またこの展開か。
学園都市の誇る第三位の超能力者、御坂美琴は溜息と共に絶賛憤り中だった。
不良の軍団に囲まれながら、彼女は一人己の不運を嘆く。最近ライバル認定した忌々しいツンツン頭の不幸が感染ったのではないか。
(つーか今日厄日もいいところでしょ……)
午前中は雑誌を立ち読みするためにコンビニに行ったのだが、いきなり建設重機が突っ込んでくるし。
それにイラつきながらもてくてく歩いて寮に向かっていたら法定速度ブッチで爆走するワンボックスカーに轢かれそうになるし。
そして夕方には不良に絡まれるという筋金の入り方。
なんて日だと声を大にしてあの夕陽に叫びたい衝動に駆られてしまうのも無理は無かった。
(ワンボックスカーに乗ってたあの黒髪……アイツだけ顔をしっかり覚えたから今度見かけたら絶対復讐してやる!)
「おぉーい、シカトですかお嬢ちゃーん」
「うっさい! 今こっちはいろいろと忙しいのよこのハゲ!」
「は、ハゲ……?」
「だ、大丈夫っす! アニキはどこからどう見てもフサフサっす!」
自分を轢き殺しかけた罪は重い。磁力で動きを封じたうえで砂鉄剣の錆にしてくれる。怒りを抑えきれずに髪の先から火花が飛んだ。そして同時に不良の一人の心も傷ついた。二十代ほどにして女子中学生からハゲ扱いされればそりゃショックも受けるだろうが。
現在とってもご立腹な美琴は如何にしてこの場を乗り切って怨敵を殺しに行くかを真剣に考え始める。一般的な感性から明らかに外れた思考をする辺り彼女も超能力者ということだろう。
彼女なりに精一杯もっとも合理的かつ効果的な方法を模索した結果、
(よし、ぶっ飛ばすか)
こういう結論に辿り着くのが彼女が戦闘狂と言われる所以であることに御坂美琴は気付かない。
そうと決まれば即実行。目の前のゴミ共を消し炭にするべく演算を開始しようとする美琴だったが、
「はいはいそこのお兄さん達ちょっと待とうかストップストップ」
いきなり黒髪の高校生らしき男が横からさらりと突撃してきた。
突然の乱入者に美琴と不良は口をあんぐり開けて呆けた顔になる。この傍から見たら絶対に関わりたくはない状況に愚かにもトコトコ歩いて飛び込んできたこのバカは一体誰だ?
「な、なんだよテメェ」
「通りすがりの問題児だよ馬鹿野郎。こんな堂々と美少女ナンパするとか大した度胸じゃないか」
「び、美少女!?」
「んあ? おーとも、どう見ても美少女じゃんか。後でお茶でもしなーい?」
「テメェがナンパしてどうする!」
「なんだよケチケチすんなっての」
子供のようにぶーたれる黒髪の少年に不良達の怒りのボルテージはどんどん上昇していく。彼の背後では思わぬ美少女認定に顔を真っ赤にした美琴が頬を押さえて身悶えていた。
(わたっ、わたっ……私が美少女!? ななな、なんであんな直球で褒められるのよ意味分かんない!)
意味が分からないにしては純情かつ乙女チックな反応を見せているのだが、若干十四歳の彼女がそんな事実を認めるはずがない。未だに火照っている顔を両手で押さえながらも自分を精神的に追い詰めた少年を改めて見上げる。
サラサラとした黒髪。背は自分より少し高い程度で、やる気のない反抗的な片足重心の立ち方が不良達の怒りを煽っている。全体的に斜に構えた感じのする少年だ。
しかしここで彼女はある既視感に襲われる。
なんかどこかで見たことのある男だ。具体的にはごく最近、それも先ほど思い浮かべていたような――――
「あっ! アンタまさかワンボックスカーに乗っていたATM強盗の!」
「げげげっ! どうして俺史上最大のシークレットがこんな見たこともない中学生に漏洩してんの!?」
「ここで会ったが百年目! 大人しく私のストレス発散に付き合いなさい!」
「せめて理由を教えて欲しいがそんな余裕はなさそうですね!」
「おいテメェら、オレ様達を無視するとはいい度胸じゃねぇか。強能力者の火炎系能力者だと知っての行いか――――」
「うるっさい!」
「あばばばばっ!」
獲物を前にして気分が著しく高揚している美琴の肩を掴もうとした不良の一人が青白い電撃に焼かれて倒れ伏す。先ほどまで強能力者がどうとか粋がっていたリーダー格が一瞬にして消し炭にされ、恐怖を覚えた不良達はその場から全力で散開した。その後自分達が手を出したのはあの常盤台のエースだと知り、さらに恐怖に苛まれることになるのはまったくの余談である。
目の前でいとも簡単に不良達を追い払った美琴に心底驚いた表情を浮かべながら、少年は恐る恐る振り向くと、
「もっ、もしかしてお前常盤台の御坂美琴か!?」
「は? ま、まぁそうだけど……」
「やっぱり! あぁ、やっと会えたよ!」
「なにゃぁあああああ!?」
とてつもなく興奮気味に手を握られ心臓が口から飛び出るんじゃないかと心配になる美琴。ぐぐいと顔を近づけられているのも要因の一つか、バクバクと鳴り響く心音がなんとも煩わしい。
まるでどこぞの信者のように目を輝かせた少年は手を離して一歩下がると、何故か深々と頭を下げ始めた。
「ありがとうございました!」
「えっ、えっ? ちょっ……いきなり何やってんの!?」
突然放たれた礼の言葉にどうしたらいいのか分からず戸惑ってしまう。テンパりの極みをここに見た気がした。
しかし少年はそんな美琴の心境などどこ吹く風。言葉を捲し立てていく。
「俺、アンタのおかげで救われたんだ! 幻想御手なんていうモノに頼っちまった情けない俺が、アンタの激励のおかげで生まれ変われた。いつかお礼を言わなきゃと思っていたんだけど……本当にありがとう!」
「あ、あぁ……幻想御手使用者の方ですか……」
「アンタが木山に立ち向かってくれたから、俺は目覚めることができた。こんな無能力で周囲から蔑まれるしかない俺を助けてくれて、ありがとう!」
「…………え、と。どう、いたしまして……」
ここまで一直線に言われると逆に反応に困ってしまうのだが、彼がどうしてか友人の一人に重なって無下にすることができなかった。同じく幻想御手の力に頼ってしまった、黒髪長髪の友人に。
(……佐天さんも、同じ気持ちだったのかな……)
彼女のことを分かってあげられなかった自分に罪悪感を覚えている美琴としては、そんなことを直接聞くような勇気はないのだが。
しかしこの男、今まで自分に言い寄ってきた他の奴らと違ってやましさが全くと言っていいほど無い。そもそも礼を言っているだけなのだから下心があるはずもないのだが、それがまた彼女にとっては珍しいことでいっそう混乱を誘発してしまう。自分はどう対処するべきなのか、頭が上手く回らない。
「自分でどうにかできるのに、わざわざ横槍入れちまってごめんな。じゃあ俺はこれで帰るよ」
「……まっ、待ちなさいよ!」
「んあ? そっちも何か用があるのか?」
「いや、その……」
首を傾げる少年。反射的に呼びとめてしまった美琴は再び混乱のスパイラルに飲み込まれる。何故大人しく帰らせなかったのか、すぐに後悔がやってくる。自分はこの男と何の接点もないというのに。
自棄になりつつ髪をグシャグシャと掻き回す美琴だったが、ふと今の状況を打開する究極の一手が舞い降りてきた。そこから言い訳と事情、筋の通った理由を逆算し終え、彼女はふふふと口元を吊り上げる。
何故か怪しい笑い声を上げ始めた美琴に少年の顔がやや引き攣る。そして次に放たれた衝撃的な一言に引き攣るレベルでは収まらない驚愕を露わにしてしまう。
「い、今からアンタ、私と勝負しなさい!」
「…………はい?」
「だから勝負よ勝負! 決闘よ!」
「はいいいいいいいいいいいいいいいい!?」
C級映画も真っ青な超展開に思わず仰け反る少年。まったく予想だにしなかった宣戦布告に戸惑うのは少年の番だった。自分の力量を知っているからこそ、さらに驚愕した。
だが美琴はそこで追い打ちをかける。手加減なんてしないのが彼女の彼女たる信条だ。
「アンタは気付いてないかもしれないけど、私は今日アンタのせいで人生を無駄にしたのよ!」
「これまた予想の斜め上を通り過ぎて行ったな!」
「楽しみも奪われて、殺されそうにもなった。ここまで私を弄ぶなんて、私刑の上に死刑でも足りないくらいだわ!」
「お願いだから公衆の面前で誤解されるようなこと叫ぶのはやめてくれないか!?」
先ほどから通りかかる奥様方からの視線がとてつもなく痛い。「あらやだ最低ね」とかさらっと口走る年配の奥様が彼の精神をズタボロにしていく。なんか社会的な死を迎えつつある少年だった。
だがそれでも事実なのだから仕方がない。ここぞとばかりに言葉を並べ立てていく超電磁砲。
「復讐よ! 私の大切な
「事実は小説よりも奇なりってこういうことか!」
歴史的格言が思わぬ形で自分に降りかかっていた。
「というわけで電撃ドーン!」
「うぉぉおお!?」
予備動作なしで放たれる一筋の電撃。手加減しているとはいえ数万ボルトはあるであろう攻撃を平然と行う中学生に戦慄を覚えた少年は反射的にしゃがみ込んで回避に成功する。
まさか一般高校生に避けられるとは思わなかったのか、美琴は面白くないといった様子で眉を吊り上げた。
「ラッキー回避なんて笑えないわね」
「笑えないのはこっちだ馬鹿! なんでお礼言った相手に殺されかけなきゃならないワケ!?」
「ごちゃごちゃした事情はいいのよ。ただ、私がアンタをボコボコにしたいだけだから」
「戦闘狂っぷりがパねぇ!」
「問答無用!」
「問答してねぇし!」
美琴を中心にして、電気が円を描きながら少年へと飛来する。
文句を言いながらも、それに対して彼が取った行動は非常にシンプルだった。戦闘経験はそこまで深いようには見えない高校生は鞄から金属食器を取り出すと、向かってくる電流に思い切り投げつけた。
結果、避雷針としての役割を与えられた食器に誘導され、電気はアスファルトに流れていく。
思わぬ機転に言葉を失う美琴。しかし彼女はそれよりも不思議な個所に思い当たった。
「……なんで食器なんて持ち歩いてんのよ」
「せっかくだから能力の特訓しようかと思ったんだよ、悪いか」
「いや、それにしてもなんで食器……」
「幻想御手使って発覚した俺の能力が【
「…………」
意外と真面目なヤツかもしれない。思わぬ側面に拍子抜けしてごっそりと戦意を奪われる。
……そして、彼女の油断を見逃すほど少年は平和ボケしてはいなかった。
ポカンとしている美琴へと走りだし、その脇を抜けていく。
「あ、こらっ! 待ちなさいよ馬鹿!」
「馬鹿っていうな馬鹿って! あばよ超電磁砲!」
「こんのっ……!」
我に返った美琴が声を荒げるがもう遅い。少年は振り返ることなく一心不乱にその場から走り去っていった。
一人残され、立ち尽くす。
「あんチクショウ……今度会ったらただじゃおかない――――ん?」
忌々しげに逃走者の背中を見送っていると、足元に落ちている黒い手帳のようなものが目に止まった。表面には校章染みたマークと学校名が記されている。
「生徒手帳?」
もしかして。一縷の望みをかけて拾い上げ、中を見る。
裏表紙では、【佐倉望】という名前と共にあの少年が不器用な笑顔でこちらを見ていた。
「……よし、いいもん拾ったわ」
非常にイイ笑顔で呟く。鹿を見つけた狩人のような、捕食者の表情を浮かべ人知れず拳を握る。
もう絶対に逃がさないとその顔が物語っていた。
これが彼らの二度目の出会い。この出会いが自分達の運命を大きく変えることになるとは、この時誰にもわからなかった。
スキルアウトと超電磁砲が出会ったその日、物語は動き出す。