南理事長の講堂での発表を聞いたときはそれは耳を疑ったわよ……だって廃校になるんだと思ってたから……
その日はにこ、めずらしく寝坊してちゃったから途中から講堂に行ったんだけど、なんだかざわついてるのよね講堂が。だけどうちの高校の講堂って音楽ホールみたいでしょ。生徒数に見合わない広さだから全校生徒座ってもガラガラだからざわざわって言ってもたかがしれてるけど……まあ席についたら運が悪いことに隣があの生徒副会長の東條……何だっけ?まあ、あの女だったわけ。別に嫌いなわけじゃないけど……にこのおしりとか平気で触ってくるんだもの……みんな触られてかえって喜んでるみたいだけどにこはイヤなの! まあ、それはおいておきましょうか。にこが座ると紫色――生徒会役員のくせに髪染めてるんだわ――の長い髪の先をいじってた東條がにこにニヤニヤ笑いながら囁いてきたのね。
「にこっち、今日はめずらしく遅いなぁ。寝坊したん?」
にこはそっけなく言ってやったわ、
「別に……東條さんには関係ありません」
ってね!
「いややなぁ……にこっち、うち希やで。のんちゃんって呼んでって言うたやん……」
胸に不愉快なスイカを詰めている……に決まってる! そんな東條さんは無視して、やたら騒がしいから、前席に座ってた、クラスメートの白木ちゃんに聞いてみたの。ちなみにこの子は元アイドル部員なんだけど最後まで部に残ってた子よ。白木ちゃんがどんな子かって? まあ一言で言えばクソ真面目で滅多に笑わない子かしら。それとお金大好き。ちょっと! にことおんなじとか言わないで! そんなわけないでしょ!あっ……確か今は美術部員よ。普段からおかっぱに赤いベレー帽を被ってるちょっと変な子で制服も絵の具で汚れてるの。
この子に聞いたのは何だか東條さんに聞くのは癪だったから。白木ちゃんも戸惑ってるみたいで
「いや……私も何が何だかわからない……オトノキが生まれ変わるらしいけど」
「生まれ変わる? 何それ?」
その話に東條さんが急に割り込んできて
「うちが説明したる!」
って言ったところで放送があったの。
『生徒のみなさんに南理事長から大切なお話があります』ってね。
いつものようにライトブルーのスーツを着こなす南理事長が講壇に上がって、マイクを手で微調整して動かしたり、
『テステス……』
って言ったり、
会長の絢瀬さん――ロシア人と日本人のクオーターらしいわ……背が高いし金髪だし、ナイスボディだし……羨ましい……――が壇上に上がって
『静かにしてください!』
って言い始めたから
にこも気になって東條さんに
『東條さん、副会長じゃないの?』
って皮肉ってあげたんだけど
『いいんや、うちは』
って言って余裕で座ってるのには呆れたわ。どうしてこんなのが副会長になれたのかしら?
まあそんなこんなしているうちに、講堂も静かになったから、南理事長が話し始めたのね。
『みなさんによいお知らせがあります……』
いいお知らせ?にこはイヤな予感しかしなかったわ……だって希がニヤニヤしてるんだもの。あっ……希って言っちゃったわ……コホンコホン……東條さんは生徒会だから何か知ってるみたい……東條さんがニヤニヤしてるときはいっつもにこがひどい目に遭うんだもの……ワシワシとかね……
『先日、入学希望者が定員を下回った場合、本校は廃校となり、生徒募集を停止すると発表しました……』
耳にタコができるほど聞いたセリフ……だからどうしたっていうのよ……にこには関係ないし……
『明治三十八年に創設されて以来、女子教育の発展のため、百年近い歴史と伝統を維持してきた本校がなくなることほど悲しいことはありません……』
「本当にそうやな……」
希が嘘泣きをしてにこのツッコミを待ってたけど、黙殺したわ。
『しかし! 廃校を阻止する方法が一つだけあります!』
南理事長が高らかに宣言したら、また講堂が騒がしくなったの。廃校を阻止? 廃校するって言ったの、そっちじゃない……
「ふふふ……」
にこが見てみたら、みんな騒いでるなかで希だけはゆったり椅子に腰かけて笑ってたの……やっぱり何か知ってるみたい……
『例のものを』
理事長が袖に呼びかけると、舞台の上からするするって映写スクリーンが降りてきたの。プロジェクターがスクリーンに映像を投射……
『今国会で新しい法律ができました……』
スクリーンに、動く金色の文字で表示されたのは
〜〜教育新時代推進法(ENPA)〜〜
『その名もエンパ!』
講堂じゅうにそのダサすぎる名前への失笑が広がったわ。にこはもう何がなんだかわからなかったの……なんで廃校の話をしてたのに急に小難しい政治の話になったのか……みんなも意味不明で唖然としてたわ……
『昨今の日本では教育荒廃が深刻化しています……学級崩壊、いじめ、学力低下、学力格差、校内暴力、スクールカースト、知識詰め込み……そのような問題を解決するために政府が打ち出した政策がこの法律です!』
南理事長はほっぺたを薄く赤らめて、眼を輝かせて、広い講堂に響き渡るほどの声で、手を振って話してた。
『今までの歪んだ学力偏重の教育を正し、生きる力を育てる教育を! それがこの法律! その最初の指定校に本校を指定したいと文部科学省から打診されています!』
南理事長は一息つくとコップの水を一気に飲み干して
『PTAの承諾は得られると思いますが、何より必要なのは生徒さんひとりひとりの意思なのです……みなさんが承諾していただければ国立音ノ木坂学院は、国立音ノ木坂大学・高校・中学を併設する日本最大規模の教育機関に生まれ変わります! みなさんの大学進学も保証されます! その上政府のプロジェクトなので学費は無料になります!』
「な、なんですって!」
にこ思わず立ち上がって叫んじゃったわ! だけどにこだけじゃなくってみんな立ち上がったわ! だってそうでしょう? 大学進学が保証されるのよ! しかも学費はタダ! こんなうまい話が他にある? みんな一斉に騒ぎだしたわ。そんなふうに騒いでるうちに南理事長は講壇を降りて講堂から出ていったけど、みんな相談で忙しくてなかなか講堂から出ていかなかったわ。にこは希に問い詰めたわ。
「希! どういうことなの!?」
「どういうことって……そういうことやん?」
希は白木さんにワシワシしながら――最近の希は白木さんの胸がお気に入りみたい……白木さんも嫌がってるけど、ちょっとほっぺもほてって眼も潤んで気持ちよさそう……――肩をすくめたの。
さて……しばらくして例の『エンパ』っていうのについて詳しい説明があったの。それを簡単に説明するわ。
・音ノ木坂学院に日本全国・海外から選抜した女子生徒を転入させる→総生徒数5万人(中高大含めて。日本最大の女子校に!……旧オトノキ出身者は200人しかいないのに……)
・学費は無料。だけどまさかの全寮制(妹と弟の面倒が見れない……)
・校舎は東京湾上に建設した埋立島(後にオトノキ島と呼ばれることになるわ……)に移転する。(そりゃ五万人も都内に通える学校を作るのは無理があるけど……島って……)
・中退、転出は原則認めない。中退・転出する場合はそれまでの学費を国庫に返還する。(中退しなきゃいいんでしょ?)
・生徒は学校自治に取り組む(……どこの学校にもよくあるやつ……だけど今から思えば、この最後が一番曲者だったの……)
「ふふふ……現代の女護が島やね……」
希とお昼生徒会室でお弁当を食べてるとき(勘違いしないでよ! 希のほうが誘ってきて仕方なくだから!)希が嬉しそうに言ったの。
「ニョゴガシマってなに?」
「昔の伝説にある、女の人しかいない島や」
「ふうん……だけどかわいそうよね……」
「なにが?」
希が不思議そうに首を傾げたから、にこ説明してあげたわ。
「だって彼氏とかいる子は彼氏と別れなきゃいけないし……にこ、新オトノキに移るのやめよっかな……」
「にこっち、彼氏おるん?」
希が瞬きして聞いてきたわ。
「な、何言ってるのよ! いないわよ! だってにこアイドルだもの!」にこは思わず席から立ち上がったわ……
にこは生まれた時からアイドルだから彼氏なんて作らなかったの……作ろうと思えば作れるんだけど……ちょっと! あんた! 死んでもあんたなんかとは付き合わないわよ! フン! もし付き合うとしてもスポーツ選手とかがいいわね、野球選手とかサッカー選手とか!
「そうやな! よかった!」
「その様子だと希、あんたにもいないのね!」にこは座り直したわ。
「うん……うちはにこっち一番やから……」
希がにこのほっぺに手を添えてキスしてこようとしたから、慌てて希のほっぺをおさえて押し戻したわ。
「やめなさいよ……冗談でもちょっと引くわよ……」
「ハハハ! のぞみんジョークや!」
希は頭をポンッと叩いて、舌をペロリと出したわ。
「あっそ……」
にこは肘をついたわ。どうしたらいいか、にこも悩んでたの……家族と離れたくないし……にこがいなきゃママも困るだろうし……
だけどママもこころもココアも虎太郎も、みんなにこが新オトノキに移るのに賛成だったの。
ママは
「にこがそんなこと心配する必要ないのよ。タダで大学行けるなんて最高でしょう」
こころは
「お姉ちゃん! 心配いりません! 家事ならココアと協力します!」
ココアは
「そうだよ!」
虎太郎は
「しんぱいいらないよ」
と言ったの。
まあにこの学費がタダ、全寮制なら生活費もタダになるわけだし……行ってもいいかなと思うようになったわけ。
他の生徒の父兄の方々もにこのママと同じ考えだったみたいで一部の父兄以外はほぼ全会一致でPTAでエンパに賛成したの。その反対した数人の保護者は、自分の子どもを新オトノキがスタートしたら、他の高校に編入させることになったわ。全く反対する人の気がしれない……
近いうちに生徒総会でエンパ加盟が可決されれば新オトノキがスタートするはずなんだけど……全員が全員賛成してるわけでもなかったのよ……
……それはね、もうエンパ加盟を可決することになるはずの生徒総会の一か月くらい前のことだったかしら。にこが登校すると校門のところで鉢巻きをつけて、プラカードを掲げたうちの生徒が大声で叫んでたの。それ見てにこにーがまず思ったのは、なんかニュースとか都内とかでよく見る「○○反対!」みたいな……やつ……なんていうんだっけ、そう!デモ、デモ。デモみたいだなぁって思ったわ。にこ、あんまりそういうの興味ないし、ちょっと怖いなぁなんて思ってたから、素通りしようと思ったんだけど……できなかったのね。絡まれちゃったの。
「エンパ加盟反対の署名を集めてまーす!」
「みなさんの力が必要なんです!」
「オトノキの自由を守りましょう!」
けっ!そう思ったわね。エンパ反対?バカじゃないの?大学がタダで行けて、廃校もなくなるのに、反対する理由なんかないじゃない。にこ、署名をもらおうとにこに近づいてきた人から逃げようとしたんだけど、しつこいのよ。こいつが!にこの行くところ、行くところに立ちふさがるんだもの!
「ど、どいてください……」
ってにこも言ったんだけど、この子がしつこくて
「どきなさい!」
って大声で言ったら、今度は別の女の子がやってきてペコペコ謝りだしたの。にこ、うんざり……
「ご迷惑をおかけして申し訳ありません。ほら、穂乃果も謝ってください!」
「う、うん……ごめんなさい……」
にこはもうイライラしちゃってたから
「ねえ、なんでこんなことしてるの?」
って聞いちゃったの。
「エンパが通ったら、私たちの知ってる音ノ木じゃなくなっちゃう気がするんです……」
茶色っぽい髪のやたらテンション高いほうの女子――ホノカって呼ばれてた子――がそう言ったわ。
「場所も変わりますし、生徒数も膨れ上がりますし、あの法案自体に何か危険なもので生徒の自由を奪って互いに争わせるものです!」
青っぽい髪の比較的まともそうな子が援護射撃。にこは本当に面倒くさくなったわ。こういうふうに何でも反対したがるあまのじゃくが世の中をダメにしてるんじゃないかしら?
「じゃあエンパ反対して、どうなるの? 廃校になるだけじゃない」
「スクールアイドルです! 私たちスクールアイドルをしようと思ってて! スクールアイドルで廃校を阻止するんです!」
ホノカさんっいう子が言ったわ。
スクールアイドル!?……この子たち、誰の前でそんなこと……だけどこの子たち確かにかわいい……だけど……
「ふうん……どこの事務所のレッスンを受けてきたの?」
「レッスン? DVDとかでダンスを!」
フン……素人じゃない……
「へえ……そんな甘いもんじゃないと思うけど、スクールアイドルなんて! 思いつきでできるほど甘くないわよ!」
「だ、だけど……」
「やりたいなら勝手にやれば! スクールアイドルでも! だけど新オトノキになるのはどうせ止められないわよ!」
「いいえ! 絶対止めてみせます!」
まあ一部こういう変な人たちもいたけど、みんな着々と新オトノキのための準備を進めてたの。島に移るみんなは長期休業中しか家族や校外の友だちと会えなくなるから、その前に親戚に挨拶したり、彼氏との関係を清算したり、遠距離恋愛でもいいとか約束を取りつけたり――遠距離恋愛なんて……あると思う?――。みんなこんな犠牲を払っても新オトノキに移るのは無試験で無料で大学に行けるっていうのもあるけど、学校推薦で有名企業に就職できる特典もあるからなのね! 今までにこって……ちょっとツイてなかったけど、とうとうツキがまわってきたようね……にこは別にアイドルになるから就職特典なんて関係ないけど、大学くらい行きたいし、異論はないわ……
だけど生徒総会の前日……事件は起きたの。にこが登校すると、校門の前にオトノキ生が群れて騒いでたのね。にこ、変だなぁって思ってたんだけどね、
「にこっちー!」
案の定、希……東條さんが走ってきたの。
「何があったの?」
「わからんけど、校門の前に業者さんの車が何台も止まってるせいで中に入れないんや!」
「何よ……それ……」
にこも前を見ようとしたけど、周りの人の背が高いから無理だったわ……
『あっ、誰か立った!』
業者用の軽トラの上に木箱を積み上げて、その上に立ってたって後から聞いたけど……人の群れからにゅって付き出した、その顔には見覚えがあったわ……ホノカっていうあの女だったの……
『軽トラどけてよ!』
『あなた! 何なの!』飛び交うみんなの怒号。
「すみません! みなさん! 聞いてください! 私は二年生の高坂穂乃果です! 剣道部です!」
穂乃果って子はマイクを握って何か話し出したの。
「穂乃果ちゃん! 何してるの!」観客?のなかから誰かが叫んで、それに穂乃果が答えたの。
「ああ! ことりちゃん! そこで見ててね!」
観客?に手を振る穂乃果……
「みなさん! 聞いてください! 私たちはENPAに入るべきじゃありません! ENPAはみんなの心をボロボロして壊してしまいます! ENPAは生徒のみんなを学力とか能力とかで差別して、優れた人は劣った人を暴力で支配していいんだ、優れた人は劣った人に対して何してもいいんだって刷り込もうとしているんです! 学費無料も! 大学進学も! 就職特典も! みなさんをおびき寄せるための罠なんです!」
『バカなこと言わないで!』
『そうよ! そう!』
『軽トラをどかしてよ!』
『どいて!』
みんな穂乃果の演説にブチギレて、余計騒ぎだしたわ。にこも早く入りたかったから、みんなと同じ気持ちだったわ。希だけはなんか……なんていうかちょっと落ちついたかんじで……
「にこっち、どう思う?」
「えっ……いや、バカバカしい話でしょ」
「そうかな?……うちはそうは思えへんのやけど……」
「えっ……どういうことよ?」
希はニヤリと笑ったわ。すんごく悪い人みたいな、少しゾッとするような、そんな笑み……