とある科学の無能力者【完結】   作:ふゆい

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 うあー、なんか絶妙にスランプです。


第三十話 棒倒し

 御坂美琴は現在とある競技場に足を運んでいた。

 設備の整った一般観覧席ではなく、芝生にブルーシートを引いただけの粗末な学生用応援席。花見の会場と言えば分かりやすいだろうか。『外』からのお客様方に学園都市の素晴らしい設備をお披露目する一般席に比べると、わざわざ気を遣うまでもないのかあからさまにしょうもない会場となっている。応援席のクオリティにいちいちケチをつけるほど器の狭い人間になった覚えはないが、さすがにもう少しどうにかならなかったのだろうかと大覇星祭実行委員会に軽く愚痴を投げつけてしまう。

 色とりどりの体操服に身を包んだ学生達で溢れかえる応援席。しかし、美琴の隣には何故かワイシャツ姿とタンクトップ姿の大人二人組がきゃいきゃい楽しそうに雑談しながら座っている。実年齢が若干不明な二人組は、只今より競技を行う佐倉望のご両親である。金髪美人な女性は佐倉千里、生真面目男性は佐倉叶だったか。開会式前に挨拶をしただけだが、名前をしっかり憶えているのはやはり乙女の嗜みと言うヤツだろう。失礼のないようにせねば、と何気に気を遣いながら美琴は年甲斐もなくイチャついている二人へと声をかける。

 

「あの、一般用応援席は向かい側ですけど……本当に学生席でよかったんですか?」

「もーまんたいっ! 一般用とか堅苦しいのはあんまり好きじゃねぇしさ、結局どっちで見ようが望ちゃんの応援することにゃ変わりねぇだろ? だったら気楽に羽を伸ばして大声出せるこっちの方がアタシにとっちゃラクでいいのさ!」

「僕はどちらでも良かったのですが、やはり千里さんの言うことにも一理あると思いまして。無駄に凝り固まった一般席よりは学生席の方が落ち着いて観戦できますからね」

「はぁ、いや、それなら構いませんけど……」

 

 そもそも学生用と一般用で分けられているのはDNA採取防止とか混雑防止とかその他諸々の事情があるためなのだが、どうやら目の前の二人はそんなことを気にしない性質らしい。さすがはイギリス在住。日本人が培ってきた遠慮と気遣いの精神を片っ端からぶち壊しにかかっている。こういう破天荒な所が息子に受け継がれていなくてよかった、と人知れず安堵する美琴。多少悩みを抱え過ぎる傾向にある佐倉だが、破天荒よりは真面目に物事に取り組んでくれる方がいいと思う。彼から少しのマジメ要素を取ったら、後は不良というマイナス要因しか残らないので微妙な所ではあるが。

 美琴の質問にパンフレットを握りしめて返答する千里は、何を思ったのか口元をニヤニヤさせると美琴の耳に顔を近づけて、

 

「……ま、将来のお嫁さん候補もいることだし、ちょっくら様子でも見ておこうっつう考えもあるんだけどにゃーん」

「んげほぉっ! なななな、にゃにを急にお嫁さんとかまだ早いっていうかいやでも様子見ってうわわわ……お、お手柔らかによろしくお願いいたしますぅーっ!」

「あははっ! いいねいいね、面白い子は好きだよアタシは! うん。これなら望ちゃんを任せても大丈夫そうかな? ねぇ叶ちゃん!」

「そうですね。顔も整っているし背も高い。千里さんに似て貧乳な所もプラス点ですか。昔の千里さんのように素晴らしい女性です」

「ひ、ひんにゅっ!? いや、えと……それは決してプラス点にはなりえないような……」

「ウチの男共は家系的に貧乳好きなのさ。そういうことで、美琴ちゃんは望ちゃんのストライクゾーン!」

 

 何気に気にしているコンプレックスゾーンについて指摘され真っ赤になる美琴の肩を叩きながら千里は笑った。どうやら佐倉家というのは少々変わった性癖が代々受け継がれているらしい。まぁ胸部の成長具合に若干の不満を残している美琴にとってはありがたい情報なのだが、なんだか負けた気分になるのは何故だろう。どこぞの金髪キラキラ女が高笑いで見下している姿が脳裏に浮かんで思わず拳に力を入れてしまう。

 千里にからかわれながら佐倉家との交流を深めていると、競技場に数発の号砲が響き始めた。どうやら競技開始らしい。入場口から数本の棒をもった高校生達が列をなして登場している。

 

「棒倒しだったっけ? 美琴ちゃんから見て、ウチの望ちゃんは勝てると思うかい?」

「どうでしょう……相手はスポーツ系のエリート校みたいですし、勝率はあまり高くなさそうです。総合的な能力強度も圧倒的に差がありますしね」

「望の高校は進学校でも名門校でもないあくまで一般的な底辺校。下馬評では明らかに敗色濃厚みたいですよ。それに、準備体操の質も相手の方は専門的。これは厳しい戦いになりそうですね」

 

 二人一組で柔軟体操を行っている相手校の様子を見ながら叶は眼鏡を押し上げた。イマイチ彼の職業が分からないのだが、科学者でもやっているのだろうか。発言の端々に変な真面目さが感じられる。

 これは厳しい戦いになりそうだ。怪我だけはしないでほしいと現在精神的に不安定な佐倉望に思いを馳せる。ただでさえ疲れ切っているのに、こんなところで満身創痍とか笑うに笑えない。いや、怪我した望をつきっきりで看病というシチュエーションにも憧れはあるが、やはり怪我をしないに越したことはないだろう。

 万が一負傷した場合は全力で看護してやろうとどこか重たい愛情を抱えて薄ら笑いを浮かべる美琴だったが、佐倉属する高校のグループが視界に入った瞬間思わず言葉を失った。

 七本ほどの棒を立てている百人ほどの集団。本来ならば多少の雑談を行って緊張をほぐしているだろう状況にもかかわらず、彼らからは何故か異様なまでの戦意と気迫が熱意と共に放出されている。天下分け目の関ヶ原合戦でさえもここまで緊迫してはいなかっただろうという程の覇気に覆われた佐倉達は、一言も発することなく相手校に鋭い視線を飛ばしていた。

 勘違いでも見間違いでもない。美琴の前にいる集団は、本物の猛者達だ。敵を前にして絶対に勝利を掴みとって見せるという意気込みに溢れた武士の目をしている。スポーツエリート校と名高い相手校があまりの温度差に思わず気後れしていた。今から行われるのは本当に棒倒しなのか。まさか大阪の陣ではなかろうか。

 集団の中心で腕を組むようにして立っているツンツン頭の少年とクセのない黒髪少年に気付くと、美琴の頬を一筋の汗が流れる。見覚えのある少年達が今まで見たことないような修羅の表情で集団を率いていた。

 

「おぉーっ、望ちゃんカッコイイーッ!」

「戦う者の目をしていますね。あれはやってくれそうだ」

 

 息子の雄姿に満足そうな言葉を漏らす佐倉夫妻を他所に、美琴は一人戦慄する。

 ――――もしかして、本当に必要なのはクールダウン?

 

 

 

 

 

 

                    ☆

 

 

 

 

 

 棒倒し。

 おそらく戦国時代の様々な合戦からヒントを得て生まれたのであろう伝統競技。多少の危険性を孕みながらも、協力して棒を倒すという非常にシンプルかつエキサイティングな体育祭恒例行事。

 学園都市外の学校でもおそらくは一般的に行われているだろう棒倒しだが、あくまで体育の延長である為に遊び感覚で参加する物である。多少の怪我を覚悟しつつも、それでも楽しむことに重点を置いてみんな仲良く取り組むことが重要であるはずだ。スポーツマンシップに乗っ取って、安全かつ快適に。

 だが、あくまでそれはいたって平和な日常風景においてのみの話である。

 

「てめぇら準備はいいか!」

『YAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!』

 

 上条と共に先頭に立つ佐倉が煽ると、彼の背後に控えるおよそ百人程からけたたましい叫び声が上がる。高校一学年分の人数。最高戦力が少数の強能力者という落ちこぼれ集団達は、殺気立った様子で眼前のスポーツエリート校の一団を睨みつけていた。

 ある者はバーゲンセール前のおばちゃんの如く。そしてまたある者は獲物を前にした肉食獣の如く。

 我らが天使(月詠小萌)の仇を取るために、武士(もののふ)達は戦場に立つ。

 佐倉望は咆哮する。自分に優しさを向け続けてくれた恩師の名誉を挽回するために。

 

「これは競技じゃねぇ、戦いだ! 俺達の大切な小萌先生を罵倒し、あまつさえ名誉を踏み躙ったクソ野郎共との全面戦争だ! 俺達は全力を以てしてアイツらをぶちのめす。異論はあるか!」

『異議申し立てはございません!』

「よし、ならば戦争だ! 拳を握れ、目を見開け! すべては我らが恩師の為に!」

 

 もうお前誰だよとドツキありで言われそうな程のキャラ崩壊っぷりをお披露目している佐倉は血走った目で鬨の声を上げている。シリアス系主人公とは到底思えないハイテンションっぷりに普段の彼を知る知人達から戸惑っている様子が観客席に見受けられるが、そんなことはどうでもいい。たとえ精神が病んでいようが崩壊寸前だろうが、男には死んでもやらねばらならない時がある。

 佐倉達が黙ると、競技場を一瞬の静寂が包み込んだ。とても学生競技とは思えない緊張感が辺り一面に立ち込めている。思わず一般観覧の皆様がプログラムを確認してしまう緊迫した雰囲気を放つ佐倉達は、息を整えながら開始の合図を待つ。

 ――――そして、時は来た。

 審判の実行委員が空砲を天に向ける。耳を塞ぎ、準備は万端とばかりに競技審判席へと軽く頷きを見せると、

 

 ――――パン、という乾いた音が競技場に響き渡った。

 開幕を知らせる号砲。開戦を宣言する銃声。

 瞬間、佐倉達は風になった。

 

「かかれぇえええええええええええええええええ!!」

『往生せぇやぁあああああああああああああああ!!」

 

 いくつかに班分けされた内の『相手の棒を引き倒す』役を請け負った集団が脇目も振らずに進撃を開始する。指令を飛ばす念話能力もなければ敵を殲滅する攻撃系能力も持ち合わせていない佐倉と上条率いる遊撃隊は、背後から飛んでくる味方の援護弾を弾除けとして利用しながら敵陣へと突っ込んだ。

 キラ、と敵陣からカメラのフラッシュのような光が何度も瞬く。佐倉達を迎え撃つ敵高校の迎撃弾だ。炎や水、電気に土と誠にバリエーション豊かな攻撃の雨霰が佐倉達を襲う。基本的に無能力者で構成される突撃隊が次々と吹き飛ばされていった。……が、それでも彼らの足が止まることはない。

 上条は不思議な右手で能力を消しながら、

 青髪ピアスは変態的な動きで全ての能力弾を回避しながら、

 土御門は強靭な肉体と華麗な足捌きで躱しながら、

 そして、佐倉は身体中に能力弾をモロに受けながら、

 諦めることなく、勇者達は敵陣との距離を一歩ずつ、少しづつ埋めていく。

 相手校から戦慄の言葉が上がり始める、なぜ彼らは止まらないのか。力の発生源が理解できない相手校は戸惑いの表情を浮かべながらも佐倉達を殲滅すべく攻撃を続けた。……しかし、一度迷い始めた者の攻撃ごときで今の佐倉達を止められるはずがない。倒すべきものを見定め、守るべきものを確かめた彼ら達に、勝てるはずがない。

 衝撃波がグラウンドを抉り、竜巻が生徒達を吹き飛ばす。水流が唸りを上げ、火炎が辺りを焼き尽くす。

 まさに能力戦。これぞ学園都市、という能力者のしのぎを削る争いに観客達は拍手喝采で食い入るように競技を観戦していた。おそらく、佐倉達の思惑など知ったことではないのだろう。

 右肩を突風が掠り、脇腹に水流弾がぶち当たる。少しでも気を抜けば意識を持って行かれそうになるほどの激痛に何度も襲われるが、佐倉は決して立ち止まらない。

 諦めないと誓ったから。

 守るべきものを守るため、佐倉は全力で足を動かす。そして、必ず勝利を捧げてみせる。いつも笑顔で佐倉達を支えてくれる教師の為に、佐倉は傷だらけになりながらも敵陣のど真ん中へと拳を振りかぶって突貫していった。

 

 

 

 




 月日陽気さん作『ゴーグル君の死亡フラグ回避目録』にてコラボを書いていただきました。
 どシリアス一直線な本作とは違った佐倉きゅんに興味を持たれた方は、是非ご一読いただけると幸いです。

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