株式会社 鎮守府   作:不可

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39. 魔性の提督

 艦娘は基本的に死なない。

 肉体の七割を失っても、鎮守府の入渠施設で処置ができれば完全に復活できる。

 復活できないのは七割を超えて肉体を失ってしまった時か、鎮守府に戻れず深海に沈んでしまった時だけだ。その際は巡り合わせによって同型の艦娘を建造できるらしいが、かつての記憶も経験も持たない、まっさらで新しい艦娘になるらしい。

 

 入渠施設での回復も、あくまで肉体的損傷しか治せない。しかも、この損傷とやらがかなり曖昧なようだ。

 髪の長さや手足の欠損などは寸分の狂いもなく完全に再現できるのだが、筋肉や内臓の疲労といったものには何の効果も得られない。

 いや、入渠施設が一応浴場としての体をなしている以上、通常の人間が入浴することで得られる程度の効果はあるが、それ以上のものでは決してない。

 

 長時間に渡る心身の酷使からくる全身の疲労は、病気こそ招かないものの、常識では考えられないような凝りとして艦娘を蝕む。

 

 従来の鎮守府であれば、こういった疲労はあくまでも精神的なものであった。

 艦隊運用も身の丈に合ったものであったし本土とのやり取りもまだ少なかった。何より人員そのものが日を追うごとに増えていったために、各自の負担が分散していくことを身をもって体感できていた。実際、最初期の頃であっても休養自体はそれなりに取れていた。

 だからこそ、そんな環境での艦娘たちの精神疲労を取り除くのは甘味に代表される嗜好品などで済んでいたのだ。

 

 それが現在のところ、対馬海流に乗った形で日本近海を北上して朝鮮半島と中国の沿岸部を痛撃した深海棲艦群に対して無駄にちょっかいを出した挙句殲滅という返り討ちに遭ったため洒落にならない人員不足に陥った自衛隊の代わりに、日本近海のほぼ全域という処理能力の限界ギリギリ先をタップ・ダンスしている範囲をウチの鎮守府がカバーしているのだ。

 当然ながら艦娘のひとりひとりにしっかりとした休養を与える時間は捻出しきれず、今では半日の休暇が長期休暇扱いだ。

 

 そんなデスマーチ艦隊に勤務する艦娘たちは、精神的疲労の問題以前に、十分に休まらない身体そのものに致命的な問題を抱えるようになった。

 

 入浴にリラックス効果があるとは言っても、所詮は気休めにすぎない。そもそも半休が長期休暇扱いの鎮守府の現状を踏まえると、風呂でゆっくりしている艦娘は皆無だ。時間を贅沢に使う艦娘で十五分程度。他の艦娘は平均で十分も使わないし、それよりも睡眠に時間を割きたい一部の猛者たちは入浴など五分で済ませる。体と髪はしっかり洗うように言ってるからね、どうしても五分は要ります。

 

 どれほどの名湯であろうと、脱衣から着衣までを含めて十五分に満たない入浴時間では、極限まで酷使される肉体を癒やすことはできないのだ。

 

 その辺り、秘書艦組は特に酷かった。

 肉体的に損害の生じない書類仕事だからか睡眠どころか風呂もまともに入らずに仕事することが多いらしい。艦娘は基本的に補給さえあれば不眠不休で活動できるものの、精神的疲労は確実に堆積する。

 やっと風呂に入ったかと思えばシャワーで五分だけとかばかり。睡眠も自室に戻らず秘書艦室のデスクかソファで失神して済ませているとか。

 

 普通の人間なら一月もたずに死ぬんじゃないだろうか。少なくとも俺なら死ぬ。

 そんな中でも、目元の隈と瞳の濁り具合以外の身だしなみや俺へのフォローも完璧だった大淀は流石の秘書艦筆頭である。他の秘書艦たちは多かれ少なかれヨレていたりボロボロな姿ではあったのだが。

 

 そんな極限状態の艦娘が、俺の手による僅か十数分から三十分程度、長くて一時間ほどで快調になったのだ。流石に普段の絶好調とまではいかないが、マッサージ前と比べれば正に別次元。代償は俺の両手の鈍い疲労だけ。まぁこんなもの、ちょっと休ませればどうにかなる程度だ。費用対効果は絶大。これを活用しない手はない。

 

 これをすると結局深海棲艦が他の海域に流れてそこの状況が悪化するのでしたくなかったのだが、鎮守府の防衛ラインを全て機雷で封鎖して艦娘のシフトに緊急かつ無理矢理に余裕を持たせた。

 空いた時間を艦娘の休養に当てるのだが、その際にグループごとに俺のマッサージを受けさせた。

 一部の艦娘は、そんなことよりも睡眠を、と言って渋った様子を見せていたものの、出撃組も肉体の疲弊はより深く実感している。明らかに以前と様子の違って調子が良い秘書艦組の変貌っぷりもあってか、結局は全員二つ返事で了承した。

 

 出撃組の凝り具合は、肩や腕も相当なものながら、やはり足腰がヤバかった。

 

 特に重巡組は、水雷戦隊の切り込みの際に敵放火の盾として耐えたり反撃の中心として苛烈に砲撃したりと戦域を八面六臂に踏ん張りながら駆け回る為か、大淀の肩凝りクラスのがゴロゴロいた。

 古鷹型と青葉型は特に、身体強度に対して負担が大きすぎたのか、筋肉が張りすぎていて脚の曲げ伸ばしどころか歩行にも支障が出ていたし、無理に動かして肉離れを繰り返していたためか筋肉の弾力が完全に死んでいた。流石に俺の手だけではどうにもならなかったので、水着になってもらって温水に浸かりながらマッサージさせてもらった。こいつらはグループが分かれていたから助かったが、もし古鷹型が二人連続で来ていたら俺の手は死んでいたかもしれない。

 高雄型は切り込みよりも、戦艦組に付いて砲撃支援が中心だったからか、全体的に鶏の冷凍胸肉だった程度で済んでいた。いや、全身がこうもガチガチだと被弾率はともかく当たり方が悪いのか毎回大破していたから、こちらも深刻な問題だったのだが。

 

 問題は妙高型だ。

 どうにも戦闘狂っぽい性格の為か、筋肉が疲弊していて動かなくとも力まかせに動かし続けていた所為か、異常な感触の筋肉というか塊だった。ゴムハンマーのほうがまだ柔らかかったと思う。

 固いだけではなく、固まり方が意味不明で、本来繊維の束になっているべき筋の途中が途切れていたり丸まっていたりと、どうやったらこうなるのか、触っていても実態が理解できない不思議な状態だった。

 実際、温水に漬けた程度では歯も立たず、ツボ押し用の短い木の棒を何本もへし折りながら兎に角素手で揉めるレベルにするのに一時間。それからどうにか現代人の働き者のお母さんの肩凝りレベルまで回復するのに一時間と、通常の艦娘たちの何倍もの時間がかかってしまった上で俺がギブアップ。俺が一日で回復させてやれなかった唯一の艦娘たちだ。

 

 駆逐艦たちに関しては全員叢雲同様の十五分程度で済んでいる。面積というかサイズが全体的に小さいし、見た目が幼いからか戦場でも全身を激しく動かすのか、回復力も他の大型艦に比べれば断然あるようで、苦労といった苦労も無かった。精々村雨が調子に乗って変なリアクションをしようとしたり、七駆の連中が揃いも揃って変に恥ずかしがって焦れていたくらいだ。全員問答無用で揉んでやったがな。ちなみに、駆逐艦の中でマッサージ後に起きていたのは最初に肩を揉んだ叢雲だけで、後は全員ぐっすり眠りに落ちていた。おかげで全快だったようだが。

 

 軽巡も重巡に次いで肉体疲労の激しい部類で、やっぱり水雷戦隊の切り込みは負担が大きいようだ。仕方ないことだけど。

 球磨姉ちゃんを始めとした球磨型は流石の安定感故か、全員常識的な凝り具合だった。自分の体のケアをしっかり意識していたのだろう。それでもかなり気持ちよさそうにしていたので、疲労は溜まりきっていたのだろう。駆逐艦同様、マッサージ中にガッツリ寝入っていた。

 逆に川内型はヤバかった。身体もそうだが、精神も限界そうだったのだ。加減という概念を建造時に組み込み忘れられた川内型は、出撃が増えているのに休もうとしないのだ。昼出撃を普通に割り振っているのに夜戦を休まない川内。補給と入渠以外は出突っ張りの神通。たまの休憩時間もアイドル活動に血道を上げる那珂。やっぱり川内型は狂っている。例に漏れずマッサージで深い眠りに落ちたため、どっぷりと心を落ち着かせて癒やして欲しい。

 他の長良型や天龍型も凝りはキツかったものの、流石に川内型ほど追い詰められているわけではなかった。

 

 戦艦組や空母組は艤装の影響が強いのか、肩・背中・腰が硬化プラスチックのプロテクターみたいになっていたが、艦種補正でもあるのかまだ余裕はある方だった。

 潜水艦組も身体の負担よりも精神の疲労のほうが問題だったようで、マッサージによるリラックス効果は覿面だった。

 

 数週間掛けて鎮守府の艦娘を一通りマッサージすることができたものの、今度は俺の手がかなりヤバいことになっていた。

 

 最初は妙齢の美少女である艦娘たちの脚だの尻だのを揉むってんでドギマギしていた俺も、度重なる冷凍胸肉や保冷剤の解凍作業にぐぅの音も出ないほど参ってしまった。

 途中、余裕ができた何人かの艦娘に俺のマッサージのやり方を教えて戦力にしようと思ったのだが、どうにも俺以外の艦娘によるマッサージは俺によるマッサージほどの効果が無かったようだった。凝った筋肉なのか鋼材なのか判別できない筋肉を解すなら、俺なんかよりよっぽど怪力な艦娘の指の方が向いていると思ったのだが、どうにも痛いだけでロクに凝りがほぐれなかったらしい。

 

 これが俺のマッサージの才能なのか、あるいは異能の一部技能なのか、はたまた他の要因があるのかはわからない。だが、俺が艦娘をマッサージすることで彼女たちがリフレッシュできるのは確かだ。

 

 ちなみに、凝りとかそういった人間の文化的な意識が全く無かった戦艦棲姫が関心を示したため、物は試しとマッサージしてやったら随分と感動していた。

 風呂といいマッサージといい、深海棲艦でも何だかんだこういう癒し系が好きなんだなぁと思っていたら、戦艦棲姫のヤツ、二回目を要求してきやがった。しかも皆の前で。

 

 確かに、マッサージは所詮対症療法。原因である過密スケジュールをどうにかしない限りはいずれ再発する問題ではあった。

 当然俺としても、この一回だけではなく今後も提督リフレのマッサージは続けていくつもりだった。

 しかし、それはこの疲れきった俺の両手が癒えてからのつもりだったのだ。

 

 都合のいいことに、おかわりという概念をすっぽり忘れてくれていた艦娘たちの前で戦艦棲姫がおねだりしてきたものだから、我も我もと他の皆も俺に群がってきた。

 特に駆逐艦たちからの攻勢は激しく、大勢の駆逐艦たちにたかられた俺は揉みくちゃにされてしまうほどだった。マッサージってのはもっと優しくするもんだぜ、お嬢さんたち。

 

 その時は大淀が取りなしてくれて事なきを得たが、予想より大分早い内にリフレを復活させねばなるまい。

 まぁ、仕事量自体は減ってないわけだからな。早くも肉体疲労が溜まりまくってきた艦娘もチラホラまた出てきた様子だし、下手に時間を開けて強烈な凝りに育ってしまうとまたマッサージの時間もかかるし俺の手も痛くなる。

 今日は流石にまだ休ませて欲しいが、明日からは再開するべきか。何せ艦娘の皆の方は今も全力で出撃中だからな。俺だけがちょっと疲れたからって休み続けるのも忍びない。だからと言って無理をするつもりは無いけどな。万が一無理をした結果、それ以降艦娘をマッサージできなくなってしまっては悪影響が大きすぎる。艦娘たちには悪いが、ほどほどにさせてもらうことにするよ。

 

 しかし、基本的に艦娘の皆は俺のことを好意的に慕ってくれているものなんだが、鎮守府開設以来初めてじゃないかってほど今の俺はモテている気がする。

 近くでは駆逐艦たちがキャーキャーと俺を誘ってくるし、遠くでは鳳翔さんが遠慮がちながらも期待を込めた眼差しでチラチラとこちらを窺っている。何だアレ、グッとくるじゃないかっ。

 

 モテる男は辛いぜ。主に手が。




気がついたら年度が変わっていたとか言うデマ。どこの日付を見ても今日現在は新年度の三日目とか言うんですが、エイプリルフールにはまだ早いですよね?(白目)

鎮守府は現在地獄です。企業規模としては、輸出企業としても燃料分野だけでも世界大手並、民間軍事会社としては文句なく世界最大手並の仕事量です。それをたった八人の事務スタッフと三百人にも満たない現場スタッフ(今後の拡張性のため数は明言しません)で回しているので、当然ですね。
ちなみに本土の法律的には、会社の人間は提督一人だけなので、中小企業です。従業員数的には零細どころの騒ぎじゃありません。
実際に仕事量的には、近所の八百屋さんが本業をやりながら高速を含む全国の道路交通網を整備・運用・保守しつつ自動車のパーツや製品そのものを販売流通させた上で燃料も売り捌いている、というぐらいヤバいです。デスマーチで対応しきれるんでしょうか、八百屋さんは……。

なんかもう、次はいつ更新できるのかわからなくて恐縮ですが、次回もお付き合い下さればありがたいです。
よろしくお願いします。
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