インドのどこか。
薄暗い室内に窓から光が差し込む中、二人の人物が相対していた。
『―――アレンよ』
『はい、師匠』
ワインを片手に座椅子に腰掛ける赤髪の男は、向かい合って座る白髪の少年に語りかける。
『お前が俺の弟子になってもう三年、お前も一人前になってきた頃だ……今日から正式に、エクソシストと名乗ることを許す』
『!! ホントですか!?』
師である男の言葉に、アレンと呼ばれた少年は目を輝かせる。
『立ち止まるな』『歩き続けろ』
彼の育ての親であった人物がいつも言っていた言葉を志に努力を続けてきたアレンにとって、エクソシストという単語は特に重要なものだったからだ。
『……だが、その為には俺と一緒に本部へ挨拶に行かねばならん』
そう続けて口にワインを運んだ男は、やがておもむろに確認する。
『お前……本部の場所は知っているよな?』
『……………………………………………………………………………………………………はい?』
スッ、と取り出された金槌、にじり寄る男。 あまりにも不穏な言動に思わず後ずさるアレンだったが、その動きが百戦錬磨の男に対して何の意味も為さないことは明らかだった。
『俺のゴーレムを代わりに置いていってやる。 コムイという幹部にも紹介状を送ってやるから目が覚めたら出発しろ。 ……あぁそうそう、何かあればお前の兄弟子を頼れ。 どうしようもない外道だが、気に入られたらAKUMAや千年伯爵
『ちょっ―――』
何をするつもりだとか、自分のことを棚に上げて
どうにか一言、絞り出した。
『まさかバックレる気ですか、師匠!?』
『―――俺、
あんまりにもあんまりな発言と同時、引き裂いたような狂笑と共に金槌が振り下ろされる。
鈍い衝撃が頭部で炸裂し、少年の意識は落ちた。
それから、三ヶ月後。
断崖絶壁の麓で、少年は一人途方に暮れていた。
「あれ、どこで間違えたのかな。 確かここで合っている筈なんだけれど……え、ここ? 嘘だよね、ティムキャンピー?」
その羽を羽ばたかせて彼の頭上をホバリングする金色のゴーレムを見上げると、確かに絶壁の頂上に存在する建物が見えた。
……もっとも、かなり大きい部類である筈のそれが点に見える位には離れていたのだが。
「ちょ、どうやって行くんだよ……え、本当にどうするの?」
顔を引き攣らせて本部らしき建物を見上げるアレンが、いよいよ断崖絶壁を登ることを視野に入れ始めた時だった。
「うん? ……それは導師のゴーレムではないか。 君は一体何者かね?」
後ろから、何者かに声を掛けられたのは。
「!?」
驚愕を露わに振り返ったアレンは、いつの間にか背後にいた相手に目を見開く。
長身の男だった。 聖職者らしく首に十字架を掛けた彼の体は細身であるアレンとは比べ物にならないほど鍛え上げられており、身に纏う僧衣の上からは黒いコートを羽織っている。 そしてアレンの目を引いたのは、彼のコートに刻まれたローズクロスだった。
(黒の、教団!)
「よ、良かった! あ、あの、僕の名前はアレン・ウォーカーです! クロス師匠の紹介で来たんですけど……!」
「………ほう、導師が、弟子を? あぁいや、その言葉を疑うつもりはないが……そうか、導師が―――」
驚いたように目を見開いた彼は、次には通信用ゴーレムを介してどこかと連絡を取り始める。
「通信班だな? あぁ、言峰綺礼だ。 科学班と繋いでくれ。 …………リーバーか? 忙しいところすまないな……失礼な事を言うな、少なからず思っているさ―――あぁ、今本部付近で白髪の少年と会ってな。 アレン・ウォーカー、導師の紹介を受けて来たと言っているのだが…………………何?」
「……あの?」
通話先の人間と話していた目の前の男がふと視線をこちらに向けたのに気付き、アレンが首を傾げると。
「……向こうは、アレン・ウォーカーなど知らないそうだ」
「え」
通信用ゴーレムから離れアレンに一歩歩み寄った彼は―――懐に手を入れつつ、告げた。
「コムイの机に消えてしまっているか、導師が紹介状を出し忘れたか……あるいは、君が千年伯爵の手先、といったところになるか」
「―――っ!?」
殺気。
突如膨れ上がったそれに反応し、半ば反射的にアレンは対AKUMA武器である左腕の力を行使する。
その直後、盾にのように構えられた彼の対AKUMA武器が深々と切り裂かれた。
「
(対AKUMA武器が、たった一撃で……この人、まさか―――!?)
懐から剣の柄のようなものを取り出し、刃を顕現させ、速く鋭く振り下ろす。 コンマ数秒で行われた一連の動作、AKUMAの砲撃でも傷一つ付かない左腕を削り取った一撃に瞠目する彼の前で―――眉一つ動かさずに、男は刃を消滅させた。
「……やはりエクソシストだったか。 導師の弟子で間違いなかったようだな」
「あ、え―――?」
「いや、皮を被ったAKUMAにしてはその左手が不自然でな。 どんな代物かこうして見せて貰った」
状況を呑み込めない少年にそう告げた彼は、再び本部の人間と連絡を取りながら続ける。
「あぁ、そう言えば名を名乗っていなかったな……私の名は言峰綺礼。 まぁ、君の兄弟子といったところだ」
「すいません、案内してもらった上に舟まで漕いでもらって……」
「いやなに、片腕―――それも寄生型のイノセンスに傷を付けたのは私だからな。 当然の事をしたまでだ」
「……イノセンス?」
「どうした、導師からは説明されていないのか?」
「……………………………………………………………………………はい、初耳です」
「……」
舟端に吊るされたランタンが、暗闇を照らす。
教団本部へと繋がる地下水路の暗がり。 アレンと綺礼は、小舟に揺られながら先を進んでいた。
「まぁ、導師らしいといえばらしいか。 後でコムイにでも話を聞いておくと良い」
「はい……」
エクソシストの基本とすら言える情報を全く教えられていなかった事に気付いたのか、微妙な顔になるアレン。 櫂を漕いでその様子を見守る綺礼は、小舟を進めながら笑みを噛み殺した。
そんな外道の姿にも気付かず、顔を上げたアレンが声をかける。
「それにしても、綺礼さんに会えて本当に良かったです。 教団に地下水路で出入りするなんて全く聞いていなくて……正直あのままだったら断崖絶壁を登る羽目になっていたかもしれません」
「(―――しくじったな。 放置していれば面白いものを見れただろうに)」
「はい?」
「……いや、なんでもない」
きょとん、と首を傾げるアレンから目を逸らした綺礼は、周囲をせわしなく飛び回るティムキャンピーを視界に入れる。
「……導師は健在か?」
「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………えぇ、最後に会話をした時は絶好調でしたよ」
「……ほう」
死んだ魚のような目になって力なく笑うアレン。 我が意を得たりと嗤った綺礼は、伸ばした片腕の上に金色のゴーレムを乗せる。
その直後、開かれたティムキャンピーの口から映像が映し出された。
「うわっ!?」
「ティムキャンピーには見聞きしたものを記録する機能があってな。 ほう、これは……」
「あ、あの時の……」
少年が口元を引き攣らせる中、三ヶ月前クロスの隠れ家で有った出来事が一部始終流される。 共通の師が少年の白髪を鮮血で染めた瞬間、映像は途切れた。
「……」
「……」
小舟が揺れる中、二人は顔を見合わせる。 アレンは既に蒼白だった。
仮にも弟子である存在の頭部にあそこまで容赦なく金槌を振り下ろすことのできる師に敬服すら覚えながら、綺礼は笑うのを必死に堪えて憐憫の表情を作る。
「……よく、生きていられたな」
「うッ」
忘れようとしていた
嗜み程度の、愉悦です。
追記、2月9日―――気付けばランキング5位。本気でびびったんだけど……(汗)。