パワプロ小説 恋恋高校編   作:木和勇士

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14.終わりのあとで

 

 

 

 また今年も様々な野球部におけるドラマと時代が一幕を閉じ、多くの者が晴れ舞台を去る。

 数年を共にした仲間との別れがあり、新たな出会いに向けて歩みだすこれからの季節。

 後に残る者は、去る者の意思を継いでまた新たな時代を作っていく。それはどこの世界でも同じこと。

 早川あおいのプロ入りが決まってからというもの、日本では毎年のように女性プロ野球選手が誕生しており、その度に話題になる。まだしばらくは、日本スポーツ界も騒がしいだろう。だがそれは喜ばしいことであり、今後あらゆるスポーツの世界で、女性選手が台頭することを願ってやまない。

 なんてね。

 

「こら!」

「あいてっ」

 正面から頭をはたかれて、ハっとしたように樹は我に返った。負傷部をさすりながら見やると、ふてくされたような目をしてこちらをジーっと睨みつけるあおいの顔があった。

「人が真面目に相談してるんだから真面目に聞きなよ全く」

「あー、ごめんごめん。ぼーっとしてた」

「ちょっとはるか、旦那のしつけがなってないよ」

「う、うーん、そう言われても……」

 寒さが一段と増す真冬の十二月。野球シーズンも終わり、選手達はオフに入る。そこで、久しぶりに会わないかという提案をあおいから受けた樹はそれを快諾。市外にある遊園地まで家族連れでやってきていた。

「でさ、カメラマンが近くまで来るわけ。それって練習妨害だよね、っていうか営業妨害だよ。練習だって仕事なのにさ」

「人気者の宿命だよ。我慢する他ないって」

「怒鳴り散らしたいんだけどさ、そんなことしたら翌日スポーツ紙に乗っちゃうじゃん? 芸能人じゃないんだからもう勘弁してくれないかなー」

 有名になりすぎるのも考えものである。

「おれんじジューしゅ!」

 と、我が家のお姫様の注文が決定したらしい。

「由佳はオレンジだって、あおいちゃんはメロンパフェだったよね。はるかは?」

「あ、わたしはホットコーヒー」

「じゃ、俺もそうしよう」

 全員の注文を確認したのち、樹は店員さんを呼んでそれらを伝える。その際に俯いて顔を隠すあおい。冗談でなく、特定されるとサインや写真がどうたらと面倒らしい。どうでもいい話だが、遊園地の喫茶店にはどうしてあのピンポンボタンが無いところが多いのだろう。

「ああああああああ由佳ちゃんかわいいなぁー、ねぇねぇ、今度ボクに貸してよ」

 由佳のほっぺをぶにぶにといじくりながら、至福の表情で羨ましがるあおい。由佳は樹とはるかの第一子で、先月一歳を迎えたばかりの女の子だ。うまいこと母親に似てくれたおかげで可愛く利口に育ち、いろいろと助かっている。いや本当に可愛い。親のひいき目もあるだろうが本当に可愛いものは仕方がない。ちなみに二人目の予定は今のところ無い。

「ダーメ。あおいに貸したら、おてんばな子になっちゃいそうだし」

「ムカッ、こらはるか、今のどういうイミよちょっと」

「そのままのイミ。あおいがもうちょっと料理できるようになったら考えてあげてもいいかな」

「う……な、なんかはるかが強くなってる……」

 母は強しである。

「ねー、ユカもママと一緒がいいよねー」

「まますきー」

「くぅっ……! か、かわいい……っ!」

 屈託のない笑顔で母親の首に抱きつく由佳に、あおいは思わずよろめいた。

 すると間髪入れずに、

「おばたんもすきー」

 と一言。

「な……」

 おばさんと言われたショックは計り知れない。だが、

「っ……! お姉さんも由佳ちゃんだーいすきーっ!」

 可愛ければ全てヨシだったようである。調子に乗って、運ばれてきたパフェを由佳に食べさせようとするので、そこは断固として制した。虫歯になりやすいこの年頃、幼児に迂闊に甘いものを食べさせるわけにはいかない。あおいからはブーブーと不満が聞こえるが、親の愛は絶対なのである。

 こうしてあおいと、直に会って話すのは本当に久しぶりだ。結婚式以来だから、実に三年ぐらいは会っていない。テレビの中でちょくちょく顔は見て、電話も時々してはいるものの、やはり会って話すに越したことはない。電波越しでは思いつかなかった話題が多く生まれてくる。

「矢部君は元気? あんまり話題にならなくなったけど」

「うん元気元気。たまに試合で会うよ」

 実はあおいがプロ入りを果たした八年前のあの時、にわかには信じがたかったが、矢部も同時にプロ入りを果たしたのである。見せ場は少なかったとは言え甲子園で好プレーを見せ、あかつき大附属と戦ったときにも好成績を残していたから、それがスカウトの目に留まったのだろう。プロから見て魅力ある、光るものを持っていたに違いない。現に矢部は以前「早川あおいの同級生選手」という扱いでメディアから騒がれていた頃に比べれば影は薄くなったが、今でも一軍選手として悪くない成績をキープしている。

 本当は今日、矢部も呼びたかったのだが、あちらの都合が合わないということで今回は断念。ついでに言うと二条も呼びたかったのだが……。

 樹は、ちらっと、付近の席に無造作に放置されたスポーツ新聞の一面記事を見やった。そこには堂々たる大文字で『三大会連覇!! 二条神谷――二条流極武館師範』の見出しが踊っている。今や破竹の勢いで日本武道界を躍進しているホープに、とても声などかけるわけにはいかない。聞けばあの顔の良さが売れて、お茶の間のおばちゃんたちに大人気、芸能界からも声がかかっているのだとか。忙しい身分が落ち着いてから、また実家の方に出向いてみることにしよう。

 と、他人のことはこれぐらいにしておいて。

「樹君はもう現場になれた? 今の時代先生って大変でしょ」

「そうだね。でも楽しいよ。高校生ってさ、先生の目線から見るとこんなんなんだって、まだ毎日が新鮮だからさ」

 あの日、恋恋高校は甲子園一回戦で惜しくも敗れ去った。そして最後の試合を終えた後、樹は猛勉強を行い、首都教育大学へと進学、卒業し、今は公立そよ風高校の社会科の先生となっている。野球部の副顧問もやっており、何かと忙しい毎日だ。目標は勿論、甲子園である。

「高校、そんで高校野球か……懐かしいなぁ。そういえばボク、初恋は樹君だったっけ」

 危うくコーヒーを噴き出しかける樹。味が一瞬にして吹き飛んだ。

「な、なななな、えっ?!」

「あれー、憶えてないかなー? 確か二年のバレンタインの日、はるかが最初に玉砕した後に、証明したと思うけどー」

 そこまで言って、あおいは悪戯っぽく口を閉じた。口笛でも吹いていそうな暢気な表情で、ニヤニヤと視線を泳がせている。身に憶えのありすぎる樹は、しばらくコーヒーカップに口をつけた状態のまま硬直した後、そーっと妻の方を見やった。

 よかった。妻は天使のような笑顔だった。

 しかし残念。その背後には何か真っ黒な雰囲気が立ち昇っていた。

「あなた、どういうことかしら?」

「い、いや別に、あの特に何も、ねぇ?!」

 あおいに撤回とフォローを求める。

「あのときはボク、初めてだったからさー。ちょっと恥ずかしかったなー。でも一瞬だったから、痛くもなかったし、お互い意外と平気だったよねー」

 わざと誤解を含んだ物言いをするあおい。ダメだ。これはダメだ。火に油どころか爆薬を注いでいる。完全に判断を誤った。

 とてつもない後悔をしつつ妻の方を見やると、おめでとう、その背後に鬼神が見えた。

「あなた……?」

「は、はるか、違うって! 怖いから、本当に怖いから!」

「ママこわいー?」

「まましゅきー」

「そーだよねーママすきだよねー」

 由佳をあやしつつ、禍々しい威圧感でもって樹を威嚇している妻はるか。黒い。オーラが黒い。数年前までの箱入り娘っぷりが微塵も感じられないその様子に、あおいは思わず笑い出した。

「あっはっはっは! ごめんごめん、からかいすぎた! もう、はるかってば本気にし過ぎ! 本当にからかいがいがあるよねぇ、はるかは」

「え、あっ……! も、もう、ひどいよあおいー」

「ごめんごめん、許して。したのはキスだけだから」

「…………え?」

「そ、そういえばさぁ!」

 慌てて話題を逸らす樹。その不自然さは、もはや清々しい。

「まだ今日、全然乗り物乗ってないじゃん、せっかくフリーパス買ったのにさ! ほら、由佳も遊びたいよねー」

「ゆか、おばたんとあそぶ!」

「かわいいいいい! あ、もう今日は一日ボクが由佳ちゃん貸しきるから! フリーパスだから! よっし、レッツメリーゴーランド! 由佳ちゃんおいでー」

 トテトテと一生懸命に走る由佳にトキメキつつ、中腰になってその手を引き、あおいが駆けて行く。樹とはるかも、歩いてそれに続いた。歳の離れた姉妹のように微笑ましい後姿に、思わず見入る。

 はるかのお腹の中にいるのが女の子だと知ったとき、樹はとても嬉しかった。それは男の子だったとしても同じことだったろうが、それでも、早川あおいという少女の成長を見続けていた樹にとって、女の子を授かるということはとても特別なことだったのだ。この子がどんな女の子に育つかは分からないし、育ち方を強制するつもりもない。自由に、自分の好きな事を見つけて、一生懸命に生きて欲しいと願うばかりだ。だが、それでも、ほんの少し、希望を言わせてもらうとすれば、野球をやってほしい。野球というスポーツの楽しさを知って、野球というスポーツを通じた仲間との成長を体感して欲しい。かつて自分や早川あおい、そして多くの高校球児がそうだったように。

 そして願わくば、その成長の中で最高の伴侶を得て欲しい。とりあえず樹は、娘が最愛の妻に似て生まれてきたことだけで幸せだった。

「あおいちゃんに、由佳の専属野球コーチを頼もうかな」

「あら、あなた、あの子に野球やらせるつもり?」

「やってくれれば嬉しいなぁって思うだけだよ。子供とキャッチボールするのは父親の夢だからね」

「じゃ、次は男の子ですね」

「そうだなー……へ?」

「さっきの話、もっと詳しくお話しして下さいね。それから」

 妻の笑顔がとても美しく、そしてどこか邪悪に輝く。

「今夜は覚悟しておいて下さい」

「…………はい」

 思わず気圧されて頷いてしまう。意外と尻に敷かれているのが樹なのであった。

 と、前方が騒がしい。ふと見やると、油断した所為か、かの早川あおいであると周囲にバレた彼女が、集まってくる人だかりから逃げようともがいている。

 樹とはるかは大慌てで、とにかく我が子を救出せんとその渦中に割って入っていった。

 

 

               終

 

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