「提督、今どちらにいらっしゃいますか」
食堂にて、赤城絶賛の中華丼で小腹を満たしていると、大淀から無線にて連絡が入った。
「今は食堂だ。何かあったか?」
「鎮守府周辺海域を哨戒中のイムヤから緊急通信がありました。警戒網をくぐって鎮守府へ接近する敵艦隊を発見、軽空母三隻に軽巡洋艦三隻、駆逐艦が五から八隻を確認したとのことです。敵軽空母が鎮守府を艦載機による空襲圏内に納めるまで、およそ三十分です」
「緊急警報の発令。即応待機中の各空母に緊急発艦させろ。武蔵は司令部に居るよな? 以後、艦隊指揮の全権を武蔵に委譲する」
「既に司令部で待機中です。伝令、了解です」
通信が切れるや否や、鎮守府全域にけたたましいサイレンが響く。
「毎度のことながら思うのですが、指揮権を艦娘にすぐ譲ってしまうのは提督としてどうなんですか?」
やや呆れた感のある表情と声音で、赤城が声を掛けてくる。
「そうは言われてもな。そもそもド素人なんだから艦隊指揮なんぞできん上に緊急事態だ。俺が判断をためらう一秒で艦娘や妖精さんたちに無用のリスクを負わせる必要は無い。指揮に慣れた艦娘に任せるのがより効率的だろう」
元々大戦時も大和と並んで栄華を極めたような超巨大戦艦武蔵。彼女はその魂の記憶を受け継ぐゆえか、艦隊指揮の司令部としては当鎮守府で随一の適性を持っている。
同じく当時の聯合艦隊旗艦を努めた長門なども高い指揮能力を持っているが、彼女の場合は何故か戦場指揮官としての優秀さのほうが際立っているため、現在遠方の海域に出払っている。
「それもそうですが……。まぁ、ともかくとして、提督。私も出ましょうか」
「嬉々とした目で何を言っとるか。……いや、これが陽動とも限らんか。戦闘行動も海上に出撃するのも別命があるまでは禁止するが、待機だけはしていてもらうかな」
「了解です。提督、後詰には赤城も居ると連絡をしておいてください」
「お前の助けが必要にならないことを祈っているがね」
そう言って、赤城は港のほうへと向かったようだ。
丁度食べ終わったので、俺も司令部に向かうことにした。
「遅くなってすまん。問題が無ければ状況を」
「問題は起こっているが、問題ない。即応部隊は恙無く編成され、対応に向かった」
この鎮守府の司令部は割りと近代的というか近未来的というか、基本的にはごちゃごちゃした機器類はほとんど無い。いや、あるんだけど俺にはよく分からないから気にしないことにしている。
それなりに広い室内は大小さまざまなモニターで埋め尽くされているが、俺が認識できるのは正面にある海域図の大モニターくらいだ。いや、隅のほうに見える本日の日時や気温くらいならまだ理解できるか。
他のモニター群には鎮守府謹製の特殊計器による測定の結果が表示されているようだが、俺には全く理解できない。
「後続部隊や別働隊は今のところ確認されていない。イムヤとは別の周辺哨戒任務中だった部隊に連絡して、索敵範囲を拡大したが、今のところ増援の気配も無い」
「そうか。……潜水艦は?」
「鎮守府近海に敷設した聴音機によれば異常なし、だが。確かに警戒の必要はあるな。よし、対潜装備の駆逐隊を緊急編成。準備でき次第順次抜錨、鎮守府周辺の対潜警戒に当たれ。また、既に急行中の即応部隊にも伝令。対潜警戒をぬかるな」
俺の思いつきを真剣に検討してもらったようだ。
今もテキパキと指示を出し続けている彼女は武蔵。俺が現在全権を委任している艦娘だ。
褐色の肌に他の戦艦組よりも頭一つ以上は高い体格、引き締まった顔立ちに好戦的な目を飾る細長のメガネ。メガネの艦娘は武闘派という懸念を確信させてくれるスゴイ艦娘だ。
何しろ見た目がスゴイ。艤装も中々の重量級だが、特徴的な胸部装甲も超重量級だ。それがサラシ一本で巻かれているだけだというのだから、彼女の圧倒的戦闘力は一目瞭然もいいところだった。
「交戦はまだか」
「早くともあと十五分はかかるぞ。提督が出撃させた航空部隊はもうそろそろ敵影を補足しそうだが」
「早いな」
「翼があるとは羨ましいことだな。私も飛んで駆けつけたいものだよ」
「超巨大飛行戦艦による強襲作戦か。SFだな」
「私たちの存在自体が十分SFだろう?」
「まぁ、確かに」
開発部に掛け合ってみるか。短距離なら可能かもしれん。
「出撃させた即応部隊は水雷戦隊が三個戦隊、少し間が空いて軽空母二人を中心とする機動部隊を一隊だ。分かるか?」
「水雷戦隊はとにかく足の速いのを集めて、迅速に接敵するため。少し遅れた機動部隊は航空戦力の補強かな」
「そんなところだ。今回は近海な上に、提督の指示でかなりの数の航空機が出撃している。制空権はほぼ確実に取れるだろうし、上手くいけば艦攻隊や艦爆隊によって敵を撃滅せしめるかもしれん。だから今判明している敵戦力であれば水雷戦隊が一個もあれば恐らく十分だ」
「でも、こちらも被害を受けるかもしれない」
「そう。だからこそ余力があるならそれも含めて一気に動く。しかし足の遅い軽空母を一々待っていたのでは遅すぎる。だから水雷戦隊を三個先に出した」
「なるほど。報告では敵艦隊の総数はおよそ十一から十四隻。こちらが三個艦隊なら十八人の水雷戦隊で数的に勝るな。しかし、即応待機の水雷戦隊は一隊のみだったと思うんだが、どこからあとの二隊が出てきたんだ?」
「演習中だった水雷戦隊が居たんだ。二隊の水雷戦隊が艦対戦の演習中だったため、そのまま向かったら即応部隊と途中で合流できた」
「演習中って、大丈夫なのか?」
「一応実弾装備だったらしい」
「……聞きたくないが、演習の指導艦は誰だったんだ?」
「……神通と矢矧だ」
通常、演習で実弾なんか使わない。演習弾でも下手すると死ぬのだ。誰が好んで使うものか。
だが、神通と矢矧なら使う。実戦に勝る訓練無し。されど実戦を生き抜くためには訓練を積まねばならぬ。ならば、実戦さながらの訓練にすれば良い。
それがあの二人の共通の理念だった。一般的にも、実戦のように訓練を行う、という考えは正しい。しかし彼女たちは一般的でなかった。
「神通と矢矧の演習中って、他の駆逐艦たちは大丈夫なのか……?」
「まぁ、演習だからな。普段の訓練より体力的には無事だったろう。まだ誰もゲロってはいなかったとは言っていた」
「そ、そうか……」
「それに、丁度いいから日頃の訓練の成果を確認させろ、とまで言われてはな。何なら提督が説得するか?」
「いえ、自分は結構であります」
「私も勘弁して欲しい」
その後、こちらの航空部隊の攻撃も成功し、こちらの水雷戦隊が残敵をすぐに圧倒した。
ただ、掃討戦の最中、敵の苦し紛れの一発を軽くもらってしまった駆逐艦が居たらしい。
それを見てしまった駆逐艦たちは一気に顔面蒼白になってしまい、シャワーのごとく冷や汗を噴出した。
その後は一切の被弾も損失も無く無事に帰島した彼女たちだったが、入居と補給前に全員ドック前に集められた時は、本当に生きた心地がしなかったという。
彼女たちの前で能面のような表情を浮かべるのは、二人。神通と矢矧である。
恐怖と絶望感で足元の覚束ない、しかし意地と日頃の教育により身につけられた直立不動の体勢の駆逐艦を前にして、二人は同時に満面の笑みを浮かべる。
しかし、どこかで聞いたことはあるだろうが、笑顔とは本来攻撃的な表情なのだ。
二人を代表して神通が形の良い唇を開く。
「明日からは混戦時における回避訓練を徹底します」
それを聞いた駆逐艦たちのうち何名かは、ふらりと倒れてしまった。
ウチの水雷戦隊の教導艦は何名かいますが、神通と矢矧だけは命がけの訓練をさせます。殺しはしませんが、死線を反復横飛びさせます。
神通は主に攻め重視、矢矧は守り重視なので、演習時はよく組んで訓練の結果を確認するのです。
ちなみに、攻めるにも守るにも、駆逐艦は避けることが大事なので、二人は回避運動に関してはかなり徹底しています。
プライドを以って指導する教え子が実戦で被弾しようものなら、責任感の強い二人は、二度と同じような被弾をしないためにあらゆる手段を尽くしてしまうのです。
ウチの二人はそんな可愛げ溢れる子たちです。