株式会社 鎮守府   作:不可

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9. 夜明けの凱旋

 翌日となった。

 本日の朝の出撃を無事に見送り、入れ替わりで帰島してくる艦娘たちを待つことおよそ二時間。朝飯を食って、大淀たちと今日の業務の打ち合わせをしてまだ余裕のある時間だ。

 昨日一緒に見送った霧島も一緒に、ドックにて彼女たちを待っている。

 朝の出撃部隊が無事に合流したという連絡も届いていたし、夜戦部隊も引き継ぎは問題なかったと報告を受けている。そろそろ帰島予定時刻だ。

 

「両方面とも一緒ですね。途中で合流したのでしょう」

「見えたか」

「はい。提督の目にはまだ見えないかもしれませんが、あと二十分ほどで着くでしょう」

「数は確認できるか?」

「できます。全員そろっていますよ。それに、連絡がなかったんですから、怪我はともかく損失はゼロしかありえません」

 

 それはそうだろうが、やっぱり気になるんだよ。実際に確認するまでは。

 

「じゃあもうちょっとここで待つか。すまんな、霧島。付きあわせて」

「いえ。私も好きで待っていることですし。今日はこれで休養に入りますから」

 

 霧島は昨日の午後から定期メンテナンス、夕方の見送りから秘書艦業務の夜勤だったな。この出迎えで夜間勤務は無事終了。以後は自由期間という就寝時間となる。別に寝なくてもいいが、霧島は明日朝から遠征任務に就く予定なので、しっかり寝ておかねば苦しいだろう。

 

「そうか。しっかり休むといい」

 

 

 それからおよそ二十分後。霧島の言葉通りに、昨夕出撃した全艦隊が帰還した。

 

「ご苦労だった。皆疲れているだろうから、鉛筆の回収後は各艦隊旗艦の簡略報告を聞いて解散する。補給と入渠を済ませて各自食事と睡眠を摂れ」

 

 出撃前の約束通り、鉛筆を一人ひとりから返してもらう。大事な人生の恩鉛筆だ。しっかりと回収せねば。

 受け取りに際してさり気なく一人ひとりの様子も確認しておく。戦艦組や重巡組は飄々とした態度だったり、眠くてふらつきそうだったりしているものの、余裕を感じる空気だ。この分なら略報も色よいものが聞けるだろう。

 しかし、軽巡組の鉛筆を回収していると微妙な空気を感じた。バツの悪そうな、哀れみのような雰囲気だ。

 駆逐艦組はもっと顕著だった。誰もが何となくハラハラしており、一部の艦娘に至っては何故か青い顔をしていた。

 一体何があったんだ。

 

「……伊勢、榛名。報告を聞こう」

 

 全員から鉛筆を回収し終え、改めて彼女たちの前に立ったところで二人に声を掛ける。

 

「……では、榛名から提督に報告します。旗艦榛名、以下十一名は無事作戦を成功させました。担当海域の防衛に成功し、こちらの被害はゼロです。こちらを主担当する支援艦隊、旗艦足柄以下五名への救援要請は出していません」

「うむ。よくやった。改めて、ご苦労。休養をしっかり摂ってくれ」

「はい! ……では、榛名たちは失礼しますね!」

「戦闘詳報は本日一〇〇〇までに霧島か秘書艦の誰かに提出してくれ」

 

 榛名たちの報告には特に問題はなかった。すると、何かあったのは伊勢のほうになる。

 

「さて、伊勢。聞かせてくれ」

「はい。基本的な報告は榛名と変わりません。ただ……」

 

 言いよどむ伊勢。日向程ではないが、割りと率直な彼女が言いよどむとは珍しいな。

 そして伊勢が躊躇っていると、軽巡組から一人歩み出てきた。

 

「おいおい、伊勢よぉ。報告は簡潔に明瞭に、だろ? 気遣ってくれるのはありがてぇけどよ。……その、なんだ。すまん、提督。オレがドジッちまったんだ。」

「天龍?」

 

 言われてよく見てみると、確かに天龍の左の二の腕あたりに軽くかすったような砲撃の痕がある。破れてはないが、当たりはした、という感じを受ける。

 

「珍しいな、お前が被弾なんて」

 

 天龍は海上での砲撃戦をすると言うのに刀なんて近接武器を持ち出す真性の馬鹿だが、夜陰に乗じての接近が容易になる夜間の白兵戦では見事な戦果を上げている艦娘だ。

 

「へっ、無様なもんさ。で、神通たちの強化訓練ってのは何時からなんだ?」

「ああ……午後からだ。一四〇〇から開始なので、それまでにここに集合だろう」

「了解。まぁ確かに最近避けるのに気を遣ってなかったからなぁ。いい機会だと思うさ」

 

 あっけからんとした様子でそう言う天龍。伊勢も黙っているんだが、こういう報告もきちんとやってもらわねば困るぞ。

 

 と、そこに一人の駆逐艦が歩みだしてくる。またかよ。

 しかも彼女は緊張にか恐怖にか、顔が真っ青だ。

 

「あ、あの、提督! ……違うんです、天龍さんの被弾は、私の所為なんです!」

「あ? すっこんでろ、潮。理由はどうあれ、被弾したのはオレだ。お前がでしゃばってくる必要はねぇ」

「ひっ! あ、あの……でも、でもっ!」

「っるせーぞ!」

 

 ガタガタ震える潮が、それでも気丈に俺に訴えかけてくる。

 

「……伊勢。報告を、正確に」

「おい、提督!」

「天龍。どうせ詳報には書くことよ。あなたがここで潮を黙らせても意味は無いわ」

「くっ」

「……担当海域での三度目の防衛戦の最中、敵が多かったこともあってこちらも多少疲れがあったわ。もうすぐで敵を掃討できる、という段階で敵駆逐艦の悪あがきの一発が潮に向けて発砲されたわ。当時潮は別の駆逐艦を叩いていたから、死角からの射撃に対応が遅れ、近くにいた天龍が彼女を庇った。こんな感じです」

「わ、私が油断していたからいけないんですっ……天龍さんは私を庇ってくれただけでっ、そのっ」

 

 理由はよくわかったが、なんで皆そんなに必死なんだ……? 別に大した話には聞こえないし、よくあることだとは思うが……。

 ああ、いや。よく考えたら、これは俺の所為かもしれんな。

 おどおどしがちな潮だが、いくらなんでもこんなに青くなって震えることはなかった。天龍だって、戦闘中の油断を叱ることはあっても、こんなに必死で庇うことはしたことなかったし、伊勢にしてももっとあっさりした報告ばかりだった。

 それがここまで怯えているとなると、やはり不用意にも俺が出撃前に突然告げた罰の話が原因だろう。

 お前ら、そんなに神通と矢矧の訓練が嫌なのか……。

 

「……あー。まぁ、多分お前らがそんなに慌ててるのは、俺が出撃前に言った強化訓練の件が原因なんだろうな。その点に関しては、俺の責任だ。夜戦に向かうお前らに対して、無駄で過剰な緊張を強いてしまった。すまない」

「おっ、おう。まぁ、確かにあの話の所為で駆逐艦どもも随分動きが硬かったからな!」

「そ、そうねっ。いつもとは比べ物にならないくらい動きが鈍かったわ! だから、しょ、しょうがなかったのよっ」

「あう、その、あぅ……すみません」

 

 もはや何がなんなんだか。

 そしてなんだ、その弛緩した雰囲気は。確かに俺が原因でもあるが……。

 

「そう、これは俺の責任だからな。詫びとして今度、甘味を何でも一つ注文できるよう伝えておく。俺が出すから、好きな物を頼んでくれ」

 

 そう告げると、駆逐艦を中心に歓声が上がる。伊勢も天龍も潮も、随分ホッとした表情を浮かべている。

 

「だが、約束は約束だ」

「……えっ?」

 

 誰の声だったかもわからない、思わず漏れたであろうそんな声に、多少は申し訳なく思う。

 

「信賞必罰は軍隊の要。俺たちは軍ではなく会社だが、だからこそ約束はしっかり守らねばならん」

「それって、まさか……」

「おいおい、マジかよ」

 

「天龍。理由はどうあれお前は被弾した。……今日の強化訓練に参加しろ」

「……了解」

「伊勢。俺の所為とはいえ、お前は士気の下がった配下の指揮を上手くやれなかったようだ。回避訓練はいいので、今日の戦術意見交換会で報告し、改善案をまとめろ」

「了解よ……」

「潮。お前が緊張に弱いことを忘れて無茶な条件を付けたのは俺だ。だが、その緊張時の動きの硬さはやはり改善せねばならん。今日は休んでいいが、明日から三日間、緊張時の回避訓練を課す。担当は矢矧に任せる」

「は、はいぃ……」

「以上だ。解散」

 

 「了解」と重なる声を背景に、俺はその場を後にした。どうにもうまくいかないものだ。

 

「しばらく出撃前に変なことを言わんよう気をつけんとな」

「今回の場合は自業自得です。あの娘たちはつまり、深海棲艦との戦いよりも強化訓練のほうを恐れた。これは由々しき事態です。いずれ是正されねばならない問題が、今回の件で発覚できたのはむしろ行幸です」

「怪我の功名、か?」

「彼女たちにとっては。死んだほうがマシなだけで実際には死なない訓練よりも、命を失う危険のある実戦のほうが緊張してしかるべきです。つまり、あの娘たちは心の何処かで実戦を舐めていたのでしょう」

「それは言い過ぎかもしれんが、まぁ一理ある、か……?」

 

 単に霧島が俺を気遣ってそう言ってくれているだけにも思えるが、真面目くさったその表情を見るに、本気でそう思っているような雰囲気もある。

 

「何にせよ、提督は間違った判断をされてはいません。ご指示なさった訓練も、あの娘たちには必要なものでしたよ」

 

 そんな慰めの言葉を聞きながら、俺は執務室へと戻っていった。

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