戦艦棲姫が来てから、鎮守府の戦闘事情はグッと良くなった。
何せ彼女がふらっと鎮守府近海を散歩するだけで周囲一帯の深海棲艦が貪り尽くされるのだ。たまに彼女が食べ残すというか、巡回コースと重ならなかった小規模な群れが接近する程度になったのだ。
もはや機雷群の空白をわざわざ三箇所も開ける必要はなくなり、昼も夜も一箇所だけで十分対応できる。
従って出撃する艦娘の人数も少なくて済み、無事三交代制を実現するに至ったというわけだ。
戦艦棲姫も鎮守府の生活には慣れたようで、今ではちょっとしたスポーツ感覚で群がる深海棲艦たちを屠りまわっている。
鎮守府内では艤装を展開できないし艦娘に攻撃もできないので、色々溜まるというか鈍るというか、戦わないと調子が悪いらしい。
危なくないのかとか疲れないのかと尋ねてみたが、彼女にとって姫級や鬼級ではない深海棲艦は等しく有象無象の雑魚であり、何百と群がってこようとタダのわんこ蕎麦同然とのことだ。誰だわんこ蕎麦なんて教えたヤツは。
差し当たって自由時間が増えた艦娘たちは思い思いの行動で日々を過ごしている。
戦艦棲姫のおかげで戦闘が楽になっているとはいえ気まぐれな彼女のこと、いつまた鎮守府を旅立ったり、あるいは留まっていても散歩をしなくなるかはわからない。そんな懸念から鍛錬を欠かさず、むしろ更に激しい訓練に励む艦娘も少なくはない。
一航戦なんぞまさにその典型である。これまで気合と根性、それと一航戦の容赦無い方に認めて欲しいがために食らいついていた五航戦瑞鶴ですら音を上げる全力の訓練が続いているらしい。
諜報活動に勤しんでいる元一航戦の龍驤に艦戦の機動について教えてもらう。艦載機を全て戦闘機に換装した一航戦コンビが、元一航戦の鳳翔さん操る五機の攻撃機からの雷撃と五機の爆撃機からの爆撃を防ぐ訓練を続けているが、結果は芳しくない。そもそも数が多すぎて操作精度が下がるという問題もあるが、下手に減らしたところで弾幕密度は下がるだけなのでむしろ妨害効果が下がるという有り様だった。
逆に鳳翔さんが十機の戦闘機で防空するので、全艦載機を半分は雷撃機、半分は爆撃機に換装した二人で同時に攻撃する演習を繰り返しているのだが、未だに一発の爆弾や雷撃もまともに当てられたことはない。むしろ毎回全機撃墜されているので、流石の一航戦の矜持もズタズタだった。
辛うじて、半ばヤケクソじみた瑞鶴の爆撃機が、高高度の時点から祈るように投下した爆弾が至近弾になったことはあるが、それも一発だけだった。
瑞鶴の艦載機も類に漏れず全て撃墜されていったことを受けて、そんなまぐれは二度も起こることはなく、一週間も持たず彼女は自信の全てを喪失して訓練を断念してしまった。
赤城と加賀も当初は苦しげな表情だったものだが、集中的に訓練に励める環境を得たことで成長速度を加速させ、今では鳳翔さんとの演習でも比較的長い時間もつようになった。
特に鳳翔さんの雷撃機が赤城に一発、爆撃機が加賀に一発、それぞれに命中させないことに成功した時はものすごいはしゃぎっぷりだったらしい。
あまりにも嬉しそうにはしゃぐので、最初は鳳翔さんも微笑ましく後輩の成長を喜んでいたのだが、いつまで経っても落ち着かないし増長の様子が見られたようだからちょっと怒ってしまったらしい。
どうなったかは龍驤ちゃんすら青い顔して言葉を濁すが、次の演習で鳳翔さんの雷撃機と爆撃機は一航戦コンビの艦戦を全て叩き落としてから攻撃したらしい。
通常の航空機に航空魚雷や爆弾といった重りを吊るした状態で二百機近い戦闘機を落とすとは、一体全体どういうことなのか。
思う存分以上に震え上がった一航戦の二人は改めて心を入れ替えて訓練に励んでいるらしい。
同じく訓練に励む艦娘といえば神通である。
彼女は先日の、戦艦棲姫の歯牙にもかけない態度に酷く傷ついたようで、二度と舐められないようにと自分の訓練に余念がない。
近接戦では日向と球磨姉ちゃんに頼み込んでひたすら模擬戦を重ね、砲撃戦では金剛と長門に頼んで演習を繰り返している。
球磨姉ちゃんは別に近接戦闘の専門というわけではないのだが、少なくとも神通よりはかなり強い。
姉である川内などは小細工を弄しまくって神通を翻弄することで圧倒してくるが、球磨姉ちゃんは純粋に戦闘センスが違いすぎて敵わないので、神通は熱狂的に挑みかかっているようだ。先日など、神通があまりにしつこく挑んでくるから怖いクマ、など言って執務室に逃げ込んできたくらいだ。
日向に関しては剣術を学んでいるらしい。ただ、日向にしても教えるような行為は苦手なようで、毎回叩きのめしては助言を求めてくる神通に少し辟易しだしているらしい。
もっと深刻なのは長門と金剛で、二人はまとめて砲撃戦の演習に誘われる。
開始距離は十五キロなので、金剛と長門両名のキルゾーンなのだが、それでいて二人には離れた位置で開始して欲しいと言われるのだと。
金剛の砲撃も長門の砲撃もほぼ必中な上にそんなバラけた位置に二人がいては、異なる方角から迫る砲撃を避けれないじゃないかと俺なんかは思うのだが、あの訓練バカはその辺の常識を凌駕していくらしい。
長門から放たれるほぼ必中レベルの精度の砲撃を避け、金剛の放つ「避けられない砲撃」を切り払う。ほぼ同時に着弾してくる二発の砲弾を、神通は確実に凌いで接近してくるらしい。
二人とも命中率を売りにしているメインアタッカーなだけに、こうも軽々と対処されると忸怩たるものを感じるとかで、最近は連射性を高めた艤装の開発と慣熟に力を注いでいる。
神通としては、どの訓練も互いに切磋琢磨しあう素晴らしい時間なのだろうが、いささか気持ちが前に出すぎていて周囲が見えなくなっているようだ。
普段は気弱な感じもあってその辺りのバランスが取れた良い娘なんだが、戦艦棲姫への対抗意識が強いのか、イッパイイッパイな感じだ。
近い内に腰を据えて話をするかな。