帰宅した三馬鹿を待っていたのは当然のお説教であった。上官であるフローレイティアが煙管を吸いながら冷たい声を発した。
「……なぜ呼ばれたのかは分かっているのね?」
言われて三人は体を震わせる。
「(どうすんだよヘイヴィア、ヴレイア!だからやめようって俺は言ったんだ‼︎これならレーションどころか三日間雪の塊だけ頬張ってた方がまだマシだったじゃないか‼︎)」
「(……うるせえな畜生‼︎くそ、ホントに18歳かこの女。今時の戦場に生身の兵隊は必要ねえとか思ってたけどよ、この女に関しては生身でオブジェクトと戦えるんじゃねえか⁉︎)」
「………………」
「(何ブルってんだよヴレイア!)」
「クウェンサー、ヘイヴィア、ヴレイア」
名前を呼ばれ、三人は携帯電話のバイヴのように震え上がった。が、名前を呼んだ張本人であるフローレイティアは三人を睨みもせずに、カンザシを模したヘアピンをタブレットの上で走らせている。
「これが気になるのクウェンサー?」
「はっ、はい‼︎」
じろじろ見ていたクウェンサーに白羽の矢が飛んだ。
「日々の食糧探しに明け暮れるお前達ほどではないが、私も私で忙しくてね。アラスカのペースゾーンに常駐しつつ、太平洋の小島での作戦も遠隔指揮しなくてはいけないの」
「え、ええと……」
「ああ。ようは簡単なことよ。私がこのボードに印をつけると、待機している巨大なオブジェクトが遠距離砲撃でゲリラの拠点を吹き飛ばしていくってわけ。実にシンプルな作戦よね?そうだって言えよ」
と、言われても三人とも口を動かすことができない。いや、ヴレイアは動きっぱなしだ。ガチガチと震えで歯を鳴らしている。
「やはりタブレットは良いね。筆圧の高さで私のガッツが伝わるらしいから。今日の遠隔部隊はなんだか特にスムーズに動いてくれる気がするの」
よほど怒ってるのか、フローレイティアの握るペンがミシミシと小さな音を立てていた。
「というわけで、複数のベースゾーンと部隊を同時に指揮する私はとても忙しいんだが、そんな折に三馬鹿がさらに私を忙しくしてくれたということよ。……ところで、私の胸中は想像できる?」
「「はい‼︎できればあまりイメージしたくありませんが!フローレイティアさんが大変ブチギレているのが分かったしまいますッッッ‼︎」」
クウェンサーとヘイヴィアが土下座しながら言った。一歩遅れてヴレイアも土下座する。
「よろしい。優れた部下を持つ私は幸せよ。そうよね?賛成だったら頷けよ」
嗜虐に満ちた笑顔でようやく三人を見下ろすフローレイティア。で、一通り太平洋の部隊への命令を終わらせ、作戦完了を確認すると、ようやく屈託のない顔で質問した。
「で、戦果の方はどうだったの?いい加減、こっちも食べられる巨大な消しゴムみたいなレーションは真っ平だからね」
「そ、それが……」
で、フローレイティアに今回の獲物を見せるために一度外へ。今回の獲物を見て、さっきまで怒り浸透していたフローレイティアの表情が、余計に苦々しいものに変わった。
「………な、何よこれ」
目の前にあるのは鹿一頭に魚数匹、そこまではいい。問題は隣の熊だ。
「……そ、それが、ヴレイアの野郎が仕留めた鹿を横取りされそうになって熊に喧嘩売りまして……」
ヘイヴィアが。解説した。
「それで、勝ったのか?」
「ま、まぁ端的に言えば……」
「え、えへへ……」
嬉しそうに頬をぽりぽりと掻くヴレイア。だが、
「褒められるとでも思ったの?」
と、冷たく睨まれ、再びビクッと震え上がった。
「でもまぁ、これは確かにご馳走ね。褒めてあげるわ」
「あ、あり…ありがとう、ございます……」
「……………」
褒めても態度の変わらないヴレイアを見て、不快そうに眉をひそめたあと、それぞれに言った。
「ヴレイア、お前はランニング20キロよ」
「うえぇっ⁉︎」
それにクウェンサーとヘイヴィアは思わず身構えたが、フローレイティアの口から出たのは別の言葉だった。
「それからクウェンサー。お前は派遣留学の学生でしょ。いい加減に整備場に連行してオブジェクトの勉強させないと、私が整備主任のばあさんにどやされてしまうのよ」
「ううっ⁉︎そういえばそっちもすっぽかしてた!となるとフローレイティアさんが一目置くほどのばあさんからコンボで説教が‼︎」
「ええと、それならヘイヴィアは一人で雪かき続行ね。日没までに滑走路が使えるようにしておけよ。航空部隊から苦情が来てるからね」
「いえーい‼︎20キロダッシュよりキツそうだぜオイ‼︎っつーか航空部隊も自分で働けよ‼︎」
そんなわけで、それぞれの罰則についた。が、ヴレイアにとってランニング20キロなどそこまでキツイ事ではない。というか慣れた。
(すぐに終わらせると雪かきになるし、少しゆっくり走るか)
ヘイヴィア曰く、ランニング20キロより厳しい雪かきには戻りたくない。そう判断したからだ。
(……オシッコしたくなっちゃった)
立ちションした。
○
日没。晩飯の時間。フローレイティアと三馬鹿は昼間の獲物でバーベキュー。ヴレイアによって捌かれた肉を鉄板の上で焼いた。それを実に美味そうに頬張るヴレイアを見てヘイヴィアが言った。
「………テメエ楽してたろ」
「全然?」
シレッとヴレイアは答えた。グッ……と悔やむヘイヴィアにフローレイティアが言った。
「ご苦労さんヘイヴィア。お前のお陰で滑走路はいつでも離発着できるようになったよ」
「へへっ。いやぁ、たいしたことないっすよ」
「まぁ実際、航空部隊の連中なんて必要ないんだけど」
「くそっ‼︎無駄なことをしてたと薄々分かっちゃいたが、他人の口から言われると改めてムカつくなオイ‼︎そもそもこの調子じゃ一晩明けたらまた雪に埋まってそうだし‼︎」
わなわなと震えるヘイヴィアから見えない位置でこっそりとフローレイティアは舌を出した。で、今度はクウェンサーに声を掛けた。
「そう言えば、ベースゾーンの外でお姫様と話していたって?」
「えーっと、やっぱ問題ありました?整備場の方じゃ時折話はしてたんで、おんなじようなノリで対応してたんですけど、立場を考えるべきでしたか」
「良いんじゃない?別にそれくらい」
「ならいいんですけど……」
そんな事を呟きながらクウェンサーは魚釣りをしてる時にした、オブジェクトのパイロット、ミリンダとの会話を思い出していた。
『わたしのオブジェクトではかてないかもしれない』
もし、もし自分達の軍のオブジェクトが負けたらどうなるのか気になった。
「あの、フローレイティアさん」
「なんだ?」
「もし……もし、お姫様のオブジェクトが壊されたら、どうするんですか?」
聞かれて、フローレイティアは答えた。
「簡単よ。白旗をあげればいいの」
「「は?」」
あっさりした答えにクウェンサーとヘイヴィアからマヌケな声が上がる。
「今時の戦争なんてのは総力戦なんかじゃないからね。片方のオブジェクトが壊れた時点で勝敗は決まるし、無力な歩兵部隊に追撃するほど勝者は暇じゃないの。別にそういう条約が正式に締結されてるわけじゃないけど、こんなのは口に出すまでもない基本事項って奴ね。部隊を速やかに撤収して、領土を開け渡せばいいのよ」
ぽかんとするクウェンサーとヘイヴィア。
「世の中は平和よね。おかげで銃は錆びるし栄養過多でニキビができそう」
「そっすよね。オブジェクトさえいりゃ俺らは安泰。俺は3年も基地に詰めてりゃ『貴族』の道が待ってるし、クウェンサーの野郎は『安全国』に帰ってお偉い学者様の仲間入りだ」
クウェンサーの肩を叩きながらヘイヴィアは笑った。
「……オブジェクトがあれば、俺達みたいな平和ボケでも戦争できるよな」
クウェンサーもそう呟いた。
この時の彼らは知らなかった。まさか次の日、自分達が地獄を見ることになるなんて。