。でっかい貸しだから、よく覚えておきなさい。……ま、あんたじゃなくてモリの奴にこの貸しを払わせてもいいけど」

 

 相変わらずな赤沢の様子に勇太のみならず、思わず恒一も苦笑を浮かべる。だがなんだかんだ言いつつも面倒見がよくて結局やってくれるのが彼女のいいところでもあるわけだ。なんだか丹生谷に似てるところがあるな、と勇太は思った。

 

「僕は気にしてないから。……じゃあ富樫君、僕らは先に行くね」

「うん。あ、車出してくれた怜子さんにもお礼言っておいて」

「わかった。……それじゃ、夜道気をつけて」

 

 元夜見北組は踵を返して改札へと戻ろうとする。と、そこで鳴が足を止め、六花の方を振り返った。

 

「……小鳥遊さん」

 

 駆け寄られた勇太によって立ち上がった彼女に、鳴は声をかける。意外そうに六花は声の主へと目を移し、逸らしかけた。だがもう彼女の左眼は眼帯によって隠れている、とわかってその必要はないと真正面から見据える。

 

「あなたは、私を『同志』と言った。……でもね、あなたに必要なのは『同志』である私じゃない。あなたを心配して私達に頼み込んできた富樫君や、同じ同好会の皆……。あなたの身近に、もっと心を開くことの出来る人達がたくさんいると、私は思うの。

 人形には心がないから虚ろだと私は言ったわよね? でもね、私もあなたも人形じゃない。心がある、ちゃんとした人間、血の通った人間なの。嬉しいこと、悲しいこと、色々あるかもしれない。でも、それも人間であるからこそ、なの。だから……」

 

 そこまで言いかけて、不意に鳴は言葉を切った。

 

「……私に言えるのはここまで。この続きは、小鳥遊さん、あなた自身が見つけて」

 

 そして顔を戻し、前を行く2人に遅れまいと歩き出した。

 

「待て! 見崎鳴!」

 

 が、名を呼ばれて鳴は再び足を止めて振り返る。

 

「この借りは必ず返す……! 我が邪王真眼が最強であると、いつか必ず証明してみせよう! その日まで、私以外の者に負けることは許さない! そして、せいぜい恐怖して待っているがいい!」

 

 立場が逆じゃないかと鳴は思わずクスッと笑った。一応さっきの「戦い」は勝敗着かずではあったものの、自分の方が「有利」だったはず。しかし別に構わない。これが彼女なりの気の遣い方だとわかったからだった。

 

「……ええ、そうさせてもらう。いつでも待ってるわ、『我が同志』小鳥遊六花……」

 

 今度こそ、鳴は背を向けて早足で歩き出した。その3人の姿が改札に消えるまで見送った後で、勇太はため息をこぼして視線を六花の方へ向ける。

 

「……さて、んじゃあ俺たちも帰るとしま……おわっ!? 六花!?」

 

 が、その言葉を遮って勇太は飛び上がらんばかりに驚く。右目に眼帯を戻すのもまだの六花は泣き出しそうにその両目に涙を溜めていたからだった。

 

「ゆ……勇太ぁ……」

「な、なんだ六花!? どっか怪我でもしたのか!? ……いや見崎さん手出してないから怪我するはずないんだけど」

「邪王真眼が……最強の邪王真眼が勝てなかった……」

 

 なんだ、そんなことかと勇太は思いつつ、それを口に出すのはなんとか思い留めた。だが十花におたまでゴツンとやられて負けた時はここまでショックを受けなかったのに、なんでまた今日に限って、とも思う。

 そこで六花が鳴にかけた「同志」という言葉を勇太は思い出していた。ひょっとしたら六花は自分と同じく眼帯をつけた、鏡で見たら瓜二つの彼女に親近感を覚えたのかもしれない。そしてその相手にぐうの音も出ないほどにやられた。……いや、厳密には「らしい」とつけるのが正解だろうが、ともかくそういうこともあってショックなのだろう。仕方ない、ここはひとつ元気付けてやるかと勇太は口を開いた。

 

「六花、最強になるために必要なのは何だと思う?」

「邪王真眼。あと、才能」

「……お前なあ」

 

 大きく勇太がため息をこぼした。それから、本来封印していなくてはいけないはずの過去の己を曝け出し、左手で顔を覆いつつ、バッと右手を前へと突き出す。そして普段より低い声で彼は滔々(とうとう)と語り始めた。

 

「……小鳥遊六花よ、最強と呼ばれるためには、まず敗北を知る必要がある。なぜなら、敗北を知らずして勝利を知ることはないからだ。困難を乗り越えずして、最強は語れない。貴様は今日という苦汁を忘れることなく、最強となるために力を蓄えればいい、ただそれだけだ!」

 

 やってから、思わず後悔の念が勇太に押し寄せる。またやってしまった。いくら六花を元気付けるためとはいえ、まだまだ自分も中二病を卒業できていないな、と思う。

 だが六花には効果覿面(こうかてきめん)だったらしい。それまで涙を溜めていた目を輝かせ、「おお!」と嬉しそうな歓声を上げる。

 

「さすがダークフレイムマスター! 何でも知ってる!」

「……その呼び方はやめろ。でも、ま、元気は出たみたいだな」

 

 勇太にそう言われて、さっきまで泣きそうだったことをようやく六花は思い出した。それから右目をまだ晒したままだったと気づき、いそいそと眼帯で覆う。

 

「よし、俺らも帰るぞ。終電行っちまったんだ、今日は泊まるしかねえだろ?」

「う……」

 

 だが次に突きつけられた現実に、六花は思わず呻いた。そうだった、本当は電車に乗ってアパートに帰るはずだった。しかしその電車はもうない。今日はこのままこの場に留まるしかない。

 

「俺はお前にここに留まってほしかったんだよ。……出来れば夜の花火も一緒にやりたかったけどな。俺はなんでお前がここにいたくないのか、まだ詳しくはわかんねえけど、せっかくの旅行なんだ、もう少し一緒にいたいんだよ。……高校生が同好会で旅行なんてこれから先できねえかもしれねえだろ? 丹生谷と、くみん先輩と、凸守と、あとなんでか知らねーけど着いてきた一色と、そしてそこにお前も必要なんだよ。だから……俺はお前に予定通り一泊、ここに留まってほしかったんだ」

「勇太……」

 

 俯いた後で、何かを決心したように六花は頷き、顔を上げた。

 

「……わかった。勇太がそう言うなら、そうする」

「よし。それでいい」

 

 ちょっと子供扱いしすぎているかもしれないと思いつつも、勇太は六花の頭を撫でた。もしかしたら怒られるかもしれないとも思ったが、本人もまんざらでもない様子だ。

 これでいい。「極東魔術昼寝結社の夏」なんてよくわからない同好会だが、全員揃っての小旅行、いい思い出になるだろう。これでこそ夢にまで描いた「普通の高校生活」だと勇太は思っていた。……もっとも、付き合っているメンツは普通かと問われればイエスと言いかねる面々ばかりではあったが。

 

「あのー……。お客さん、終電行っちゃったし、ホーム閉めたいんでそろそろいいですかね?」

 

 と、そこで駅員の言葉によって彼は現実へと一気に引き戻された。すっかり忘れていた、ここは駅のホーム。そして終電が行ってしまった以上、駅員としてはさっさとホームを閉めたいところだろう。

 

「す、すみません! すぐ出ます!」

 

 六花の手を引っ張るように勇太が駆け出す。六花は、握られたその手に確かに血が通っていることを感じていた。「人形じゃない」と言った「同志」の言葉。そしてあの後言うことをやめた続きの言葉。なんだか、その意味が少しわかったような気がしていた。

 

 

 

 

 

「あら、おかえり。……その顔だとうまくいったみたいね」

 

 送ってくれた時と同じ赤い車の車中。その中でせめて気分だけは、というところだろうか、怜子はノンアルコールビールを呷っていた。

 

「めんどくさかったけど、おかげさまでなんとか。……恒一君、前に乗ってもらえる? 多分それが一番平和的だと思うから」

「え? まあいいけど……」

 

 赤沢の提案に対して恒一は何が平和的なのかを判断しかねたが、別に前に乗ること自体に異議はない。素直に従うことにした。

 

「富樫君達はいいのね?」

「元々この車の定員オーバーになっちゃいますし。それに……あの空気に水差しちゃ野暮ってものだと私は思いますけどね」

 

 恒一の後部の座席に乗りつつ、再び赤沢はそううそぶいた。「六花が帰るのを止めたい。手伝って欲しい」と頼み込んできたのは勇太だ。そして時間稼ぎの戦い(お遊び)が終わった後に真っ先に彼女に駆け寄ったのも彼だ。ならあとは2人きりにした方がいいだろう。

 

「んじゃ、勅使河原君拾って帰るわよ。もう花火も終わった頃でしょうし。私もさっさとこんななんちゃってビールじゃなくて本物飲みたいし」

 

 アルコール分0%のビアテイスト飲料の缶を横に振って中身がなくなっていることを確認した後で、怜子はそれをホルダーへと戻す。そして赤沢に言われた通りに2人を待つことなく、車を発進させた。

 

「それで、満足いったのかしら、見崎さん?」

 

 ミラー越しに怜子が鳴の表情を伺う。相変わらずの無表情ではあったが、ここに来る前よりはなんだか少し表情が緩んでいるようにも見受けられた。

 

「ええ。一芝居打ったおかげで小鳥遊さんは終電を逃してしまい、これで帰る方法はなくなった。だから、同好会の皆とここに泊まって明日の朝一緒に帰る……。伝えたいことも伝えられましたし、私は満足です」

「私は不満よ。結局あなた1人でほとんどなんとかしちゃったじゃないの。私を連れて行く意味あったわけ?」

「……演劇部自慢の演技は、あの子を信じ込ませるのに一役買ってくれたと私は思ってるけど、ね」

 

 じろりと赤沢は隣の鳴を睨みつける。しかしそれに全く気づかないのか、意ともしていないのか、鳴は変わらず前を見つめ続けていた。

 

「それでさ、見崎。質問なんだけど……。なんで見崎は勝った……って言い方は変かもしれないけど、小鳥遊さんをあれだけうまく引き止められたの?」

「それは私も知りたい。あの子、()()()()()()()に電車が来てたって言うのに、多分あなたに指摘されるまで全然気づいてなかったでしょ? あれ、どういうこと?」

 

 恒一に続き、赤沢も質問を重ねる。尋ねられた鳴は口を閉じ、どうやら何かを考えているようだった。

 

「強いて言うなら……。プラシーボ効果、って知ってる?」

「あれでしょ、例えばただの水をなんでも治す魔法の水だって言って飲ませると、飲まされた本人がそうだと思い込んで症状がよくなる、みたいな……」

「まあ……そんなところ。結局はそのプラシーボ効果……彼女の『思い込み』が全てだった、ってこと」

 

 意味がわからないと「ハァ?」と赤沢が声を上げた。恒一もわかりかねているらしく、前の座席で首を傾げているのがわかる。

 

「……榊原君、私に会った最初の頃、私のことどう思ってた? ……あ、好きとか嫌いとかそういう感情的な意味じゃなくて私という存在に対して、ね」

 

 後ろの部分を付け加えたのは赤沢の視線が鋭くなったと鳴が感じたからだった。ただでさえ不満を漏らしている彼女に勘違いでこれ以上の刺激を与えたくないと思ったのだろう。

 

「どう、って……。なんていうか……不思議だっていうか……。本当に存在するのか、とか、幽霊みたいだ、とか、そう思ったりはしたけど……」

「……実際私はある程度は榊原君にそう思わせるように振舞ったところもあるけど、結局のところそれは榊原君の思い込みだった。そうじゃない?」

「……あれだけ思わせぶりなこと言っておいてある程度、ねえ。でも確かにそう思い込んだのは僕本人だっていうのは認めるよ」

 

 ()()がある程度なのか、と恒一はやや疑問に思ったがそれは置いておくことにした。今疑問に思っていることに比べたら、自分が転校して登校した先の学校で「自分に近づかない方がいい」とか「皆には自分のことが見えてない」と言われたことなど過ぎ去った些末な事柄でしかないからだった。

 

「榊原君でさえ思い込みによってそう思った。……だとするなら、私と()()()のある彼女なら、私の雰囲気を出して演じて見せた素振り、言動、そして『人形の目』……この義眼はどう映ったのか……」

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! じゃあ何、あの子はそこまで激しく思い込んだってこと!? 全部思い込みで()()した、って言いたいわけ!?」

 

 脇から上がった赤沢の驚きの声に対して、鳴は特に気にするでもなくあっさりと頷いて肯定した。

 

「ええ、そう。傍から見ていたんだから、私が何をしたか覚えてるでしょ? あの子が何かを言いながら大仰に振り回した傘を避けたことと、自分の眼帯を外しながら語りかけたこと。……まあ少し気分が乗っちゃって物言いした部分もあるにはあったけど。でも、私がしたことといったら、()()()()よ」

「じゃ、じゃあ……小鳥遊さんはその思い込みが強すぎたから……。言っちゃえば、妄想しすぎたから、すぐ隣に停車した電車にすら気づかず君と()()()()()、と……」

「戦っていたかどうか……。あの子の目、あるいは脳内に私がどう映っていたかは計りかねるわ。でも、電車にすら気づかないほど夢中になって私しか見ていなかったんだから、それはさぞ強烈な世界が映っていたんでしょうね」

 

 今の鳴の話が本当だとするなら「自爆」という言葉はまさにその通りだろう。六花は妄想が強すぎて思い込みすぎるがあまり、鳴の左の瞳を「力を吸い取る魔眼」として捉え、それを持つただならぬ存在と勝手に思い込み、ただの義眼で見つめられただけで「敗北」を喫してしまったのだから。

 はぁ、と大きくため息をこぼしながら赤沢が頭を抑えるのがわかった。そしてポツリと「……中二病こええ」と呟く。

 

「赤沢さん……その『中二病』って、何?」

 

 それを前座席に座っていたというのに、恒一は耳ざとく聞いていた。彼としては初めて耳にする単語だった。まさか聞かれていたとは思わず、一瞬「え!?」と赤沢は驚きの声を上げるが、すぐに平静を取り戻して答える。

 

「……昔小椋(おぐら)の奴から聞いたのよ。あいつの兄貴ひきこ……ネットに詳しくて、その兄貴にべったりだったあいつもそういうサブカルとかスラング系な言葉もよく知ってて。なんでも、突然『自分は特別だ』とか言い出して『魔法が使える』だの『特別な力を持ってる』だの言い出したりするとか。それでそういうキャラを演じちゃったりしちゃうんだって。それが中学2年の頃に起こる事例が多いから、中二病って言われてるとかなんとかって」

「あら? 身近などこかで聞いたことあるわ、そういう子」

 

 茶化し気味に言いつつ、怜子はミラーで見崎の様子を伺う。暗い車内で詳しい表情までは窺い知れないが、今の彼女はどこか気まずそうな顔をしているようにも見えた。

 

「……否定はしませんけど。実際今回もそういうつもりで私は彼女と相対しましたし。でも、だから私の考えどおりにいったわけでもあるとは思ってます」

「だけどそれはそうと、なんでそこまでして見崎は小鳥遊さんを引き止めようと思ったわけ? もし見崎の読みが外れてたら、小鳥遊さんは電車に乗って帰っちゃった可能性もあったわけだから……さっきホームで赤沢さんが言ったことじゃないけど、引き摺ってでも連れて帰った方が確実だったと思うけど……」

 

 ここまで珍しく流暢に話してきた彼女がそこでピタリと口を噤んだ。何か聞いちゃまずいことだったかと恒一はミラーで様子を伺うが、先ほど怜子に突っ込まれ後同様の気まずそうな、いや、どこか恥ずかしそうな、彼女にしてはらしくない表情を浮かべているとわかった。

 

「……私は友達なんていらないと思ってた。私にとっては本当は姉妹の未咲だけいれば、それでいいって。そんな時に未咲が白血病だって聞いて、もしかしたら死んじゃうかもって思って……そんな辛い思いをするぐらいなら、やっぱり『繋がり』なんて少ないほうがいいって思ってた。けれど……夜見北の3年3組の皆はこんな私と仲良くしてくれた。私という存在を否定することなく受け入れてくれた。

 だから……私も彼女にそのことを教えてあげたかった。『今の』小鳥遊六花という存在を否定されることなく、同好会の皆と楽しい思い出を作ってもらいたい……。そう思ったとき、無理矢理引き止めるんじゃなくて、()()()()そうなってしまった、と彼女に思わせる必要があるんじゃないか……。そう思ったから、あんな回りくどいことをしようと思ったの」

 

 鳴の独白が終わると、なぜか赤沢は不機嫌そうに「フン!」とこぼして窓の外へと視線を移した。だがこの場にいる誰もがわかっている。それは怒っているからではなく、彼女なりの照れ隠しなのだと。

 まったく素直じゃないと思いつつ、恒一はようやく疑問が全て解けたことに満足していた。鳴は鳴なりに、どうにかして六花の心を否定することなくこの場に引き止める方法を考えていたのだとわかった。自身がそうであったから、彼女にもそうわからせてあげたい。彼女らしくない、なんだかお姉さんらしい一面を見たように感じていた。

 

 同時に、自分が転校して過ごした約1年間のクラスでの生活は、やはり充実していたと改めて思い返す。転校してきて早々に肺がパンクして入院したことに始まり、まだ不可思議な存在だった鳴を追い求めたこともあった。登校初日前は不安ばかりだったが、今にして思えば、どれもこれもがいい思い出だ。

 そして鳴も自分と同じく、その中学生活最後の1年を大切に思っているから、あんな風に六花を説得しようとしたのだろう。今日の海辺での偶然の出会いからまさか事態がここまで発展するとは思ってもいなかった。思い返せば本当に長い1日だったなと恒一は思う。

 

「……ところで見崎さん」

 

 そんな物思いに恒一が耽り、車内も車内でなんだかいい空気になっていたところで、不意にそれを切り裂いたのはどこか不機嫌そうな赤沢の声だった。

 

「さっきのあの組織名、あれどんなセンス? っていうか、まんますぎない?」

「組織名?」

 

 事態をあまり把握していない怜子が運転しつつ質問を返す。

 

「えっと、ここまでの話でわかったかと思いますけど、小鳥遊さんはいわゆる中二病ってものらしくて、自分はなんだかどこかの組織に狙われている、みたいなことを言っていたんです。それで僕らもその組織に対抗してるある組織で君にとっては味方だ、ってことを言った時に、赤沢さんがその僕達の組織のリーダーだってことをでっち上げて、見崎がその組織名を咄嗟に答えたんです」

「へえ。で、なんて?」

 

 恒一が前座席から身を乗り出して背後を見る。赤沢も赤沢で答える気はないらしい。ため息をこぼしつつ、六花に答えたとき同様、抑揚のない声で鳴はポツリと呟いた。

 

「……カウンターメジャー」

 

 プッと数刻前の恒一同様、怜子は吹き出した後で声を上げて笑った。危なくハンドルをおかしな方向へ切りかけて車体がぶれそうになる。

 

「う、うわっ! 怜子さん、笑ってないでちゃんと運転してください!」

「だ、だって……笑いたくもなるじゃない。赤沢さんがリーダーでその組織名がカウンターメジャー? 言い得て妙じゃないの。直訳したら()()()。実に見事な、そしてそのまんまのネーミングよ!」

 

 今にして思えばよくもまあばれなかったものだと恒一も思うのだった。でもばれなかったしいいか、と思ったが、ミラーで窺うと明らかに赤沢は不機嫌そうな顔をしている。

 

「……見崎さん、前から思ってたけど、あなた涼しい顔して意外と毒吐くのね?」

「そう? 吐いているつもり、ないんだけど」

「あら、言ってくれるじゃないの。……さっきのあの子の説得も見事だったし、美術方面じゃなくて演技方面の方に進んでみたら?」

「それは遠慮するわ。『カウンターメジャー』のリーダーさん」

 

 思わず赤沢が握り拳を固めているのが、ルームミラー越しに恒一もわかった。慌てて振り返って2人の仲裁に入る。

 運転しつつ、怜子は上機嫌だった。自分はほとんど裏方で僅かな助力しか出来なかったが、当事者たちが乗りかけた舟であった今回の一件を無事成功させたということもある。だがそれ以上に、今この場でのやりとりが面白かったのだ。ここで恒一が止めに入るのは、果たして効果的なのかはたまた逆効果なのか。ああ、今日はいい酒の肴が入ったかなと、この後1人で晩酌するのを楽しみにしつつ、残してきた勅使河原を拾うために彼女は運転を続けるのだった。

 

 

 

 

 

 翌日。天候は快晴、元夜見北組の4人と運転手兼保護者の合計5人は最寄の駅で昨日出会った友人たちを待っていた。帰りの予定時刻は昨日の夜のあの一件の後に連絡を取り合って把握している。さほど時間を待たずとも、目的のご一行様6人は現れてくれた。

 怜子の車から降りてきたのは運転手である彼女を除いた4人だった。最後の挨拶をするためだ。

 

「6人、ちゃんと全員いるみたいね」

 

 勇太達を見渡した後、赤沢は満足そうに頷いてそう言った。昨日貧乏くじを引かされたのに結局六花がいなくなった、では割に合わなすぎると思っていたからだった。

 

「そりゃいるわよ。私がわざわざお膳立てしてあげて、あんたにおいしいところを持っていかせてあげたんだからね」

「ハァ? 私だって貧乏くじだったっての」

 

 丹生谷と赤沢は顔を合わせるなり昨日のビーチバレーの時のようなやりとりを始めている。そんなやりとりを見て苦笑を浮かべつつ、勇太は昨日惜しまずに協力をしてくれた恒一のところへと歩み寄った。

 

「榊原……昨日は本当にありがとうな」

「ううん、いいよ。乗りかけた舟だし、見崎も小鳥遊さんのことを気にしてたようだから……」

 

 またか、と思わず勇太は小さくため息をこぼす。なんだかんだと言いつつも、恒一が口を開けば次に出てくるのは「見崎」という単語が多いと思ったのだ。「2人はつきあってんのか?」なんてことを聞きたい衝動に駆られる勇太だったが、それは野暮というものだろうし、赤沢の言動を見る限り彼女もまだ諦めてないようで、つまるところは進展中といったところだろうか。

 

「……ったく、モテる男は辛いな」

「え? 何が?」

「いや、なんでもねえよ」

 

 言ったついでに勇太は六花の方へ目を移す。当の六花は鳴と話すようだ。六花の傍らには今日は凸守が臨戦態勢とばかりに髪の毛(ミョルニルハンマー)に手をかけている。

 

「……1日ぶりね、小鳥遊さん。もっとショックを受けてるかと思ったけど、元気そうで良かったわ」

「ふっ……。あの後ダークフレイムマスターに諭された。敗北は必ずしも悪いことではない、最強となるためにいつかは越えなければならない壁だ、と」

「しかーし! マスターが本来負けるはずなどありえないのデース! 聞けば、昨日は本調子ではなかったとのこと。加えてサーヴァントである私がいなかったことも起因しているはずなのデス。なら今この場で……」

「凸守、それは許可できない」

 

 ツインテール(ミョルニルハンマー)を振り回していた凸守だったが、六花に制止されて手を止めた。その表情に疑問の色が浮かんでいる。

 

「マスター、なぜデスか? マスターはこのまま敗北したままでいいというのデスか!?」

「勿論いずれ昨日の借りは返すつもりでいる。……でも今ここで、たとえ凸守と一緒に戦いを挑んでもおそらく昨日の二の舞になる……」

「そんな……。マスターがそこまで言うなんて……。一体どれほどの力の持ち主だと言うのデスか……!? お前は一体、何者なのデス!?」

「さあ……? 今言えることはあなたのマスター、小鳥遊六花の『同志』ということかしら、ね」

 

 雰囲気を出して左目を覆う眼帯を撫でつつ、クスッと鳴はうそぶいてみせる。それだけで妄想力豊かな凸守を黙らせるには十分だった。オーラからして只者ではないと感じ取り、凸守は思わず息を飲み込み、口を挟むのを止めざるを得なかった。

 

「……見崎鳴」

 

 と、不意に六花が鳴の名を呼ぶ。だが、様子が少しおかしい。俯き加減でどこか恥ずかしそうというか、決まりが悪そうというか、そんな感じであった。

 

「何?」

「その……」

 

 そう言うと、六花は右手にある物をもって差し出して見せた。文明の利器、現代の通信の常套手段である携帯電話だ。

 

「……エレクトルプロトコルコードを教えてほしい。もし……嫌じゃなければでいいけど……」

 

 きょとんと、鳴にしては珍しく虚を突かれた表情となった。ややあって、それがメールアドレスを意味することに気づき、加えて六花のその様子に思わずひとつ小さく笑った。

 

「……ええ。勿論いいわよ」

 

 六花が見せる携帯のアドレスを打ち込み、鳴が空のメールを送信する。

 

「行った?」

「……来た。『同志』として、登録しておく」

「そう……。これで繋がった、ね」

 

 鳴が笑顔を見せる。この2日間で初めて見た彼女の笑顔を意図していなかった六花は、あまりに突然で驚くと同時にどこか暖かさを感じてもいた。

 

「た、たまには……」

 

 そのせいで、六花が次に発した声は思わず裏返ってしまった。一度咳払いした後で、努めて平静に言いなおす。

 

「……たまには、エレクトルコミュニケーションメッセージを送ることを許可してほしい。その……『同志』として……」

 

 今度は再び鳴が驚く番だった。だが彼女は六花より早く立ち直り、そして状況を察して返答する。

 

「そうね……。あなたにとって有益な情報が私のところに入ってくるかもしれないもの、ね。……でもね、小鳥遊さん。『同志』としてだけじゃなく、『友達』として送ってきてくれてもいいよ」

「友達……」

 

 久しく聞かなかった言葉だ、と六花は思う。不可視境界線を探すためには、そんなものは必要ないと思っていた。だが目の前の「同志」はその垣根を越えて「友達」としてでもいい、と言ってきてくれた。

 また少し、昨日鳴に言われたことが六花はわかってきたような気がしていた。「必要なのは『同志』である自分ではない」。そう彼女は言ったはずだ。だとするなら、それは「友達」としての彼女、ひいては自分を心配して引きとめようと追いかけてきてくれた勇太や、今の自分を受け入れてくれているこの同好会のメンバー達こそ、今の自分に必要なのではないのだろうか。

 

「……気が向いたらいつでも連絡くれていいから。せっかく出会った似た者同士、何かの縁だもの。そう思わない? 鏡写しの私(ドッペルゲンガー)さん……」

 

 右の眼帯に、左の眼帯。鏡越しに見ればそっくりと言ってもいい2人。その2人は互いにしばらく見つめあった後、左の眼帯の少女が先に小さく吹き出した。

 

「……本当に鏡越しに私を見てるみたい」

「私も同じ感想。……そうか、もしかしたら見崎鳴とは、本来封印された私のもう1つの人格が切り離されて生み出された存在……」

「残念。その仮説はハズレよ。だって……私の半身はもう存在しているから、ね。……その辺り、気になるならいつでもメールしてきて。私の双子の妹を紹介してあげるわ」

 

 意味ありげに鳴は微笑んだ。「半身」と呼んだ双子の名が、自分の苗字と同じ読みの「みさき」だと知ったら、目の前の彼女はどんな反応を示すだろうか。メールだとそれは確認できないと思いつつも、その時の反応はきっと大袈裟なのだろうと思うと、その微笑をやめることは出来ずにいた。

 

 そんな2人を遠めに見ていたのは丹生谷と赤沢だった。最初こそやや口論気味に話していたが、ふと丹生谷が何かを見ていることに気づき、赤沢もその視線を追っていた。その先、互いに携帯を取り出して連絡先を交換し合う六花と鳴の姿を見たのだ。

 

「……なんだかんだ、あの2人は仲良くまとまったみたいね」

「何保護者みたいなこと言ってんのよ。じゃあ何、私達も丸く収めましょ、なんて言い出すんじゃないでしょうね?」

 

 挑発気味に言った赤沢をジロリと丹生谷が睨みつける。

 

「……せっかくうまくまとめようと思ったのに、このツリ目は……!」

「最後のは聞き捨てならないけど……奇遇ね。私もいい加減そろそろ丸く収めようかと思ってたところよ」

 

 言いつつ、赤沢は携帯を手にしていた。それを見た丹生は一瞬驚いた表情を見せるがすぐに不敵な笑みへと変わっていく。

 

「意外と気が合うんじゃない? あなたがその気なら、連絡先を教えてやらないでもないわよ」

「……あなた、もう少し素直になれって言われない?」

「お前に言われたくないわ!」

 

 文句をこぼしながらも、丹生谷は連絡先を赤沢へと見せる。それを見て赤沢は一度プッと吹き出してからアドレスを打ち始めた。

 

「ちょっと、何笑ってんのよ」

「何よこの普通すぎるアドレス」

「しょうがないでしょ。妙なのにすると元中二病だってバレ……」

 

 そこまで言ったところで目の前の赤沢が固まったと丹生谷は気づいた。同時に致命的ミスを犯したことにようやく心当たる。

 

「……えっ。あんた、中二病だったの……?」

「う、うるさい! 昔のこと! 今はもう卒業したの!」

「それでなんで現中二病がいるこの同好会にいるのよ?」

「複雑な事情があるの!」

「複雑、ね……。まあいいわ。そのうちメールででもゆっくり聞いてやるわよ。……で、名前なんだっけ? 丹生谷……」

「森夏よ。森に夏」

 

 そこで再び赤沢は吹き出した。笑いを堪えながら携帯を打ち続ける。

 

「今度は何!?」

「……だから『モリサマー』なのね。全然捻りないし。マジウケるんですけど」

「う、うっさい!」

 

 と、そこで丹生谷の携帯が震えた。どうせ空メールだろうとアドレスを登録しようとしたところで、本文があることに彼女は気づいた。

 

『ツリ目じゃなくて赤沢泉美。よく覚えておきなさい。それと、意外と楽しかったわ、丹生谷森夏さん』

 

 予想していなかったその内容に丹生谷が目を見開く。思わず「赤沢……」と、彼女の苗字を口にしていた。

 

「……じゃあそろそろ電車も来るみたいだし、私は行くわ。メールくれるなら返信してやらないこともないわよ、丹生谷」

 

 その声に丹生谷が携帯から顔を上げた時は、もう声の主は背を向けていた。素直じゃないのはどっちだと、改めてさっき言われたことを心の中で否定しつつ、彼女はその背を見送った。

 

「おーい丹生谷ー、電車、そろそろ来るから行くぞー!」

 

 聞こえてきた勇太の声に、見るともう同好会の面々は自分以外駅の中に入ろうとしているところだった。慌ててそこに駆け寄り、昨日今日と「奇妙な偶然」で一緒に過ごした、車中の5人へと手を振る。運転手の怜子以外の車中の4人はそれに応え、しばらくして車は発車して行った。

 

「……さて、俺達も帰るとしますか」

 

 勇太がそう切り出し、同好会の6人も帰りの電車に乗るために駅の中へと入っていくのだった。

 

 

 

 

 

 帰りの電車内。乗り物に弱い凸守はやはり辛そうだったが、途中乗り換えてからはどうやら眠ってしまったらしく、静かになっていた。一色もだらしない表情のまま眠っている。言うまでもなくくみんは熟睡だ。

 

「……中坊が寝てくれたお陰で帰りは面倒にならずに済みそうだわ」

 

 来る時は散々な目に遭ったことを思い出しつつ、思わず丹生谷はそうぼやいた。本来天敵のはずなのに、なんだかんだ面倒見のいい彼女が結局酔った凸守を介抱していたのだった。

 

「そういうお前は寝ないのか、丹生谷?」

「その質問そっくり返すわ。……昨日疲れて爆睡したせいか、今はそれほど眠くないのよ」

「ああ……。ビーチバレー凄かったもんな……」

 

 苦笑しつつ、勇太はそう返した。それを聞いた丹生谷の表情も苦々しくなる。

 

「……あそこで赤沢を叩きのめせなかったのだけは悔やまれるところだわ」

「あ、苗字で呼ぶようになったんだ」

「……まあね。嫌な奴は嫌な奴だけど、思ったほどでもないし」

「そうなのか? ……昨日のビーチバレー見てたら信じられない発言だ」

「少なくとも……チア部の連中よかマシよ」

 

 そう言うと、照れ隠しだろうか、丹生谷は窓の外へと顔を向けた。

 

「へえ……。そういやお前、チア部であんまりうまくいってないんだっけ?」

「あいつら陰でコソコソ言ってたりとか。そうじゃなくても女同士って人間関係とか色々とめんどくさいのよ。……なのに赤沢の奴ときたら、言いたいことはズバズバ言ってくるし、そういう意味で言うとチア部の連中よりも数倍いいわ」

「だから連絡先を交換した、と」

「……向こうから言ってきたから仕方なくよ」

「素直じゃないなあ」

 

 それは自分じゃなくて相手に言ってほしいと丹生谷は心の中で思うのだった。

 

「でも仲良くはなれたんだろ?」

「……どうかしらね。ま、メアド交換したし、そういうことでいいんじゃないの?」

「ならよかったじゃないか。俺も榊原とは仲良くなったし、六花も見崎さんと仲良くなれたみたいだし」

「そう。……それで勇太、質問がある」

 

 来る時は六花の雰囲気がいつもと違うことは勇太も感じていた。今はそれともまた別な感じで、だが口数はやはり少ないなと思っていた。そこで不意に振られた話に彼は「ん?」と返す。

 

「エレクトルプロトコルコード……」

「メアドな。紛らわしいしわかりにくい」

「……を交換した場合、それは『友達』ということになるの?」

 

 思いもしなかった質問に勇太は固まった。そして助けを求めるように丹生谷のほうに視線を移す。

 

「……なんでこっち見てんのよ」

「いや……。俺友達とかそういうことよくわからないし……。ほら、元中二病だから……」

「それを言ったら私だって元中二病よ。……でもそうね、そうなのかしら。……いや待った。それだと私と赤沢が友達同士? ……あんまり嬉しくない事態なんだけど、それ。確かに悪い奴じゃないってのはわかったけど……」

 

 ブツブツと丹生谷は独り言モードに入ってしまった。助けを求めた先から見放され、仕方ないと思いつつ勇太は自分なりに考えをまとめる。

 

「そうだな……。それでいいんじゃないのか。……でもどうして急に? 見崎さんに何か言われたのか?」

「うん。私に必要なのは『同志』じゃない、って。あと、さっきエレクトルプロトコルコードを交換した時、『友達』として連絡をくれてもいいっても言われた」

「まあ……お前が昨日見崎さんとどうなったのか、実は傍から見ていた俺もよくわかっていないんだが……。お前が友達として認めたなら、それが友達ってもんじゃないのか?」

「じゃあ……勇太や、この結社の皆も、私の友達?」

 

 再び勇太は丹生谷の方へ助言を求める視線を送る。そこで私を見るのか、と半分は呆れつつ、だが残り半分は六花の口からそんな言葉が飛び出したことに対して驚きつつ、やはり窓の外に目を外しながら彼女は答えた。

 

「……さあね。でもそれも、今富樫君が言ったとおりのことじゃない? あなたが友達として認めたのなら、それが友達ってもんだと私も思うわよ。……それに、この同好会を作った張本人はどこの誰? その作った本人は皆と仲良くしてなんぼってものじゃないの? だから小鳥遊さん、その質問はナンセンスね。この同好会はあなたが人を集めて作った会、あなたの場所なんだから」

「私の……場所……」

 

 昨日訪れたかつての楽園は、今はもう無くなっていた。しかし、今自分はもしかしたら新たな楽園を手に入れたのかもしれないと、六花は思うのだった。

 同時に昨日の戦いの後で、最後までは言ってくれなかった鳴の言葉を思い出す。

 

『私もあなたも人形じゃない。心がある、ちゃんとした人間。血の通った人間なの。嬉しいこと、悲しいこと、色々あるかもしれない。でも、それも人間であるからこそ、なの。だから……』

 

 その「だから」の先が、また少し分かった気がしていた。鳴は鳴なりに、自分のことを心配して声をかけてくれたのだと今ならわかる。彼女の言うとおり自分には心がある。そして目的は違えど、周囲を改めて見渡せばその心を開いても自分を受け入れてくれる人間がこの結社にはいるのではないか。

 だとするなら、ここはやはり新たに手に入れた楽園なのかもしれない。不可視境界線の探索をやめるつもりはない。だが、新たな楽園を手に入れたかもしれないという思いは、今の六花の心を少し強くしたようにも感じられた。

 

「あれだけ嫌がってたけど、行ってみれば楽しかったろ、六花?」

 

 その時、タイミングを計ったかのように勇太がそう問いかけてきた。紆余曲折はあった。だが新たな出会いもあった。「同志」、いや、「友達」を作ることが出来、この会の意味を改めて認識できた。そう思った六花は、迷うことなく勇太の問いに頷いていた。

 

「……ありがとう。着いて来てくれたことに感謝する、勇太」

 

 そんな2人のやりとりを見て、たまにはこういうことも悪くないと丹生谷は思うのだった。自分も楽しめたし、明らかにいいムードのこの2人を見ていると、今後の展開を見守るのも面白そうだ。

 しかしそんな彼女のいい気分をぶち壊したのはいつもの天敵ではなく、そのマスターである目の前の彼女だった。

 

「……それにモリサマーも」

「だからモリサマー言うな! ちゃんと丹生谷って言いなさいよ!」

「うぅん……。モリサマーは愛を説く崇高なるお方なのデース……」

 

 そして寝言での追撃に丹生谷の眉がピクリと動く。見るからに負のオーラを出しつつ、彼女は邪悪に微笑んだ。

 

「……この中坊を揺さぶって起こしたら、また乗り物酔いでリバースするかしら……?」

「ちょ、ちょっと待て丹生谷! それは何かこう人間としてやっちゃいけない気がするぞ!」

「だったら私は人間をやめればいいのかしら……?」

「そしてまた魔術師モリサマーに逆戻りか?」

「……どうやら富樫君もちょっと痛い目見ないと判らないみたいね……?」

「わ、わーっ! じょ、冗談だ丹生谷! その右拳を降ろしてくれ!」

 

 そんな2人のやりとりを見て思わず六花がクスリと笑う。ここが、自分の場所。悪くない、と思う。(プリーステス)に突きつけられた現実を今すぐ受け入れることは出来そうにない。それでも不可視境界線は探し続ける。だが、そうしたところでいつかは自分の中で答えを見つけられるのだろうか。

 いや、きっと見つけられる、と今の六花はなぜか自然とそう思うことが出来た。写し身にも見えた見崎鳴との出会いが、ここまで自分の心を変えてくれるとは思ってもいなかった。その「奇妙な偶然」に感謝しつつ、まだ揉め気味の勇太と丹生谷から目を逸らし、六花は窓の外へと視線を移した。

 

 夏休みの小さな思い出と6人を乗せ、電車は走り続ける。目的の地元の駅に着くまでは、まだもう少しかかりそうだった。

 




中二病でも恋がしたいの8話は、物語としてもそうだと思いますが、自分にとっても大きなターニングポイントでした。
7話の展開からシリアスに入るのは覚悟してましたし、一山くるのは予想できたのですが、まさか8話で「自分から誘っておいて同好会員を残して帰る」という行動に出るとは思ってませんでした。しかも他のメンバーを残して帰っておきながらその後は勇太とイチャイチャしてる、と。
そこがどうにもなんだかなあと思ったため、今回こういう形にして「帰れずに同好会員と一泊した」というストーリーにしました。
まあ原作アニメについてはラブコメだから仕方ないとは思うし、なんだかんだ最後はうまくまとまったとは思ってますが、出来ることなら序盤ぐらいのノリで、軽い感じで最後まで突っ走ってほしかったとも思っていたり……。

タイトルの意味ですが、その8話の納得しかねた辺りに絡んでいます。
原作アニメの7話が「楽園喪失(パラダイス・ロスト)」、8話が「逃避行(エグザイル)」となっています。かつての楽園、すなわち家族と共に過ごした家を失った六花ですが、この話を書くに当たって、最終的には同好会を新たな楽園と思えたのではないか、というストーリーで描こうと思いました。そのためにクロス先の「Another」という単語を入れたこのタイトルとなったわけです。
そして「パラダイス」は新たに見つけたために「ロスト」していない。加えて帰らなかったために「エグザイル」もなかった。そのためにこの副題となりました。

妄想バトルについて。
結果を見れば鳴の完封、という形ですが、この妄想バトルって互いに同じ土俵に乗らないと成り立たないと思うんです。完全に互いに乗った場合は3話の六花と凸守のようになり、乗らない場合は11話の凸守のように1人空回りなんてことになってしまうんじゃないかと。
よって鳴は土俵に乗りつつも、その上で自分の眼という存在感と相手の力を利用して自爆させた、という理屈で描こうと思ってました。
まあ書いてるときは大分ノリノリだったんですけどね。ルビ振りまくってる辺り、わかるかもしれませんが。

クロス物を書いたのは実は初めてになります。
両作品のいいところをうまく出して、片方が片方を引き立てるだけという形にならないように気をつけるつもりで書きました。が、鳴が六花を完封してしまった以上それも出来たのかどうか……。
一応勇太と恒一、六花と鳴、丹生谷と赤沢、ついでに一色と勅使河原という対比関係を意識はしていました。が、前後編の5万字程度にして余計な部分は省こうと考えた時に一色・勅使河原と、対比に乗らなかった凸守、くみん先輩、怜子さんの出番は大幅に減ることに……。
クロス物の難しさを痛感しました。何かアドバイス等ありましたら、お待ちしております。

そんなわけで後書きが長くなってしまいましたが、「外の人繋がり」の六花と鳴の話でした。
少しでも面白いと思っていただければ嬉しい限りです。最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
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