とある科学の無能力者【完結】   作:ふゆい

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連続更新です。大覇星祭編って楽しいね!


第二十九話 Ignition

 午前十時三十分。

 どんな行事でも参加者達のやる気を根こそぎ奪うと言われる魔のプログラム【開会式】がようやく終了した。それぞれが残暑厳しい炎天下の中愚痴を言いながら出ていく中、佐倉はあまりの暑さにグロッキー寸前のツンツン頭の少年と連れ立ってサッカースタジアムを脱出しているところだ。基本的に冷暖房もついていないような場所で開会式すんなよ、と不真面目少年としては思うわけだが、百八十万人もの学生達を効率よく何百か所かに分けたうえで行われているのだから設備に文句を言っても仕方がない。というか、我らが底辺校が冷暖房完備の快適エリアで開会式をできるはずがない。そこら辺はいくらバカな佐倉でも理解している。

 

「暑い……あまりに暑くて上条さんのクールハートが茹だりそうだ……」

「生身で一方通行に勝つような馬鹿がクールなわけねぇだろ。ちったぁ元気見せろよ主人公」

「佐倉さんや、上条さんは別に主人公でもヒーローでもありませんことよ? どこにでもいるような落ちこぼれ高校生で、ちょっとしたことでネガティブに陥ってしまうような一般ピーポーでござりまする」

「銀髪シスターと居候している一般人がいてたまるか」

 

 あくまでも上条一般人説を推し続ける不幸野郎に思わず溜息が零れる。九月に入ってクラス内では基本的に他人との接触をできるだけ断っていた佐倉なのだが、さすがにこういう時まで会話を拒絶するのは如何なものかと思った次第である。せっかくの大覇星祭なのだから楽しんだ方が楽だろう、と佐倉は心の中に巣食う闇をなんとか抑え込んで上条達と開会式に臨んだ。……しかし、まさか上条とのコンビ行動を余儀なくされるとは思っていなかったが。

 青髪は土御門と共にどこかに消えていったし、姫神と吹寄は一足早く競技場に向かった。その他クラスメイトはそこら辺に見受けられるが、スキルアウトという立場上あまりクラスメイトとの中が良好ではない佐倉にはもはや上条しか残されていないのであった。コイツといて不幸に巻き込まれやしないかと割とガチで心配になる。まぁ今のところはバケツが降ってきたり美少女が突貫してきたりと言ったイベントは起きていないので大丈夫だろう。

 あくまでも冷静にツッコミを入れる佐倉。そんな彼の横顔を見ながら、上条はやや真剣な顔つきで口を開く。

 

「……なぁ佐倉。お前、本当に大丈夫なのか? 最近疲れていたみたいだし、無理してまで参加する必要は……」

「はぁ。お人好しばっかりかよこの街は。いいか? 美琴にも言ったが、俺は大丈夫だ。てめぇらに迷惑はかけねぇし、俺は俺なりに楽しんでいる。てめぇがわざわざ気にするようなことは何もねぇよ」

「それならいいんだけどさ……学校でのお前は、どこか人生に疲れたような雰囲気醸し出していたから、ちょっと心配だったんだよ。まぁ、元気ならそれでいいけどさ」

「……あぁ、今日は全力で楽しもうぜ」

「よっしゃぁーっ! まずは棒倒しで景気づけと行きますか!」

 

 群衆のど真ん中で天に向かって咆哮するウニ頭上条当麻。相変わらず冷静なのかネガティブなのかハイテンションなのか理解に苦しむ少年だが、こういう無邪気な彼を見ていると自然と笑顔が浮かんでくるのだから不思議だ。彼の右手に宿る異能は、もしかしたら佐倉の『闇』さえも中和してくれるのかもしれない。

 

(ま、そんなわけねぇけどな)

 

 そんな非現実的なことが起こらないのは分かっている。だが、こういう時くらいは上条の明るさに身を委ねてもいいのではないか。日頃仕事で精神摩耗しまくっているのだから、こういう時くらいは。

 拳突き上げ勝利を宣言する上条に苦笑気味についていく。二人の頭では白い鉢巻がこれでもかと純白の輝きを発していた。全学校が紅白に分かれて戦う今回の大覇星祭は、その勝敗によって学校への配点も大きく左右される。単独では勝利が難しい学校も、この制度によって上位に食い込むことができるかもしれない。大どんでん返しの可能性を秘めた制度が、この紅白制度だった。ちなみに美琴属する常盤台中学は紅組である。敵同士だと分かった時明らかに落ち込んでいた美琴は非常に可愛らしかったということだけここに記しておこう。

 大覇星祭期間は悩みを忘れて全力で楽しもう。それくらいは許されるだろう。

 未だ心の隅で存在を主張している暗部の『闇』からできるだけ目を背けながら、佐倉は目一杯大覇星祭の空気を吸う。

 

「とうまー」

 

 と、不意に人混みの中から上条へと声がかけられた。特徴的だがどこか聞き覚えのある声に、上条だけでなく佐倉までもが顔を向ける。

 大覇星祭という関係上群衆は体操服の集団で構成されるが、その中に一人だけ金色刺繍の純白修道服を着込んだ銀髪碧眼の美少女が降臨していた。胸部には若干の心残りが見られるものの、スレンダーで充分魅力的と言える英国美少女。曾祖母が英国人である佐倉もある程度はイギリスの方々を見慣れているはずなのだが、彼女は佐倉が知る英国人の中でもトップクラスの美しさを誇っていた。ぶっちゃけ、一番綺麗かもしれない。

 そんな彼女の名前はインデックス。もう偽名だとか何だとかツッコミ入れる事すら面倒臭い上に胡散臭い名前だが、そこら辺は個人のプライバシーなのであまり突っ込まないのが良識であろう。佐倉とて暗部に関して突っ込まれるのは避けたいところだ。

 三毛猫を胸の辺りで抱きかかえたまま走ってくるインデックスは、上条の隣に立つ佐倉にも気が付いたようで輝かしい笑顔で右手をぶんぶんと振ってきていた。

 

「あ、のぞむだー! 今月に入って初めて会うかもなんだよ! もう、全然顔見せてくれないから心配したんだからね!」

「年がら年中食事のことしか考えてねぇてめぇが俺の心配だって? おいおい、冗談は胃袋だけにしてくれよインデックス」

「冗談じゃないもん! だってのぞむがいなくなっちゃったら誰が私に焼肉をご馳走してくれるのさ!」

「…………」

「すまん佐倉。ウチの居候はやっぱり飯にしか興味ないみたいなんだ」

 

 ポン、と異様に優しい笑顔で肩を叩いて慰めてくる上条が今だけは眩しい。なぜだろう、暗部活動中にも泣くことはなかったのに、なんだかとっても目頭が熱いです。

 「ほらほら、上条さんが慰めてあげますからねー」「うぅ、上条ぉ」無邪気なナイフで滅多刺しにされたダメージは大きい。精神の弱さを多少自覚している佐倉だが、いくらなんでも今の言葉は酷すぎた。可愛がっている従妹に「お兄ちゃん臭い」と言われた時並の精神的ダメージだった。ちなみにあの腹立たしい従妹はいつか滅する。

 男の胸で男が泣くという、世の淑女の方々が目にすれば某画像サイトに革命が起きてしまいそうな光景が数分間広がっていたが、ようやく悲しみから立ち直った我らが無能力者はインデックスの方に向き直ると、ここは一発世の常識を教えてやらねばと固い決意を湛えて唇を引き結ぶ。

 インデックスはというと、

 

「うにゃぁん……お腹が空いてもうぐったりなんだよ……」

「これで好きなもんでも食べなさい。それで足りなかったら上条に後で何か買ってもらえ」

 

 我らが佐倉、二秒で陥落。

 お腹を押さえて涙目上目遣いという年下かつ低身長ならではの必殺技が佐倉の精神を無情にも抉った。ただでさえ弱り切っていたMP(マインドポイント)がガリガリと削られていく。台詞を耳にして財布を取り出すまで三秒あったか分からない。普段から軽口野郎な佐倉だが、いくらなんでも今のコンボは痛すぎた。

 信じられない速度で友人を落としたインデックスに戦慄を覚えた上条が慌てて止めに入らなければ、佐倉家の経済は破綻していたかもしれない。

 

 

 

 

 

 

                    ☆

 

 

 

 

 

 目の前に広がる光景に、佐倉望は衝撃を隠せなかった。

 第一種目、棒倒し。佐倉達がまず最初に行う競技である。大覇星祭の始まりに相応しい能力と能力のぶつかり合いが予想される熱いこの競技は、無能力者達も作戦次第では勝利できるという大番狂わせ要素を多分に孕んでいる。それを可能にできるかは本人次第だが、基本的に負けず嫌いな隠れ熱血学生達が群を成す佐倉達は数日前から綿密な作戦会議を行っていた。必要な役職に班を分け、役割分担を明確にしたうえで相手を捻り潰す。根性と行動力しか取り柄のない高校ではあるが、その行動力でライバル校を片っ端からぶっ潰してやろうと彼らは数日前から意気込んでいた。学校では主に睡眠活動中の佐倉でさえ思わず会議にぶち込まれてしまうほどの熱気だったのだ。委員長である青髪ピアスが柄にもなく真面目に仕切っているのが印象的だった。

 上条と共に棒倒しが行われる競技場に到着した佐倉は仲間達が待っているであろう場所に合流。先日から異常なハイテンションを見せていた青髪を見つけると声をかけたわけだが、

 

「うっだー……やる気なーいーぃ……」

 

 真横で上条が何もない地面に見事なダイビングを決める中、佐倉は愕然とした表情で膝から崩れ落ちてしまった。

 昨日とは明らかにテンションの落差が激しい青髪は地面に大の字になって寝転んでいる。周囲のクラスメイト達を見れば、誰もが例外なく謎のローテンションで座り込んでいる。中にはげっそりと青白い顔でやつれている者がいる始末だ。「あれ、今日は初日じゃなかったっけ?」と思わずスケジュールを確認してしまった佐倉を誰が責められようか。

 あまりの変貌っぷりに上条はプッツンきたのか、肩をワナワナ震わせながら目の前の青髪ピアスに向けて渾身の叫びを放った。

 

「昨日までのやる気と熱気はどうしたお前らぁああああああああああ!!」

「あん? ボクらの苦労も知らんと好き勝手言ってんなやこのウニ! こちとら前日から変な徹夜ノリで大騒ぎした挙句一睡もできてねぇーんだっつの! それにさっきまであーだこーだ会議しまくっていたせいで残り少ない体力もドブに捨てたんやざまぁみろ!」

「偉そうにいってるがつまりはお前らバカなんだろ! 競技前に競技終了とか笑うに笑えねぇぞおい! 小萌先生に『勝利を女神に!』とか言って敬礼までした奴らは誰だったかもう一度思い出せお前達!」

「いや、俺まで混ぜんなよ上条……」

 

 あくまでも馬鹿の一角を務めたくはないと訂正を要求する佐倉だが、現在とっても説教中の上条には彼の言葉は届かない。最強の超能力者に拳一つで説教かました命知らずは現在クラスメイトの腐った性根を叩き直すために仁王立ちで鼓舞激励を開始していた。いつの間にか合流した吹寄制理が豊満な胸の下で腕を組んで上条の説教に加勢したのでクラスメイト達の顔が青を通り越して土気色に到達しかけていたが、あまり他人に興味のない佐倉としては競技が出来ればそれでよかった。美琴に頑張ると宣言した以上、何があっても命がけで頑張らねばならないからだ。

 視界の隅で無表情のまま説教を行く末を見守っている転校生系純和風少女姫神秋沙に一応挨拶として声をかけると、このクソ暑い日光から逃れるべく入場口近くにある体育館の壁に身体を預けると、どこからか男女の話し声が聞こえてきた。言葉の勢いからして、どうやら言い争っているらしい。

 今日は騒がしいな。せっかくの休憩を邪魔された気がした佐倉は場所を移そうと背中を壁から離すが、

 

「ウチの生徒さん達は落ちこぼれでも落第者でもないのですよ!」

 

 あまりにも聞き覚えのある声に、思わず身体が硬直してしまった。

 声だけで判断できる。今の甲高くて幼い声は、間違いなく佐倉達の担任である月詠小萌先生のものだ。生活指導としては黄泉川愛穂に主に世話になっているものの、素行の悪い佐倉を見切ることなくいつも親身に接してくれた恩師と言ってもいい存在。あまり人に感謝の意を抱くことは多くない佐倉が、本心から尊敬していると言ってもいい教師だった。小学生みたいな容姿なのに、誰よりも生徒の事を考えてくれる教師の鏡。

 そんな小萌先生が、他校の教師と思われるスーツの男性と言い争っていた。

 会話を聞いた感じで判断すると、相手は対戦校の教師らしく、小萌が担当する高校の程度の低さを嘲りに来ていたようだ。かつて学会で恥をかかされたこともあり、今回はいい機会とでも思ったのだろう。必死に生徒を庇い続ける小萌を心底馬鹿にしたような顔で見下す男教師。底辺、雑魚、落ちこぼれ、と思いつく限りの罵倒を並べ立てていくその姿は低能力者達を見下す高位能力者のようだ。力なきものを迫害する、屑中の屑。

 無能力者としての自覚も意識も持ち合わせている佐倉にしてみれば今更気にすることでもないのだが、そんな自分を庇って必死に反論してくれている子萌がどうしても気になった。こんな落ちこぼれの為に言い争ってくれる小萌に、佐倉は知らず知らずの内に感謝の言葉を呟き始めていた。

 自分が言われる分は我慢できる。だが、彼女が好き勝手言われるのだけは許せない。

 落ちこぼれ高校と言われ慣れている佐倉達だが、尊敬する恩師を嘲笑されるのだけは耐えられなかった。

 腹立たしい笑いと共にその場を去っていくクズ教師。一人残された小萌はそっと空を仰ぐと、肩を小刻みに震わせながら絞り出すようにして呟きを漏らした。

 

「……違いますよね」

 

 まるで自分が全部悪いと言わんばかりに。

 生徒が悪く言われたのは全部自分の落ち度だと主張せんばかりにじっと立ち尽くす先生の姿はあまりにも悲しい。そして、彼女をここまで傷つけたあのクソ教師が絶対に許せない。

 

「ふざけんな……高位能力者がそんなに偉いってのか畜生……!」

「佐倉……」

 

 歯を噛みしめ、拳を色を失う程に握りしめながら言葉を漏らす佐倉。スキルアウトに所属する彼は誰よりも高位能力者達の卑劣な行いを知っている。能力強度だけで人を判断する、最低野郎達のことを誰よりも知っている。

 佐倉とあまり関わりのないクラスメイト達も、それだけは分かっていた。そして、彼らもそんな佐倉の事を好意的に思っていた。きっかけさえあれば、いつでも彼らは友人になれる。すでに仲間として、彼らは佐倉の事を迎えていた。

 悔しさの余り涙を流し始める佐倉に上条は何も言わずに背を向ける。今必要なのは言葉じゃない。説教でも拳でもない。

 先程までだらけきっていたクラスメイトはもういない。目の前にいるのは、戦う意志を瞳に宿した仲間達だけだ。大切な人の為に拳を握れる、頼り甲斐のある盟友達。そんな彼らが、無言で立っていた。

 上条は口を開く。彼らと、背後にいる佐倉に確認するように。

 

「はいはーい皆さーん、今の話はしっかり聞きましたね? 既に我が親友佐倉望は相手を殺す勢いでやる気満々なわけですよ。そりゃあもう負けなんて許さない程に。そんで、先程までしっかりきっかり愚痴を漏らしまくっていた皆様ですが……」

 

 上条は佐倉の肩に手を置くと、片目を閉じて問いかける。

 

「――――再確認だ。テメェら、本当にやる気がねぇのか?」

 

 

 

 


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