とある科学の無能力者【完結】   作:ふゆい

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 今日も無事に更新です。テストも明日で最終日。部屋の隅で開封を待っているザクⅡプラモがちらちら気になりますが、なんとか頑張ろうと思います。
 ……マスターグレードって、いいよね。


第十七話 絶望の幕開け

「……ったく。あぁいうちゃんとした店は品揃えはいいんだけど、アフターサービスが丁寧すぎるのがいただけないのよねー。善意でやってもらってるんだから文句言うのもお門違いなんだろうけど……こっちも人を待たせてるっていうことを少しは察して欲しいわ」

 

 そんな風に愚痴りながらも、ブランド感溢れる紙袋に時折視線が飛んでしまう辺りが彼女の素直じゃなさを表しているようでなんだか微笑ましい。ブランド感とは言ってもその中身は超子供向けのキャラプリパンツであるのだが、先日とある高校生とゲコ太同盟を結成した彼女はもはやそのことを恥ずかしがることもない。仲間、というのは面白いもので、一人でも同志がいると人はどんな困難にも立ち向かえたりするのだ。いつもいつも自分のことを気にかける後輩風紀委員とか恋バナに目がない柵川中学系女子とか、そこら辺の方々が向ける微妙な感じの視線に晒されたとしても、今の彼女は決して落ち込むことなどないだろう。

 周囲のお客様方から奇異の視線を向けられていることにも気づかず満面の笑みでスキップする美琴。向かうは店の入り口付近にある柱。同行者を待たせてしまっているので、急いで合流しないといけない。

 まぁ彼女の頭の中では、

 

(やっぱりもう一度お礼言った方がいいのかな……で、でも改まるのも恥ずかしいし! それに向こうだって下着の話題をいつまでも引き摺られるのはいい気はしないだろうし……。でもでもっ! やっぱり感謝の気持ちを伝えるってのは大切な事だし!)

 

 こんな感じで羞恥と理性がよく分からない感じでせめぎ合っているのだが、絶賛不器用系女子な超能力者がこういう状況に陥るのはいつもの事なのでここは何も言わないでおこう。そういうのは白井黒子や佐天涙子の仕事である。

 何はともかくとりあえずは待たせてしまったことを謝ろう。熟考と激闘の末に結局常識的な結論に落ち着いてしまった美琴は店を出ると、申し訳なさそうに頭を掻きながら「いやー」と笑って謝罪の言葉を口にする。

 

「ごめんごめん。思った以上に梱包が長引いちゃって……あれ?」

 

 思わず、気の抜けた声を漏らす。

 彼女が会計を済ませている間、同行者である佐倉望は確かに入口の所で待っていると言った。彼は無駄な嘘をつくような性格でもないし、美琴も一応彼を信じているのでその言葉に嘘はないはずだ。彼はここで、彼女の帰りを待っているはずだった。

 

 それなのに、柱の付近に誰もいないのはいったい何故だ?

 

「トイレ……かしら?」

 

 そんな可能性に行き着いて辺りを見渡すが、彼らしき人影が戻ってくる様子はない。というか、佐倉は人を待っている最中に別の行動をとってしまうような浮ついた性格はしていないはずだ。この場を離れている間に美琴が来たら困ったことになるくらいの考えをいつも持っているくらい、なんだかんだで気が利く人間なのである。

 それならば、彼はいったいどこに行ったのか。よりにも、尊敬していると公言する美琴との買い物を差し置いて。

 

「……ん?」

 

 彼を探して視線をあちこちに飛ばしていると、足元で何かが照明の光を浴びてキラリと光るのが目に入った。

 緑色の、ややゴツいボディをした携帯電話。軽量化推進が叫ばれる今日の風潮に真っ向から喧嘩を売るようなフォルムのソレは、先週彼の快気祝いを行った日にみんなで購入に行った佐倉の新しい携帯電話ではなかったか。限定ゲコ太フィギュアが貰えるから、と美琴が半ば強引に早急に買いに行かせた、件のケータイではなかったか。

 携帯電話を開いて待ち受け画面を見ると、三日前に美琴と佐倉の二人で出かけた時にゲームセンターで撮ったプリクラ写真が現れる。お互いにちょっとぎこちない顔をしている自分達の姿に苦笑してしまうが、これでこのケータイが佐倉のモノであることを再確認した。

 この一週間で分かったことではあるが、彼は落し物というものをあまりしない人間だ。基本的に落ちやすいところに物を入れることはなく、一定の時間が経つと無意識にポケットやバッグの中身を確かめる癖を持っているため、何かを紛失するということが非常に少ない。神経質なのかそういうのが気になるのかは知らないが、彼が落し物をするということ自体相当稀な事なのだ。

 そんな彼が、ケータイを落としている。これは、結構信じがたいことであった。

 

「……何か、あったのかしら」

 

 なんだか嫌な予感がする。原因や理由は分からないが、とにかく彼の身に何か起こりそうな予感がした。……具体的に言うと、以前あの忌々しい実験に出会ってしまった時のような、背中がむず痒くなるような悪寒が。

 

(まさか、あの実験の関係者に襲われたとか……)

 

 可能性がないとは言えない。『絶対能力進化実験』は学園都市が認可していたような大々的なモノであった。多くの人員と膨大な資金が使われた大規模実験。二万人の体細胞クローンを犠牲にしようとしたそんなイカレた実験を、佐倉ともう一人の無能力者は止めてしまったのだ。実験の関係者の恨みを買ってしまっていたとしてもなんら不思議ではない。

 勿論、これはあくまで美琴の勝手な推測なので確証は微塵もない。もしかしたら本当に御手洗いに行っていて、偶然携帯電話を落としただけなのかもしれない。

 ……ただ、美琴はどうしても謎の予感を拭いきれなかった。

 

(とにかく、アイツを探さなきゃ)

 

 自分の携帯電話を取り出すと、電話帳の中から『白井黒子』と書かれた電話番号をコールする。あの後輩は今日も風紀委員第一七七支部の詰所で書類と戦っているはずだ。近くには情報処理能力に長けた初春飾利や行動力のある佐天涙子、それに尊敬する固法美偉(このりみい)先輩もいるかもしれない。彼女達に協力してもらえば、一人で探すよりも何十倍も早く彼を見つけることができるだろう。

 

(私の勝手な事情に付き合わせるのは申し訳ないけど……)

 

 今は、一刻も早く佐倉を見つけることが先決だ。忽然と姿を消したゲコ太仲間を、早く捜索しなければならない。

 

(私の知らない所で死んじゃってたりしたら、絶対許さないからね!)

 

 彼の重量感ある携帯電話をプリーツスカートのポケットに入れると、紙袋を持ち直してから美琴は駆け足でその場から走り去った。

 

 

 

 

 

                       ☆

 

 

 

 

 

 知らない少年に脅迫され従うようにして連れてこられたのは、第七学区の端に佇む寂れた廃工場だった。内部の設備は現役状態の頃からそのままの形で放置されているようで、ベルトコンベアーやロボットアームが異様な存在感を放っている。

 鉄鋼業的な工場だったのだろうか。敷地内のあちこちに鉄塊や鉄棒が重ねられているのを見て、佐倉は周囲を警戒しながらもそう思った。

 

「……ここら辺でいいか」

 

 そんな呟きを漏らすと、長身の少年はピタリと歩みを止めた。釣られるように、佐倉も足を止める。

 

「そういや自己紹介がまだだったな。いや、てめぇみたいな小物にわざわざ俺が名乗る必要はねぇんだが、まぁそこら辺は最低限の礼儀ってヤツだ。面倒臭ぇことこの上ないが、そのクソが詰まった耳を全力でかっぽじってよぉく聞きやがれ」

 

 佐倉の方を振り向きながら、子供のように無邪気に笑う少年。だが、彼の浮かべている笑顔には全くと言っていいほどプラスの感情が感じ取れない。殺意と怒り、そして侮蔑。そんな醜く歪んだ感情だけが、彼の笑顔を構成している。

 少年は右手を握り込み親指だけを立てて少年自身の方に向けると、この世の負を全て凝縮したような悪どい笑みを浮かべて佐倉に向かって名乗った。

 

「学園都市第二位、垣根帝督だ。ちょっくら上に頼まれててめぇの命を刈り取りに来た。言いてぇことは山ほどあるだろうが、今は黙って首を差し出せ雑魚野郎」

「っ!?」

 

 少年の名を聞き、宣言を耳にした佐倉が驚愕に震える。佐倉は思わず一歩後退すると、ウエストポーチの中に右手を入れていた。ゴソゴソと手探りで中身を捜索し、目的の物を探す。

 そのままずりずりと後ずさりながら彼が取り出したのは、黒塗りの拳銃。ベレッタM92という名前が付けられているその銃は、イタリアの企業が開発している世界でも一般的に知られた型式である。米軍の正式採用銃にもなるほどに世界的に普及しているせいか、スキルアウトの密輸入ルートからも結構な頻度で流れてくる代物だったりするのだ。

 以前路地裏で偶然実験に遭遇してしまった経験から、佐倉はどんなときでも護身用として銃を携帯するようにしていた。幸い学園都市内では拳銃よりも能力関係の防犯対策を重視しているようで、常に銃を隠し持っていても大騒動に発展することはない。彼としては非常にありがたい限りである。

 まさかこんなところで護身用が役に立つとは、学園都市も世の末だな。と自嘲気味に呟きながらもベレッタの銃口を垣根の方へと向けた。

 いくら対テロ用の拳銃とは言っても、学園都市第二位……つまりは超能力者に比べればそんなものはオモチャに等しい。拳銃一丁でレベル5に挑むなんて、自殺行為もいいところだ。勝てる確率なんて一%もあるかどうかわからない。

 それでも怯むことなく銃を構えて垣根を睨みつける佐倉に学園都市第二位は愉快そうに口角を吊り上げると、ニィィと悪魔のような笑みを浮かべ、

 

「面白ぇ。そんなチャチな装備で第二位の未元物質(ダークマター)に立ち向かおうとするたぁ、よっぽど愉快な死体になりたいらしいな」

「……何とでも言えよ。俺はこんなところで死ぬわけにはいかねぇ。守りてぇ奴がいる、泣かせたくねぇ奴がいるんだ。アイツに心配かけたまま、むざむざ殺されてたまるか!」

 

 内心では今すぐにでもこの場から逃げ出したい佐倉ではあるが、目の前の超能力者はそんな簡単に自分の逃走を許してくれるような甘い性格はしていないだろう。一方通行のように強者の余裕で情けをかけてくれるかもしれないが、一心不乱に工場から脱出したところで結局は殺されてしまうのが関の山だ。それに、彼が逃げてしまうと今度は美琴に危険が及ぶ可能性も否定できない。彼女は学園都市が誇る第三位の超能力者だが、目の前で凄まじい殺気を纏っている垣根に彼女が対抗できるとは到底思えなかった。表の世界と裏の世界。正反対の場所で暮らしている者でこうまで違うのか、とあまりの迫力の差に思わず歯軋りする。

 ピンと糸のように張り詰めた空気が廃工場に広がっていく。先ほどまで謳歌していた平和な日常とは対極に位置する、殺意と怒りが支配する戦場の空気が。

 佐倉がベレッタの握り(グリップ)を持ち直し、垣根がキザったらしく前髪を掻き上げる。

 そして、

 

「っ!」

 

 最初に動いたのは佐倉だった。

 彼はベレッタの銃口を垣根に向けた状態で身体を反転させると、彼に背を向けて一目散に工場の奥へと走り出した。散々啖呵を切った割に真っ先に逃走という選択肢を取った目の前のターゲットに、垣根は思わず唖然とした表情を浮かべる。

 

「て、てめぇっ! あんだけ偉そうに喧嘩売っといて逃げてんじゃねぇぞ!」

 

 怒りに顔を歪ませた垣根が何やら叫んでいるが、佐倉としてはそんなことに構っている余裕はない。できるだけ、彼から距離を取ることが最優先事項だった。

 

(超能力者に真っ正面から挑んでも結果は見えてる。いくら武器を持っているとは言っても所詮は外来品の旧型(オールドタイプ)だ。学園都市の頂点にいるような化物に、こんなもんが通用するなんて到底思えねぇ。今はとにかく身を隠して、作戦を練るんだ!)

 

 後ろの様子を伺うこともせずに走る。走る。走る。想像以上に広い敷地面積を持っている工場の中を、置き去りにされた機械の間を掻い潜るようにして逃げ回っていく。

 ――――だが、佐倉は一つ盛大な思い違いをしていた。

 

「……チッ。あぁクソ、いい具合にムカついた。俺から逃げ切れるとか、対抗するための戦略的撤退とか、そういう【戦いようのある相手】とか思われてるっつうふざけた事実にムカついた」

 

 忌々しく舌を鳴らした垣根が心底面倒くさそうに右手を前方――――必死に逃げ続ける佐倉がいるであろう方向に向けた途端、

 

 彼の掌から、原因不明の衝撃波が放射状に工場全体へと広がった。

 

 発生した衝撃波は敷地内にゴチャゴチャと散らばっている機械を積み木のようにあっさりと薙ぎ倒していく。まるでそこには最初から何もなかったかのように、機械の山をものともせずに破壊の波が佐倉を機械ごと呑み込んでいく。

 

(あの野郎ッ……バケモンかよ!)

「ぐっ……がぁあああああああああああ!!」

 

 振り返る暇もない。気が付いた時には、背中に衝撃が来ていた。

 ドゴォッ! という激しい破壊音と共に鈍い痛みが全身に広がる。背骨が粉砕するのではないかという程の衝撃をモロに受け、彼はいつの間にか空中を機械の破片と一緒に舞っていた。

 受け身を取ることもできず、地面に転がっていた鉄柱の上に背中から落下する。

 

「ごっ……ぉ……!」

 

 金属をマトモに背中に受け、肺が一気に空気を放出した。酸素を求めて必死に喘ぐが、上手く呼吸が機能してくれない。今まで経験したことのない鈍痛が、彼の身体機能を阻害しているのだ。

 呼吸困難に陥りながらも、なんとか地面に両足をつける佐倉。ガクガクと小鹿のように震えているが、それでも少しづつ垣根から離れようと足をひたすら進めていく。

 

「へぇ、意外としぶとい生命力してんな、お前。いいぜ、気に入った。こうなったらとことん付き合ってやろうじゃねぇか!」

 

 両手を広げて高らかに宣言する垣根。その声に憂いや怒りなどの響きはない。新しいオモチャを見つけた子供のような、新たな楽しみを見つけた純粋な喜びだけで構成された叫びが工場内に木霊する。

 そんなふざけた笑い声を聞きながらも、佐倉は機械の残骸の陰に隠れるようにして後退していく。垣根が襲ってくる前に、作戦を立てる必要があった。

 超能力者と無能力者。

 上条当麻のように全てを打ち消す右手を持っているわけでもなく、一方通行のように最強の能力を持っているわけでもない無力な少年の、絶望に包まれた戦いが始まった。

 

 

 

 


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