とある科学の無能力者【完結】   作:ふゆい

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 更新遅れましたぁ!
 もしかしたら月イチになるかもです。できるだけ早く更新できるよう頑張ります!


第十一話 友達

 耳をつんざかんばかりの轟音と共に、積み重ねられた数多のコンテナが地震の影響で一気に落下を始める。整然と並んでいたはずのそれらは、一方通行の手にかかるとまるで積み木を崩すかのようにいともあっさりと崩壊していく。

 

「ぐっ……ミサカ、とりあえず車に乗れ! このままじゃ潰されるぞ!」

「は、はいっ!」

 

 突然の異常事態に違和感を感じる暇さえなかったのか、先程まで彼に自分の存在意義の無さを示していたミサカは死を避けるためにワンボックスカーの助手席へと慌てて飛び乗った。熟考の末の決断ではなく、ほとんど反射的に命を長らえようとした。

 ミサカが乗車したのを確かめると、佐倉は運転席へと移動してすぐさまアクセルを踏む。

 目覚めたようにヘッドライトを点灯させ、車はその場を全速力で離れた。そのわずか数秒後に、元いた場所にコンテナが落下する。ぐしゃ、という鈍い音が耳に届き、佐倉は一人嫌な汗を流していた。

 一方ミサカは、何の躊躇いもなく自動車を発進した佐倉に疑問の表情を向けている。

 

「め、免許なんて持っていたのですか? と、ミサカは貴方の外見年齢を鑑みながら尋ねます!」

「大事なのは資格じゃねぇ! 技術なんだよ!」

 

 尊敬する茶髪の先輩が以前自慢げに自分に言っていた台詞を反芻する佐倉。その時は何言ってんだという呆れの気持ちでいっぱいであったが、そんな流れで機嫌をよくした浜面に運転技術をレクチャーしてもらっておいてよかったと心底感謝する。現に、彼のおかげで二人は一命を取り留めているのだし。

 車を巧みに操り、コンテナの雪崩から必死に逃げ回る佐倉達。大規模な揺れのせいでうまく真っすぐ走ってはくれないが、四苦八苦して落下物を回避していく。

 

 ――――しかし、試練はこんなものでは終わらなかった。

 

 粉砕したコンテナからもうもうとあがる白い煙。事前に調べておいたため、佐倉はその正体を知っていた。

 学園都市内の倉庫にも使われているこの操車場には、学園都市内で生産された様々な食料なども貯蓄されている。米や豆などの穀物から始まり、果ては肉なども保存されている操車場。

 その中でも、最も大量に保存されているものがあった。

 それは、

 

「小麦粉、か……!」

 

 正体を確信した瞬間、佐倉の背筋に大量の冷や汗が浮き出てきた。先ほど一方通行が放った言葉の真意を察し、絶望的な表情を浮かべる。逃げ場がなくなったことを本能的に理解して、思わず唇を噛みしめた。

 そんな佐倉の不自然な様子に気付いたミサカは、訝しげに眉をひそめて彼の顔を窺う。

 

「どうしたのですか? 何やら汗が凄いようですが――――」

 

 しかし、彼女の言葉が最後まで紡がれることはなかった。

 操車場の一角から、想像を絶する大きさの爆音と爆発が発生したのだ。

 爆発によって生まれた炎は小麦粉を刺激し、さらなる爆発を誘発する。そしてまた小麦粉を刺激して、さらなる爆発を……。

 操車場全体が白煙に包まれている現在、爆発の範囲は間違いなく操車場全域を覆う。佐倉達は操車場の中でも端の方に逃げているのだが、今目の前に広がっている小麦粉がイコールで爆発の危険を示唆しているため助かる保証はない。

 

「いったい何が……あの爆発は……?」

 

 未だ現状を把握できていないミサカは幾度となく疑問符を浮かべている。しかしその間にも爆発はどんどん範囲を広げており、すでに彼らの十数メートル先まで迫ってきていた。

 思いのほか速度の乗った炎の波は、まったくの躊躇を見せることなく彼らを呑み込もうとしている。

 このままでは二人とも死ぬ。

 このタイミングで逃げられるはずはない。

 このままでは……。

 

「くそっ!」

 

 悪態をつき、顔を怒りで歪ませた彼の取った行動は一つだった。

 ハンドルを握っていた手を離すと、隣で呆然と炎を見ていたミサカの肩を掴んで押し倒す。彼女が座席に仰向けになったのを確認するや否や、佐倉は寸暇を惜しむように彼女の上に覆い被さった。

 

「ちょっ……いきなり何を……!?」

「いいから黙ってろ! 後、身体折り畳め!」

 

 困惑の表情を浮かべて行為の理由を問いかけていたミサカを黙らせて、全身を縮こまらせる。元々線の細い体格をしているため、手足を折り曲げた状態の彼女を佐倉の身体で覆い隠すには十分だった。

 相当窮屈なのか、苦悶の呻き声を上げて身じろぎを繰り返すミサカ。そんな彼女の様子には気を配ることもなく、佐倉は両目を固く瞑ると襲い掛かる衝撃に備えた。

 ……そして、その時がやってくる。

 

 津波のような激しい勢いでワンボックスカーを呑み込む爆発。一応装甲を改造しておいたために跡形もなく消し飛ぶようなことにはならなかったが、窓ガラスが粉砕されて車内に想像を絶する温度の熱風が入り込んでくる。

 熱風は助手席で身体を丸めていた佐倉達にも平等に襲い掛かった。

 

「ぐ……が、ぁ……!」

 

 佐倉の背中を熱風が舐めるように剥ぎ取っていく。シャツは一瞬で消し炭になり、剥き出しになった肌が高温で焼けただれていくのを彼は本能で感じた。

 予想を遥かに超える激痛に意識を失いそうになるが、真下のミサカの存在を思い出してなんとか意識を繋ぎとめる。ここで気を失うわけにはいかない。彼女を守りきるまで、死ぬわけにはいかない。

 爆発はあくまでも一瞬だった。が、爆発の影響によって生まれた激しい熱風と烈風は数分もの間に渡って彼の全身を傷つけていった。

 どれほど経っただろうか。全ての災害がようやく治まったのを察すると、佐倉は痛みにこらえながらも眼下の少女に安否を確認する。

 

「ミ、サカ……大丈夫、か……?」

「……は、はい。軽い火傷は負っていますが、命に別状はありません。と、ミサカは現状を報告します」

「そう、か……っぅ」

「っ!?」

 

 ミサカの無事を確認したことで緊張の糸が切れたのか、そのままミサカの上へと倒れ込む佐倉。明らかに無事ではない彼の様子に、ミサカは思わず声を荒げる。

 

「そ、そんなに大怪我してまでミサカを庇って……何を考えているのですか、とミサカは貴方の愚かさが理解できずに混乱します!」

「別に……何も考えて、ねぇよ……」

「何を意味不明なことを……だったら何故、そんな考えもなしにミサカを庇ったのですか! 何一つ得なんてないはずです! ミサカはただの人形。ボタン一つで量産できる、そんな体細胞クローンなのですよ!? そんなミサカを、どうして……!」

「……死んでほしくなかったから、じゃ駄目なのか……?」

「え……?」

 

 息も絶え絶えに放たれた予想外の言葉に、ミサカは目を丸くして言葉を失う。一瞬、彼の言った内容が理解できず、頭の中が真っ白になってしまっていた。

 衝撃的な発言に二の句が継げないミサカ。そんな彼女の少し焼け焦げてしまった頬に手を添えると、彼はミサカの方を見ることもせずに言葉を続ける。

 

「俺は馬鹿だからさ……あんまり小難しいことは、考えられねぇんだよ。いつだって直感で動くし、いつだって、自分の気持ちに素直に行動する。今回だってそうだ。俺は自分の気持ちに……『ミサカに死んでほしくねぇ。守りてぇ』っていう気持ちに従って行動しただけなんだ……」

「……どうして、ミサカなんかに死んでほしくないなどと……」

「友達だからに、決まってんだろうが……!」

「とも、だち……?」

 

 虚を突かれたように佐倉の言葉を繰り返す。噛みしめるように何度も何度も呟く。口にするたびに、何故か胸の奥がぽかぽかと温かくなるのを、ミサカは無意識で感じていた。

 ミサカの反応に頷きを返すと、佐倉はようやくゆっくりと上体を起こし始める。

 

「お前とはまだロクに喋ったことねぇけどさ、きっと友達になれると思うんだ。ちょっと頑固で気難しいところなんか御坂にそっくりだしよ、仲良くなれる気がするんだ。だから俺は勝手に思ってる。お前はもう、俺と友達なんだって」

「…………」

「勝手な言い分だってくれぇ分かってるよ。子供じみた勘違いかもしれねぇのも理解している。……でも、それでも俺はお前を友達だと思っているんだ。喋った回数とか、遊んだ頻度とか関係なしに、さ」

 

 自分でも何言ってるかわかんねぇけどな、と自嘲気味に苦笑しながら彼は身体を起こすと、覚束ない足取りでトランクの方へと歩み寄っていく。例の機械が生きているのかどうかを確かめに行くのだろう。あれが一方通行攻略の鍵だと言っていたのだから、理由は容易に察せる。

 佐倉が身体をどけて自由になったミサカだったが、何故かすぐに行動を起こそうとはしなかった。爆発で屋根が吹っ飛ばされ吹き抜けとなっている上空をぼんやりと眺め、一人思考に耽る。

 

(ミサカが、友達……?)

 

 聞き慣れない言葉だった。実験室で育った自分には、絶対にかけられることのない台詞だと思っていた。

 不思議な気持ちだった。感情なんていう余計なものはインストールされていないはずなのに、胸が仄かに熱を帯び、心臓がやや激しく早鐘を打ち始めていた。

 心が安らぐようだった。その言葉を反芻しながら彼の顔を見ると、頬が勝手に赤らんだ。

 モルモットで、実験動物で、殺されるだけの存在な自分が、今、新たな意識を獲得しようとしていた。

 

「良かった……壊れかけているけど、まだ十分生きてる……!」

 

 佐倉のそんな安堵の声が聞こえ、ミサカは思考を中止した。その代わりに、身体を起こすと佐倉の方に駆け寄っていく。

 改めて彼の全体を見る。

 シャツは所々が熱で破け、黒く焦げ付いてしまっている。健康的な肉付の腕や背中は見るも無残に焼け爛れてしまっていて、とても無事であるようには見えない。よくもまぁ意識を保っていられるなと心底不思議に思うほどである。

 彼はこんな姿になってまで、自分を助けたというのか。存在価値なんてない、人形である自分なんかを。

 佐倉の様子と現状を再確認すると、ふと頬の辺りが生暖かいことに気が付いた。原因を確かめるべく、手を頬へと当てる。

 水のような液体が、頬に付着していた。しかもそれはさらに上の方から止めどなく溢れ続けていて、休むことなく頬を濡らし続けている。その上、水とは違って不思議な温かさを伴っていた。

 これはいったい何なのか。学習装置によって植えつけられた記憶には存在しない現象に、彼女は呆けたように困惑する。

 機械の様子を見ていた佐倉だったが、ミサカの異変に気が付いたのか顔を彼女の方へと向けた。……すぐに表情を和らげると、屈託のない笑みを浮かべてミサカの頭に手を乗せる。

 

「ったく……子供みてぇに泣いてんじゃねぇよ」

「な、く……?」

「ん? ……あぁ、そういや感情ってもんを知らねぇんだったな。今お前の頬を濡らしているソレは、涙って言うんだ。悲しかったり、感動したり……感情が激しく揺れ動いたときに流れる、人間の証さ」

「あか、し……」

「そう。涙を流せるってことは、ちゃんと感情を持っているってことなんだ。善人だろうが悪人だろうが関係なく、泣ける奴ってのは誰しも『人間』なんだよ」

 

 優しく微笑みかけながら、ミサカの頭を撫で続ける。くしゃっとやや強引に髪を梳かれる度に、彼女の双眸からはこんこんと大量の涙が溢れだしてくる。

 自分がなぜ泣いているのか、理由は分からない。でも、どうしても泣き止むことはできなかった。彼に優しくされると、何故か堰を切ったように涙が流れ続けた。

 

「よかったな。やっぱりお前は『人間』だった」

「うぁ……っく……うあぁぁ……!」

 

 その言葉がトドメとなったのか、遂には声を上げ始めるミサカ。耐えられなくったように佐倉に抱きつくと、黒ずんでしまったシャツの胸部分に顔を埋めて嗚咽を漏らす。今まで抑え込んでいた感情を、溜めこんでいた全てを吐き出すように、彼女は心の底から慟哭した。

 泣き続けるミサカの背中を優しく叩いてやりながら、佐倉は彼女に提案する。

 

「ミサカ、お前に手伝ってほしいことがあるんだ」

「ぇぐ……ミサカに、ですか……?」

「あぁ。生きるために、一方通行を倒す。その手伝いをしてほしい。二人でここから生き延びるために、お前の力を貸してほしい」

「ミサカの、力……」

「頼む」

 

 ミサカを固く抱き締めたまま、佐倉は強い口調で彼女による援助を要請する。御坂を救うために、ミサカと助かるために。彼はなんとしても一方通行を倒さなくてはならない。そのためには、ミサカの力が必要不可欠だった。

 佐倉の必死な言葉に、ミサカは思わず黙り込む。今まで一貫して佐倉の関与を拒絶し、自分は殺されるために生きていると信じて疑わなかった少女は、提示された新たな道を前にして自分なりに考え込む。

 そして、

 

「……分かりました。貴方の言葉を信じて、ミサカももう少しだけ抗ってみようと思います」

 

 始めて自分で考え、自分で行動を選択したミサカ。

 そんな彼女は初めて柔らかな『笑顔』を浮かべると、もう一度だけ佐倉を強く抱きしめた。

 

 

 


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