そんなこんなで戦闘回です(にっこり)
一般的に、無能力者は落ちこぼれという烙印を押されている。
能力至上主義の学園都市において、能力がないということはそもそもの存在意義を失うに等しい。もちろん当人達にしてみればそんなものは科学者や高位能力者達の偏見でしかないのだが、絶対能力者への到達という目標を掲げて日夜実験や能力開発に勤しんでいる学園都市の風潮的に仕方がないと言えよう。
だが、無能力者にも例外はいる。一方面の技術を極めた結果周囲に認められる者や、力はないながらも強い信念を持って自分を認めさせようとする者。無能力者という不利な境遇にへこたれることなく、彼らは彼らなりの方法で自分を認めさせようとする。
そんな中、少しだけ普通の無能力者とは違った少年がいる。能力開発では素晴らしい程に一つの能力も発現せず、何の因果か誰よりも不幸に見舞われる少年。右手に『異能を殺す異能』を宿した、原石なのかすら判断できない能力者。
彼は誰よりも不幸で、だからこそ誰よりも諦めなかった。「不幸だから」という理由で全てを諦めることは、何よりも情けないことだと思ったから。たとえ限りなく不幸でも、一生懸命に努力すれば最後にはきっと大切な何かを掴むことができると信じていたから。
誰に教えられなくても、自身の内から湧く感情に従って真っ直ぐに進もうとする者。
統括理事長アレイスター=クロウリーから一目置かれ、世界中の魔術師達から危険因子と見なされ、数多くの人間を救ってきた少年。不思議な右手だけを武器に様々な理不尽に立ち向かっていった少年。
そんなツンツン頭のヒーローは、現在。
「なんで昨日も一昨日もモヤシ炒めだったのに今日もモヤシ鍋なのいい加減にしてよ私はそろそろタンパク質を摂取したいんだよ!」
「どこぞの穀潰しのせいで上条家のエンゲル係数は人類の歴史上類を見ないくらいのエラいことになってんだよ文句言う前に節約に協力しろこの食いしん坊シスター!」
銀髪碧眼の美少女シスターと食事的経済事情について熱いバトルを繰り広げていた。
市販のダシの素を溶かした中に大量のモヤシと申し訳程度の豆腐という一般高校生は普通に満足しないような節約鍋を挟んで睨みあう二人。銀髪シスターは鋭い八重歯を光らせてグルグル獣のように唸っているが、上条も負けじと抵抗の意志を視線に乗せてガンを飛ばす。いつもならば彼女による噛みつき攻撃を予期した辺りで真っ先に頭を地面に擦り付けてしまうヘタレ上条なのだが、今日こそいい加減に家主の威厳というものを分からせてやらねばならない。たとえ無数の歯型が身体中に刻まれようとも、今日の上条は戦闘不能に陥らない限り戦い続ける所存だ。男には、戦わねばならない時がある。
凄まじい気迫を背負って睨み合う両者。上条家に突如訪れたかつてない緊迫感に怯えた三毛猫が部屋の隅でぶるぶる震えている。「ぼ、ボクはちゃんと餌が貰えれば満足なんやでーっ!?」と中立的な立場を維持しようとしているらしい。飼い主である少女に加勢しない辺り、この三毛猫は世渡り上手だ。
上条は目の前のモヤシ鍋をビシィッ! と指差すと、目を三角にして威嚇を続ける少女に向けて渾身の叫びを放った。
「いいかインデックス。そもそも俺は無能力者なので奨学金が雀の涙ほどしかない。どこぞのビリビリ中学生ならいざ知らず、食べ盛りの男子高校生一人を養うことすら危ぶまれるほどの額だ。いや、俺が漫画やらゲームやらにお金を多少使っているからという自業自得感も否めないが……とにかく、根本からして上条家には贅沢をする余裕なんてないのです!」
「だったらその娯楽グッズを全部換金してこれから先も買わなければいいんだよ! 奨学金を食費に回せば少しはマシな食事になるはず!」
「このストレス多忙な上条さんから娯楽を奪うだと!? 毎日のように魔術師やら能力者やらと死闘を繰り広げて疲れ切っている上条さんは自宅での漫画タイムが唯一の休息だと言うのに! 思春期の過度なストレスは更年期のハゲを誘発する恐れがあるという話を実話にしたいのかお前は!」
「う……それを言われるとちょっと反論できないかも」
上条の必死の説得に思わずたじろいでしまうインデックス。上条が日々命を賭した戦いを繰り返していることを一番身近で見てきた彼女は彼の大変さを誰よりも知っている。貴重な休みを娯楽で楽しみたいという彼の希望も、そういった点から見れば至極真っ当な意見だ。いくら脳内の優先順位における『食事』が二位に大差をつけてぶっちぎっているインデックスとはいえ、不幸体質に最近拍車がかかりつつある苦労人をこれ以上追い詰めるというのは些か良心が痛む。……というか、仮にもシスターならばあまり自分の我儘を貫いてほしくはないという上条の密かな願いをまったく聞いていない辺りインデックスのマイペースさが窺えるのだが。
黙り込んでしまうインデックスに気付かれないように心の中でガッツポーズを決める上条。苦節二か月、ようやく自分の努力が実る時が来たと内心感動の涙を流している。その間にもモヤシ鍋はぐつぐつと煮えくり返っているのだが、彼が気付くことはない。
勝利を確信する上条。だが、不意に勢いよく顔を上げたインデックスに再び警戒を露わにする。まだ何か言うつもりなのか、と頭の中であらゆる事象をシミュレートして対策を考え始める。
インデックスは何故か勝ち誇った笑みを浮かべていた。
ズバッ! と上条の背後の壁――――土御門家や佐倉家が存在する方向――――を指差すと、八重歯を光らせ堂々たる面持ちで叫んだ。
「だったらのぞむを見習いなよ! のぞむはとうまと同じ額の奨学金だけど、二週間に一回は焼肉とかすき焼きとか豪華な食事しているもん! のぞむの経済方式を取り入れれば、私達も豪華でリッチな肉が食べられるかもなんだよ!」
「ひ、人の家とウチを比べるんじゃありません! 佐倉は計画性抜群のへそくり大魔神だから俺とは根本的な何かが違うの! アイツはきっとお年玉をもらっても来年まで使い切らない種類の人間だ!」
「いいもん! だったらのぞむが焼肉する時に乗り込んでやるんだから!」
「あ、それでいいじゃん」
……何やら本人不在で佐倉家の経済事情を脅かす作戦が浮上してきているが、どうやらその方向で騒動は収まりを見せているらしい。佐倉的にはたまったものではないが、それで第三次上条家戦争が終結するというのなら安い話だ。いや、佐倉本人にとっては死ぬほど関係のない話だが。
お互いに頭を下げて和解したところで鍋をつつき始める。真っ白な具に若干の空しさを覚えるが、来週くらいに待ち受ける焼肉パーティin佐倉家を思えばこれくらいの我慢は屁でもない。そういった機微のある女性、それがインデックスなのだ(自称)。
モヤシを次々と皿に入れながら、インデックスは思い出したように呟く。
「そういえば最近のぞむを見ないかも」
「新学期始まってから学校も休みがちなんだよな。たまに登校してきたかと思うと四六時中爆睡だし。疲れてんのかねぇ」
「まいかも心配していたんだよ。『佐倉は悩みを抱え込むタイプの人間だからなー』って。大丈夫かな?」
「なんか大変そうだとは思うけど、まぁアイツなら大丈夫だろ」
「? とうまにしては珍しく人を信用しているんだね」
「お前は俺をどういう目で見てんだよ。……佐倉は確かに悩みがちだし、思い込んだら一直線で必要以上に自分の弱さを卑下するヤツだけどさ」
豆腐をインデックスの皿に乗せると、上条はかつて最強の超能力者に立ち向かった無能力者を脳裏に浮かべ、
「御坂の為ならたとえ死の淵からでも這い上がるようなしぶといヤツなんだ。御坂に激励の一つでも貰えば、どんなに落ち込んでいようが別人みたいに
☆
空気が割れた。
人知を超えた勢いで両者が激突すると、空気の壁がひび割れるような衝撃波が辺りに広がる。方向転換の為に床を踏みしめれば、足の形に地面が陥没する。戦いを続けるごとに、第四通路は地獄絵図へと一歩一歩確実に進み始めていた。
「…………」
物言わぬ駆動鎧が半身となって桐霧へと肉薄する。音速とまではいかないまでも、準ずる速度で接近を果たした駆動鎧は鳩尾に右拳を叩きこんだ。駆動鎧の人工筋肉によって強化された拳は、桐霧を確実に捉えると後方の壁を彼女ごとぶち破った。少なくとも厚さ二メートルはくだらない鉄の壁を破った先は、おそらく競技場。データセンター内での気分転換にでも使用するのか、テニスコート一面ほどの空間が広がっている。
瓦礫と共に空間の中央で仰向けになっていた桐霧だが、セーラー服の損傷以外に目立った外傷は見られない。鉄を砕くほどの殺傷力をもった拳をマトモに受けたにも拘らず、彼女は致命傷はおろか骨折の一つも負ってはいない。跳ねるように起きると、日本刀を握り直して再び相対する。
静かに穴を潜る駆動鎧を睨みつけると、細々と呟く。
「……ほん、と……厄介なんだ、から……」
少しづつ絞り出すように漏れる呟き。会話が苦手なのか、所々で詰まるように言葉を吐き出していた。虫の羽音のようにか細い声が、空中に消え入っていく。
足元に散らばる瓦礫を無造作に踏み潰しながら歩み寄ってくる駆動鎧に刀の切っ先を揺らしつつ向ける。攻撃の選択肢を広げ、敵に反応させづらくするための行動だ。もう一つに攻撃に移りやすくするという効果もあるが、すでに人知を超えた身体能力を保持している桐霧にとってそんなことは特に気にするようなものではない。
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肉体強化の最高峰と言ってもいい彼女の能力は、人間の筋力や高度などといったあらゆる能力値を底上げすることができる。その最大値は限りなく、肉体崩壊を恐れないならば第四位の【
埃で汚れたポニーテールを軽く振ると、息を整えて真っすぐ標的を見据える。漆黒のフルフェイスメットに隠れた顔にはどんな表情が浮かんでいるのだろうか。まるで感情を感じさせない機械のような動きは、多彩な感情に溢れた人間が行えるものではなかった。何かしら壊れた精神状況でなければ、こんな無機質な動きはあり得ない。
表情が読めない上に攻撃の大様な予備動作すらほとんどない。おそらくは高性能な駆動鎧による恩恵なのだろうが、それが非常に厄介な代物であった。その能力上近接戦闘を余儀なくされる桐霧は基本的に相手の表情筋や予備動作を人並み外れた動体視力で察知して戦闘を行う。大概の相手ならばマトモに攻撃を受けることはないという自負はあるが、さすがに機械染みたこの駆動鎧が敵となると分が悪い。天敵にも程があった。
「本当、厄介」
溜息と共に愚痴を吐き出す。四肢の筋力を上げると、刀を突き出しながら駆動鎧へと跳躍した。照明の光を浴びた刀が、のっぺりとしたフルフェイスメットへと狙いを定める。
並のショットガンよりも速い一撃。だが、その突撃を駆動鎧は首を傾けることでなんなく回避する。学園都市の常軌を逸した科学力によって生まれた反応速度を以てすれば、この程度の攻撃を避けるなど朝飯前なのだろう。
――――しかし、あくまで予想の範疇。
駆動鎧が首を動かした時には、桐霧は既に両腕を引いて刀を引き戻していた。普通ならば腕の筋肉が千切れてしまうほどの無茶な動きだが、能力によって最強の肉体を保有している彼女の腕は傷つきもしない。
手元に刀を引き戻すと、右脚を踏み込んで再び突撃。次なる狙いは闇色の装甲に覆われた腹部だ。並大抵の攻撃では傷もつかないだろう硬度を誇る装甲。それでも、装甲の間を縫うようにスーツに突き刺せば傷の一つくらいは与えられる。常人には成し得ない荒業だろうが、そもそもからして超人レベルの運動神経を持つ桐霧には関係のない話だ。
銀色の輝きが闇を貫く。――――かと思われたが、寸でのところで駆動鎧は全身を捻ると直撃を免れた。脇腹を掠るようにして刀を受け流していく。
(まさ、か……ここまで、避けられるなん、て……ね)
もはや人体力学を片っ端から無視しているのではないかと思ってしまうほどの無茶な動き。いくら駆動鎧を着ているとはいえ、あまりに人体を超越した動作を繰り返すと使用者本人にも多大なダメージが及んでしまうというのに。
命知らずの大馬鹿者か、もしくは絶対的な自信にあふれたナルシストか。どちらにせよ、ロクな神経は持っていないだろう。
まさか二撃目が回避されるとは思わなかったが、一応の保険をかけて次の動作に移る準備はしてあった。
左足を踏み出して地面を押すと、勢いを利用して身体を捻りながら刀を全力で引く。刀身が横倒しになるように構えると、この間は実に二秒足らず。
もちろんこの隙を逃す駆動鎧ではない。フリーになっている右腕を予備動作なしで桐霧の側頭部へと叩き込む。傷はつくものの、顔が陥没することはないが――――ダンプカーに轢かれたような衝撃が彼女の脳を揺さぶった。脳からの電気信号を片っ端から遮断するのではないかと焦るほどの激痛に思わず目の端に涙が滲む。……だが、休むことはできない。
攻撃を行ったために、駆動鎧にもある程度の隙が生まれていた。普通の戦場ならばわざわざ心配するほどでもないようなほんの一瞬。しかし、その一瞬は桐霧にとっての好機となり得る。
捻っていた腰を戻す。右腕を畳み、左腕を伸ばすようにして横向きに構えた刀を振ると、見事にがら空きになった腹部に狙いを定める。
言うなれば、野球のスイング。
独楽のような動きで生み出された遠心力による一撃は、たとえそれが不安定な体勢から放たれたものだとしても想像を遥かに超える威力を発生させる。
今度こそ、駆動鎧は動けない。
「っ……あぁっ!」
装甲を捉える確かな手応えを感じると、後は我武者羅に刀を振るった。そこには当初の美しい整った動きは無い。ホームランを狙い続ける子供のように、ただ目の前の敵に向かって己が力を叩きつける。
装甲に阻まれて、肉を斬る感覚は無い。だが、それでもできることはある。
斬れないのならば、殴ればいい。
全体重をかけて身体を押し込むと、駆動鎧の身体を『く』の字に折るようにして刀を入れこむ。
刀が進むにつれて、駆動鎧の足が床から浮いていく。【限界突破】によって向上した桐霧の腕力に押し負けて、彼の身体は確かに宙に浮いていた。
「負けられ……ない」
疲労感に全身が震えるのを感じながらも、桐霧は刀を握って戦場に立つ。
脳裏に浮かぶは可愛らしい少女の笑顔。彼女達を支え、鼓舞し、笑わせてきた大切な微笑み。
そして、もう二度と戻ることはない少女の輝き。
狂剣士は叫ぶ。実験という不条理によって命を奪われた仲間の仇を取るために。
「学園都市に復讐するまで……私は、負けるわけには……いか、ない!」