それではよろしくお願いいたします。
75層から76層へと続く、長い石造りの螺旋階段を、まだ高校生ほどであろうか2人の男女が歩いている。互いにあどけなさは残るものの、2年間をこのデスゲームで生き抜いてきた剣士たちは同年代とは一線を画す独特の雰囲気を纏っている。
3分ほど歩いたころ、ちょっとした踊り場のような平坦な部分に出ると、少年の方が止まった。
「やっとここまで来た。レイ、多分ここが最後のポイントだよ。本当にいいんだね?」
2人組のもう一方であるレイと呼ばれた少女は、ずっと握っていた相手の右手を強く握りなおして少年の方を見た。
「私はどっちでも… でも、やっぱりこっち側にずっといても駄目だと思うし! 」
「俺も同意見だ。一応決めてきたんだ、覚悟決めよう」
「まあ、正直言うと、アキトと一緒ならどこでもいいんだけどね! じゃあ、正規ルートに戻ろっか!」
そう言って、少女は少年に向けて満面の笑みを浮かべた。それに少年は、おう!と返し、微笑みながら少女の頭を撫でた。
「まだボスが攻略されてない場合も考えととけよ」
わかってる、という意味を込めて、左手で愛剣の鞘を握って右上とアイコンタクトを交わす。少年が踊り場の壁に唯一ある約10cm四方の装飾された石のブロックを押し込むと、
”第二ルートの攻略を諦めますか? ※第一ルートに戻った場合、第二ルートへの再潜入はできなくなります。“
自分たちにとっては今更な最終確認の文言を呼んだ二人は互いに頷き合い、手を強く握り合った。
「さあ行こう!」
アキトはその言葉を言い終えると同時にYESボタンをタップした。
すると、目の前の壁面がまるでフロアボスが消滅する時のような眩いエフェクトに包まれ、瞬間、目の前から壁がなくなった。
3秒ほど真っ白な光に包まれた。音は聞こえず、体の感覚もない。時間がすごくゆっくりに感じる。アキトは自分たちのプレイヤーデータを第一ルートに移しているのだろう、と直感した。これでもう裏側に行くことはないと思うと、少し寂しいような気もした。そんな中、左手に何かを握っている感触が戻ってきた。知っている、これは、レイの手だ。レイの手を握っていると安心できる。これからも生きていこうと思える。何があっても、レイだけは守る。アキトはそう、心に誓った。
色々と考えているうちに体の感覚は戻っており、左側にいたレイを確認すると、レイと目が合い、どちらともなく唇を重ねる。
レイの無事も確認できたので、周りを確認しようと暗視スキルを使おうとするもいかなるスキルも使えなくなっていた。また音は聞こえず、2人は電話ボックスより少し大きいくらいの直方体の空間の中にいて、その内の5面は黒のペンキを塗ったもののようだった。
しかし問題は残りの1面だった。その面の中心ではデュエル開始前と同じ仕様で101,100,99…とカウントダウンが行われており、その下には”120秒以内に出でください。カウントが0になった場合、強制的に移動させられます“という短い注意書きが書かれているだけだった。しかしその奥を見てみると…
「っ!! な、何が起こってるんだ…?」
目の前ではちょうど75層を攻略しているところだったが、その有り様はひどいものだった。振り回される巨大な鎌や尾に当たったプレイヤーたちは次々と吹き飛ばされ、ポリゴンの粒子となって消えていく。そんな惨状を生み出すあの化け物をアキトは知っていた。巨大で凶悪な一対の鎌に、これまた大きく長い身体、それでいて俊敏な動き、異常なパワーに大量のHPを持ち合わせるあの化け物こそ
「スカル・リーパー…だと…」
しかも3つ目のクオーター・ポイントのボスとなるとこれこそ手がつけられないじゃないか。アキトの、思わず口から漏れてしまった言葉やかすかに震える手からレイは事の重大さを思い知った。しかしレイはそれがわかった上でアキトに自分の思いを告げようとすると、
「なあレイ、おれあの人たちを助けに行きたい。俺のわがままに付き合ってもらっていいか?」
「もちろん!アキトなら行くって思ってたよ!」
「そっか、ありがと。でも今回は大人数だし、邪魔にならないように動かないといけないからな。他の人のこと考えて動けよ」
「わかってるわかってる!」
「それならいいんだけどな~ とりあえず鎌が厄介だから、俺は黒服と白服と人んとこのフォロー行こうと思う。レイは尻尾の方行ってくれ」
「盾の人はいいの?」
「見たところ大丈夫だろう。ダメージほとんど負ってなさそうだし、相当の手練れだろうな」
「アキトが言うならダイジョブか。なら1人でも多く生き残れるように頑張ろうね!」
「そんなこと言う前に自分の命を一番に考えろよ。慢心ほど恐ろしいものはないんだからな」
「う、うん…わかってるよ…」
アキトはいつもこういうときのレイには少し厳しくなる。過去のことは知っているが、少しは自分のことを信じてくれてもいいんじゃないか、と思っていると、不意に右から手が延びてきて顔を横に向けられて唇をふさがれる。突然のことに少し驚いていると、少し拗ねたレイの気持ちを感じ取ったのか、申し訳なさと真剣さの混在した目をしながら、
「ごめんな。でも本当に大切な人をもう失いたくないし、失わせちゃいけないんだ。もちろん俺は命をかけてレイを守る。けど… っ!」
しかしアキトが全部を言う前にレイが人差し指をアキトの唇に押し当てて、言葉を遮った。
「わかってる。大丈夫だよ、心配しないで。私たちは夫婦じゃない! あなたの心配するようなことにはならないから。それより、あいつについて簡単に教えてよ!」
そう、愛する人に穏やかな顔で言われてしまってはアキトに言い返すことはできないので、簡単な特徴や行動パターンを教えた。
「でも、あくまで下の層のやつの話だからな? バーもパターンも増えてるだろうし、攻撃力は見ての通りだ。特にHPはえげつないだろうな」
レイがわかった、というと、ちょうどこちらの残り時間もあと5秒を切るところだった。
2人が同じタイミングで深呼吸をし、アキトの
「じゃあ張り切っていこう!」
という掛け声と同時に、2人は再び白い光に包まれた。今度は一瞬で閃光は収まり、スカル・リーパーやプレイヤーのHPの確認や、スキルの使用も可能になっていたので、早速アキトは鎌を、レイは尾を攻撃しにかかった―
アキトは鎌に向かって走る。まず現状を確認していると、やはり黒服の人たちの方が劣勢のようだった。そこで、つい先ほど闘った裏・75層ボスからドロップした両手剣を出現させ、投擲のような構えをとる。甲高い効果音と共に、深紅のライトエフェクトを発生させたその刹那、アキトは姿を消した…
キリトは唖然とした。何事か、とアスナと顔を見合わせる。何が起こったのか思い出してみようとするも、受けていた鎌の重みが一瞬消えたかと思うとものすごい風圧を受けて後ろに吹き飛とんだ、といったものだった。不可解すぎて放心状態になっていると、
「キリトくん、一体いつまで座っているつもりだ。まだ戦いは終わっていないぞ」
と横で同じく鎌の処理を担っていたヒースクリフの叱咤を受け、一気に正気を取り戻す。そこで、とりあえず現状把握のためにまず攻略組の状態を見てみると、左鎌を失って攻撃力が大幅に削られ、バランスを崩したスカル・リーパーにここぞとばかりに一斉攻撃をするものの、何が起こったのかさっぱり分からない、と頭の上に?マークを浮かべているものも多く見受けられた。次にスカル・リーパーは鎌一本の欠落により、1本のHPバーの2/3ほども削られていた。最後に自分の左前には、背中と右手辺りに消滅エフェクトを受けている、ミディアムブルーのコートを着た短髪のプレイヤーがいた。
脆過ぎる、というのがアキトの第一印象だった。先ほどレイに注意したのは自分が闘ったものがもっと下の層で闘ったものであるからだが、上方修正の幅が思いのほか少なかったように思えた。自分と武器のレベルアップの方が敵のレベルアップの幅を超えたのか、それとも裏の方が基礎ステータスが高いのか、と色々なことを考えているうちにスカル・リーーパーがもう一方の鎌を振り下ろしてきたのが分かったので、試しに愛剣の一つである太刀:氷雨を手に、振り返りざまに右手だけで当ててみると、自分の想定していたものよりもはるかに軽い衝撃が返ってきた。確かに撥ね返されはしたものの、こちらは片手にも関わらず吹き飛ばされることなどなく、左に1回回るだけですべての衝撃を受け流せてしまった。これらのことを踏まえてアキトが算出した答えは、おそらく自分たちの安全マージンの余裕は多くあり、余程気を抜かなければ勝てるということで、尾の方に行ったはずのレイの様子を見てみると、同じことを感じていたのか長槍で尾をさばきつつアキトにアイコンタクトをとってきたので、そっちは任せるという意思を伝えた。頷いたレイを見て、自分の方に集中できると安心したアキトだったが、同時に表側の討伐班のレベルの低さも実感してしまい、気を引き締めた。
「まずはどうしたものか…」
と小さく呟きつつ、とりあえず討伐班のリーダー格と思しき、鎌の相手をしていた赤い甲冑の男と二刀流の少年、細剣持ちの少女たち3人と話し合ってみるしかないと考え、近づくと3人ともアキトの方を向いたので、覚悟を決めて話しかけた。
「あの~、突然割り込んでしまってすいません。あなたたちが僕たちに聞きたいことがあるだろうというのは重々承知していますが、それはこっちも同じなので… 早速本題に入ろうと思うんですが、見たところ3人とも攻撃力結構高そうなんで皆さんアタッカーに加わっていただけませんか? 鎌と尻尾は僕らが対処するんで」
そこまで言って、少し怪しい人って思われたかなと思ったが、黒服の少年は
「いや、救援ありがとう。確かに話し合いは今すべきではないだろうな。けど、その代わり後でいろいろ聞かせてもらうからな。ところで戦略についてだけど、今の君の戦闘を見た限りその方法がいいだろうな」
と言って冷静に対処してくれたので少しホッとした。
「了解。じゃあ邪魔にならないように頑張りますね」
恙無く会話が終了すると、アキトと会話した剣士は両隣りにいた2人の剣士に目で合図をすると2人は頷き、それぞれ動き出した。
3人との会話が終わってからしばらくすると、尾を破壊し終えたレイが来た。裏同様に、鎌と尾には他のモンスターにおける武具と同じ設定がされているらしく、ある一定のダメージを与えると破壊できたため、その後はスムーズに討伐が進み、残り3本のHPバーは時間はかかったものの全て減らすことが出来た。また、アキトたちが来てから新たな死者が出なかったことも2人の目標の1つだったため2人は喜んだ。
改めて周囲を見てみると疲労から座っているものも多くいた。するとどこからか今回の討伐における死者数を教えてくれ、という声が聞こえると、聞いたことのある声で9人と伝えられた。それを聞いたみんなが絶望や困惑等の負の感情の入り混じった空気を醸し出した。アキトもその例外ではなく、後悔が生まれたもののすぐさま切り替えて先ほどの問答があった方に足を進めた。
「すいません、お疲れのところ失礼します。討伐も終わったことですのでお互いに色々と話し合いたいのですが、よろしいですか? あと、なるべく多くの人に聞いておいてもらいたいんでアクティベートはその後でいいですか? 何回も話すの面倒なんで」
「ああ、すまないな。それでいいよ。みんな聞いたか? 疲れてるところ悪いが大事な話だから頼む」
すると、おうと気の抜けた返事が疎らに返ってきた。
「皆様、ご協力感謝します。ではまず自己紹介から始めます。自分はアキトと言います。彼女は妻の…」
「レイと申します」
「俺はキリトだ」
「私は彼の妻のアスナです」
「キリトさんにアスナさんですね。って…ん?」
「? どうした?」
「もしかしてキリトさんってβテストのときいましたか?」
「なんで知ってるんd…いや…待てよ。アキト、アキト、アキト… あ、思い出したぞ! アキトってあのアキトか!」
「そうです!あの時のです! いや~、ここで会えるとは! さすがキリトさんですね! まさか最前線で、しかもユニークスキル持ちとは! さすがです!」
「久しぶりだな。また会えて嬉しいよ。それに知ってるやつだと俺も気が少しは楽だしな」
アキトは久しぶりの再会に感動し、キリトも喜んでいるように見えた。しかし、キリトはすぐに懐疑的な眼差しを向けた。
「おい、なんで俺がユニークスキルを持っていることを知っているんだ?」
キリトがそう言うと、みんなハッとして、アキトに周囲から刺々しい視線が向けられる。ただでさえ怪しいため今にも斬りかかりそうな勢いだ。しかしアキトはこうなることを予想していたのか、涼しい顔でキリトとの会話を再開した。
「それについては今から話そうと思ってます。でもその前にまず、この討伐班のリーダーは誰か教えてください」
「それはさっき俺とアスナと一緒に鎌の相手をしていたあの人で、名はヒースクリフ。血盟騎士団というギルドの団長だ」
「やっぱりか。あと最後に1つ、俺が話し終わったらちゃんとこっちのこと教えて下さいよ」
「わかってるさ。とりあえず何も聞かずに聞き手に専念するよ」
頼みますよ、と念を押しつつ、レイと2人で前に出る。学校の先生のような気分になり、教師が教卓から生徒を見る時ってこんな感じかな、などと思いつつ、周囲のプレイヤーたちを見る。好奇心を滲ませている者やまだまだ警戒心を解かない者、疲れて寝ているのか、はたまた瞑想しているのか目を閉じて俯いている者など三者三様の装いだったが、キリトたちも座った今尚唯一立っていたある男と目があった。
「何かな? アキトくん?」
「いえ、先ほどの勝手に割り込んで作戦壊してしまったことについて謝罪をしようと思いまして。本当にすいませんでした。あと、お座りにならないのかな、と。お疲れで無いのならいいんですけど。それに、そうでなくても多分話も長くなりますし、話す側としても座っていただきたいんですよ」
「いや攻略組としては大変感謝しているよ。おそらく君たちのおかげでスカル・リーパーをより少ない死者で、より速くクリアできたからね。そして気遣いありがとう。ではお言葉に甘えて」
最後の1人が座ったのを見届けてから、アキトたちも座る。そして再度全員の顔を見、短く深呼吸し、すっと前を見る。
「それでは始めます」
これよりも先に出ている作品で、題名や内容、コンセプトが同じものがあるのを知っている、という方はお知らせください。即刻削除いたします。