とある科学の無能力者【完結】   作:ふゆい

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第三十三話 閑話休題

 美琴の代役という形でバルーンハンターに出場することになったミサカ。一般常識及び戦闘能力的な事情その他諸々の理由から、ちゃんと最後まで問題なく競技を行えるだろうかと佐倉は観客席で何気に気を揉んでいた。いくら学習装置で知識をインストールされているとは言っても、この世に生を受けてから半年も経っていない赤子も同然の少女である。まるで我が子を思う親御さんのような気持ちでスクリーンに映し出される彼女の姿を見つめていたのだが……、

 

《か、躱す躱す躱すぅーっ! み、御坂選手! 迫りくる大量の攻撃を巧みな体捌きで躱していきます!》

「す、凄いじゃない美琴ちゃん! これは旅掛クンにも自慢できる活躍っぷりよ!」

 

 明らかに戦闘慣れしている不自然なフットワークで敵チームの攻撃を回避していくミサカに美鈴が目を輝かせている。未だにあれが娘ではないという衝撃事実に気が付いていない美鈴は両手をぶんぶん振り回して子供のように興奮気味にはしゃいでいた。我が子が凄まじい活躍を見せていると思っている彼女に気まずい思いを抱えながらも、引き攣った顔を誤魔化すように乾いた笑いを漏らす佐倉。

 心配とか、そんな余計な感情を差し挟む必要はどうやらなかったらしい。ミサカはミサカなりにバルーンハンターに熱中し、一人の選手として動いている。多少やり過ぎ感は否めないが、それでも一応許容できる範囲内だ。素人とは思えない動きだが、今の彼女が御坂美琴ではないという事実に気が付く者はいないだろう。万事上手くいっている。心配事が一気になくなり、思わず苦笑を漏らしてしまう。

 スクリーンの中で縦横無尽に駆け回るミサカは相変わらずの無表情であったが、それでも彼女なりに楽しんでいる様子が窺われる。見慣れた結果というか、非常に変化の乏しいミサカの表情をいつしか判別できるようになっていた佐倉である。そんなミサカマイスターの佐倉が判断するに、今のミサカは心の底からバルーンハンターを楽しんでいた。そこにいるのはクローンでも量産能力者でもない。どこにでもいるような普通の少女が、一人の学生として競技に参加している。代役ながらも目一杯活躍しているミサカに佐倉はいつのまにやら表情を綻ばせていた。

 華麗なステップで攻撃を回避し、返す刀で敵の風船を割って撃破していくミサカ。半分以上を倒し、一先ずの逃亡を図ろうとしていたが、いよいよ疲れてしまったのか、不自然に動きを止めるとそのまま風船を割られてしまった。あまりに楽しすぎてスタミナ配分を誤ってしまったのだろうか。ミサカにしては珍しい結果に首を捻ってしまうが、負けてしまったものは仕方がない。とにかく、お疲れ様と言っておくべきだろう。

 どうやら常盤台の選手はミサカが最後の生き残りだったらしく、競技終了のアナウンスが響き渡った。周囲の観客達もそれぞれが立ち上がっている。見れば、隣の美鈴も豊満な胸部を主張するかのような伸びをしながら腰を上げていた。

 

「じゃ、美琴ちゃんでも迎えに行っとく?」

「あ、俺が連れてきますから、美鈴さんは先に行っててくれねぇっすか? 確か昼食の準備があるんですよね? ウチの両親もたぶん同じ店で待ってるだろうから、後で一緒に合流しますよ」

「そう? わざわざ悪いわねー。そんじゃあお願いしちゃおっかな!」

 

 「またねー♪」ひらひらと手を振ってくる美鈴に会釈を返すと、人混みに紛れて美琴が待つであろう路地裏へと向かう。佐倉が動いたことで白井が過剰に反応していたが、またよからぬ面倒事が起こると思ったらしい初春と佐天によって連行されていた。幸い佐倉が向かう方向とは逆である。何気に災害染みている白井が消えたことに思わず安堵してしまう。

 会場となっていた高校から徒歩五分ほどの距離にある白いビル。その非常階段に隠れていると言っていた美琴は、競技が終わったためかビル近くの工事現場に下りてきているようだった。隣には黒猫を抱えたミサカもいる。同じ体操服を着て並んでいる光景はある意味壮観ではあるが、傍から見た限りは仲のいい姉妹にしか見えない。なんだかんだで上手くいっているようだ。

 

「あ、おっそいわよ望!」

「お疲れ様です望さん、とミサカは相変わらず素直になれないお姉様に代わって貴方の苦労を労います」

「おー、お疲れさんミサカ」

 

 走ってくる佐倉に気が付いた美琴がビリビリしながら怒鳴ってくるが、隣のミサカが無表情にしれっと毒を吐いていた。相変わらずの毒舌だなぁと苦笑混じりに挨拶を返すと、とりあえずミサカの活躍を褒め称えようと口を開く。

 

「さっきのバルーンハンター、凄かったな。まさかあんなに動けるとは思ってなかったぜ」

「お褒めに預かり光栄です、とミサカは素直に謝辞を述べます。ですが、最後に油断して敵の思惑に嵌ってしまいました。せっかくMVPを獲れると思っていたのですが……、とミサカは先程の場面を思い返しながら悔しさに涙を呑みます。くそぅ」

「まぁなんにせよお疲れさんだな。カッコ良かったぜ、ミサカ」

 

 無表情ながらに拳を握って力説するミサカ。佐倉が思っていた通り、ミサカはミサカなりに楽しんでいたらしい。無邪気に感想を述べるミサカに微笑ましいものを感じて、佐倉は思わず彼女の頭を優しく撫で始めていた。疚しい気持ちなどではない。ただ、純粋に喜ぶミサカを微笑ましく思ったのだ。

 不意に頭を撫でられたミサカは驚いたように肩を跳ね上げたが、恥ずかしそうに目を逸らすと朱に染まった顔を俯かせていた。だが、口元に薄らと笑みが浮かんでいることを佐倉は見逃さない。嫌がってはいないことを悟ると、途中から悪乗り気味にわしゃわしゃと荒々しく髪を弄り始める。置いてきぼりにされた美琴が怒りの電撃を食らわせなければ、ミサカは天然パーマの個体として生きていかなければならない所であった。佐倉的には見分けがつけやすくなるので万々歳だが。

 

「パーマが好きなのですか? とミサカは首を傾げながら至極真面目に質問します」

「いや、別に特定の髪型にこだわりはねぇけどさ。たまには普段とは違う姿も見てみてぇって思っただけだから」

「なるほど。それでは明日から早速某大手ハンバーガー店のピエロも裸足で逃げ出すようなパーマで生活しようかと……」

「それもうパーマどころかアフロだから。イメチェンどころの騒ぎじゃねぇから。つぅか、俺の意見に左右される必要はねぇんだぞ? お前はお前のやりたいようにやればいいんだしさ」

「はぁ……良く分かりませんが、分かりました」

「どっちだよ」

 

 どこまでもマイペースなミサカのノリにくつくつと笑いを零してしまう。こういう所は美琴に似ていないから面白い。聞けば個体ごとにわずかな性格の差異があるらしい。数千通りのミサカとか見てみてぇな、と密かに決意する佐倉であった。

 

 

 

 

 

               ☆

 

 

 

 

 

 昼以降に佐倉が出場する競技は入っていない。予定と言えば美琴に誘われたナイトパレードくらいなので、昼食後の佐倉はつまるところ暇だった。

 先程両親と食事をしてきた佐倉だが、予想以上の大騒ぎに発展してしまったためやけに疲労が溜まっている。御坂家はある程度予想していたとはいえ、上条家の合流はまったく予期してすらいなかった。インデックスの居候疑惑や常盤台中学の授業内容、そして美琴の成長具合の話題と、放すことには事欠かなかったがその分疲れも溜まった。ただでさえテンションが高い母親がいるのに、同系統の美鈴、そして息子並の修羅場を乱発する上条父のトリプルパンチである。二重苦どころの騒ぎではない。トラブルにトラブルを重ね続ける参加者達に何度ツッコミを入れ続けたか分からない。よくもまぁ上条はこんなメンバーに囲まれて暮らしていけるものだ、とここ最近向上しつつある上条への尊敬がこれまたアップした。

 昼食後、競技があるとか何とかで美琴は合流した白井達と共にどこかへ行ってしまった。その際に白井によって脳内に金属矢を転移されそうになったが、先手を取った初春の拳骨によって白井は昏倒し、佐倉が一命を取り留めるとか言う事件があったが、まぁ今は置いておこう。

 上条は大玉転がしに参加している。土御門は見当たらないし青髪はおそらく上条達の応援に出向いているだろう。佐倉もクラスメイト達と一緒に応援に行けばいいのだろうが、完全にタイミングを失ってしまった。今から一人で会場に行くのもなんだか寂しいし。友達がいないと誤解されそうな気がするし。……実際多くはないが。

 結局手持ち無沙汰な佐倉は配布された食券を片手に一人寂しく出店を回り続けるのだった。とても大覇星祭中とは思えないダークな空気が彼の周囲に漂っている。たこ焼きを手渡すバイトの兄ちゃんが思わず顔を引き攣らせてしまうくらい、今の佐倉は物寂しい雰囲気を纏っていた。あまりの寂しさに俯いているためか、先程から何度も通行人にぶつかりそうになっている。

 

「っとと……あ、すんません」

「こちらこそ。ふふっ、少しは周りに気を配らないと、独りよがりなオトコノコは嫌われちゃうゾ♪」

 

 布に包まれた看板らしきものを抱えた作業服の女性は悪戯っぽく微笑むとそのまま人混みの中に消えて行った。ズボンのファスナーは限界ギリギリまで開いていたし、ボタンを一つしか留めていない上着の中には何も着ていなかった気がするのだが……慢性的に命の危機に瀕しているとはいえ一応健全な青少年である佐倉は、性欲を形にしたような金髪外人女性に軽く視線を奪われてしまっていた。彼女の姿が見えなくなるまで見送ってから、連絡先だけでも聞いておけばよかったかと軽く後悔する。……まぁ、後で美琴にバレて制裁されるのがオチだろうが。

 もぎゅもぎゅとフランクフルトを頬張りながらのんびり学区内を闊歩していると、ハーフパンツのポケットに入れていた携帯電話が途端にけたたましく着信音を響かせ始めた。最後の一口を口内に放り込んで右手を空けると、電話を開いて画面を確かめる。

 

「…………はぁ」

 

 不意に思いっきり溜息をついてしまった。今日一日の疲れがぎゅっと濃縮されたような重苦しい溜息は、今の佐倉の心情を何よりも鮮明に表していると言えよう。とてもプラスとは言えない感情が湧いてくる中、できるだけ人気のない裏路地に入ると再び携帯電話の画面を開く。

 そこには、『垣根帝督』の文字が忌々しい程鮮やかに浮かび上がっていた。

 

 

 

 

 

 




 

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