株式会社 鎮守府   作:不可

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5. 食堂の艦娘

 食堂に着いた。

 当社鎮守府の鉄火場はひとえにこの食堂である。

 

 艦娘たちは深海棲艦に比肩しうる理不尽の塊というか生命体だが、深海棲艦に比べれば遥かに人間に近い。

 彼女たちは代謝がある。

 汗もかくし排泄もする。眠りもするし食べもする。棲地由来の資源を加工した燃料があれば活動できなくも無いが、食事や休養を欠けば戦闘での性能、即ち士気や集中力と言ったものが著しく欠如する。この戦力低下は数字上の見かけよりも甚だしく影響力が高い。

 何せ経験豊富な高練度艦隊であったとしても、この戦意が酷く低下している場合、倍する数を以ってしても新造艦娘の一個艦隊に惜敗してしまうこともある。

 補給だけで連続出撃を続ければ、機械的な動きを晒すようになる。機械的な動きは予測しやすいので、艦娘本体はただの的に成り下がるし、艦娘からの砲雷撃はほぼ確実に回避される。

 

 そう、だからこそ艦娘たちは美味しい食事を求めてやまないのだ。

 単純に彼女たちの運動量は人間の限界を超えているから、身も蓋も無く空腹になるというのもある。

 

 しかしてこの食堂はそういった艦娘たちの欲望を満たす、最重要施設なのだ。

 この食堂の料理は基本的に異能によって呼び出される妖精さんたちが提供している。彼らに食糧生産ユニットで得た材料を渡し、調理してもらうことで食事にありつけるのだ。

 

 先程述べたように、食事の満足度は艦娘の戦闘能力にほぼ直結している。

 だから、艦娘たち自身も、自分の食事にはかなり真剣になったりする。

 

 大多数の艦娘たちは食事時間になるとここへやってきて、気の知れた仲間たちと和気藹々としながら食事を楽しむ。

 極少数の艦娘たちは、一口一口を文字通り噛み締めながら吟味し、食事を心から楽しむ。それはもう、鬼気迫るほどの真剣さで以って。

 最初それを観た時は、逆に美味しくなくなるんじゃないかと思ったものだが、よくよく観察してみると幸せそうな顔をしてもいるので問題はないのだろう。

 

 そんな少数派の中でも更に特異なヤツらがいる。

 第一航空戦隊、一航戦の正規空母コンビだ。

 

 あの二人の食事に対する真剣さも常軌を逸している。

 その内の一人が、食堂の注文カウンターの近くで静かに食事を楽しんでいた。

 

「赤城。今日のオススメはなんだ?」

「どれも大変美味しかったですが、あえて選ぶなら私も今食べている中華丼を推しましょう。今日の餡かけの味、料理長さんの腕が冴え渡っています。既に五杯目ですが、私の舌は未だに飽きるという言葉を思い出せていません」

「じゃあそれにしよう。妖精さん、中華丼を一杯。少なめで」

 

 案の定、赤城は既に今日のメニューを全て平らげていた。それでいて更に四杯の中華丼を胃に収めて余裕綽々と言うのだから、一航戦の食事にかける熱意は半端なものではない。

 

「今日は非番だったよな」

「ええ。久方ぶりの丸一日完全休養です」

「だというのに食堂に缶詰か?」

「確かに缶詰も美味ではありますが、流石に食堂に来てまでわざわざ食べようとも思いません」

「意味が違う」

「分かっています。ですが、この赤城。一航戦の誇りにかけて食堂待機は譲れません」

 

 一航戦正規空母赤城。そして同じく加賀。かつての大戦であまりに無念な最期を遂げた軍艦。それも高潔な誇りを持っていた彼女たち。この二隻の魂の記憶を宿す二人の艦娘たちは、艦娘として新たな生を歩むにあたって、魂の記憶に最も強く引き摺られている艦娘でもあった。

 即ち、慢心である。

 油断大敵、後悔先に立たず。

 これらの言葉が表すように、彼女たちは先の大戦での自らの敗因をそれと確信していた。そして、その確信を大いに恥じていて、また大いに反省していた。

 

 常に最高の準備を。

 一切の慢心も妥協も許さなくなった彼女たちは、自分たちの実力を発揮できなくなる状況を極端に嫌った。いっそ憎んだと言ってもいい。

 

 事実、彼女たちの艦隊行動はとにかくねちっこい。

 豊富な兵站事情を最大限有効活用して、出撃しては比喩ではなく常時全方位の索敵を継続し、異常な索敵距離の利点を活かした一方的な艦載機の奇襲で制空権を絶対に確保する。敵の艦載機は離陸した端から敵艦上空を我が物顔で埋め尽くす戦闘機の群れが襲い掛かって撃墜する。その癖出撃から帰島までの資源管理は完璧で、常に定足の二割以上を確保している。

 その偏執的なまでの被弾忌避精神は、あまりに異常な訓練を己に課していた。

 

 彼女たちは自分たちの艤装と余剰の戦闘機で、敵の魚雷を打ち落とす練習に血道を上げた。

 魚雷の当たり所が悪ければたった一発で戦艦が沈むこともある。だからこそ彼女たちはそれにも対応しようとした。

 

 結論から言うと、この試みは成功してしまった。

 指の肉が削がれようとも練習をやめなかった二人の矢は自分に迫る魚雷を確実に射抜き、戦闘機の機銃弾もほぼ確実に魚雷をしとめるようになっちゃったのだ。

 これが形になってからは、二人のどちらかが着いた艦隊は相手に一切の行動を許さなくなった。

 こんな化け物並みの戦闘力、往時の二隻にだってありはしなかっただろう。

 

 しかもこの二人、自分たちの前世の一航戦の誇りがあまりにも輝きすぎていて、自分磨きにも余念が無い。

 神通も一目置くほどの激烈な訓練を重ねて苛め抜く。

 

 そして料理妖精さんたちが揃って自慢げになるほど幸せそうに食事を食べ続ける。比喩でもなんでもなく、鎮守府に居る間は基本的に食堂で食べ続けている。

 曰く、常に士気を最高潮に保っておくためだとか。

 

 食欲を満たすことが自分の戦闘能力を飛躍的に高めるということが判明して以来、彼女たち一航戦のコンビは就寝までの休憩時間の全てを食事に充てている。

 確かに食べること自体も好きだからこそやれているんだろうけれど、それにしたって完全休養日の丸一日を食堂で過ごすのはやり過ぎというものではないだろうか。

 

「仕方ないじゃないですか。休養日には自主訓練も艦載機整備も一切してはならないと命令されたのは提督ですよ?」

「そうでもしなきゃ、お前らはひたすら身体を苛め抜くだろ。わざわざ完全休養日を空母にだけ多めに与えているのは、他艦種に比べて出撃頻度が高いお前らの身体を労わるためだ。全く逆じゃないか。だからと言って丸一日も食堂に引きこもる者がおるか。もうちょっと別の過ごし方を知らんのか」

「知ってはいますが、これはもはや私たち一航戦としての性です。変えられませんし、変えるつもりもありません」

「まったく、頑固な」

 

「……それでも、まぁ。最近は提督の仰ることも尤もだとも思っております」

「お、そうなのか?」

「はい。確かに折角の時間を食事にのみ費やすのは、幸せなことではありますが非効率的です。流石の私たちでも、本当に四六時中食べ続けられるわけではありませんし」

「効率の問題でもないんだがな」

 

 彼女たち正規空母は、確かに一回の食事量は多い。ただ、人間にしては多すぎると言うだけで、艦娘としては特筆して多いわけではない。むしろ、量的には戦艦組のほうが遥かに大量に食べる。

 補給という点では空母勢も中々の資源喰らいだが、単純な食事に関しては人一倍というか艦娘一倍といったところなのだ。

 ただ、腹が減っては食べ、腹が減っては食べ、を延々と繰り返しているのが一航戦の奇天烈なところだ。

 

「加賀さんと話し合って、最近では食事の合間に読書をすることになりました。これでしたら食事の時間にはすぐに中断できますし、合間には新たな知識や見識を得られます」

「まぁ、ただ黙って食事の余韻に浸り続けているよりは健康的だし生産的なのか? どんな本を読んでいるんだ?」

「蒼龍さんに借りた少女マンガです」

「……ほう。ちょっと意外だな。面白いのか?」

「いえ、正直登場人物たちの行動が不合理極まりないので理解しがたいのですが、それでも話は進行するというところが、かつての作戦本部や大本営からの通達とそれらの思惑に全く乗らない実際の戦場との齟齬をどこか髣髴とさせます。加賀さんと二人で、ある場面の各人物の言動を振り返り、問題の明確化、原因の究明、改善の手法、改善策実施後の予想などを議論しています」

「……それは、楽しいか?」

「はい。実際にどのような場面で意思伝達の齟齬が生じるのかの類型化が可能となり、最近では作戦会議や艦隊の現場指揮などにおいて効率の向上が見られています。加賀さんと私のどちらにも」

「……そうか。まぁ、いいだろう……」

 

 ウチの一航戦コンビはどこまでいっても効率主義の脳筋だったようだ。




 赤城さんだって女の子なんです! 胃袋ブラックホールとか、あるわけ無いじゃないですか!
 そしてウチの一航戦はきちんと反省できた良い子でした。慢心などありません。ただ、頑固というか柔軟性に欠けるのは相変わらずなので、脳筋路線に突っ走ると路線変更しません。
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