パワプロ小説 恋恋高校編   作:木和勇士

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11.クリスマスキャロル

 

 

 

 クリスマスと言えば、イエスキリストの生誕日を祝う記念日。

 辞書を引けば大概そういった内容が出てくるだろうが、昨今の日本ではちょっと事情が違う。街を歩けばこれでもかとイチャつくカップルが溢れ、キリスト教徒でもないのに家庭の食卓にはローストチキンやケーキが並ぶ。要は世間様一体となってお祭り騒ぎができる特別な日と言うことだ。

 さて、世間がそんな盛り上がりを見せている中、甘ったるい愛を語らう恋人も伴侶もいない独身軍団が孤独を味合わず、この時期を乗り切るにはどうしたらよいか。徒党を組めばよいのである。

 そんなわけで、恋恋高校野球部もご他聞に漏れず、こうして孤独を謳歌している連中が寄せ集まり、一時の安らぎを得ようと虚しく群れていた。二年生だけであるが。

 午前中の焼肉パーティを終えて今はただ、のんびりと行く宛てもなく彷徨っているところである。

 街中に飾り付けられた電飾がきらきらと光り、どこか浮ついた気分にさせる。そこらの店から無遠慮に垂れ流される気の利いたBGMも、この浮かれた雰囲気を演出するのに一役買っていた。

「ケッ! 昼間っからイチャついてるんじゃねーでやんす!」

「矢部、口上が泥酔者だ」

「うう……眼鏡が曇って何も見えないでやんす……」

「難儀な」

 おいおいと泣き崩れる矢部を宥めつつ、神谷は街の様子に目をやった。

 皆が楽しそうに笑い、軽やかな足取りで街を往く。恋人同士は腕を組み、親子は微笑ましく手を繋いで。こけてしまった小さな女の子を、通りすがりのおばさんが気遣う。泣いている女の子には悪いが、心温まる光景であった。

 例えこの日が本来の意図とは違う様相になっているのだとしても、こんなにも楽しく、平和なのだ。それで良いではないか。

 クリスマスに家族で過ごすなどという習慣のなかった神谷にとっては、今日はとても輝いて見えた。

「誠、良き日哉」

「ちくしょーでやんす! こうなったら、帰ってマスクドライダーのDVD全部観てやるでやんす!」

「普段との相違はあるのか?」

「いやまぁいつも通りなんでやんすけど……」

 大人しくそう言ったあと、矢部は何かを考えるように押し黙ってしまった。手を顎に添え、無い髭をいじるような仕草で神妙な表情をする。

「違うでやんす……」

「……如何に?」

 思わず聞き返す神谷。

「ツッコミのテンポというか……なーんか調子が出ないでやんす」

 ふむ、と神谷もつられて考える。確かに何かがいつもと違う。そういえば今まで、神谷が矢部にツッコミを入れるなんてことはなかった。いつもどこかから傍観して、微笑ましく見守ると言うのが自分の役割ではなかったか。

 何か重要な役が、誰か重要な人物が、この空間には欠けている気がする。

 そこまで考えたところで、神谷は気が付いた。

 

 

「ほらこっち! 遅いよ! ちょっとなまってるんじゃない?」

 皆との焼肉パーティを終えて気だるく街を歩いていたところ、突然あおいから腕を引かれた樹は、抗う暇もなく街外れの静かな一帯に来ていた。大通りから外れて数分も走ればご覧の通り、閑静な住宅地に辿り着く。子どもたちの登下校の時間帯ぐらいしか賑やかにならない、家庭の暮らしのにおいに溢れた場所だ。

 その一帯を更に奥に入ったところに、小さな山と、古びた階段がそびえていた。

 苔むした石造りの階段は山の斜面に沿ってはるか上空に続いており、駆け上れども駆け上れども一向に頂上に届かない。

 が、そんなことは些細な問題であって、ついでにここまで走ってきたということも大したことではなくて、樹が今この階段を上るのに苦労している理由は、もっと別にある。

「疲れたんなら、少し休む? じっと下を見下ろしながら」

「いえ遠慮します頑張ります」

 樹は高所恐怖症である。ジェットコースターは好きだが観覧車には絶対に乗りたくないという人種だ。

 今まで駆け上ってきた高さから見下ろせば、間違いなく冷や汗と足の震えが止まらなくなる。なるべく上だけ見て、のぼることだけに集中しなくては。

 そんなわけで、今はこうしてあおいにからかわれながら、必死で石段にしがみつきながらゆっくりと上っている始末である。

「知ってる? 前傾姿勢とってる人の額を軽く押すと、それだけでバランスが崩れ」

「うわああああ聞きたくない聞きたくない!」

「あははははは」

 見せ付けるようにして、、あおいは軽快に階段を上っていく。それを恨めしく見上げながら、樹は両手をつき、這うようにその後を追った。年末の寒波が押し寄せているはずなのに、極度の緊張と直射日光により、むしろ暑いと感じる。

 へこへこと上り続けていると、いつの間にか頂上が見えていた。あと十数段というところで、階段は途切れている。

 安堵して、樹はゆっくりとそこに至った。

 開けた場所に転がり込む。

 あー疲れたと寝っ転がって天を仰ぐと、あおいがこちらを見下ろしていた。

「お疲れ様。でもちょっとだらしないかな。年明けの練習メニューはランニング増量ね」

「……はい」

 もはや反論する気力も沸かない。

 立ち上がって周りを見やると、どうやらここは神社らしかった。石造りの階段から続く石畳が広い境内を突き抜けて、奥の本堂まで続いている。御神木らしい太い木に巻かれた注連縄(しめなわ)が、いかにも厳粛な雰囲気を帯びていた。

「へぇ、こんなところに神社があったんだ……全然知らなかった」

 高台の上を丸々と使った境内は広く、端にあるコンクリートブロックで作られた壁には、野球の壁当て練習をした跡が無数についていた。軟式ボールの跡のようである。恐らく小学生か中学生が、ここを自主トレの場として使っているのだろう。

「ほら、お参りするよ」

 あおいに急かされて、本堂へと駆け足。

「え? お参りって、一週間早くない?」

「気にしない気にしない」

「……皆をおいてきて、一体何をするのかと思ったら」

 毎度のことだが、あおいの相変わらず突拍子もない行動に、樹はハァと溜め息をつく。

「はい、十円玉」

 手渡される、茶色いコイン。樹はきょとんとした。

「え? 五円玉じゃないの?」

「はいせーの」

 手を掴まれて、無理やり放り投げさせられる。手を離れた十円玉は、あまり綺麗とは言えない放物線を描いて賽銭箱の中へと吸い込まれていった。チャリンという音が響いた後で、手を合わせる。一礼二拝だったか逆だったか、神社に参るときの作法があったはずだが忘れてしまった。気持ちがこもっていればよいのである。

 しばらく手を合わせて、お参り終了。

 ふと横を見やると、真剣な表情であおいが手を合わせ続けていた。

「……よほど大変な願い事なんだね……」

「え?……あ、ああ、まぁ、まぁね! あはは! そ、そういう西条君はどうなのさ!」 

 慌てたように取り繕い、逆に質問をしてくる。樹は答えた。

「絶対に甲子園に行ってみせます」

 その答え方に、あおいは一瞬、え? という顔をする。恐らく、自分の願い事とやらが「願い」の形式をとっていなかったことに対しての疑問だろう。

「お参りってね、願い事を頼むんじゃなくて、一年の目標と誓いを神様に報告するものなんだってさ。だから『こうしてみせます。見ていて下さい』っていうのが正当なんだって」

「えぇっ?! じゃあボクの願い事は無効?!」

「それを実現できるかどうかは、あおいちゃん次第ってこと」

 言って、樹は神社の脇から、下に広がる街を見下ろす。下はなだらかな傾斜なので、怖くは無い。高所恐怖症の人間は、絶壁や宙吊り状態には弱いものの、山の傾斜から見下ろす景色なんかは案外平気なのである。

 今頃この景色のどこかでは、矢部君たちがこちらを探しているに違いない。そう思うと、どこかおかしかった。つい笑みがこぼれてしまう。突き抜ける青空は平和そのものだった。冷たい風に身を預けて、髪が散らばる感覚を楽しむ。

「ボ、ボクさ、あの……」

 後ろからあおいの声が聞こえる。らしくない、吃音ったような声だった。

「ボク……好きなんだ」

「この景色? 俺も好きだよ。こんな綺麗な場所があるなら、もっと早く知っとけば良かった」

「…………」

 あっけらかんと樹が答えると、あおいはそれっきり黙ってしまう。不審に思った樹が振り返ると、ふてくされたように頬を膨らませて、あおいが睨んできていた。

「え? な、なに? どしたの?!」

「別に!! ほら! 帰るよ早く! 皆が心配してるよきっと!」

「じ、自分が連れてきたんじゃん!?」

「ほら走る! ダッシュ!」

 あおいの怒りの剣幕に気圧されて、樹は逃げ出す。今にも殴りかかってきそうなあおいが相手なのだから仕方あるまい。

 樹を追い払った後で、あおいは肩で息をしつつ、振り返った。その視線の先には、今しがたお参りした神社が鎮座している。

「……うそつき」

 神様に向かって一言、すねたような顔で呟くと、あおいは駆け出した。

 神様にはいろいろある、学問に安産、商売繁盛に家内安全。そしてこの神社に奉られているのは縁結びの神様。クリスマスの日に、二人で十円玉を投げ入れると相思相愛になれるんだとか。どこにでもそんな女子高生の間の伝説はあるもので。西条樹への告白もままならぬまま、早川あおいの恋は前途多難。

 あとにはそ知らぬ顔で空に舞うカラスが一羽。高笑いでもするかのようにカーカーと鳴いて、暫く冬の寒空を盛り上げたかと思えば、いつの間にかどこかへと消えたとな。

 

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