三十人を超える艦娘が編成された聯合艦隊、いやむしろ旅団規模の遠征部隊が帰島した。
ほぼ一週間に渡る長期遠征のため、三交代制で十人ずつ戦闘や警戒をこなしているのだ。
目標とする深海棲艦のポップ海域だけではなくとも、そこまでの海域で遭遇戦になることは頻繁にある。その対処のためには流石に一艦隊程度の戦力人員では疲労も極限に達してしまう。
先程帰島した艦隊を出迎えた後、簡易報告を長門から聞いたので皆を解散させ、今は執務室に戻っている。
補給船で休むことはできるとは言っても、何だかんだ言って警戒海域や戦闘中では気が休まらない。
食事にしても戦闘糧食は、味はともかく量が豊富とは言えない。
他の戦闘資源を積み込むために補給船のスペースは大部分を取られているため、どうしても食材が二の次になってしまう。
ちなみに、鎮守府を離れる補給船にはエネルギーのままの資源を積み込めないので、実体化させなければならないため嵩張ってしまう。
そのため、帰島後の艦娘たちは大挙して浴場で戦塵を落として身体を休め、気力充溢した万全の身体で食堂へ乗り込む。
この際、食堂は戦場と化す。
およそ三十人からなる艦娘がほぼ同時に殺到するのだ。
人間に似ていてもまるで別生命体の艦娘。
彼女たちは人間とは比べ物にならないくらい食事の摂取許容量が大きい。必要はなくとも、食べられるし、美味しいものを食べれば士気も上がる。
遠征中は食糧を切り詰めていたため、満腹という状態を長らく忘れていた彼女たちは競うようにして美食を貪る。
食堂担当の妖精さんたちもこうなることはわかっているため、労いの意味を込めて腕によりをかけて料理を振る舞うので、艦娘たちの食事はいよいよ狂宴と化す。
例え駆逐艦であっても美味しい料理を求める修羅となるため、遠征部隊以外の艦娘はこの時間食堂を使うことを禁止している。
下手に食堂に入っても自分の食事を確保なんてできないし、できたとしても常に四方八方から襲撃を受けることになる。
食にも命をかける一航戦ならばそれも辞さない時もあるが、彼女たちであっても流石にこの時間帯は避ける。自分から疲労を増す環境に飛び込むなどという非効率的な行動を容認できる一航戦ではない。
まぁ、そうなることはわかっているので遠征部隊が帰島する時間はいつも食事の時間帯と被らないように調整している。
帰島時間が他の艦娘たちの昼食直後くらいで、それから入渠やら着替えやらをした艦娘たちが三時間ほど食の限りを尽くす。
どいつもこいつも戦艦組もかくや、とばかりに食べるし、実際の戦艦組は大和型二人か三人分は食べる。
調理担当の妖精さんも頑張りはするが、美味しい料理ばかりを出していたらいつまでたっても終わらないため、白米とお味噌汁を大量に用意して飢えた艦娘たちのお腹を落ち着ける工夫をしているようだ。
その日の未明頃から食堂の炊飯器と大型寸胴を総動員させて用意されるその量はおよそ白米十表に寸胴五杯分。これを腹に収める途中で様々な主菜副菜を貪るというのだから、例え三十人からなる旅団といえど侮れない。
「それと比べれば、長門は随分小食だな」
「これでもいつもより倍は食べているんだがな」
長門の前には大きめの炊飯器とこれも大きめの鍋が鍋敷きの上に乗っていた。
俺と長門は今、執務室の応接セットのソファで、その料理を載せたテーブルを挟んでくつろいでいる。
長門は口へ運んでいたスプーンを左手に持っていた更に置くと、十合炊きの炊飯器をぱかりと開け、半分ほど減った白米を大きなしゃもじで切り崩すように皿へよそう。
ひとしきり山盛りよそうと満足したのかしゃもじを炊飯器に入れたまま蓋を閉め、今度は横に置かれた鍋の蓋を持ち上げお玉でカレーをすくう。
このカレーは長門専用のレシピで、スパイス調合こそ妖精さんが手作業でやってくれたものの、正直それほど美味しいものではない。
そもそも具材がくず野菜の切れ端しか入ってない茹で汁に、明らかにスパイスの足りてないカレー粉を溶き混んで、申し訳程度の豚肉を入れただけのカレーだ。
とろみなんぞ欠片も感じさせないスープのようなカレーのようなものだし、味に関しても薄味な上に素材の味すら感じられないほど。
それでも、何故か長門はこれが好きなようで、長期遠征から帰島したら必ずこれを食べることにしている。
さしもの飢えた艦娘たちも、この食事に手を出すくらいなら白米だけ貪っていたほうがマシなので手を出してはこないのだが、これを食べている時はゆっくりしていたいらしい長門は遠征の報告にかこつけてこの執務室で食べるようになった。
以前、どうしてこんな水に色と匂いを付けただけのようなカレーが好きなのかと聞いてみたが、長門自身にもよくわからないそうだ。
味覚がおかしいのかと思ったが、普通に美味い不味いは理解できるようだし、たまに長門が料理した時も普通に美味い料理が出てくる。
その驚異的な命中率といい、類まれな戦地指揮能力といい、この不可解な食のこだわりといい、長門という艦娘は本当に変態じみた理不尽の塊だ。
「いつも五合も食ってんのか……?」
「いや、流石にいつもは白米だけでこんなには食べんぞ。あくまで量にして、ということだ」
「そうか……」
それにしたって、一般的な人間の男である俺にとっては馬鹿げた食事量だ。
そんなのを毎食なんて、食えるわけがない。
「それで、南西方面はどうだった?」
「やはり何かあるな。巡回先のポップ地点には特に異常は見られなかったが、道中の遭遇戦で、今までにない偏りが見られた」
「偏り?」
「ああ。どうにも敵との遭遇頻度が下がっていた。偶に遭っても、今までよりなんというか、動きがおかしかった」
「どんな動きだ?」
「後で司令部と参謀部所属の艦娘と協議をするつもりだが、どうにも斥候のような動きに感じられたんだ」
「斥候? 何かを探っているようだったってことか?」
「ああ、そうだと思う。どいつもこいつも軽巡洋艦級が二隻以上編入されていて、水上観測機を飛ばしていたからな。その所為でこちらが奇襲に近い先制攻撃ができる機会がほとんどなかった。まぁ先制はしたし、相手にとって優位であったわけでもないが」
斥候か哨戒か。どちらにしても、従来の発生しては散発的に攻める深海棲艦のやり方ではない。
近海で強力な指揮官級の深海棲艦が発生したか、どこかに敵泊地が形成されたかのどちらかだろう。
棲地が出現したにしては敵との遭遇頻度に辻褄が合わない。アレは無尽蔵の生産工場だ。途切れることのない深海棲艦の行列が本土に向かっていないとおかしいだろう。
すると、周辺の深海棲艦を集結させて戦術的に指揮できる強力な指揮官級の出現か、周辺の深海棲艦を一旦集結させて侵攻の際の圧力と勢いを増加させる泊地が形成されたかのどちらかが現状としては正解だろう。
もし長門の憶測が杞憂でなかったなら、だが。
「よし。じゃあ長門はすまんが、食事が終わったら司令部と参謀部所属の艦娘を集めて情報共有と分析を進めてくれ。ある程度確信できるに至ったら政府へ注意喚起の連絡を入れるよう大淀にも伝えておいてくれ」
「了解だ、提督。ふふっ。提督も、随分と板についてきたものだな?」
割りと初期の頃に建造できた長門は、鎮守府の歴史もまだまだ浅かった頃の俺の、無能どころか有害レベルの提督ぶりを知っている。
確かにあの頃に比べれば雲泥の差だろう。いつまでも有害であっては今のこの鎮守府の状況はなかっただろうし。
「うるせーよ。黙って食ってろ」
「照れるな照れるな。褒めているんだぞ、私は」
「からかってもいるだろうが!」
そんなじゃれ合いをしながらも、長門は着々と白米に味のないカレーを食べ続け、気がつけば十合あった白米も、何リットルあったか知れないカレー鍋も綺麗サッパリ空になっていた。
一週間も侘びしい量の食事(味は良い)で耐え忍んだ艦娘たちは、鎮守府帰還後、獣となる。
長門さんの食事は、何となく作者が、長門さんの戦闘終了後はこんな飯食いそう、という妄想から捏造されたもので、現実史実その他創作物とは一切関わりのないものです! いえ、どっかからインスパイアされたのかもしれませんが、どこかに載ってた設定というわけでも無いので、あんまり深く考えないでください! 別に何の伏線でもないです!
ちなみに、遠征後の獣たちは元がおとなしめの艦娘でも凶暴化します。
五月雨ちゃんも堪能しているオカズを横取りされたら血を見るまで済みませんし、文月ちゃんなんて相手の歯を三本砕くまで収まりません。料理さえ与えておけば可愛らしくガツガツ貪っているだけですが。