とある科学の無能力者【完結】   作:ふゆい

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第三十五話 ナイトパレード

 大覇星祭一日目が無事に終了し、日も落ちた学園都市はナイトパレードの喧騒で賑わっていた。

 外部の人達も訪れる大覇星祭では、競技を始めとするすべてのプレゼンテーションに学園都市の本気が詰まっている。入学者を増やす為、絶対能力者への可能性を秘めた原石を受け入れるために、学園都市は毎年地球上でも有数の凄まじい催しを開いているのだ。無論このナイトパレードも例外ではなく、科学の粋を結集して製作した花火やイルミネーションが学園都市の夜空を彩っている。

 

「あははーっ! ゲコ太だゲコ太! こっち向いてー!」

 

 可愛らしいカエルの着ぐるみに満面の笑みで両手をぶんぶん振っている美琴を眺めながら、人混みから少し離れたところで佐倉はぼんやりと突っ立っていた。彼も一応年甲斐もなくゲコラーであるからあの着ぐるみに興味を示さないわけではないが、今は依頼のことを考えるとどうしても無邪気にはしゃぎまわることができない。せっかく初春達が気を利かせて二人っきりにさせてくれたというのに(白井はいつものように柵川中学組が強制連行)、当の佐倉が暗い気持ちでは楽しむものも楽しめない。かろうじて美琴は楽しんでくれているとはいえ、とてもパレード中とは思えない暗澹な気分に苛まれてしまう佐倉である。

 結果を見届けた垣根が帰った後、ファミレスに残っていた佐倉とカイツ、そして食蜂はしばらく任務の確認を行った。護衛方法、木原幻生の捕獲手順。念入りに念入りを重ね、三人はそれぞれの役割を確認した。計画は綿密に練られ、後は明日の決行を待つだけとなった。超能力者の頭脳を総動員して練られた最高の計画。だが、佐倉は頭のどこかで不安が拭えない。

 ミサカを守る自信はある。機密関係上最新型の駆動鎧を使うことはできないが、それでも彼女を守る作戦はしっかり立てたつもりだ。護衛自体への不安はない。そんなものはあのファミレスに置いてきた。何の心配もいらない。……しかし、言い知れない不安と恐怖が佐倉の内に湧いている。何か嫌な予感がする。具体的にはうまく言えないが、佐倉なんかには想像もできないような『何か』が蠢いているように感じてしまう。

 

(何も、起こらなけりゃいいけど)

「のーぞむっ!」

「ぐぇっ!」

「このこのー。せっかくのナイトパレードだってのに、なぁに辛気臭い顔してんのよ! この御坂美琴様と二人っきりなんだから、もうちょっとテンション上げていきなさいよね!」

「あ、あのなぁ……」

 

 唐突に佐倉の腹部へとタックルをかました美琴は、水月を抑えて蹲る彼を心配することもなく声を荒げる。まったく油断していた時に、しかも急所に右肩をぶち込まれた佐倉はもはや脂汗が流れ出る勢いで悶絶しているわけなのだが、目の前の電撃姫は他人の様子よりも楽しみを優先するタチらしい。表情が優れなかったからってタックルかますか普通、と心の中で愚痴るものの、美琴本人はどこ吹く風でしゃがみ込むと膝を折って沈んでいる佐倉の頬をプニプニとつついて遊んでいた。

 

「おー、思ったよりぷにぷにねアンタのほっぺた」

「人様の顔で遊んでんじゃねぇぞてめぇっ……!」

「あ? なによなによ。人が折角心配して元気づけてやろうっていうのに、冷たいわねー」

「その気遣い自体はありがてぇがまずは俺の激痛を取り除くことから始めて欲し――――」

 

 痛みに顔を歪ませながら反論していた佐倉だったが、何かを見つけたように視線が固定されると不意に言葉を切った。その顔には何故かやや朱が差しており、半開きになった間抜けな口が彼の様子を表している。蹲っていたはずなのにもう一段階前屈みになったような気がする。いきなりの異変に何が起こったのか分からないようで、美琴はコクンと可愛らしく首を傾げるとちらちら泳いでいる佐倉の視線を辿った。

 現在美琴の格好は常盤台中学指定の体操服である。裾が太腿の辺りまでしかないハーフパンツにランニングタイプの上衣。布面積が少ないのは効率的な運動パフォーマンスを追求した結果らしい。そのため動きやすさと通気性はピカイチで、常盤台中学の猛攻はこの体操服が担っていると言っても過言ではない。

 ただでさえ裾の短いハーフパンツ。しかも美琴は膝を折るような形でしゃがみ込んでいる。

 結論としては、こうだ。

 太腿の付け根辺りに僅かではあるが純白のショーツらしきものが垣間見えていた。

 

「~~~~~っ!?」

 

 慌てたように膝を着き、正座の姿勢で弱点を隠す赤面美琴。もはや涙目の彼女にキッと睨みつけられて防御力が低下した佐倉は申し訳程度に視線を逸らすが、脳裏に焼き付いた先程の映像が何度もフラッシュバックしてきて顔の火照りがなかなか冷めない。いつもスカートの下に短パンを穿いている美琴はパンチラに対して非常に免疫が弱く、同時に佐倉も彼女の下着に対して抗体を身に付けてはいなかった。日頃からの制服着用義務が仇となったか、色気の少ない少女が不意に見せた油断に初心な佐倉は心臓が激しく高鳴るのを感じていた。

 対して混乱の渦中に放り込まれた美琴は今にも沸騰してしまいそうな程に顔を真っ赤に染めている。短パン着用はパンチラへの過剰なまでの抵抗であったため、慣れない事態にもはや戸惑うしかない美琴である。どうしていいかわからず、綺麗な正座のまま固まってしまっている。

 片や四つん這い。片や正座というシュールな状況で向かい合ったまま硬直する二人。周囲から浴びせかけられる「何やってんだこいつら」的視線が非常に心苦しい。早いところこの状況を打開せねば風紀委員を呼ばれてしまっても無理はなかった。

 だが、アドリブに滅法弱いスキルアウトに今の状況は少しばかり荷が重い。別段トーク力に秀でているわけでもなく、ウィットにとんだギャグで場を和ませることもできない一般ピーポーがこの気まずい空気をぶち殺すにはほんの少し能力が足りなかった。

 

「…………」

「…………」

 

 膝の上に握りしめた拳を置いたまま恥ずかしそうに俯いている美琴。いつもみたいに電撃ビリビリべんとらべんとらーっ! と大騒ぎして攻撃に転じてくれれば多少の転機が望めるというのに、こういう時に限って美琴は乙女モード全開だ。頬を染めたままちらちらと佐倉の顔を盗み見るように視線を泳がせているのがまた気まずいったらありゃしない。

 地べたに座り込んだまま時間が過ぎるのを待つだけの二人の周囲に徐々に人だかりができ始める。このままでは打開はおろか衆人環視の上に恥を上塗りされるだけではないだろうかと判断した佐倉が取った行動は、

 

「すまん、美琴っ!」

 

 一切の迷いのない逃走一択。

 

「ま、待ちなさいよゴルァア!」

 

 べんとらべんとらーっ! と青白い電撃と共に馬鹿みたいに大量の人が学園都市の空に舞った。

 

 

 

 

 

               ☆

 

 

 

 

 

 学園都市第七学区にそびえ立つ窓のないビル。統括理事長が住むと言われるそのビルには入り口と言っていいものは一つも存在せず、どうやって中に入るのかすら分からない。噂では案内人とやらがいて、統括理事長の居場所まで転送してくれるらしいのだが……詳しいことは明らかになっていない。

 その窓のないビルの中には、巨大な試験管の様なものが鎮座している。周りに置かれた幾多もの機械は生命維持装置だろうか。コードが絡み合ってもはや元がどの機械なのか判別できないような室内の真ん中で、『彼』は試験管の中に逆さのまま浮いていた。比喩でもなんでもなく、言葉のまま。上下反対の状態で液体に満たされた水槽の中を漂っている。男にも女にも、子供にも老人にも見える彼は、目の前に映し出されたモニターを通して誰かしらと通信を行っているようだ。

 

『あーあー、こちらはイギリス清教の纏め役を担いける今世紀最大の美女、ローラ=スチュアートでありけるわけなのだけれど、ちゃんと繋がりたりてるかしら?』

「毎回思うのだが、何故君はそうも念入りに確認を行うのかな? 正直言って無駄なくだりだと思うのだが」

『う、うるさしなのよアレイスター! これは清く正しき最大教主としての礼儀。そう、礼儀なるのよ! 感謝されうるならばいざ知らず、あろうことか貶されるのは心外たるわね!』

 

 モニターには現実離れした長さと美しさの金髪を湛えた女性が表情を歪ませている姿が映っていた。淡い桃色の修道服に身を包んだ彼女は一応魔術界でも有数の著名人であったりするのだが、これはまた後の機会に。

 ローラは仕切り直すように何度かわざとらしく咳込むと、先程の狼狽した様子からは考えられないような真剣な面持ちで会話を切り出す。

 

『まぁなにはともかく、まずは【使徒十字(クローチェ・ディ・ピエトロ)】についての礼をば申し上げつつおこうかしらね。そちらの迅速な対応のおかげで大事に至るる前に解決することができたることよ。ありがとう、と素直に言いておくわ』

「なに、気にする必要はないさ。【使徒十字】は学園都市に甚大な危害を及ぼす可能性が多分にあった。利害関係は一致していたのだから、協力は当然と言えただろう。まぁどうしてもと言うのなら、イギリス清教に貸しを作っておくのもまた一つの選択肢ではあるがね」

『そのような面白しもなんともなし冗談を言いけるところで困りたるだけなのだけれど。何かいつもと比べたると幾分か機嫌がよろしいように見受けられるわね。どうしたりけるのかしら?』

「ふむ、そうか。私は今機嫌が良さそうだったか」

 

 表情なんて当の昔に忘れてきたはずなのだがね、と自嘲めいた呟きを漏らしながらも、アレイスターは逆さまに浮いたままくつくつと喉を鳴らす。これまたいつもの彼らしくない挙動にローラは画面の向こう側で怪訝な表情を浮かべていた。訝しげにこちらを見る彼女の様子に、また笑みが浮かんでしまう。

 

「そんなに奇妙かね、今の私は」

『えぇとても。前代未聞の状況に私は今混乱のスパイラルに囚われたりえるわ』

「すまんね。ここ最近進めている《計画》の一つがあまりにもスムーズすぎていて、今の私はすこぶる喜んでいるのだよ。いやはや、機嫌がいいとはこういうことは言うのだろうな」

『計画……? アレイスター、貴方もしかして魔術側(私達)に影響を及ぼしうるようなことを企みてけることはなしよね?』

「その点については心配はいらない。あくまで科学側で留まる程度のものさ。【幻想殺し】や【禁書目録】に比べればちっぽけで比べるまでもない。【絶対能力者】にもなれなければ、ましてや【超能力者】にすら及ばないような存在の観察日記と言えばいいかな? そんな夏休みの自由研究を現在進めていてね。主題(テーマ)は『人間はどこまで堕ち、そして回帰できるのか』。暇つぶしには持って来いだろう?」

『……相変わらず下衆な思考を持ち足るわね、貴方。絶対ろくな死に方せぬわよ』

「君だって魔導書図書館の記憶を何年も消させてきたのだから、人のことは言えないと思うがね」

『あれは私なりの最大人道的処置なるのよ。禁書目録を人間でいさせるための枷。平気で人生を終末に向かわせたる貴方と一緒にして欲しくはあらぬわね』

 

 科学側だろうが魔術側だろうが、不幸になる人間というのは確実に存在する。それが人為的であれ自然的であれ、幸福者がいるのなら不幸者がいるというのが道理だ。その事実は覆らない。いくら本人が抗ったところで、世界のバランスはそういう風にできている。アレイスターは、そのバランスは少しだけ自分の手で弄っただけだ。ある人間の絶望を、ほんの少し増やしただけに過ぎない。本人にしてみれば狂う寸前の量だったとしても、そんなことはアレイスターの知ったことではないのだ。アレイスターは自分の暇つぶしの為に行動したに過ぎないのだから。

 ローラとの通信が切れ、再び室内が静寂を取り戻す。計器の機械音だけが響く中、アレイスターは先程の計画についての思考を始めていた。

 

「【一方通行】との接触及び戦闘は上手くいった。敗北も予想通り。【未元物質】……これは少し物足りなかったかな? もう少し絶望させてくれるとは思ったのだが、垣根帝督も随分と甘い。まぁ、計画に支障はないから構わないがね」

 

 逆さまの『人間』は続ける。

 

「【限界突破】がよく頑張ってくれた。与えられた状況下でよくもまぁあそこまで彼を絶望させてくれたものだ。良心と信念の狭間……ジレンマとは、いつの時代も人を惑わせるものなのか。その狭間で揺れ動いている彼に対して目的意識のはっきりしている【限界突破】を当てたのが予想以上の結果を生み出してくれたな。これで彼の【ライン】は確定した。後は放っておいても計画通りに進んでくれるだろう」

 

 アレイスターは微笑む。自分が育てた朝顔の成長を見守る子供のように純粋な笑みを浮かべ、彼は試験管の中で傍観を続ける。もう手は出さない。後は勝手に転がってくれるのを楽しみに待つだけだ。

 

「まぁ、精々楽しませてくれたまえ」

 

 無力な少年を掌の上で躍らせながら、『人間』は次なる計画の準備を進める。

 

 


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