とある科学の無能力者【完結】   作:ふゆい

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 勉強の合間を縫ってなんとか更新です。お待たせいたしました。


第九話 遊戯

 操車場の一角に木霊する甲高い銃声。佐倉が先手を取って放った弾丸が、一方通行の命を刈り取ろうと心臓に向かって直進する。目にも止まらぬ速度で目標へと肉薄する鉛玉は、己の絶対的なベクトル(・・・・)を胸に敵対する最強へ突き刺さる。

 

「意味ねェンだよ」

 

 銃弾が皮膚を突き破ろうとした瞬間、なにか不可視の壁に弾かれるように地面へと勢いよく突撃する。完全に狙いを定めていたはずの弾は、少しの効果を上げることもできずに反射(・・)される。まるで、それ自身のベクトルを操ったかのように(・・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

「……やっぱり、効かねぇか」

 

 大方予想は付いていたのであろう、それほど驚いた様子もなく、それでいて呆れと落胆の両方を滲ませた溜息をつく佐倉。火薬の焦げ臭さを放っている拳銃をホルスターに仕舞いこむと、バックステップで距離を取る。

 行動を止めるわけにはいかない。常に動いて、隙を窺わねば。

 

「あァ? あンだけ啖呵切って敵前逃亡たァ、随分と気合の入った命知らずじゃねェか」

「敵前逃亡と戦略的撤退の区別もつかねぇ様なお粗末な脳味噌してるからそういうふざけたことが言えるんだよ。少しはお勉強した方がいいんじゃねぇですかぁ?」

「……ハッ、そンなに死にてェなら死神よりも先に命を刈り取ってやるよ!」

 

 突然背を向けてその場から逃走する佐倉を、怒りの形相で追撃する一方通行。足の裏で地面を蹴る際のベクトルを増強し、移動速度を格段に上昇させると一気に佐倉へと襲い掛かる。十メートル弱はあったはずの距離は一瞬でゼロになり、一方通行の射程範囲内に変化した。

 逃げ続ける哀れな獲物に、嫌らしく舌なめずりしながら語りかける。

 

「自慢の逃げ足はその程度かァ!? 俺と追いかけっこするにはちょっとばかし鈍足がすぎるぜクソ雑魚が!」

「くっ……!」

 

 一方通行の挑発に減らず口を返す余裕さえ残っていない。あくまで生き永らえて反撃のチャンスを窺うべく、必死に両脚を動かしていく。

 だが、それでも一方通行との距離が開くことはない。巧みなベクトル操作でぴったりと佐倉にくっつきながら移動している一方通行は一際楽しそうに口の端を歪めると、右拳を握り込み佐倉の背中をぶん殴った。

 

「吹っ飛べ!」

「ぐ……っっがぁああああああああ!!」

 

 前方へのベクトルを増加させた右ストレートが背中に突き刺さり、コンテナへと突っ込んでいく。自身が走っていた方向に吹っ飛ばされたせいもあり、その速度は通常よりも数割上がっている。ミシミシと骨が軋んでいく嫌な音をBGMに、衝撃とコンテナに挟まれる。あまりの激痛に、悲鳴をあげる暇さえない。

 

「おォおォ随分と盛大に吹っ飛ンだもンだぜまったくよォ。ジェット噴射器でも積ンでンのかァ?」

「ごッ……ゲホッ……」

「もうグロッキーってかァ? 手加減してやってンだからもうちょっと俺と元気に遊ぼうぜェ?」

 

 背骨に支障をきたさんほどの勢いでコンテナに衝突した佐倉の口から、赤黒い液体が吐き出される。普段飄々とお茶らけている顔は苦痛に歪み、軽口を叩く様子は見受けられない。いつになく、真剣に敵を睨みつけている。

 対して、一方通行はまるで玩具遊びをするかのような愉快な表情で笑っていた。吐血し満身創痍な佐倉を前にしても、少しの同情も見せずに挑発を続けている。

 あまりにも対照的な両者の戦況に、自身の被害を確認しつつも息を整える佐倉。

 

(くっそ……ここまで絶対的な戦力差があるとは思ってもみなかったぜ……)

 

 息も絶え絶えに、口元の血を拭う。今の衝撃で骨が何本か折れてしまっているのか、背中がズキズキと鈍い痛みを発していた。

 一方通行は満身創痍の自分を見ながら佇んでいる。こちらに近づいてくる気配はない。

 佐倉はよろよろと覚束ない足取りで立ち上がると、激痛を伴う背中を気にしないように心掛けながらその場から離れる。コンテナの間をかいくぐるようにして、一方通行との距離を取る。

 

「お次は鬼ごっこってわけかァ? 一分待ってやるから精々逃げ惑え! ギャハハハハ!」

 

 脇目も振らずに走り去る佐倉の耳に、一方通行の下卑た笑い声が嫌らしく残った。

 

 

 

 

 

                  ☆

 

 

 

 

 

「……くそっ、電話にも出ないぞ佐倉の奴……」

 

 単調な電子音を流す携帯電話を舌打ち交じりにズボンのポケットに入れ込むと、上条は隣を走っている美琴に声をかける。

 

「そっちは!」

「ダメね。まったく応答しない。あのバカたぶん最初っから出る気ないわよ」

「何やってんだアイツはっ……!」

 

 今頃最強の超能力者と激闘を演じているであろうクラスメイトを脳裏に浮かべ、悔しそうに歯噛みする上条。もう少しで実験場の操車場に到着するのだが、その前に佐倉の安否を確認しておきたかった。何気にしぶといスキルアウトの彼ならば心配はいらないとは思うのだが、どうも先ほどから嫌な予感が止まらない。十六年間不幸と隣り合わせで生きてきた上条にとっても最大級の不幸を予感してしまう。

 そもそも『今の』上条は佐倉望のことをよくは知らない。せいぜい補習仲間程度の認識である。彼が強いのか弱いのか、優しいのか恐ろしいのか、そんなことはまったく把握していない。赤の他人もいいところだ。

 だが、上条当麻の何かが告げている。彼を見捨ててはいけないと、『かつての』上条当麻が警鐘を鳴らしている。

 

「……急ぐぞ、ビリビリ!」

 

 頷きの代わりに火花を飛ばした美琴は、さらに走るスピードを上げた。

 

 

 

 

 

                     ☆

 

 

 

 

 

(……かったりィ)

 

 操車場をのんびりとした様子で練り歩きながら、一方通行は肩を竦めると微かに息をついた。色白の顔には覇気はなく、ただひたすらに『面倒くさい』という感情だけが浮かんでいる。

 色素を失った白髪を気怠そうに掻くと、一方通行は周囲を見渡す。

 

(あの黒髪野郎……どこに行きやがった)

 

 絶対的有利な立場に立っている一方通行ではあるが、さすがに一分も目を離すと目標を見失ってしまうらしい。無駄に広い操車場の上に、現在は視界も芳しくない夜中だ。このフィールドから標的を探し出すのは至難の技だろう。手間暇は確実にかかる。

 だが、別にいいかと彼は思っている。実験が始まるまでの暇つぶしには丁度いい。

 ズボンの尻ポケットに入れていた携帯電話を開いて現在時刻を確認する。

 

 20時40分。

 

「……もォ開始時刻過ぎちまってンじゃねェか。なにチンタラやってンだあのクソクローンはよォ」

 

 忌々しく舌を鳴らす。基本的にそれほど気が長い方ではない一方通行は不機嫌な様子で足元の小石を蹴っ飛ばした。ベクトル操作によって前方へのベクトルを増加された石は、風を切るほどの凄まじい勢いでコンテナに穴を開けた。中には小麦粉が詰まっていたのか、拳大ほどの穴からもうもうと白い煙が噴き出ている。

 目の前で存在を主張する白煙を眺めていた一方通行は、突如として口元を歪める。

 

「イイこと思いついた」

 

 その顔に浮かぶ歪んだ笑みはどこか純粋さと幼稚さをうかがわせる。新しい遊びを思いついた子供(一方通行)は遊戯の詳細について二分ほど熟考すると、

 

「ぎゃは」

 

 この世の悪を一切合財詰め込んだような汚らしい下卑た笑い声を漏らした。

 

「ぎゃはッ」

 

 我慢できないのか、裂けた口元から次々と笑いが漏れていく。一方通行は脂肪がほとんどついていない華奢な身体を前方――先ほど小石が風穴を開けたコンテナ――に向けると、ゆっくりと歩みを進めていく。

 穴からコンテナの中を除くと、予想通り小麦粉が詰まった麻袋が大量に保管されていた。おそらく、周囲にある無数のコンテナにも同じものが詰められているのだろう。

 小麦粉の存在を確認した一方通行はその場にしゃがみ込むと、地面に手をついてしばし黙り込む。

 

(……コンテナの重さ、確認。必要ベクトル量、確認。小麦粉の予想散布範囲、確認)

 

 膨大な知識量と学力を最大限に利用して《演算》を行っていく。確実に標的を炙りだせるように、確実に自分が楽しめるように念入りに演算を検算する。学園都市最高の頭脳を持つ一方通行にとっては眠っても行えるような内容の演算だが、一方通行はゆっくり正確に考える。

 そして、

 

「……演算、完了ォ」

 

 遊びの下準備を終え、今からは遊戯開始だ。学園都市最強の怪物がプロデュースした遊びを精一杯楽しむといい。

 今頃どこかで無様に息を潜めているのだろう雑魚に聞こえるように声のベクトルを操車場全体の範囲に広げると、一方通行は愉快に宣言する。

 

「なァ、ちょっと確認してェことがあンだけどよォ」

 

 操車場の一角から、戸惑うような気配が浮かんだ。今まで培ってきた気配察知の勘から、標的の位置を大まかに把握する。今この瞬間から、あの忌々しい雑魚は居場所が割れた状態でかくれんぼを行うことになった。鬼による制裁をびくびくと怯えながら待つだけの、ルール無視なかくれんぼを。

 絶対的優位に立ったことを再認識する。そして、勝者の誇らしげな恍惚を顔に貼りつけると、一方通行は自慢げにこう言い放った。

 

 

「粉塵爆発って、知ってるか?」

 

 

 刹那、一方通行を中心とした小規模の地震が操車場を襲った。一方通行の能力によってピンポイントに発生したその揺れは整然と積まれたコンテナを片っ端から崩していく。積木遊びのように、いとも簡単に雪崩落ちていくコンテナ群。

 コンテナが落下し粉砕したことで、中に保管されていた小麦粉が煙となって昇り始める。爆撃によって破壊された建造物の被害を表す黒煙の如く、コンテナの被害を示すように白煙が操車場全体に立ち込めていく。

 八方を無数の『白』に覆われたまま、一方通行は得意気に指を鳴らした。

 些細な刺激でしかない乾いた音。しかし、一方通行のベクトル操作によって音は音波となり、遂には衝撃波となって小麦粉に刺激を与える。小麦粉と共に漂う空気に刺激を与える。

 

 

 火打石のように、発火を促す。

 

 

 耳を覆いたくなるほどのけたたましい爆音が響き渡った。最初は小規模だったはずの爆発は小麦粉を伝って操車場全体に広がっていく。もはや逃げ場はないほどに、地獄の業火が操車場を包み込む。

 実行者である一方通行自信を巻き込むほどの大爆発。だが、ベクトル操作の応用によって無敵の《反射》を行っているため被害は全くない。爆撃直後のような惨状の中心で、狂ったように笑い続ける。

 

 そうして数分ほど経ち、爆発が収まった。爆発の衝撃で小麦粉も吹き飛んでおり、障害物だったコンテナも軒並み薙ぎ倒されているせいで視界はすこぶる良好だ。世界が変わったように閑散としている。

 

(……さァて)

 

 炙りだし程度に留めるつもりだったが、自分は想像以上にハイになっていたらしい。一瞬で地獄と化してしまった操車場を乾いた瞳で見渡すと、溜息をつく。

 邪魔だった障害物は吹っ飛んだ。後は標的を見つけて(なぶ)り殺すだけ。非常に簡単な作業内容に欠伸が出てしまいそうだ。

 一方通行は両手をポケットに入れ直すと、標的を探すべくその場を移動する。できるだけ時間を節約するために足元へベクトルを集中させようとした時、

 

 

 操車場に、音が響いた。

 

 

 

 


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