パワプロ小説 恋恋高校編   作:木和勇士

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13.恋恋高校野球部

 

 いよいよ高校三年というものを迎えた。今更ながら言うまでもなく、野球部として過ごせる最後の年である。甲子園という華の舞台を目指せるのも残すところあと一年……いや、あと半年だ。樹ら三年生は最後の後輩を迎え入れ、最後の夏へと向けて一層の闘志を燃やしていた。

 放課後の練習グラウンドに声が響き、白球が飛び交う。元気の良い、いつも通りの恋恋高校野球部の練習風景だが、ここしばらくは様子が違った。

 グラウンド周りの道路には多くのワゴン車が止められており、大きなカメラを抱えた報道陣が、その練習の様子を真剣な表情で撮影している。まるで一流スターを取り囲むかのようなカメラの量は、とてもではないがただの高校に相応しいものとは思えない。

 ことあるごとにシャッターをきるカメラマンたち。彼らのお目当ては、グラウンドの隅で投げ込みを続ける一人の女の子。三つ編みが特徴的な、早川あおいという人物である。

 樹たちが一年間に渡って続けていた活動が実ったとき、日本スポーツ界は大きく揺れた。あおいの出場停止処分を皮切りに続けていた、ビラ配りや高野連への抗議活動がいつの間にか肥大化し、強い声となり、ついに高野連が女性選手の公式戦への出場を認めたのである。過去八〇年余り続いてきた日本野球界の負の伝統を、健気な野球少女が覆した。この出来事は野球界、スポーツ界に限らず、日本全国を沸き立たせた。

 そんなわけで、野球少女早川あおいは一躍時の人。その練習姿を求めてグラウンド周辺は連日報道陣で賑わっている状態だ。中には、彼女を一目見ようと方々からやってきた一般の人もいる。

「一昔前のアイドルみたいでやんす」

「世論を大きくしないと、高野連の意見は動かなかった。とは言え、ちょっと話題性も大きくなりすぎたわね」

 ベンチで溜め息をつくの矢部と加藤監督。珍しい組み合わせである。

「おまけにファンレターまで山ほど届く始末……。破って捨てるわけにもいかないし、どうしたもんかしら」

「あ、ファンレターはおいらも出したでやんす!」

「……ハァ……」

 加藤監督の再びの溜め息もごもっとも。慣れないカメラマンたちの視線に、部員たちはすっかり浮き足立って集中力を欠いている様子。

 結局平静を保って練習できているのは、早川あおい本人を含む三年の一部メンバーだけであった。

「一昔前のアイドルみたいだね」

「ファンレターだって届くんだよ」

「え、そうなんだ」

「あれ? 妬いちゃった?」

「いや、すごく嬉しい」

「あっそ」

 面白くないといった様子でそっぽを向くあおい。その様子がおかしくて、樹はくすりと笑ってしまった。野球に復帰できると聞いたときに人目も憚らず破顔して嬉し泣きしていたあおいだが、ここ数日はケロっとして久しぶりのキャッチボールを楽しんでいる。とは言え、一人でこそこそ自主トレはやっていたようで、その球筋はあまり衰えてはいなかった。それは、実際に球を受けてみれば分かる。伊達に、ずっと彼女の投げ込みに付き合っていたわけではない。

 この復帰で一番喜んでいるのはもちろん他ならぬあおい自身であるが、チーム全体の盛り上がりだってとてつもない。今まで以上に皆が一丸となって、あおいを甲子園に連れて行こうと、このチームで甲子園に出たいと願っている。キャプテンとして、こんなに頼もしいことはない。今年こそは、行けるかもしれない。

 樹のワクワクは募るばかり。

「どうしたのニヤニヤして、なんか気持ち悪い」

 思わず顔に出ていたらしい、あおいに見られ、ツッコミを食らった。そんな気持ち悪い顔のまま言う。

「行けるよね」

「どこに?」

「甲子園」

「あったりまえじゃん」

 あおいも、笑顔。後ろで鳴るバットの音は、矢部が外野に向けてノックをしている音だ。ノックを受けた三年生の外野手は、いとも簡単にそのボールを捕球して見せる。その姿に、あの頃のおぼつかなさは全くなくなっていた。

「成長したね、皆……」

 ぽつりと樹が言う。これも、あおいはしっかりと聞いていた。

「うん……ねぇ、樹君、憶えてる? 一年の最初、ここで、君がやたら重い溜息ついてたの」

「…………憶えてない」

 必死で思い出そうとしたが無駄だった。そんなブルーになったことがあったっけ。

 樹の記憶には、一年生の頃と言えば、ただがむしゃらに練習だけをしていた様子しか残っていない。

「憶えてないなら……いいよっ、と!」

 突然あおいが振りかぶり、ボールを投げる。しかしそれは樹のミットではなく、遥か後方にいた矢部を狙ったものらしかった。横腹を射抜かれた矢部が「ぎゃっでやんす」という断末魔の叫びを上げて崩れこんだ。さらに「デジャヴでやんす」とか呟いている様子を見る限り、重傷ではないらしいので放っておくことにする。

 いろんなことが、あった。

 いろんな人と、出会った。

 いろんな壁に、ぶちあたった。

 でもそのたびに、乗り越えた。

 樹はもう、これだけで充分過ぎるほどに恋恋での野球を楽しんだ。

 最後の仕上げ。最後の踏ん張りどころ。

 それがあと、二ヵ月後に迫っている。

「あおいちゃん」

「なに」

「絶対、行こうね」

「うん!」

 会心の笑顔。

 一通りの考えをそう完結させて、ようやく復活したらしい矢部君を横目に見ながら、樹はグローブを見た。そこには入学決定と同時に書き入れた一行の文字が、かすれかけた黒で、ぼんやりと浮かんでいる。

 目指せ甲子園。

 樹は、そのグローブを高く掲げ、そろそろ本格的に全体練習を始めるために、声を張り上げた。

「集合ー!!」

 キャプテンの声を聞いたチームメイトが、グラウンドの隅々から駆けてくる。

 全ては、たった八人から始まった。

 チームすら組めなかった愛好会の意地が、こんなところまでやってきてしまった。

 やれる気がする。

 やってみせる。

「俺たち三年の最後の大会まで、あと二ヶ月、皆に、お願いがある」

 全員脱帽した選手たちが、キャプテンの次の言葉をじっと待つ。

「全力で、野球やろう!」

 応っ!!

 力強い声が、グラウンドに響き渡った。

 恋恋高校野球部の、長い夏の幕開けだった。

 

 

 

 

 

 

 

『今年もいよいよ始まりました夏の甲子園大会。全国四〇〇〇校の中から選ばれた強豪たちが、優勝旗を手に入れるために、ここ甲子園球場へと集まりました。今年はどんなドラマが、奇跡が、この甲子園で生まれるのでしょうか。天気は快晴。気温は三〇度。激闘の開幕に相応しい日和となりました。さて、間もなく入場行進です』

 

 今日も、グラウンドに響く声がある。

 

『最初に入場するのは勿論、前大会優勝校である帝王実業高校。キャプテンである阿南が、優勝旗を高く掲げて先頭をきります。注目の選手は四番の伊達裕介。高校通算三八本のホームランを放っています』

 

 今日も、グラウンドに響く足音がある。

 

『続いて流星高校。綺麗に足並みを揃えて入場します。前大会では惜しくもベスト8入りならず。今大会はリベンジをかけて一層の練習を重ねてきましたと、宇田監督からコメントが出ています。俊足が売りのチームです』

 

 今日も、グラウンドにはバットの音がこだまする。

 

『さぁ満腹高校です。高校生とは思えない巨漢揃いのチーム。地方予選を全てコールド勝ちして上がってきました。キャプテンは四番の高橋修』

 

 今日もグラウンドに流れる汗があり、涙がある。

 

『次は雲龍高校が入場です。今年も甲子園へやってきました。注目の選手は投手の紅咲憂弥。地方予選の被安打数四、失点は一という好成績です。今年は優勝を狙えるチームに仕上がっていると、東寺監督からは力強いコメントをもらいました』

 

 今日も、グラウンドで語られるドラマがある。

 

『そしてなみのり高校。三年ぶりに甲子園に帰ってきました。全寮制の学校であり、夜間の練習も苦に思わず続けてきました。その結果を遺憾なく発揮してもらいたいものです。野球部は今年、創設四〇周年を迎えます』

 

 その一つ一つを踏みしめ、乗り越え、球児たちは成長していく。

 

『そして、さぁ、あー球場が沸きますね。観客席が、ワーっと立ち上がって拍手を、声援を送っています。今大会一番の注目校、恋恋高校です。投手である早川あおいの話題は今や日本中を席巻。創設三年目ながら、地方予選では強豪あかつき大附属を下し、見事初出場を果たしました。続いてこちらも初出場アンドロメダ高校…………』

 

 甲子園で輝いたスターたちを、テレビを観る多くの人々が語り継ぐ。しかしその影で、戦いに敗れ、散っていった選手のことを知る者は少ない。

 

 皆がそれぞれの想いを抱き。

 皆がそれぞれの悩みを抱え。

 皆がそれぞれの努力をし。

 皆がそれぞれの結果を出す。

 決して表舞台で語られることのないドラマが、そこには確かに存在する。

 華々しい栄光の道を歩む者、挫折し志半ばで終わる者、努力の限りを尽くした敗北に満足する者。それぞれにそれぞれの道があり、それぞれが己の人生を歩む。

 しかし、彼らに共通することは、誰もが己の青春の舞台に、このグラウンドという場所を選んだということ。それには、何か理由がある。

 

 きっと、こんな言葉が、彼らの耳に聞こえたからに違いない。

 

 

 

 ねぇ

 

 

 

 野球しようよ!

 

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