とある科学の無能力者【完結】   作:ふゆい

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 徐々に文章量を多く書けるようになってきました。今回は七千字弱。目標の一話七千字越えまで後少し。精進せねば。


第十八話 未元物質

『おいおーい、かくれんぼしている場合か無能力者ちゃんよォ。そろそろいい加減に飽きてきたぜ?』

「……くっそ、余裕見せやがって……!」

 

 コツコツとわざとらしく足音を鳴らしながら工場内を歩く垣根。ふざけたような軽口に舌打ちを漏らしながらも、佐倉は先の衝撃波によって不規則に散らばっていた鉄塊の陰に身を潜めていた。

 右手にはベレッタM92と呼ばれる対テロ用の拳銃。スキルアウトの密輸入ルートで手に入れた代物だが、この黒塗りの拳銃だけが今の佐倉の武器だった。

 甲高く軽快なステップ音と共に少しづつではあるが佐倉の方へと近づいてくる垣根。どうせ最初から佐倉がどこに隠れているか分かっていたのだろう。「どこだどこだ」と視界をあちこちに彷徨わせているものの、その足取りは真っすぐ佐倉の方に向けられている。

 ふざけやがって。もう一度毒を吐くと、佐倉はベレッタを握り直して瓦礫から転がるように飛び出した。

 

「お、見ぃーつけた。俺の勝ちだぜざまぁみろ」

「うるせぇ!」

 

 どこまでも遊びの範疇を出ない彼の発言に軽く頭が沸騰しかけるが、なんとか冷静さを維持してベレッタの引き金を引く。パン! と濡れタオルで壁を叩いたような乾いた音が工場内に木霊した。

 

 しかし、発射された鉛玉が垣根の身体を貫いた様子はない。

 

 垣根を覆うようにして、六枚の白い翼が出現していた。彼の背中から生えているその翼は、まるで神話に登場する天使のようだ。この世に存在しないような異質な輝きを放つ三対の翼が、発射された銃弾を華麗に受け止めていた。

 ポケットに手を突っ込んでいた垣根に回避できるタイミングではなかったはずだ。苦し紛れだったのは認めるが、それでも確実に相手を仕留められる瞬間だったと自負している。佐倉は不良紛いのスキルアウトだが、路地裏で培ってきた幾多もの経験から今のタイミングは絶対に相手を殺せるものだと分かっていた。

 だが、垣根の背中から放出されている真っ白の翼は、そんな決死のタイミングなど端っから問題ではないという風にいとも簡単に銃弾を防御した。発動に一秒かかったかどうかも分からない。コンマの世界で出現した白翼は、佐倉の攻撃を容易く弾き返していた。

 これが超能力者。これが第二位の【未元物質(ダークマター)】。

 あまりにも絶望的な戦闘力の差に、佐倉は逃げることも忘れて呆然と立ち尽くすしかない。

 そんな彼に、垣根はニヤリと口の端を吊り上げると、

 

「いってぇな。そしてムカついた。よっぽど俺とダンスっちまいてぇみてぇだな、コラ」

 

 本当に痛みを感じているのかさえ不思議になるくらいの軽い口調で言う垣根。「いてぇいてぇ」と胸の辺りを擦っているが、未元物質によって防御された以上ダメージを被っているはずがない。……おちょくっているのだ。

 つくづく性格が悪い。あからさまに勝ち誇っているホストかぶれに嫌悪感が増していく。

 

「下衆の癖にメルヘンチックな能力お披露目してんじゃねぇよクソ野郎」

「心配すんな、自覚はある。……だがまぁ、性格までメルヘンになった気はさらさらねぇけどな!」

「チッ!」

 

 垣根が右手を前方に突き出すと同時に、三対の翼の一つが佐倉へと襲い掛かってくる。

 見た目だけならば鳥の羽毛のように柔らかそうにも見える。しかし、未元物質によって構成された白翼は佐倉の脇腹を翳めると、背後の瓦礫を一瞬にして消し飛ばした。

 だが、直撃はしなかったとは言っても相手は超能力者。傷口から広がる痛みは並大抵のものではない。

 

「ぎ……ぃ……!」

「おろ? なーんでか分っかんねぇけど、狙いが逸れちまったな。お前、もしかして能力持ちだったワケ?」

「知るか……! 俺は生まれてこの方十六年間、【念動力者】とは名ばかりの無能力者だっつの……!」

 

 身体計測では詳しい能力名すら記載されず、ただ【無能力者】という烙印だけを押されている佐倉。彼が自分の能力を自覚したのは【幻想御手】を使った時のみである。摩訶不思議な音楽によって発現した能力は、スキルアウト仲間が放った炎をわずかであるが横に逸らした。……しかしながら、その時でさえ能力強度は異能力者(レベル2)である。

 現在進行形で無能力者(レベル0)な佐倉が【念動力】を使用したところで、垣根の攻撃を逸らせるとは到底思えない。

 それに、

 

(【幻想御手】使わなかったら食器一つさえ微塵も動かせねぇポンコツ能力なんだ。【未元物質】に対抗できるはずがねぇ。……くそっ、普通無能力でも少しゃあモノ動かせるだろうがよ!)

 

 愚痴を零すが、そんなことで今の状況が好転するとは思えない。無能力者であることを誰よりも自覚している彼は、最初から博打レベルの能力に期待などしていなかった。さっき垣根が攻撃を外したのだって、彼が慢心で油断していたからに過ぎない。

 プラス思考に捉えたとして戦況が傾く訳ではないのだ。

 

「まぁいいや。今のはちょろっと遊びが過ぎた。今度はしっかり当てちまおう」

 

 ガシガシと面倒くさそうに茶髪を掻く垣根の右手に純白の剣が出現する。鉄でもない、銀でもない。とてもこの世界に存在する物質とは思えない素材の剣を佐倉に向ける。

 

「未元物質ってのは武器工場にジョブチェンジする予定なのか?」

「それもいいかもな。こんなクソッタレな仕事するよか何十倍も稼げるだろうし」

 

 苦し紛れに挑発を行うものの、当の本人はまったく気にする様子がない。いたってマイペースに剣を弄んでいる。

 クルクルと手の中で柄の部分を回すと、

 

「そんじゃま、そろそろ遺言考えておけよ。人間ってのは結構簡単に死んじまうんだからさ」

 

 ニィィと口元を歪ませた死神が、佐倉望へと襲い掛かる。

 

 

 

 

 

                     ☆

 

 

 

 

 

『……駄目ですのお姉様。第七学区大通りを一通り探してはみましたが、佐倉さんは全く見当たりません』

「あー、くそっ! どこほっつき歩いてんのよあの馬鹿は!」

 

 思わず女の子らしくない罵声が口を突いて出てしまうが、それほどまでに今の美琴は焦っていた。

 下着店で行方を眩ませた佐倉。お手洗いに行っているのかとセブンスミストやその付近を探し回ったのだが、まったく影も形もない。

 それならば、と白井を始めとした風紀委員に協力を求めて第七学区中を走り回っているものの、やはり佐倉を見つけることはできない。

 

(こんだけ探しても見つからないっていうのは、あまりにもおかしいっ……!)

 

 風紀委員にまで協力してもらっているのに尻尾すら掴めない。ただそこら辺を歩いているだけならば、第七学区中に散らばっている風紀委員の一人がすぐにでも保護するだろう。警備員に比べて治安部隊としての能力は低い風紀委員ではあるが、人海戦術という形を取るならばどの部隊よりも適している。

 これだけ八方手を尽くしても見つからないということは、それこそ第七学区の果て、もしくは他の学区に連れて行かれている可能性が高い。

 

(佐倉一人で遠くに行く理由なんてないし……)

 

 それに、そんな遠くに行く用事があるならば美琴との買い物を断っていたはずだ。いくら彼が自分の事を尊敬しているのだとしても、他の用事を差し置いてまで買い物に付き合ってくれるとは思えない。……断言はできないが。

 第七学区の端に向かって足を進めながら、ちらと右手に持っている紙袋を見る。

 高級感溢れる朱色のソレの中には、先程佐倉に選んでもらったゲコ太の下着が入っている。その場の勢いで連れて行ってしまい、二人して気まずい雰囲気のままだったので早く終わらせるために選んでもらったのだが……美琴は何故か、彼に選んでもらったという事実が嬉しかった。

 

『だってどんな下着穿いたら男性が喜ぶのかとか、分かんないし!』

 

 混乱のあまり放ってしまった爆弾発言を思い出す。何故自分はあんなことを言ってしまったのか、何故自分はそのとき彼に見られることを想定してしまったのか。自分でも理解できなかった。

 ただ、彼に対して好意的な感情を抱いているというのは、事実だ。

 初めて彼と出会った日。美琴が立ち読みしているコンビニに強盗に入り、帰宅途中の彼女を爆走するワンボックスカーで轢きかけた佐倉。最初は恨みと怒りでいっぱいだったが、不良共に絡まれているときに自分を助けようとしてくれたのは何気に嬉しかった。

 その後彼の家で佐倉の素性を聞き、彼の中の闇を知った。途中で挫折の道を選んでしまった彼をどうしても放っておけなくて、美琴は自分が理解者となってやると名乗り出た。動機は分からない。だが、努力を途中で投げ出そうとする彼を支えたいと思った。

 そして、絶対能力進化実験。大した能力もないくせに、どこぞのツンツン頭のような奇妙な右手もないくせに、彼は自分の身を犠牲にして美琴を助けようとしてくれた。絶対に敵わない相手だと分かっていたはずなのに、彼は死すら恐れずに最強に対峙したのだ。無謀でしかないその行為。しかし、そのことが美琴にとってどれだけ嬉しいものであっただろうか。

 自分の為に命さえ投げ出そうとする愚かな無能力者。いつしか自分は、そんな彼に感謝の念を抱いていた。

 

(……いや、違う)

 

 そう呟いて、美琴は否定した。自分が彼に抱いている者は決して感謝の念だけではない。そう思った。

 自分の身を投げ出して、大切な人を守ろうとするアイツ。弱いくせに、馬鹿のくせに、精一杯強がって信念を突き通そうとする無能力者。

 欠点を上げていくとキリがない。……だが、そんな彼に対して、自分はこんな風に思っているのではないだろうか。

 

 ヒーロー、と。

 

(……こんなところで、死なせるわけにはいかない)

 

 美琴は走る。段々と人気が少なくなる学区の端に向かって、ひたすらに足を動かす。あの馬鹿には、まだ言いたいことがたくさんあるのだ。感謝も説教もし足りない。今日の罰ゲームだって、中断されてしまった。これはもう、私刑の上に後二、三回ほど買い物に付き合ってもらわねば割に合わない。

 人気が完全になくなった工場地帯に入ると、磁力を応用して道をショートカットしながら駆け抜けていく。

 

 そんな彼女の携帯電話に初春飾利から連絡が来たのは、もしかしたら奇跡だったのかもしれない。

 

 

 

 

 

                    ☆

 

 

 

 

 

 振り下ろされた未元物質製の剣を避けられたのは、偶然と言っても過言ではない。

 純白の刃が佐倉の脳天をかち割る直前、佐倉は無我夢中で上半身を捻り、右方向へと倒れるようにして転がった。もはや体裁など気にしてはいられない程の無様な回避行動だったが、全てのプライドを投げ捨てて生へとしがみついた彼の選択はどうやら正しかったらしい。迷わなかったのが功を奏したのか、振り下ろされた剣は佐倉を切り裂くことはなく、空しく空振りに終わった。

 

「……テメェ、本当に喧嘩売ってんだな」

 

 無能力者などという格下相手に攻撃をかわされたのが気に食わなかったのか、今までとは比べ物にならないほどの怒りの形相で佐倉を睨む垣根。先程までの力をセーブしていた彼とは違う、闇に生きる住人としての彼が正体を露わにする。放出された殺気は佐倉の動きを完全に止めてしまうほど濃厚で、鋭い眼光は彼にベレッタの銃口を向けさせる勇気すら与えなかった。

 

(これは……やべぇな)

 

 ぶつけられるドロドロした殺意に全身の毛穴という毛穴から嫌な汗が噴き出していた。頭の中で生物としての本能が盛んに警鐘を鳴らしている。早く逃げろ、と生存本能が次なる行動を指示している。

 だが、彼は動けない。生存本能とか警鐘とか、そんなものでは抵抗できないレベルの存在が目の前に佇んでいた。

 

「幸運ってのも考えようだよな。さっさと死んでりゃ苦しむことも無かっただろうに……よっ!」

「ぐぅっ!?」

 

 剣を右上から振り下ろす袈裟切りを後ろに倒れ込みながら回避する佐倉。緊張で全身の筋肉が硬直してしまっているのか満足に動けない。完全には避けきれなかったせいで、シャツの右胸付近がじんわりと紅く染まり始めていた。

 

(畜生、よりにもよってまだ完治してねぇ傷口を……)

 

 垣根が斬りつけたのは、奇しくも一方通行により風穴を開けられた傷口だった。縫合は完了していたのだろうが、じわじわと流れる血が白いシャツを紅く染め上げていく。致命傷というほど血が出ているわけではないが、いつ古傷が開くともわからない。無駄な懸念要素が増えてしまい思わず舌打ちが漏れる。

 傷口を庇いながらも立ち上がるとバックステップで垣根との距離を取ろうとする。

 

「甘ぇんだよ無能力者がァ!」

 

 だが、激昂した垣根が彼をそのまま逃すわけがない。上下左右から縦横無尽に剣戟を浴びせていく。

 血を流した上に恐怖のあまり反射神経が鈍ってしまっている佐倉は、次々と放たれる純白の軌跡を捌ききることができない。足元に落ちていた鉄パイプを拾ってなんとか凌いでいるものの、剥き出しになった腕やジーンズにじんわりと紅い線が浮き上がっていく。

 

「オラオラオラァッ! どうしたスキルアウト! 第一位をギリギリまで追い込んだっつう機転の良さを見せてみろよ!」

「ぐ、ごっ……!」

 

 斬撃では埒が明かないと思ったのか、フェイント気味に剣を突き出して懐に入ってくると、左拳を佐倉の鳩尾に叩き込む。佐倉の身体がくの字に曲がり、思わず視界が明滅した。内臓が飛び出すのではないかという威力に意識が吹っ飛びかける。

 だが、垣根が追撃の手を緩めることはない。

 自分の方へと倒れてきた佐倉の髪を掴み、顔面に右膝をぶち込む。

 

「がっ……!」

「……所詮、無能力者なんてぇのはこの程度なんだよ。強ぇ奴にぶっ飛ばされて、自分の意志を押し通すことも出来やしねぇ」

「ぎっ……!」

「何が一方通行を追いつめただ。何が最強に一矢報いた無能力者だ! テメェは運が良かっただけなんだよ! 第一位が油断して、偶然アイツの反射が緩んでいただけだろうが!」

「ぉ……ぇ……」

 

 顔面と鳩尾を中心に蹴りを加えられ続け、思わず嘔吐してしまう佐倉。今朝ファミレスで飯を食ってきたことが仇となり、胃液と食べ物が彼の呼吸を奪っていく。

 

「あーあー、汚ぇな。俺の自慢の服が汚れちまったじゃねぇか。どう落とし前つけてくれんだコラ」

 

 ズボンのポケットに左手を突っ込んだまま佐倉を見下ろす垣根。右手に持った剣を肩に乗せながら、垣根は勝利者の笑みを浮かべると吐き続ける佐倉の顔面を思い切り蹴飛ばした。

 

「ぶがっ……!」

「くたばってんじゃねぇよ三下。俺はまだまだ遊び足りねぇんだ。そんな簡単に死んでもらっちゃ、色々とコケにされた俺様の怒りは収まんねぇんだよぉ!」

「ぐ、ぅ……!」

 

 苦し紛れに垣根の顔を睨みつけるが、彼の脳は完全に戦闘の意志を失っていた。もう目の前の怪物には勝てない。根性とか気合とか、そういう精神論以前に生物としての本能がそう告げている。

 完璧に戦意喪失した佐倉。彼の異変に気付いたのか、剣を振り上げると垣根は表情を一切殺して淡々と宣言する。

 

「……チッ、もういいわ。今のお前を嬲っても空しくなるだけだろうし。さっさと死んで、地獄にでも落ちてろクソ野郎」

「く……そ……!」

 

 毒突くが、だからといって反撃できる術があるわけではない。今の佐倉には、悪あがきの一つも出来ないのだから。

 

「じゃあな。無力な自分を恨みながら死ね」

 

 垣根が純白の剣を振り下ろす。

 今度こそ死んだ。もう回避する気力も体力も残っていない。来る激痛に備えて、堅く目を瞑る。

 

 しかし、垣根の未元物質が佐倉の首を刎ねることはなかった。

 

 突如発生したオレンジ色の光が垣根の横っ腹にぶち当たり、彼の身体を吹っ飛ばしたのだ。展開していた未元物質の翼がギリギリで防御姿勢を取っていたので直撃は免れたようだが、完全に衝撃を殺すことはできなかったらしい。ゴロゴロと鞠のように地面を転がると、散らばる鉄塊の瓦礫にドシャァ! と激しい轟音をあげながら突っ込んでいった。

 あまりの衝撃に機械の破片が宙を舞い、土煙が上がる。

 そんな中で、佐倉望は確かに聞いた。

 彼女の声を(・・・・・)

 

「……ったく、初春さんがハッキングした監視カメラの映像を頼りに走り回ってみれば……なんでアンタはそんなにボロボロなのよ」

 

 ベージュ色のサマーセーターに、紺色のプリーツスカート。茶色の髪は肩ほどまで伸ばされていて、銀色のヘアピンが差し込む陽の光を浴びてキラリと存在を主張していた。

 いきなり現れた少女に、佐倉は完全に言葉を失う。頭では何か言わなければと分かっているのに、現実が信じられなくて口が上手く動いてくれない。

 そんな彼を安心させるかのようにニッコリと笑顔を浮かべると、彼女は自慢げに言い放つ。

 

「詳しい事情は分かんないけど、正義のヒーローミコっちゃん、只今参上よ」

 

 学園都市第三位、【超電磁砲(レールガン)】の御坂美琴。

 佐倉が世界で最も尊敬している超能力者は、惚れ惚れするようなタイミングで佐倉のピンチに駆けつける。

 

 

 

 


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