翌日、ボン‼︎という爆発音が吹雪のアラスカに炸裂した。吹雪の霞む10キロほど向こうで戦っていた無敵の超大型兵器オブジェクトから黒煙が上がり、完全に昨日は停止していた。脱出用の座席が射出され、パラシュートを開いて雪の降り積もった地面に落ちていくのが、双眼鏡から見えた。
さらに、敵軍のオブジェクトがこちらにプラズマ砲を向けている。
「……おい」
ふと、隣にいたヘイヴィアが口を開いた。
「何で照準がこっち向いてんだ?オブジェクトが負けたら『白旗』上げればおしまいなんだろ。なのに、なんで⁉︎モタモタしてんじゃねぇよ!」
「二人とも逃げるよ!」
「「えっ?」」
ヴレイアが言った。
「忘れたの?仮に白旗を上げたとしても、正式には手を引かないといけない条約が締結されてるわけじゃない!もしもの時のためにもここから早く離れるんだ!」
「そ、そんなこと言ったって何処にだよ!」
「とりあえず砲門の射線から外れるように走れ!」
ヴレイアに言われるがまま、二人は走り出した。その声が聞こえたからか、周辺にいた数人の兵士たちが走り出した。そして、その判断がどれだけ正しかったか。
クウェンサーは白旗を確認するために走りながら無線機を見た。断続的な信号音が聞こえてくる。だが、オブジェクトの動作は止まらなかった。
「全員、逃げろォォォォォッッ‼︎」
クウェンサーの叫び声で、最初のヴレイアの台詞が聞こえなかった面子も反応できた。が、それでも助かったかは分からない。直後、敵のオブジェクトからプラズマ砲が放たれた。それが、整備基地ベースゾーンの中の一際でかい基地構成車両を吹き飛ばした。
「なんっ……だ……」
クウェンサーが声を漏らした。呆然と焼き尽くされたベースゾーンを眺めてると、グイッと腕を引っ張られた。
「おい、逃げるぞ」
ヘイヴィアに引っ張られたのだ。
「何だって……?」
「逃げるっつってんだよ!こっちのオブジェクトはやられた。向こうのオブジェクトはピンピンしてやがる‼︎こうなったら俺らが100台の戦車を持ち出したってどうにもならねぇ。逃げなきゃ蟻の行列みたいに虐殺されちまう!」
見回せば、他の兵士達も行動を開始している。その中には、戦うという意思は何処にもなかった。一人を除いて。
「……おい、ヴレイア?」
同じく闘志を感じ取ったのか、ヘイヴィアが聞いた。
「まさか、戦うなんて言わないよな?奴は熊とは違うんだぞ?」
「言わないよ。ここは撤退しないとダメだ。……やり返したくても出来ないよ」
悔しさが滲み出ていた。その気迫に押されかけたが、ヘイヴィアは言った。
「なら逃げるぞ!クウェンサーも走れ!」
だが、クウェンサーは呆然とした顔で言った。
「逃げるって……何処へ?」
「………ッ」
ヘイヴィアの顔に恐怖が浮かぶ。嫌な現実に無理矢理戻された感じだ。直後、ギュンッ!という音がした。敵オブジェクトが移動を開始していた。
そして、二つの山に挟まれた谷間の部分を逃げようとしていた自軍の基地構成車両の逃げ道を塞ぐように谷間の道路に立ちふさがると、敵オブジェクトに搭載されている砲門から攻撃がすべて放たれた。
それが、基地構成車両を吹き飛ばす。ヴレイアがクウェンサーとヘイヴィアを突き飛ばすように雪の中にダイブ。
「っぶねえ!サンキュー、ヴレイア!」
「ううん」
クウェンサーはジッと敵の狙った位置を見た。そして、ハッとする。
「ちくしょう、メンテナンス施設だ‼︎オブジェクトの整備に使っている車両から離れろ‼︎向こうの狙いはオブジェクト関係だ!離れないととばっちりを食うぞ!」
クウェンサーの叫びに反応した兵士達が慌てて車両から飛び退くと同時、そのメンテナンス施設をオブジェクトは容赦なく薙ぎ払う。
ズガン!バギン!ドガン!と轟音が響く。ヘイヴィアが震える手でクウェンサーとヴレイアの手をつかんだ。
「今のうちに逃げるぞ。どこでもいい!あの化け物から少しでも離れられれば良い!とにかく走るんだよ!」
ヘイヴィアがそう叫んだときだ。爆音が止まった。敵オブジェクトはしばらく止まったあと、急に方向転換をして何処かへ移動して行った。
「なん、だ……?」
「俺達、なんで生きてるんだ……?」
ヘイヴィア、クウェンサーと呟いた。
「とにかく、今は少しでも遠くに逃げよう。どんな事情にせよ、これは不幸中の幸いって奴だよ」
ヴレイアの台詞に半分頷きつつも、クウェンサーは少し戦慄した。
(こいつ、なんでこんなに落ち着いていられるんだ……?)
歳は自分の一つか二つ上、それなのに自分より遥かに落ち着いている。
「早く」
ヴレイアに急かされ、二人は立ち上がった。その時、ガッとクウェンサーの足に何かが当たった。
「これは……」
タブレットのようなものがピーッピーッと音を立てて落ちていた。
「救援信号……?」
「エリートのお姫様だ!敵は多分、エリートであるお姫様を殺すつもりだ!」
その台詞にヘイヴィアはハッとして、ヴレイアは奥歯を噛んだ。
「おい、貴族と学生と……アホ!」
「あ、アホ⁉︎僕のこと⁉︎」
「今の内に逃げるのよ‼︎上層部に伝える撤退するための公式理由はこっちで用意しといてやる‼︎山を一つ越えられれば、大きな谷があるからね。交通手段は吊り橋だけ!渡って仕舞えばオブジェクトの巨体から逃げ切ることが出来るのよ‼︎谷の向こう側から砲撃されるかもしれないが、針葉樹の森に隠れながら散開すれば何とかなるかもしれないの‼︎」
「でも……っ」
クウェンサーは思わずフローレイティアと手元のディスプレイを見た。ゴールが提示された安堵とは裏腹に、お姫様はどうなるんだ?というのが浮かんだ。
「馬鹿野郎!何のための救援信号だと思っているの‼︎」
「……?」
「そいつは僕達に向けて発信されてるものじゃない。お姫様は、わざと敵軍に見つかるように傍受させる救援信号を出したんだ。囮になるために」
ヴレイアが冷静にフローレイティアの説明に付け加えた。それにクウェンサーが思わず握り拳を作る。
「逃げるぞれ
隣のヘイヴィアがポツリと呟いた。
「逃げるしかねえ!どちらにせよあのお姫様は殺される!だったらオブジェクトが戻って来る前に逃げ切らなきゃダメだろ!」
「ふざけんな。良いのか、分かってんのか⁉︎あんなモラルもへったくれもない状況で、それも女の子のエリートが敵軍に捕まったらどんな目に遭うかイメージできてるのか⁉︎」
「だったら、テメェはあのオブジェクトと戦えんのかよ!綺麗事だったら誰でも言える!あんなもんレーダーで捕捉された瞬間に生身の体なんかチリも残さず吹き飛ばされちまうじゃねぇか!」
「……あのお姫様は、そんな化け物と戦ってくれてたんじゃないのか?」
「っ!」
クウェンサーに言われて、ヘイヴィアは黙った。
「大の男がこれだけ集まっても震え上がるような、ちょっと照準合わせられただけでショック死してしまうような化け物から‼︎俺たちを守ってくれるために、たった一人でオブジェクトに乗って戦ってくれてたんだろうが‼︎」
それに、誰も反論は出来なかった。そして、クウェンサーは震える手を無理矢理にでも押さえつけて、ヘイヴィアに手を差し出した。
「貸せ」
「待って」
口を挟んだのはヴレイアだ。
「僕も行く」
「! お、おい!本気かよ⁉︎」
声をあげたのはヘイヴィアだ。
「どうせお姫様一人じゃ時間なんて稼ぎ切れない。どうせなら人数も増えたほうがいい」
「ヴレイア……」
クウェンサーはヴレイアを見た。そのクウェンサーにヴレイアは言った。
「……行こう」
二人は、地獄の中へ突き進んだ。