艦娘たちのスケジュールが微妙に忙しくなってしばらく経った。
今では皆もある程度慣れてきたようすだが、やはり難しい部分もあるようだ。
というのも、以前がちょっと暇を持て余していただけあって、久しぶりに出撃が連続することになった艦娘や、新入りの艦娘で以前の困窮具合を噂話程度にしか知らない娘たちがちょっと目を回しているのだ。
川内なんかは連日の夜間防衛戦でテンションが有頂天だし、訓練ができずにモヤモヤしていた神通は「実戦に勝る訓練はありませんっ」等と言って随伴の駆逐艦たちや旗艦の戦艦組や空母組を苦笑いさせているので、一部のマイペースな娘たちにとっては言うほどの負担増ではないらしい。
しかしながら、それ以外の艦娘たちに疲労が溜まってきているのは確かで。
疲れのせいか、多くの艦娘たちが集まる食堂や交流室では時折ギスギスした雰囲気だとか衝突があるようなないような、といった報告が鳳翔さんから上がってきている。
今は精々じゃれあいがちょっと激しくなった程度だが、このまま行けば無視できない問題になるかもしれないから何とかしてくれ、とのことだった。
家庭内不和は子供の心身の健やかな成長を著しく妨げる。大きな家族であるところの鎮守府においては、新入りの娘たちや精神的に低年齢な艦娘たちへの悪影響が懸念されるだろう。
そのような危険は万難を排して避けねばなるまい。
そこで俺は秘書艦勢に緊急会議を命じた。家族会議である。議題は、最近の鎮守府内の悪い雰囲気をどうにかしよう、だ。
本土との取引が増えた影響で山盛り増えた書類仕事に溺れながらも連日奮闘している秘書艦たちは、こんな議題で秘書艦全員を一度に集めた俺に対してかなりご立腹だったようだが、俺の考えを述べるに連れてこの懸念に関して真剣に考えてくれるようになった。
あーだこーだ、あーでもないこーでもないと議論を重ねるが、そもそも俺は鎮守府以外でまともな家族を持ったことはなく、艦娘たちは生まれてまだ三年ちょっとが精々の人生経験低練度どもである。まともな話し合いというか、実のある内容には到底至らなかった。
執務室では手狭なのでと、近くの会議室で喧々囂々だか喧々諤々だとどっちか知らないが、先の見えない不毛な話し合いは深夜遅くまで続いてしまった。
流石の艦娘といえども、連日の激務に続いての五里霧中な会議では疲労の表情を隠せない。ほぼ全員が疲れた顔をしているか、表情というものが完全に抜け落ちていたり眼の焦点が定まっていなかったり、あるいはもうボケっと椅子に身体を預けてしまっているばかりだ。
そもそも、艦娘たちの雰囲気悪化の原因ははっきりしている。
休みが減ったことだ。
本土の連中が無謀な特攻をさせた尻拭いのために、当初の想定以上の仕事量となってしまったことが今のこの事態の発端なのだ。
見込みが甘かったとも言えるので、その点に関しては本土の連中に文句を言う訳にもいかない。先に黙っていたのはこちらだしな。
まぁつまり。解決策などわかりきっているのだ。休みを増やせばいい。
艦娘の疲労度が戦闘能力に直結している以上、疲れた状態で出撃させれば戦闘で手こずるし、それがまた更なるストレスに繋がるという悪循環ができているのだから。
だがしかし、原因がわかっているからといってもそう簡単にはいかない。
休みが減っている理由は、艦娘の人手不足なのだから。
俺の異能である鎮守府の機能には、艦娘を建造するというものがある。
しかしこの能力はかなり受動的なもので、俺の好きな時に好きなだけ建造できるというものでもない。
むしろ完全にランダムなタイミングで建造可能になるし、建造する艦娘自体もランダムで決定されるようだ。数の関係か、駆逐艦が多く出てくるのは確かだが。
すなわち、鎮守府の建造機能を使って艦娘の人手不足を解消することはできない。
また、以前話し合っていた基地航空隊の運用による戦力のカバーに関しても、既に限界に達している。
元々鎮守府の運用限界数が二〇〇〇機でギリギリオーバー気味なのだが、今はそれにちょっと加えて運用している。整備と補充と訓練の状況が完全に火の車だ。むしろ整備なんかまともにできていないので、ちょっと手間のかかる損傷を受けただけで廃棄して新たな航空機を建造しているという凄まじい現状だ。
それでも鎮守府の生産能力というか、航空機の量産性能はあまり高くないので、結構ヤバイ。整備妖精さんたちは休みなく働いてもらっている。
幸いにして、妖精さんたちには「疲れる」という概念がないらしく、生態上は不眠不休で無限に働けるらしい。
ただ、あまり連続で似たような仕事を続けていると「飽きる」らしく、この感情が妖精さんたちにとって強烈に嫌なもののようで、以後しばらくの間一切働かなくなる。
この「飽きる」という感情はある程度良質なお菓子を食べれば一発でリセットできるらしいので、妖精さんたちは今お菓子漬けの毎日だ。
美味しいお菓子を齧っては働き、齧っては整備している。
妖精さんを増やそうにも、作業場のキャパシティ的にこれ以上は増やせないようなので、こちらの方も解決の目処は立っていない。
こうなるともうお手上げだ。
やる気のみなぎっている艦娘と相談して休みを減らしてもらい、その分を他の艦娘たちに割り当てたりとしていたが、所詮は焼け石に水といったところか、無駄ではないにしても改善には至っていない。
惨憺たる会議の経過に、秘書艦たちも俺も暗い気持ちを隠せない。
このままではマズいと思い、一旦休憩を挟もうと提案する。
脳をリフレッシュさせて、ちょっと時間を開けることで別の視点で考えられるようにしようとの狙いだ。
視野が狭まっていたのを自覚していたのか、皆も賛同してくれた。
そう言う訳で今は休憩中。
相変わらず椅子に撃沈している艦娘もチラホラ見かけるが、何人かは食堂や購買部へ向かって飲み物とお茶請けを調達しに行ってくれた。
凝り固まった身体をほぐそうと、大きく伸びをして立ち上がる。少し室内を歩いて血行を良くしないとまた肩凝りに悩まされるな。
広くもなく狭くもない会議室内をぐるりと廻る。
残っている面々は死屍累々もいいところだな。やはりデスクワークというのも結構負担が大きいのだろう。皆肩だの首だの腰だの目だのがキているらしく、自分で揉んだり近くの艦娘同士で揉ませ合ったりしている。やっぱり装甲が厚いと凝りも激しいんでしょうか!
そんな中でも目についたのは、秘書艦としては珍しく駆逐艦である叢雲だ。
駆逐艦は役どころが多いので結構な割合で出撃任務が当てられているのだが、叢雲は中々の真面目さに書類仕事の正確さを大淀に買われて、今のクソ繁忙期の間だけ固定で秘書艦になってもらっている。
そんな叢雲だが、話の内容がフワッフワなのに重い所為か、かなり疲れているようだ。
思えば最近の秘書艦たちは朝早くから朝早くまでずっと仕事しっぱなしだ。
駆逐艦の体格故に他の艦娘たちよりも体力が比較的少ない叢雲にはかなり酷なものだったのだろう。目に隈が浮いている、という程ではないが、明らかに顔色が悪くなっている。
「おい、大丈夫か叢雲。随分顔色が悪いぞ?」
「提督……。ええ、まぁ、調子がいいわけではないわね。でも、そんなこと言ってられないしね」
やはり、かなり疲れている。この疲労具合は流石に異常だ。いくら人手不足の現状でも、絶対に出撃させられないレベルの疲労を感じる。
叢雲の言葉に、いつもの元気というか、自信に満ちた感じのハリが全く無い。限界いっぱいいっぱいなんだろう。
「流石に無理をしすぎだろう。お前たちに全部放り投げている俺が言えた義理じゃないが、休めないのか?」
「休めないわけじゃないのよ。ただ、ある程度区切りがついても細々したものが残っていることが多いし、そういうのを放っておくと後々更にきつくなるから、ね」
「むぅ……」
言ってる間にもやっぱり辛いのか、しきりに首を回す叢雲。元気の無い顔でうっすら目を閉じながら首を回しているが、音がすごい。ごきごきごきっと盛大に首が鳴る。気持ち良いのか、叢雲の顔がちょっとだけ緩んだ。
「うわ、すごいなそれ」
「ええ……。デスクワークってもっと楽なもんだと思ってたんだけどね。こうも詰め込んでやってると、むしろ出撃して劣勢の戦闘してたほうがマシだったかもと思ってしまうわ。特に首と目がヤバイわね」
「ああ、確かに首とか肩が凝ると目もクるからなぁ。ちょっと揉んでやろうか?」
俺の場合はほとんど漫画読んでたりが原因なのだが、叢雲ほどではないにしろ経験はある。しかも一度自覚するとかなりしつこい癖になるからな。
「え? 本当に? じゃ、じゃあ、ちょっとお願い、しようかしら……」
「ああ、遠慮すんなよ。普段頑張ってくれてるからな。これくらいは任せてくれ」
普段だったら絶対に断っていたんだろうけど、そんな考えすら浮かばないくらいヤバイのか、意外とノリ気な叢雲。
これは精神的にも大分参ってるなぁと、鎮守府の雰囲気だけじゃなくて秘書艦たちのオーバーワークに関しても考えなければならないか。
そんなことを考えつつも座っている叢雲の後ろに回りこんだ。
少しだけ叢雲が姿勢を正し、若干俯いて俺が肩を揉みやすい体勢を作る。
満を持して叢雲の肩に手をやり、どれどれどんなものかいね、と凝り具合を確かめるための一揉み。
その瞬間、俺は愕然とした。戦慄したと言ってもいい。
叢雲の肩は、硬かったのだ。
比喩表現として、石のように凝った肩、と言ったりする。
まさにアレだった。
女の子特有の柔らかさなど、皮膚と皮下脂肪を合わせたホンの数ミリしか感じない。
その下の肉は、冷凍庫に入れて三日が経った鶏胸肉と同じ感触だった。
「……叢雲。結構強く揉むぞ」
「え、ええ。いいわよ……?」
こんな幼い外見の少女が、かつての柔らかな身体の面影すらなくした哀れな姿に、俺は心で号泣した。
ひいては誠心誠意全霊を以って少女の凝りを揉みほぐすのが、俺に残された唯一の道だったのだ。
後になって考えれば、もうちょっとここで考えを巡らせておけばよかった。
せめてもうちょっと周りに気を使うというか、別の落ち着ける場所にでも行っておけばよかったんだ。
まぁ、この時の俺はこんなことになるなんて思いもしてなかったのだから、どうしようもなかったんだが。
いざ、覚悟! と気合を入れた肩揉みをブチかます俺。
相手は肉であることを忘れた冷凍胸肉(肩)だ。遠慮も手加減も必要ない。全力で揉みほぐしてやれ! と、ギュッと肩を一揉み。
その瞬間。
「……っあ゛あ゛あ゛ぁ゛ーー……」
決して可憐な少女から出てはいけないような、まるで五〇代を回ったおっさんが仕事帰りの風呂屋で絶妙な湯加減の湯船に浸かった時の鳴き声のようなものが、俺の目の前で座っている少女の肺の奥から漏れ出してしまった……。
そのことに彼女自身は全く気付いていないようだが結構な音量だったため、広くもなく狭くもない会議室に残っていた秘書艦の娘たちは全員、思わず発生源(発声源?)の少女に目線を集めてしまった……。
睡眠時間! そういうのもあるのか。
人手不足が祟ってカツカツの現在、鎮守府の秘書艦は完全に固定されていて、合計は八人です。
その中で叢雲は唯一の駆逐艦です。忙しくない普段は、固定なのは大淀だけで後は交代制なので、他の駆逐艦が秘書艦になることもあります。
ちなみに大淀と叢雲の他には、榛名と伊勢、妙高と高雄、由良と鹿島が現在固定で秘書艦を務めています。
提督が考えなしに「溜まったお金使わなきゃ(使命感)」とか言って奨学金出したり投資したりした上に輸出量を倍増させたので、毎日の書類仕事が数倍に膨れ上がったとか何とか。
現在は八人の内二人が一週間に一度休みをとって回している状況のようです。一日休んだら次の休みは四週間後というわけです。(白目)
補給さえあれば不眠不休で活動できる艦娘ならではの離れ業ですね。(精神的に問題ないとは言ってない)
またちょっとたて込みそうなので、次の更新がいつになるかは不透明ですが、次回もお読みくだされば嬉しいです。
次回も提督の癒やしに付き合ってもらおう。