愉悦神父はエクソシスト   作:風剣

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帰還

 

 黒の教団。

 

 千年公による世界の終焉を阻止する為ヴァチカンの命によって設立された軍事機関。『死徒』をはじめとした異端の排除を行う『聖堂教会』とは異なる、対AKUMAを掲げる組織。

 

 その本部が位置する北ヨーロッパの断崖絶壁。その絶壁を、言峰綺礼は人間離れした動きで駆け上がっていた。

 

 常人ならば迂闊に一歩を踏み出した時点で真っ逆さまに転落してしまうような断崖であるが、生憎と彼は常人の域に留まるような存在でもない。

 本来ならば足場にもならない場所を踏みつけ、飛ぶ鳥にも勝らんばかりの速度でもって次々と上へ進む。

 

 視界の片隅をよぎる小さな黒い影。蝙蝠じみた翼膜を必死に羽ばたかせ、彼の傍を慌ただしく飛び回る通信用のゴーレムが黒の教団内部から呆れと驚嘆の入り混じった声を届けた。

 

『いやいやいや。ちょっ、綺礼さん速過ぎませんかねぇ! 無茶苦茶でしょっ!?』

 

「そうは言ってもな、リーバー。 ほとんど理由も告げずに代行者の身体能力を見てみたいと言ってきたのは君だろうか」

 

『正確にはジョニーの奴で、こんな提案したのはお宅の娘さんなんですけどねっ! つーかどうして地下水路通るマリよりも速いんすか!? あとほんの少しで門に着いちゃうじゃないですか!』

 

「死徒の様な存在と戦う為には少なからず身体を鍛えなければならなかったからな。魔術による簡単な補強さえあればこの程度余裕だ」

 

『畜生ッ、嘘だろ!?俺マリの奴に賭けたのに!』

 

『負けた方に賭けた人は麻婆(まーぼー)でどうでしょう』

 

『カレンちゃ……!?』

 

『ジェリーさんに言って手配してこようか?』

 

『あ、お願いします』

 

『室ちょ……!?』

 

『―――ちゃんと食べましょうね、皆さん。食べ物を粗末にするのはいけませんから』

 

『ひっ……!?』

 

『くそっ、最初からこのつもりで……!?』

 

『マリ、急げぇぇええええええええええええええええええええええええええええ!』

 

「……あぁ、成る程」

 

 たまたま鉢合わせしたエクソシスト、マリと話していた時いきなり通信が繋がり、妙な話を持ちかけられた経緯を察して笑みを浮かべる。

 

 地下水路を小舟で渡るよりもよっぽど効率の良い移動ができる事に気付いた為提案に乗ったが、どうも向こうではふとした話題が一種の賭け事にまでなってしまったらしい。

 

「リーバーに……マービン辺りがマリに賭けているか。 ならば―――ペースを上げていくとしようか」

 

 登山家をも阻むであろう断崖絶壁。それをほぼ垂直に走る。

 

 ノォオオオオオオオオオオオ!!??と本部を揺らす絶叫を存分に堪能し、綺礼は断崖絶壁を踏破した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「リーバーさん、リーバーさん! 起きてください、死んじゃだめだぁ!」

 

「―――」

 

 食堂では、複数名の科学班の職員が灰になっていた。

 

 余程辛かったのか、青くなる同僚にゆすられるくたびれた雰囲気の男の瞳に生気はない。そんな彼等の姿に笑みを噛み殺しながら、回収したイノセンスをヘブラスカに渡して報告を終えた綺礼は屈強な体格のオカマに声をかける。

 

「ジェリー、いつものを」

 

「あら、綺礼ちゃん。了解、外道麻婆ねぇ」

 

 厨房の奥に行ったジェリーは、やがて丼に盛られた麻婆豆腐を持って来た。

 

 

 ―――それは、赤。

 

 赤、紅、血、クリムゾン、ルージュ、レッド。既存の赤などでは決して表現のできない極彩色。禁断の蓋を開けた先にあったのは異臭漂う煉獄。見た者の目を焼きかねない程の、燃える様な赤だった。

 

 

「―――ぐふ」

 

「リーバーさぁああああああああああああああああああああああん!?」

 

 

 ソレから漂う形容しがたい臭いを嗅いだ瞬間、灰となっていた男が遂に力尽き。

 

 

「あ、ジェリーさん、私にもお願いします」

 

「はぁい、カレンちゃん。熱いから気を付けてね?」

 

「大丈夫です、ここしばらく右手の感覚が麻痺してるので」

 

「げ、カレン……!」

 

「どうかしましたか、ラビ? 食べます?」

 

「悪いけど断らせて頂きます全力で!!」

 

 

 更なる外道を呼び寄せ、一部のエクソシストの顔を強張らせた。

 

 

「……」

 

 赤々と燃える麻婆豆腐を持って食堂の片隅に腰掛けた綺礼は、接近する気配に視線を投げた。

 

 背まで伸びた母親譲りの白い髪。情動に乏しい金色の瞳を向けたカレン・オルテンシアは同じく麻婆豆腐を持つ父の向かいに座る。

 

「お父さん、相席良いですか?」

 

「座ってから言う言葉では無いがな。まぁお前の事だ、断っても居座るだろう?」

 

「否定はしませんがね」

 

「「―――いただきます」」

 

 蓮華を手に持ち、マグマの様にグツグツと煮え立つマーボーを掬う。

 

 そんな彼等に向けられる視線にあるのは恐れ、畏怖、呆れ、はたまた敬意か。

 

 麻婆豆腐の圧倒的存在感、自然と集中する視線。紅蓮のマーボーをゆっくりと、同時に口に入れた親子は―――普段感情の希薄な相貌を崩し、口元を綻ばせた。

 

「やはり、これに限るな」

 

「全くです。これこそが最上ですね」

 

 その尋常ではない致死的な辛さから『外道』『殺人』の名を冠するそれを平然と食べる親子。

 

「クラウディアは?」

 

「三日前、科学班のジョニーが風邪をひきまして。申告を受けた後早急に全力で隔離しましたが、やはり免疫欠如というのは尋常じゃありませんね。うつって寝込んでいます」

 

「ふむ、そうか。見舞いに行かねばな」

 

「愛されていますねぇ、あの人は。でも、やっぱりお母さんにこんな集団生活は厳しいんじゃないですか?他のアルビノだったら普通死にますよ」

 

「本来ならばな。私のイノセンスや回復魔術を行使してある程度マシにはなっているが……」

 

「全然駄目じゃないですかこの無能」

 

「そう罵倒するな。むしろクラウディアが早死にしなかったのが奇跡に近いんだ」

 

「……無意識に手ぇ抜いたりしたんじゃないんですか。あの人の苦しむ姿を見たくて」

 

「む」

 

 目を細める娘の指摘を受け、綺礼は僅かに考え込む。

 

「………………………………………治療に私情は挟まなかった……筈だ」

 

「相変わらずの平常運転ですね」

 

 ほとほと呆れた様にぼやいた娘に、綺礼は肩をすくめる。

 

「だがな。私がもし……そう、クラウディアやリナリーの様に善人になったとしたらどう思う?」

 

「あぁ、キモイですね。思い浮かべただけでも吐き気がします。貴方にはやはり外道がお似合いですよ、極悪人」

 

「だろう?」

 

 遠慮容赦なく罵倒するカレン、受け流す綺礼。互いに真っ黒な笑みを向け合う二人。やがて真紅の麻婆豆腐を完食した綺礼は、空になった丼を持って立ち上がる。

 

「ご馳走様。私はもう行くとするよ」

 

「そうですか。お母さんは自分の部屋にいる筈です」

 

「分かった」

 

 そのまま立ち去る綺礼の背中を見つめ、ふと少女は目を瞬く。

 

 

 

「……そういえば、言うのを忘れていましたね。まぁ問題無いでしょう、お父さんですし」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 教団上部に位置する、団員の個室。

 

 それ等から比較的離れた部屋を訪れた綺礼は、おもむろに扉を叩く。

 

 部屋の中から聞こえたのは、鈴の音の様な返事だった。

 

『―――どうぞ』

 

「……」

 

 扉を開いて中に足を踏み入れると、ベッドから上体を上げた女性が驚いた様に片目を見開く。

 

 肩まで伸びた白い髪、右目を覆う医療用の眼帯、所々に包帯を巻いた華奢な身体。

 

 読んでいたのであろう本を閉じた彼女―――クラウディア・オルテンシアは、花が咲き開いたかのような笑みを浮かべた。

 

「綺礼さん、帰ってきていたの?」

 

「あぁ、つい先程な。風邪をひいたと聞いたが?」

 

 彼女が横になると同時、綺礼も腰かける。予定調和の様な光景だった。

 

 魔術も操る師には『魔術に関しては基本的に凡人だな』などとこき下ろされていたが、回復魔術の腕だけはクロスを容易く凌駕する。免疫機能の欠如した彼女に回復魔術を行使していると、施術を受けるクラウディアは力なく笑った。

 

「……ははは。もう皆手慣れた感じだったわ。あっという間にジョニーさんをコムイさんの研究室に閉じ込めたの。あの時の悲鳴には冷や冷やさせられたけど、翌朝にはあの人の体調が回復して」

 

「ほう。処置の甲斐無くうつったみたいだが……それは見てみたかったな」

 

 恐らくはあの錬金術師もどきのマッドサイエンティストによる得体の知れない治療を受けたのであろう青年を思い浮かべ、妻に回復魔術を行使しつつ邪悪に嗤う。そんな彼の姿に、少しずつ顔色を良くしていくクラウディアはころころと笑った。

 

「どうした?」

 

「だって貴方―――凄く楽しそうなんだもの」

 

「そうだな、確かに愉しいが」

 

 噛み合ってるのか噛み合っていないのか。

 

 綺礼の言葉に儚く笑う彼女は手を伸ばし、そっと彼の頬に触れた。

 

「クロス元帥についていってから、凄い生き生きしてるわ」

 

「……背負うものも増えたがね」

 

「やだ、また借金?」

 

「つい先日私宛に封筒が送られてきた」

 

 苦笑する妻の姿を眺めつつ、彼はクラウディアの触れる頬とは反対の所に手をやる。

 

 吊り上がった口元は、笑みを形作っていた。

 

「……ふむ」

 

 確かに、12年前彼と出会ったあの時と比べれば余裕ができた。憑き物が落ちた様な気さえ感じる。

 

「……変われば変わるものか」

 

 静かに呟きを落とし、施術を終わらせる。今度こそ間違い無く終わった。

 

「さて、私は大聖堂に行くとするよ。一応安静にしているように」

 

 返事を待たず背を翻す、その直前。

 

「綺礼さん」

 

 儚く美しく微笑を浮かべるクラウディアが呼び止め―――告げた。

 

「おかえりなさい」

 

「……」

 

 やはりと言うべきか、まあ性質的に慣れないのだろう。眉を顰めては僅かに身じろぎした綺礼は、やがて応じる。

 

「あぁ。―――ただいま」

 

 

 




……次は、どうしよう。
アレンを出そうと思っていたのに、過去編で外道師弟を書いてしまった……気付いたら、指が動いてしまっていたんだ……。
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