とある科学の無能力者【完結】   作:ふゆい

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 夜分遅くに失礼いたします。更新ですっ。
 今回は結構自分なりに納得できる文章で書けました。日によって調子が変わるのが難しいところですね。


第三十二話 お騒がせ集団

 軽くトリップしかけていた美琴をあの手この手で正気に戻した佐倉であるが、そろそろ美琴の次なる競技の時間が近づいてきたらしく、ナイスバディママ美鈴と共に未だ本調子ではない美琴を連れ立って競技が行われる高校のグラウンドへとやってきていた。美琴と手を繋いだままここまで歩いてきたのだが、周囲から異様な注目を浴びてしまって佐倉的には涙目である。美琴は学園都市の誇る超能力者、それも第三位という凄まじい立ち位置の人間なので仕方がないと言えば仕方がないのだが。それほどの有名人であることに加え、無能力者であり一般的に落ちこぼれの部類に入る佐倉が一緒にいたというのも大きな要因の一つだろう。似合わねぇよなぁ、とは思ってしまう。

 そんな衆人環視の中、美鈴監視の下で恋人繋ぎで競技場までやってきたわけではあるが、少しばかり予想外の事態に陥っている。

 

「御坂さんったら見せつけてくれちゃうなぁまったくもー」

「違っ……! べ、別に見せつけているとかそういうんじゃなくて!」

「超能力者と無能力者の許されざる身分差恋愛……あぁっ、まさにロミオとジュリエット!」

「初春さんお願いだからこっちの世界に戻ってきて! 今は一人でも味方が欲しいの!」

「美琴ちゃん人気者ねぇ」

「このバカ母! 笑ってないでフォローの一つでもしなさいよ!」

 

 移動途中にバッタリ遭遇した柵川中学二人組に絡まれた挙句、次の競技まで暇だからとの理由で同行を余儀なくされてしまったのだ。ちなみに、頭に花飾りを乗せた少女が初春飾利で、黒髪長髪のスタイルがいい少女が佐天涙子。低能力者と無能力者というコンビだが、これでも一応美琴の友人達である。

 佐天はいつも通りの悪戯っぽい笑みを浮かべ、初春は頬を朱に染めたまま恋愛脳全開でそれぞれ美琴をからかっている最中だ。超能力者である美琴にありのままの態度で接してくれる貴重な友人達ではあるのだが、一度スイッチが入ってしまうとどこまでも反応に困る弄りを続けてくるのでタチが悪い。特に佐天のからかいは秀逸で、傍で見ている佐倉が思わず感心してしまう程である。

 両手を顔の前でぶんぶん振りながら佐天達の言葉を全力否定する美琴。受身で弄られキャラ状態の娘を見るのは初めてなのか、美鈴はどことなく驚いたように目を見開くと美琴の新たな友人達にさっそく挨拶を行っていた。

 

「どーも、美琴の母の美鈴ですっ。娘共々よろしくね~♪」

「母!? え、お姉さんじゃなくて!?」

「どう見ても二十代にしか見えないんですが!」

「お、嬉しいこと言ってくれるじゃない。美鈴さん喜んじゃう!」

 

 もはや形式美となりつつある一連の流れに佐倉と美琴は揃って苦笑を浮かべる。年齢の割に若々しい母親を持つ者の宿命なのか、どこか居心地の悪い居た堪れなさを感じるのだから不思議だ。授業参観に化粧しまくった親がやってきた時の場違い感と言えばいいのか。どうにも言いようのないもどかしさである。

 未だ驚きから立ち直る様子のない初春を他所に、基本的に図太い佐天は新たな興味を惹かれたらしい。くるくると何度か美鈴の周りを彼女を観察するように回ると、両手の指で小さな四角形を作ってその中に美鈴を収め、

 

「確かにどことなく御坂さんの面影がありますね。……胸以外」

「よーし佐天さん。悪いこと言っちゃうのはこの頭かなー?」

「いだだだだっ! 御坂さんその腕力は女子じゃないです化物です!」

 

 完璧に故意に地雷を踏み抜いた佐天は突如舞い降りた戦乙女に渾身のヘッドロックを食らっていた。思いのほかしっかり極まっているらしく顔を真っ青にした佐天がタップして必死に降参の意を示しているが、制裁に燃える美琴の腕が緩む気配はない。どう考えても佐天の自業自得なので同情はしないが、一応頭蓋骨が粉砕しないようにお祈りだけはしておこうと胸の前で十字を切る佐倉であった。

 馬鹿騒ぎを続ける四人を眺めていると、ふともう一人ここにいるべき少女のことを思い出した。赤茶色のツインテールが特徴的な風紀委員の姿が見えない。いつもならば真っ先に美琴に飛び掛かって愛情表現を行っているはずなのに。

 思わず視線をあちこちに彷徨わせると、肝心の少女は意外と早く見つかった。佐倉の背後で、車いすに座った中学生が彼の事を睨みつけていたのだ。

 

「……どうも」

「御機嫌よう。お久しぶりですわね佐倉望」

 

 どこか不機嫌な様子の白井は佐倉の素っ気ない挨拶に礼儀と殺意を混在させた不自然な笑顔を浮かべる。顔は笑っているのに目が全く笑っていない。スポーツ車椅子の車輪を掴んでいる両手は力を入れ過ぎて真っ白になっているようにも見える。どこをどう見てもキレていた。身に覚えのない怒りを向けられ背筋に嫌な汗が浮かび始める。

 状況打破を狙った佐倉が何か言う前に、絶賛ダークモードの白井はのっぺりとした営業スマイルを貼り付けたまま淡々と言葉を連ね始めた。

 

「白井――――」

「あら、わたくしに何か御用ですのこのクソッタレ類人猿は。お姉様を誑かした挙句精神を病ませた男が今更わたくしに何を言おうとしていますのかしら。あぁ申し訳ございません佐倉望。いきなり失礼なことを言った自覚はありますが隠すことなく本心ですのでお気になさらず。これ以上傷つきたくないのならばとりあえずお姉様との縁を切ることをお勧めいたしますの」

「…………」

「白井さん白井さん。佐倉さんが涙目なのでそれぐらいで勘弁してあげましょうよ」

「チッ!」

「うわぁ、あからさまな舌打ちは流石ですね」

 

 顔を醜く歪めて嫌悪感を隠しもしない白井に思わず初春が毒を吐いてしまうが、そんな彼女が庇ってしまうくらいに今の佐倉は憔悴していた。涙目で今にも泣きだしてしまいそうなくらい落ち込んでいる佐倉は現在佐天と美琴に二人がかりで慰められているところである。白井がその光景を見て再び悪態をついていたが、これ以上の挑発は佐倉を想った美琴の怒りを買いかねないと判断した初春は車椅子を操作すると美鈴の下で世間話に徹することにした。数日前の結標淡希との戦闘で大怪我を負っている白井は抵抗も出来ずに大人しく連れ去られていく。私っていっつも外れクジですよぅ、と人知れず漏らす初春がとっても健気だ。

 美琴と佐天という二大美少女に全力で励まされてようやく回復の兆しを見せてきた佐倉は、感極まった様子で二人の少女を強く、それはそれは強く抱き締めていた。いきなりの抱擁に顔を沸騰させながらもどこか幸せに満ちた恍惚の表情を浮かべる美琴の横では男性経験皆無の佐天が顔を真っ赤にして目を白黒させていたが、佐倉が彼女の様子に気が付くことはない。

 ようやく解放された佐天は地面に四肢を突き、四つん這いの状態で荒い息をついていた。

 

「ぜぇーっ、ぜぇーっ……は、恥ずかしすぎて死ぬかと思った……」

「そう言いながらも若干嬉しそうなところが佐天さんらしいですよね」

「そこ五月蠅いよ初春! 普段の仕返しでも意識しているのかな!?」

「いえ別に。ただ一つ言っておきますけど、素直じゃないキャラは御坂さんで埋まってますよ?」

「何の話だ!」

 

 珍しくも全身を真っ赤にした無能力者の絶叫は、もう一人の無能力者には届かない。

 

 

 

 

 

                     ☆

 

 

 

 

 

《お集まりの皆様。只今より、【常盤台中学校】対【明星高等学校】のバルーンハンターを行いたいと思います!》

 

 高校のグラウンドにアナウンスが響き渡ると、それに呼応して観客席から怒涛の歓声が上がった。グラウンドには玉入れに使われるような球が大量に転がっていて、その中にそれぞれ三十人ずつ学校から選抜された選手達がお互いを睨みつけている。赤い線の入ったランニングシャツを着た常盤台生の中には、先程正門で別れた御坂美琴がいるはずだ。ほら、今も同校の生徒達に囲まれて競技のスタンバイを……、

 

「……あの雰囲気は、どう見てもミサカじゃね?」

 

 思わずと言った様子で、それでも隣で若々しく声を張り上げている美鈴や佐天達に聞こえない程度に声量を抑えて呟く佐倉。視線の遥か先で風船のついたヘルメットを被って立っている茶髪の少女は、外見こそ美琴に瓜二つではあるが明らかにミサカ一〇〇三二号だった。【妹達】の中でも一〇〇三二号だけは見分けがつくようになった佐倉だからこそ判断できる。そして、美琴を誰よりも崇拝する佐倉だからこそ、あれが本人ではないと察することができた。

 

「美琴ちゃんは昔から運動が大好きでね。こういう種目はお家芸なのよ」

「さすがは美琴っすね。見たまんまの体育会系少女ってわけだ」

 

 美鈴の言葉に不自然ではない程度に相槌を打ちながらも、状況整理を開始。

 自分達は確かに正門で別れ、美琴を送り出したはずだ。その時までは一緒にいたので間違いない。そして、近くにミサカがいる様子はなかったと思う。

 可能性として考えられるのは、常盤台中学の誰かがミサカと美琴を間違えて招集したという線か。ある意味で一番あり得そうな予想に若干頬が引き攣ってしまう。遺伝子レベルで同一個体な二人を素人が見分けるのは至難の業であるから、勘違いして連れて行っても何ら不思議ではないのだ。

 そんなことを考えながら美鈴との会話を続けていると、短パンのポケットに入れている携帯電話が震え始めた。表示を見ると、『御坂美琴』の文字。異変を知らせようと思ったのだろう。まず最初に佐倉に電話してくる辺り、彼女に信用されていることの裏返しなので何気に嬉しい佐倉である。

 

「ちょっとトイレに行ってきますね」

 

 そう言い残すと、軽く頭を下げて美鈴の元を離れる。小走りで観客席の端、美鈴達に声が届かない上に人の集まりも少ない場所まで行くと、誰も近くにいないのを確認してから通話ボタンをプッシュする。

 

「もしもし、美琴か?」

『な、何気に緊急事態なんだけど……』

「事情は知らんが、どうやら美琴の代わりにミサカが出場しちまっているみてぇだな」

『え、アンタあれが私じゃないって分かったの!?』

「そりゃまぁ。さすがに尊敬する人間をそっくりとはいえ他人と間違う程俺は薄情じゃねぇつもりだし」

『そ、そう。……そこは好きな人はって言ってほしかったな』

「何か言ったか?」

『べっ、別に何も言ってないわよこの馬鹿! 余計な詮索すんなっつーの!』

「逆ギレかよ。……で、お前今どこにいるワケ?」

『高校からちょっと離れた路地裏の建物。非常階段の最上階で様子見しているわ』

「路地裏の建物……あぁ、あの古びた白塗りの六階建てか」

 

 スキルアウトに所属している佐倉は、その立場上第七学区の路地裏事情にはおそらく誰よりも精通している。アジトの位置や他グループの本拠地を把握するための副産物のような情報だが、今回は脳内の地図を頼りに美琴の現在地を特定した。たまには役に立つじゃん、と相変わらず無駄に自嘲する。

 だが、特定したからと言ってすぐに迎えに行けるかと言われるとそれは無理だ。佐倉も一応美琴の応援という体でこの場に来ているため、美鈴達を置いて美琴の所に向かうわけにはいかない。あまりに何度も観客席を離れればさすがに不思議がられるだろうし、なにより白井黒子に勘付かれる恐れがある。美琴との交際関係によって何故かブラックリスト認定されている今の佐倉は彼女によって逐一警戒されている立場である為、あまりおおっぴらな行動はできない。先程も嫌らしい視線で佐倉の動きを牽制していたのだ。そう頻繁に動き回ると、美琴がこの場にいない事実に加えてクローンであるミサカの正体までもが公になってしまう可能性は否定できない。

 

「まぁそういう訳だから、しばらくそこで妹の雄姿でも拝んどけよ。ミサカが大活躍するところは姉としては見ておきてぇだろ?」

『そりゃああの子達が元気に動き回っている様子は見たいけどさ……あんまり派手に暴れちゃうと違和感が出るんじゃない?』

「大丈夫だろ。お前とミサカは肉体的にも精神的にも想像以上にそっくりだから」

『一応聞くけど胸見て言ってないでしょうね?』

「ノーコメントで」

 

 バチバチと聞き慣れた電撃音が電話口から聞こえてきていたが、場所が離れているために攻撃される恐れがない佐倉は肩を竦めて軽口を叩く。普段は即殺瞬殺大虐殺にもつれ込むんでしまうので、こういう時くらいはのほほんとしておきたい無能力者であった。いくら荒事に溢れた日常を送っている佐倉とはいえ、無駄な怪我は御免被りたい。

 とにかく競技終了後にミサカと三人でその場で落ち合う約束を取り付けると、通話を終えて美鈴達の所に戻る。これ以上席を外しておくと、主に白井から疑惑の視線を向けられるとの懸念からだ。

 ハンカチ片手にわざとらしくトイレから帰ってきた風を装いながら美鈴の隣に座る。既に競技は始まっているらしく、グラウンドに設置された大型ディスプレイには学区中に散開した参加者達の様子が中継されていた。ミサカはまだ映っていないが、彼女は彼女で楽しんでくれればいいな、と佐倉は人知れず微笑ましい思いを抱える。いつも病院でメンテナンスの毎日を過ごしているのだから、こういう時くらいは好き勝手に暴れてくれても罰は当たらないだろう。

 ポケットの携帯電話を何の気なしに撫でながら観戦に努める。背後から突き刺さる嫌悪及び憎悪の視線にいちいち嘆息しながらも、佐倉はとりあえずミサカの雄姿を記憶に収めることにした。

 

 

 

 

 

 




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