今回、この作品にして唯一祝歌の視点があります。 そこだけは、彼の人間らしさなのでしょう。
18話
『闇の書事件報告書』
これはクロノが管理局ようにまとめた今回の一連の事件の報告書だ。 そこには魔導師襲撃事件から始まった今回の騒動の起きた事実のみが書かれている。 「ヴォルケンリッター」達が行っていた魔力の募集、それに対抗した「高町なのは」、「フェイト・T、ハラオウン」、「木村心悟」、裏で暗躍し「闇の書」を所有者ごと永久凍結させようとしていた「ギル・グレアム」とその使い魔。 複雑に絡み合った今回の事件はこの報告書に事細かに書かれている。 もちろん解決にいたるまでの経緯も。
「闇の書」を「夜天の書」に書き換えた「八神はやて」は消えたヴォルケン達を再構築、そして傷付いた地球の魔導師達を治療した後暴走した「闇の書の闇」、今回の事件の原因となったプログラムを協力して立ち向かった。 最終的に宇宙空間で戦艦アースラのアルカンシェルにより消滅した。
この事件の関係者に対する処分は追々告げられることとなった。 ……だが一人、報告書には記されていない人物がいた。 それは『不ノ九是 祝歌 』だ。
祝歌は一人、夜が明ける前に病院を出ようとしていた。 『闇の書の闇』が消えるその時までずっとはやて達と共にいたが、疲労により倒れたはやてを病院に届けた際、勝手に抜け出したことがバレ再び病室に入れられたのだ。 そこからなのは達に自らの事を全て話したり、クロノやリンディに事情を説明したりなど、中々休息の入らない時間を過ごしていた。 気がつけた日付は変わっており、海鳴に来てから8日目に突入した。
現在時刻は4時。 海に面しているとは言え日の出にはまだ早い。 日が昇るには少なくとも5、6時にならないといけない。 まだ疲れに身体を支配され寝ているものばかりだが、祝歌は一人起きて手紙を書いていた。
「……よし」
最後にみんなへ、と書いて手紙を分かりやすい位置に置く。 そして静かに病室を抜け出した。
「やはり……何も言わずにイクのですね」
「リインフォースさん……」
病院を出て駐車場を歩いていると、リインフォースが祝歌を待ち構えていた。
「……えっと……」
「何も言わなくて構いません。 ……あなたの身体の事はよく分かりますから」
「バレテーラ……はぁ……」
「もうあなたの身体は限界を超えています。 ……今こうして立っているのが不思議なくらいに」
リインフォースの言う通り、祝歌はすでに限界を迎えている。 何時もの様子で振舞っているものの、その実は今にでも倒れこみたいくらいにフラフラだ。
「……誰かに言ったり……した?」
「いえ……知っているのは私だけでしょう」
「? どうして?」
祝歌は思っていた、もし誰かに止められればその場でへたり込んでしまうと。 だからこの場に止める人間がいないことに驚いた。
「止めないのか?」
「引き止めて何になります? ……あと数時間も生きれないあなたに、私達は何も出来ません」
「……」
「行くあてはあるのですか?」
「あぁ、ここに来た初日に行った……小高い展望台だったかな? そこからなら海鳴がよく見える。 そこにするつもりだ」
「そうですか……」
そこまで聞いてリインフォースは道を譲る。
「どうぞ、行ってください」
「リインフォース……さん……」
リインフォースは祝歌に気を使っている訳ではない、同情したり哀れに思ったりしている訳ではない。 ただ純粋に、祝歌には最後まで自由に生きてもらいたいと心の底から思っているだけだ。 自分と同じ名を持つ彼に、祝福の風あらん事を願うだけだ。
「ありがとうリインフォースさん……さよなら」
祝歌はおぼつかない足取りで去る。 リインフォースはその背を見ずに最後の祈りを祝歌に送る。
「……どうか良き最期を」
ここから祝歌の最後の、長い道のりが始まった。
まだ日が昇らない海鳴はとても閑散としてして、音を鳴らせばどこまでも反響してしまいそうなくらい静かだった。 そんな停止した空間の中、唯一動いているのは祝歌だけだ。 祝歌は元来方向音痴だが、何故か足は正しい道を選ぶ。 まるで細胞の一つ一つが向かうべき方向を見据えているかのように。
「何か……こんなに静かな場所を歩くのは初めてだな」
人も動物も眠りにつく、ならばモノも静かに息をひそめる。 祝歌の耳にはモノや動物の声も聞こえてこない。 時たま触れたガードレールやら手すりやらが反応するだけだ。
「……逆に気持ちが透き通ってるな。 不思議な感覚だ」
まるで旅立ちの朝のように、妙に清々しい気持ちになっている祝歌。 そんな時、一つ咳をした。 何でもない、普通の咳を手で押さえる。
「……」
手が赤く染まっていた。 病院を出る前に薬を飲んだからか気づかなかったのか、口の中は血でベットリしている。
「急がないと……」
不ノ九是 祝歌、確実に滅びへと向かっていた。
最初に目覚めたのははやてだった。
まだ朝日も出ていない時間に、はやては急に目が覚めた。 しかも二度寝をしようと試みても妙に頭が冴えていて身体が寝ることを拒否した。 しょうがないから身体を起こした、そして側にいるリインフォースに声をかけようとして気付く。
「あれ? リインフォースはどこや?」
辺りを見渡してもいない。 ならば何処へ? 真っ先に浮かんだのは祝歌だ。
「何やコソコソして祝歌さんトコに行ったんかぁ?」
はやてはすぐ側に置いておいた車椅子に乗り、慣れた手付きで祝歌の病室を目指す。 ヴォルケン達ははやての部屋の中で寝ていたが、今までの疲れを養うかのように沈むように寝ていた。 起こすのは忍びないと思いはやては一人祝歌の病室を目指した。
「お邪魔しまぁす……あれ?」
病室を訪れたはやての目にはリインフォースの姿しか無く、祝歌はおろか祝歌の荷物全て消えていた。 一瞬で理解できる異常事態をすぐに察知する。
「リインフォース……祝歌さんは?」
「……これを」
リインフォースは置いてあった手紙をはやてに渡す。 はやてはそれを受け取り、すぐに中を開封する。
「……………………」
読んだ。 それほど長くはないが、その内容ははやてにとって理解し難いものだった。 だから何度も読み直した。
「……ッ!!」
「主!?」
はやては手紙を自分の膝元に置き、すぐに自分の病室に戻る。 そして戻るや否や寝ていたヴォルケン達を叩き起こす。
「みんな起きい! 祝歌さんが! 祝歌さんがぁ!!」
手紙の内容は、本当に簡単なものだった。 はやて達に対する感謝、謝罪、そして別れ。 それらが書いてあった、少し震えていた文字だった。 分かるのは……祝歌が何処かへ消えたことだけだった。
「……」
リインフォースはただ黙って皆の様子を見ているだけだった。
「……ッ!」
折れるんじゃないか、というくらい歯を食いしばって。
ーー重い。
アレから一時間。 冬の日の出はまだかかる。 僅かに漏れた陽が海鳴をボンヤリ包む。 祝歌はその暖かな空間の中で足を引きずりながら歩いていた。
ーーまるで沼だ。
前に進むと言うよりは前に落ちるという表現の方が的確か。 足を上げようにも何か重いモノが纏わりつくような感じがして上がらない。 上げた足を前に落とすと、コンクリートなのに沼に沈めるような感覚になる。
ーー進んでいるのか?
祝歌は度々薬を飲んでいる。 震える手付きで、出た分だけ雑に飲む。 だがもはや薬では症状を抑えることは出来ない。 そのくせ副作用だけは無駄に作用している。 感覚などない、すでに祝歌の全身は服に隠れてはいるが血まみれだ。
ーーもう……感覚すら……
それでも祝歌は進む、まだ全身の細胞は進む意思を無くさない。 祝歌を前へ前へと進ませる。 それだけではない、祝歌の様子を見ている周りのモノ達が祝歌を応援しているのだ。 『頑張れ』……それだけだが祝歌を必死に応援する。
ーーいざとなったら、這ってでも……
真冬の日の出時刻の平均は7時。 あと約一時間、祝歌はまだ暗い海鳴を亡霊のように進む。 決して祝歌は止まらない。
はやてからの連絡が行くのはそう遅くはなかった。 寝ているところを念話によって叩き起こされたので少々不機嫌だったが、はやてからの祝歌行方不明の報を聞くとすぐさま頭を起こし、捜索に向かった。 だが魔法を使えば騒ぎになる、だから足を地につけて捜索している。
ヴォルケン達はすぐさま飛び出し祝歌の捜索にあたった。 はやてはリインフォースに車椅子を押してもらいながら町に出た。
「……絶対に許さへん」
はやては怒っていた。 その怒りを抑えきれずについ口に出してしまう。
「あれだけ私のことを救っておいて、勝手にいなくなるなんて許さへん。 見つけたら絶対にお説教や」
はやては祝歌の認めた手紙を握りしめる。
「許さへんから……絶対に私に怒らせてぇな……」
はやては祝歌に一言言いたい。 いや、一言では済まない。 思いつく限りの言葉を祝歌にぶつけたい衝動に駆られていた。 意味がある、ないに関わらず、とにかく祝歌に怒りたい。 このまま自分の言葉を届けずに終わるだなんて、はやては死んでも嫌だった。
「……」
リインフォースは黙って聞いていた。
祝歌は倒れていた。 道端ではない、少し入り組んだ路地で。 指一本も動かせない祝歌に近づく影が一つ。
「大丈夫かい?」
「……正刀さん?」
偶々偶然通りかかった正刀が祝歌に気付いたのだ。 正刀は祝歌の身体の状況を把握し、尋常ではない事態だと瞬時に察する。
「今救急車を呼ぼう……その間私が応急処置をする」
「待って……ください……」
「……む?」
「お願いします……俺は……行かないと……」
「……」
正刀は祝歌の目を見た。 これほど全身がボロボロなのに、未だ目は死んではいない。 並々ならぬ気迫を感じた。
「俺はもう……ダメなんです……だから……」
「……困ったな、まさか君のような若い子が、そんな目をするだなんて」
正刀は見たことがある。 死の淵に瀕しても、決して絶望することなく自分の向かうべき場所を目指そうとする意思。 その輝きを祝歌の目は持っていた。
「……だったら、ちょっとだけ手助けをさせて欲しい」
そういって正刀は祝歌の身体の関節やらを外し始める。 だが祝歌はすでに痛みなど感じないほど感覚がマヒしているので抵抗はしないでずっとそれを見ている。 全身の関節を外し終えた正刀は外した関節を素早く戻す。
「……これはね、昔忍者に教えてもらった忍者整体でね。 ワザとガタついた関節を外して付け直すことで全身の不調やらを治すことが出来る。 本来ならスポーツ選手とかにやるんだがね、今の君のボロボロの身体でも少しは効果があるとおもう」
「忍者……?」
「さぁ、終わったよ。 立ってごらん」
正刀のさり気ない言葉に疑問を覚えながら、立ち上がろうとする祝歌。 すると身体はすんなりと立ち上がる。
「……あ、すごい」
「だが君のその身体では本当に応急処置のようなもの、あと少ししか歩けないが……大丈夫かな?」
「はい、ありがとう」
「では、行きたまえ。 君の目指す場所に」
祝歌は礼を言って再び歩き出す。 先程までとは足取りが少し軽い。 そんな祝歌の後ろ姿を見ながら正刀は別の方向へと歩き出す。
「……あの目は自分の死を理解している目だ。 ああ言う目を見たのは昔に対峙したご老人以来だ」
正刀は祝歌に必要なのは手向けの花ではない、最後まで全力になれるための激励だと知っていた。 だから動けるようにした、だからあのまま立ち去った。
「どうか最後まで、自らの死まで全力で生きて欲しい」
正刀は静かに祈る。
「あと少し……あと少し……」
もう入り口までは来たんだ。 あとは登っていくだけ……!
「ゲホッ!! ゴホッ!!」
クソ……地面に血ぃ吐いちゃったよ……でも進まなきゃ。
「はぁ……はぁ……坂がキツイな……」
せっかく正刀さんに動けるようにしてくれたのに……ここまで来て元に戻るだもんなぁ……
「頑張れ……頑張れよ俺……!」
思えば……ここに来て色んな人に出会った。 初めはなのはちゃん達、次にはやてちゃん達、そしてリインフォースさん……
「俺ってば……女の人ばっか会ってたな……」
でも……初めてあんなに人と話したかもな。 これまでの人生、ほとんどモノが動物だったし……たった一週間で一生分の会話だったかもな。
「……あっ、もう8日目か」
そうだ、もうすぐ日の出だ。 頑張れば拝めるかな……
「あとちょっと……ちょっとだ……!」
あと5歩、4歩、3歩、2歩……1歩…………!
「着いた……………………っ!!」
へへ……もう立てねぇや。 立ち膝で朝日を見るとしよう。
「……ん、何だ?」
耳を澄ますと……周りのモノや動物達が俺に言葉を飛ばしている。
『おめでとう!』
『頑張ったな!』
『お疲れ様!』
……もしかして俺のことずっと見てたのか? ……ならありがとう、見守ってくれてて。
「あぁ……お天道様が……頭出してきたな……」
はぁ……全く……こういう日に限って……スッゲェ綺麗な太陽だ。
「はやてちゃん、リインフォースさん、みんな…………」
みんな本当にーーーーーーーー
「ーーーーーーーー」
最初に発見したのはなのはとユーノだった。 偶然正刀に出くわしたので祝歌のことを聞くと、向かっていった場所を記してくれた。 それに沿って進むと地面に血が付着しているのを発見、そしてその数メートル先で祝歌を発見した。 次に到着したのはフェイトとアルフ、その次にクロノと心悟、そして最後にヴォルケン達とリインフォースとはやてだった。
「祝歌さん!!」
祝歌は膝で立ち、顔は項垂れている。 はやては自分で車椅子を操作し飛び出す。 祝歌の前に行き、祝歌の顔を確認する。
「祝歌……さん……」
はやての後を追ったのはリインフォースだった。 だが他は誰も動かない。 動いてしまえば……何かが崩れてしまうと思った。
「……何や……ホンマ……」
「不ノ九是 祝歌…………」
「リインフォース、ちょっと祝歌さんの側までええか?」
「……はい」
リインフォースははやてを車椅子から持ち上げ、祝歌の目の前に座らせる。 手を伸ばせば頭にまで手が届く位に接近している。
「……ホンマ、ズルい」
祝歌の顔に手を伸ばす。
「そない……ええ顔されたら……怒れへんやんかぁ……」
祝歌の顔は、赤ん坊のように無垢な笑顔を浮かべていた。
「バカァ……バカ……ぁ……」
はやては祝歌の顔を引き寄せる。 祝歌の身体は抵抗することなく、祝歌の額ははやての額と重なる。
「うああああああああぁぁぁん!!!」
はやては泣いた、生まれたての赤子のように。 それを一番近くで聞いている祝歌はただ笑っていた。 笑っていた。 まるでこの世界から取り残されたように一人笑う祝歌がいる場所は、後にリインフォースが消滅する際に選んだ場所と全く同じだった。
次回エピローグです。
また今回も設定公開回があるので、質問等あればコメントください。
今回も誤字脱字等のミスがありましたら、コメントにてお教えください。