愉悦神父はエクソシスト   作:風剣

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「―――ありがとうございました、本当に……」

「いや何。こちらも面白い話を聞かせて貰ったからな。おかげで良い事を考えついた」

「……?」

「いや何、こちらの話だ」





血の味の出会い

 

 

「……」

 

 ほんのりと苦いコーヒー―――実際には『超』が付く程に苦いジェリー印のブラックコーヒー―――を飲み干した私は、空になったカップを机に置いた。個人的には甘い方が好みなのだが、砂糖の投入をリナリーに見咎められた時や帰還した負傷者が多く徹夜になる時はこれをよく飲んでいる。個人的にも香ばしい香りが好みだった。

 

「さて……リナリー、行きましょうか」

 

「えぇ。そろそろ船着き場に到着した頃合いだろうし、急がないと」

 

 クリップボードを手に持つ親友に声を掛け、新しい入団者―――と、ついでに我が嫌悪(敬愛)するべき罪深い父親が待っているであろう地下水路に繋がる会談へと向かう。

 

「それにしても、カレンを綺礼さんが呼ぶだなんてどうしたんだろうね?」

 

「……嫌な予感しかしませんが。十中八九恐ろしい罠を仕掛けて待ち構えているでしょうね」

 

 隣を歩くリナリーの言葉に淡々と答えながら、私は先程のリーバーさんとの会話を思い出す。

 

 

『―――お父さんから、ですか?』

 

『あぁ。……そんな嫌そうな顔するなよ、カレンちゃん。娘にそんな顔されたら大抵の父親が泣くぞ?』

 

『あの男の場合はとても愉しそうに笑うでしょうけどね。……分かりました。アレン・ウォーカーをコムイ室長の所まで案内すれば良いんですね?』

 

『あぁ、リナリーも一緒に行くから。……階段には気を付けろよ?』

 

『なんですかその言い方、立派なレディを子供みたいに……大丈夫ですよ。走れない生活にも慣れてきましたから』

 

 

「……」

 

 今となっては、苦笑するリーバーさんの前で子供っぽくぷいっ、と顔を背けた自分がひどく情けなくて仕方がない。僅かに頬を紅潮させながらも、咳払いをして思考を続けた。

 

 どうも、地下水路から科学班に連絡を入れた父さんは連れて来た少年の―――どうもクロス元帥の弟子兼父さんの弟弟子、寄生型イノセンスの適合者らしい―――案内を私にさせるよう手配したらしい。

 

 私からすればもはや罠以外の何物にも感じられなかったが、あの外道にこれ以上新入りを置いておくのも拙い。普段から持ち歩く応急医療器具と外道対策の準備を整えた私は迷いなく進むと、目当ての階段で一人(・・)佇む白い少年を見つける。ティムキャンピーを頭の上に乗せた彼は、私達を見つけて安堵の息を吐いたようだった。

 

 

 ―――。

 

 

「えっと、貴方達が……」

 

「えぇ、初めまして。カレン・オルテンシアです」

 

「私は室長補佐のリナリー。……ところで、綺礼さんは?」

 

「それが、急用があるって言ってどこかに……」

 

「え?」

 

 

 ―――ッ。

 

 

 二人の会話に周囲を見回した私は、目の前の少年をここまで連れて来た筈の長身の僧衣が姿を消している事を確認する。幻惑や結界でも使っているのかはたまた本当に何か用ができたのか。言峰綺礼の姿は影も形もなかった。

 

「やれやれ、一体何のつもりなんだか。―――まぁ良いでしょう。室長の所まで案内をします」

 

「うん、よろしく」

 

 

 ―――ピシ。

 

 

「……?」

 

「カレン?」

 

「……いえ、なんでもありません」

 

 下手をすれば見過ごしていたかもしれない程までに微かな頭痛。眉を顰めた私は視線を向けてくるリナリーに首を振り、二人と並んで歩き始める。

 

 

 ピシッ。

 

 

「ッ」

 

 決して気の所為などではない、はっきりとした痛み。身に覚えのある感覚に、私は目を眇める。

 

 しかし今回は今までの中でも特に軽微な類だ、恐らくは―――、

 

「失礼、アレン。率直に聞きますが、頭部の辺りを呪われた経験は?」

 

「っ!?」

 

「え―――は、はい。綺礼さんにも聞かれましたけど……」

 

「………成程」

 

 恐らくは近くにいるのであろうどこぞの外道の狙いを悟る。少年の言葉に表情を激変させたリナリーを尻目に、私は軽く息を吐いた。

 

 被虐霊媒体質。

 

 病魔に『憑かれやすい』母さんの性質を受け継いだ形で発現した私の特異体質。周囲の『悪魔』やそれに憑りつかれた者―――そして人の皮を被ったAKUMAの霊障をも体現する。

 

「(まぁ、それならそれで―――)」

 

 

 ―――ピシッ、ビキビギッッ……!!

 

 

「―――えっ」

 

「っ! カレン、大丈夫!?」

 

 視界が紅く染まると同時、リナリーの声が響く。どうやら左目が血涙を流しているらしい。

 

「あ、あの……!?」

 

 リナリーと同じく焦燥を露わにするアレンに視線を向け、適当にあしらう。

 

「貴方がいては余計傷が広まります、半径5m以内に入らないでください。ほら、下手人も今捕縛するので退いて」

 

「は、はい」

 

 欠片も理解ができていないだろうに素早く動いた辺り、流石エクソシストといったところか。特殊な右目を持つラビと会った時と違い聖骸布(手間)をかけずに済んで何よりだった。

 

「さて―――」

 

 目を細めた私は、もう随分と長い付き合いになる赤い布を取り出す。揺らめくそれは私の意思に従い周囲を漂って―――次には、目にもとまらぬ動きで廊下を飛んだ。あの外道も申し訳程度の逃走を試みたようだが、こちらの方が明らかに速い。

 

 ―――かかった。

 

 確かな手応えに笑みすら浮かべた私は、魚を釣り上げるイメージと共に呟きを落とす。

 

「―――fish」

 

 直後、ゴミ以下の存在にしか見えない獲物(エセ神父)が釣り上げられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あの、その装備はなんですか?」

 

「ん? 修理。―――ちょっとショッキングだから、スーマンみたくトラウマになりたくなかったら見ない方が良いよ」

 

「待っ、待って……!」

 

「Go♬」

 

「ギャァ――――――――――――――――――――――ッッ!?」

 

 ギリゴリバリぶちドリガゴドビゴぢぎゃぶりブゴドリドリギチグチャビリゴキドリドリドリっっ!!と、人体が発してはいけない音と共に轟き渡る断末魔。自分の腕を抉り削られ組み直されるという未知の苦痛を味わう少年の絶叫は、本来ならば至上の福音として綺礼を愉しませたのだろうが―――生憎と、全身を締め上げる束縛はその余裕すら与えてくれなかった。

 

「……」

 

 鋼の如く鍛え上げられた体が、抵抗の度に軋む。彼の片腕に巻き付いた赤いボロ布が、深淵に位置する異端すらも抹消する代行者を完璧に封殺していた。

 

 マグダラの聖骸布。

 

 聖堂教会の収集した聖遺物の一角にして、魂魄(こんぱく)レベルで男性を拘束する概念武装。その担い手である少女に後頭部をげしげしと蹴られる綺礼は、首を動かして娘を見やった。

 

「気は済んだかね? 私はお前ほど暇ではない、いい加減解放してもらいたいのだが」

 

「……そうですね、その状態で土下座でもできれば一考しても構いませんが」

 

「父親に土下座を強要するか。そもそもこれに縛られた時点で指を動かす事すらままならんというのに、随分と趣味が悪い。一体誰に似たのやらな?」

 

「えぇ、同感です。母さんは悪魔にでも孕まされたのでしょうか」

 

 げしっ、と顔面を踏みつけてくるカレンに、綺礼は嘆息する。

 

 彼女の左目を覆う医療用の眼帯は、血で紅く染まっていた。彼が弟弟子の保有する『呪い』を故意に教えず少女と接触させた結果だ。

 

「―――無論、悪かったとは思っているさ。直すつもりは毛頭ないが―――」

 

「えぇ知っています。相変わらず最悪ですね、貴方は」

 

 足が振り上げられる。

 

 遠慮容赦なく叩き込まれた靴の踵に、危うく眼球を潰されそうになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やれやれ、世も末だな。仮にも修道女の身である者があそこまで気品のない行動をするとは……」

 

「……それ、貴方が言いますか?」

 

「む?」

 

 どうも弟弟子の中での兄弟子の評価は著しく下がったらしい。教団本部、その中枢とも言える場所まで降りていく昇降機に乗り込む綺礼は、アレンの言葉に笑みを浮かべた。

 

「何を言っている、娘のあれは半ば自傷行為だぞ?」

 

「……は?」

 

体質(アレ)が発現して何年が経っていると思っている、対処法位心得て当然だろう」

 

 唖然と口を開くアレンの顔を見て愉しげに笑う綺礼は、昇降機が駆動する中続ける。

 

「たかがAKUMAに呪われた程度の君は勿論、真っ当なAKUMAでもLv2までならゼロ距離でも聖痕(ステイグマ)による負傷を抑え込める。私がカレンに君の呪いを伝えなかったのもその要因があったからだし、個人的にも奴が新入りの前で痛みを堪える様子を見ていたかったのだが……恐らくあれは、私に制裁を下す大義名分を整える為に霊障を体現したのだろうな」

 

 君やリナリーの慌てふためく様子も見たかったのだろうが、と告げる綺礼に、アレンは物凄く微妙な表情になった。

 

「やっぱり、師匠の弟子なんですね……」

 

「―――」

 

 そんな風にぼやかれた、少年の嘆きに。

 

 一瞬目を見開いた綺礼は、次には笑みを浮かべた。

 

 

「ふっ、得てして妙な事を言う。―――そんな事、最初から言っていただろう?」

 

 その表情は、彼にしては珍しく晴れやかな笑みだった。

 

 

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